第八章『好敵手(四)』
————成虎は一人、灼熱の中を当てもなく歩いていた。
「……熱い、熱いなあ。なんだって俺はこんなトコを歩ってんだ?」
全身汗だらけの成虎は足を止めて周りを振り返った。辺りは業火が吹き荒れる真っ暗な空間で、足元に眼を向ければ無数の骸骨ばかりである。
「オイオイ……、ここはもしかしねえでも灼熱地獄なんじゃあねえのかい……?」
成虎は上着をくつろげると、その場に座り込んで胡座をかいた。
「————俺ぁ、確か志龍と勝負してたはずだよな……。するってえと、俺ぁあのまま死んじまったのか……⁉︎」
しばし茫然とした成虎はそのままゴロンと横になった。
「……地獄に落ちるほど悪いことしたかなあ、俺…………」
今までの人生を思い返してみると、酒と女と喧嘩に博打と明け暮れていたが、地獄に落とされるほどの悪事かと言われると些か厳しいものと思われる。後は他に何か思い当たる節はないものかと頭を捻っていると、はたと脳裏に閃くものがあった。
「————あ! もしかして、アレかい……⁉︎」
父・郭功の葬儀に泥酔の体で遅れて出席し、あまつさえ父の棺に香炉の灰をぶち撒けたのである。親不孝の極みと言って差し支えない所業であろう。成虎は珍しく頭を抱えて左右に転がり出した。
「い、いや、でもありゃあ親父の遺言っつうか、書文兄貴のためでもあったっつうか…………」
しばらく悶えていた成虎だったが、やがて組んだ手を枕にして再び横になった。
「……まあ、今更慌てたってしょうがねえか。閻魔サマが話の分かるヤツならお目溢ししてくれんだろう」
生来、闊達な性分の成虎は死んでしまったというのに、どこか楽しんでいるようにつぶやいた。
「————それにしても、志龍のヤツ強かったなあ。折角アイツの剣を見切り出したトコだったのに、俺の技はほとんどアイツに見せられなかったなあ……」
心残りが口を衝いて出ると、次々と後悔の念が胸に押し寄せて来る。
「……将角とまた呑み合いたかったなあ。酒量だけじゃなくて、武術でもどっちが強えか最後までやり合いたかったなあ……」
一度、後悔の念が溢れ出ると若い成虎は己を抑えられなくなってしまった。
「————アイツにまた逢いてえなあ……! 初めて俺を負かしたアイツにもう一回逢って、今度は勝ちてえなあ……‼︎」
涙で視界が歪んだその時、眼の前の炎が揺らめき、一羽の鳥らしき姿を形取った。
「……こいつぁ、鳳凰……か?」
上半身を起こして涙を拭うと、鳳凰は成虎の周りを軽やかに舞った後、徐々にその姿を変えていった。
「お、おい、おめえはまさか……!」
鳳凰は紅い服を纏った女に姿を変えたが、成虎に背を向けており、その顔は見えない。
————大きな虎さん、こんなところで諦めちゃうの…………?
女は寂しそうにつぶやくと、そのまま振り返ることなく歩き出した。
「————待て、待ってくれ! 凰————」
慌てて跳ね起きた成虎は必死に走って女の肩に手を掛けた————。
「————凰珠ッ‼︎」
眼を開けた成虎の視界に飛び込んできたのは、ヒゲもじゃ男の大きな顔であった。
「眼を覚ましたか、成虎……!」
「……おめえのヒゲ面は良い気付けになるな、将角」
寝台に横たわる成虎に覆いかぶさって顔を覗き込んでいた将角は安心したように一息ついてから、脇の椅子に腰を下ろした。
「……ここはどこでえ……?」
「桃源郷の医務室だ。お前は交流試合から五日間も眠っていたのだぞ」
「————五日?」
驚いた成虎が視線を下ろすと、己の身体が包帯でグルグル巻きになっているのが見えた。
「人が寝てるからってなんてえマネをしてくれやがる。これじゃあまるで噂に聞いた木乃伊みてえじゃあねえか」
「仕方なかろう。お前は全身なます斬りにされて、傷が熱を持って生死の境を彷徨っていたのだ」
「熱……、それでかよ」
「何?」
「いや、なんでもねえ」
成虎は将角へ顔を向けた。
「将角、いつ帰って来たんだ?」
「ちょうど交流試合が終わった頃だ」
「そうかい、結局試合はどうなったんでえ?」
「お前と黄殿の試合は引き分けという形になった」
「勝ちに等しい引き分けだろい」
茶化すように言った成虎は質問を続ける。
「あとの四戦は?」
成虎の質問に将角は僅かに間を空けて答える。
「……残念ながら四敗だそうだ」
「……そうかい。周姉さんは負けちまったか。後で慰めてやらねえといけねえな」
「…………」
「姉さんはどこだい? 医務室にゃあ居ねえみてえだがよ」
「…………周師妹は、死んだ」
「————ハァ?」
その時、一陣の風が窓から吹き付けてきた。成虎は一瞬、将角が何を言っているのか分からないという表情を浮かべていたが、
「……ハハ、おめえも冗談を言うんだな。けど流石に不謹慎だぜ、その冗談はよう」
「冗談ではない」
「…………‼︎」
言葉通り、将角の表情からは冗談めいたものは一切見受けられない。
「————姉さんの相手はそんなに強かったのか……?」
「試合を観ていた者から聞いた話だが、普段の周師妹であればまず問題はない相手だったそうだ」
「それじゃあ、なんで…………」
「……周師妹は重傷を負ったお前のことが気掛かりな様子で、傍目から見ても自分の試合に集中出来ていなかったと聞く……」
「————‼︎」
将角の返事を聞いた成虎は眼を吊り上げて上半身を起こした。
「————待て! どこに行くつもりだ、成虎!」
「分かり切ったことを訊くな! 青龍派のヤサに殴り込むんだよおッ‼︎」
「行ってどうする! 試合中の事故については師妹も了承済みだったはずだ! 気を抜いていた師妹にも責任はある!」
「んなモン、クソ食らえだ! 姉さんの仇を討たねえと俺の気が収まらねえ‼︎」
立ち上がろうとする成虎の両肩を将角の大きな手がガッシリと掴んで寝台に縫い付けた。
「……そんなことをして師妹が喜ぶと思っているのか……‼︎」
「…………‼︎」
将角の怪力によって成虎の両肩は今にも砕けそうである。顔を上げると、将角はわなわなと唇を噛んで血を流していた。その悔しそうな様を見た成虎は全身の力が抜け、静かにうつむいた。
「…………将角。俺はよぉ、さっき寝てる間に夢を見てたんだ」
「…………」
「その夢にはよぉ、おめえとか志龍の野郎とか……別の女が出てきたんだけどよぉ。姉さんは自分のことなんかそっちのけで俺の心配をしてくれてたってのに俺は……、姉さんのことなんか、これっぽっちも思い浮かべようとしなかったんだ……ッ」
成虎は大きな身体を震わせて布団を濡らし、将角はただ黙って天を仰いだ。
———— 第九章に続く ————




