プロローグ・封鎖後
「つまりだ。ここ聖域内にある封印の小瓶から邪神が逃げ出した。それが外の世界に出ないよう、聖域は我々ごと神によって封鎖された。
閉じ込められた我々の中に、人間に化けた邪神が紛れている。それを見つけ出し、倒して再封印しなければならない。さもないと、邪神は我々を皆殺しにして神の軛から逃れ、外の世界へ解き放たれてしまうーーそういうことだ」
邪神を封印した小瓶が安置されている特殊なダンジョン、『聖域』。その一室で、七人の男女が重苦しい沈黙に包まれていた。
「聖女コルテリア様、聖女ミルファ様。今や世界の安寧は我々、特に聖女様方にかかっております。このようなことになりお辛いでしょうが、このスーテが身命を賭してお護りいたします。どうかお心を平らかになさって、共にこの試練を乗り越えましょう」
女性の聖騎士であるスーテが椅子から立ち上がり、うやうやしく膝を折って礼を取った。あわてて部下である聖騎士ポーリエも後に続いて礼を取る。
「私も控えております………このポーリエ、微力な若輩者ではございますが、皆様の盾とも剣ともなりましょう」
「あら、それは嘘ですね」
護ると誓ったそばから、初老の聖女に否定された。
「わたくしの加護によりますと、今の言葉には嘘がございます」
「え、何で……あ、すいません。今、嘘をつきました。微力と申しましたが、実際は剣も魔法も自信があります。謙遜です」
「ポーリエ!」
ポーリエの上司であるスーテが声を上げる。
「ああ、どうせ俺は剣も魔法もできる上に美丈夫だよ! 悪いか!」
「ポーリエ、正直過ぎて腹が立つぞ!」
「すいません、多分、今のはわたしの加護の力です。周りの人が口数多くなっちゃうっていう加護なので……」
聖騎士二人のやり取りに若い聖女が加わって、収拾がつかなくなってきた。
「ふふ、心強いこと。大いに頼りにしておりましてよ。ええ大丈夫、わたくしはもう長く生きました。この身がどうなろうとも、神と世界のためなら恐れることもございません。ですが、お若い方々がこのような事態に巻き込まれたことに心痛みます」
コルテリアと呼ばれた老聖女が穏やかに、しかし痛ましげに言いながら、若い聖女の方を眺めやった。
「だ、大丈夫です! そりゃ怖いですけど、わたしだって聖女の端くれです。たとえこのシチュが人狼ゲームもどきだろうが、サスペンス系の乙女ゲーム転生だろうが、どんと来いです!」
ミルファと呼ばれた若い聖女が気丈に言った。さすが聖女にして異世界転生者、発言の半分くらいが意味不明だが、皆は礼儀正しく無視した。いわゆる転生者が謎の異世界言語を駆使するのは知る人ぞ知る話である。
「クロ殿もだ。記憶を失った状態で、いきなりこのような状況に放り込まれて困惑も恐怖もあろう。まして賢者スレイマン様の従者として来ただけの民間人だ」
いかつい眉を気遣わしげにひそめ、アーウィズ国から来た騎士団長エルディンがクロに声をかけた。
「そうですね、気がつくといきなり邪神復活を告げられましたから。しかし、神のお力によって邪神は弱体化しており、ある程度の情報も与えられております。私たちに出来ることは色々あります。まだ絶望するには早いかと」
魔術師のローブを着た青年クロが答えた。端正な顔には表情がないが、穏やかな口調なので無感動というよりは単にぼーっとしているように見える。
「ああ、確かにな。しかし賢者スレイマンが亡くなったのは痛かった。その死それ自体も衝撃だが、彼の知恵があれば邪神の特定も容易だったかもしれないからな」
アーウィズ国の宮廷魔術師ウィテーズが、周囲を凶悪な眼差しでねめつけながら言った。本人としてはただ見ているだけなのだろうが、実に見事な悪役顔であるために喧嘩を売っているようにしか見えない。
「そうかもしれませんが、亡くなった方に頼るのは詮なきことです。生きている私たちがどうにかしなくてはなりません。クロ殿、私たちに出来ることとは、例えば?」
興味深げに聖騎士ポーリエが尋ねる。爽やかな美青年である彼が前向きなことを言うと、とりあえずなんとかなりそうな空気が漂う。大したことは言っていないのだが。
「すでにお気づきの方もおられましょうが。先ほど拝見した通り、聖女コルテリア様の加護は【嘘を判別する】です。そして今の邪神は、人間並みの能力しか持たない」
「そうですね。ということは?」
「ならば、簡単に邪神を特定する方法があります。全員にご自分が邪神かどうかを訊いて、コルテリア様に嘘を判別していただくのです」
ポーリエに答えたクロは、切れ長の眠そうな目で一同を見回した。
頑張ってイラストを描きました。
手前に死人を横たえておくと、みんなの足元を描かなくてすむことに気がつきました。
よろしくお願いします。