第四章『入門試験(三)』
————妖しい紫の灯りの側から姿を現したのは一人の女であった。
歳は二十代後半だろうか、まるで宮中から抜け出して来た公主(姫)のような装いで大層美しい顔立ちである。だが、その顔色はやはり死人の如き青白さで、どこか人間離れした雰囲気を醸し出していた。
「やーっと親玉の登場かい。待ちくたびれたぜ」
首をポキリと鳴らしながら成虎が話し掛けると、女は目線だけ動かして答える。
「……お前、年若いが大した才だな。お前を喰えば『増える』だろう……!」
その美麗な容姿からは想像も出来ないほど耳障りな声に、成虎は顔をしかめた。
「まーた、それかい。『増える』って何のことだい?」
「…………こういうことだ……‼︎」
それまで能面のようだった女の顔に表情が宿り、小鳥のように可愛らしかった口が耳まで裂けた。
「————気をつけろ! 成虎!」
突如変貌した女の様子に、腕を組んで静観していた将角が警戒の声を上げた。その間にも女の変化は止まず、全身から獣毛が伸び始め、耳と鼻先が長く突き出された。
「……オイオイ、こいつぁ、もしかすっと…………」
冷や汗を浮かべながらも成虎がどこか面白そうにつぶやくと、先程倒した少女たちの身体がブルブルと震え出し浮かび上がった。
「…………戻れ、我が分身たちよ————‼︎」
女の呼び声に呼応するように少女たちの身体が宙を舞って、女の背面に集結した。
「貴様らを喰って、六本目の『尾』にしてやろう……‼︎」
先程まで美しい女の姿をしていたそれは、巨大な四つ足の獣へと変貌を遂げた。その身体は巨漢の成虎と将角を丸呑み出来そうなほど巨大で、かつて感じたことのない凄まじい妖気が二人を襲う。
「————昔々、神州にあった何とかっつう王朝を九本の尾っぽを持った妖怪が滅ぼしかけたたぁ聞いたことがあるが……、どうやらただの御伽話じゃあなかったようだな、将角?」
「ああ、五本でこの威圧感だ……! 作り話ではなかろう」
「っつうこたぁ、おめえの力も貸してくれるよな?」
「勿論だ。こんな奴を野放しにしておく訳にはいかん。絶対にここで退治するぞ、成虎……‼︎」
麗しい女の姿から凶悪な妖怪へと変化したせいか、将角は手出しが出来る様になったようである。成虎は雌には違いないと思ったものの、あえて口には出さず、
「よしきた! そんじゃあ『九尾の狐』ならぬ『五尾の狐』退治と行こうかい‼︎」
共闘の合図に拳をガツンと打ち付け、二人は眼前の妖怪へ構えを取った。その様子を冷ややかに見下ろしながら、五尾の狐が耳まで裂けた口を開く。
「……馬鹿めが……、虫ケラの分際で我に勝てるつもりか……!」
言うが早いか、五尾の狐の尾が蠢動する。
「————跳べ! 成虎!」
将角の声に成虎が跳躍すると、先程まで己が立っていたすぐ後ろの灯籠が真二つに切断された。横薙ぎの一の尾を辛くも躱した成虎だったが、二の尾が槍のように尖り、空中で逃げ場の無い身体に突き刺さった。
「成虎‼︎」
吹っ飛ばされた成虎を眼で追っていた将角だったが、その視界に鈍色のモノが映り込んだ。三の尾が鞭のようにしなり、唸りを上げて将角に襲い掛かる。
(————これは鞭か!)
様々な角度から吹雪のように襲い来る鞭を捌いていると、四の尾が剣の鋭さを帯びて突き掛かった。
(鞭の次は剣だと————⁉︎)
『線』の攻撃である鞭法に『点』の攻撃である剣法が加わっては厄介極まりない。将角は攻撃に移ることが出来ず、防戦一方となった。
全身に汗をかきながら三の尾・四の尾を躱している将角に向けて、数百の刺が生え肥大化した五の尾が照準を定める。
最後の尾は狼牙棒であった。凄まじい勢いで振り下ろされた狼牙棒を将角は丸太のような腕を十字に組んで受け止めたものの、余りの衝撃によって地面に埋め込まれてしまった。
「……おやおや、やりすぎてしまったかな……?」
五尾の狐が三日月のように口を歪ませる。
「さて……、まずは原型を留めている方から頂くとしようか……!」
「————そいつぁ、俺のことかい?」
軽やかな声と共にトンボ返りをして成虎が起き上がった。平然としている成虎の様子に、五尾の狐はわずかに表情を変えた。
「……貴様、我が二の尾を受けたはず……⁉︎」
「ああ。慌てて硬氣功を使ったモンで、ちょいと刺さっちまったよ。痛え、痛え」
顔をしかめてポンポンと腹を叩いた成虎だったが、腹部にはわずかに血が滲んでいるのみで内臓までには届いていないようである。
「……だが、貴様は無事でも仲間はグチャグチャの肉塊となってしまったぞ————」
「————先方がこう言ってるが、どうなんでえ、将角?」
成虎が声を掛けると、ガラガラと音を立てて将角が地面の大穴から這い出した。
「……うむ。多少、腕に痺れがあるが問題ない」
「そいつぁ何よりだな。で……どうでえ、奴さんの腕前は?」
ブンブンと腕を振って答える将角に成虎が近づいていく。
「なかなか厄介だな。あの尾から繰り出される全ての攻撃が一流の武術家を彷彿とさせるキレだ」
「確かにな————で、おめえはどれがいい?」
「そうだな……。俺はどちらかと言えば剣法と槍法がいい」
「いいねえ。俺ぁ刀法と鞭法の方が好みだ。残る棒法はどうするよ?」
「それも俺が受け持とう。本体はお前に任せるぞ」
「————好! そんじゃあ、仕切り直しと行こうかい‼︎」
親指を立てて成虎が構えると、五尾の狐が不快そうに口を開く。
「……何だ? 何を言っている、貴様ら……⁉︎」
「おめえさんをブっ倒す算段さあッ‼︎」
成虎と将角が同時に地面を蹴ると、五つの尾が迎え撃った。
事前に打ち合わせていた通り、二人はそれぞれが得意とする方の技を振るう尾を捌きながら五尾の狐にジリジリと近づいていく。自慢の尾の攻撃を捌かれることにギリギリと歯軋りをしていた五尾の狐だったが、突如その口の端が歪んだ。
「————馬鹿め! 黙って貴様らの得意な方に合わせるばかりではないわ‼︎」
大地を揺るがす叫び声と共に、成虎と将角を襲っていた五本の尾が入れ替わった。瞬時に己の苦手な技が襲来し、二人は万事休止かと思われた————。
「……こいつを待ってたぜ、狐ちゃん!」
ニヤリと笑った成虎が剣と槍の尾を相次いで破壊した。
「————な、何だとッ⁉︎」
「馬鹿はおめえさんだよ。俺の親父は武器術も修練しててよお。中でも剣法と槍法が得意でなあ。ガキの頃から散々稽古の相手をさせられたモンだ。親父の技に比べたら、おめえさんの尾っぽはクソみてえなモンだぜ!」
二本の尾を破壊された痛みに顔をしかめる五尾の狐に対し、成虎は得意そうに笑みをぶつける。
「……む、虫ケラの分際がァ————ッ‼︎」
振り下ろされた狼牙棒をガッシリと受け止めた成虎が高らかに声を上げる。
「そら、やっちまえ! 将角‼︎」
無言でうなずいた将角は難なく刀と鞭の尾を片付け、渾身の双掌打を五尾の狐の腹に叩き込んだ。
「————ガァッ‼︎」
強かに腹を打ち据えられた五尾の狐の巨体が宙を舞い、長いこと対空した後、凄まじい速度で地面に落下した。その衝撃で周囲一帯に地震の如き余波が生じる。
「……グ、グガ…………ッ」
血反吐を吐きながら五尾の狐が顔を上げると、左掌を前方に突き出し後方に引いた右拳に真氣を溜める成虎の姿があった。
「————ま、待て! 分かった! ここから出て行く! だから見逃————」
「ダーメだね。おめえも一端の妖怪なら覚悟を決めな————ッ‼︎」
成虎の崩拳をまともにもらった五尾の狐は声も無く果てた。
「よくやったな、成虎」
成虎が一息つくと、将角が声を掛けてきた。拳を収めた成虎はニヤリと笑って顔を向けた。
「へへっ、さっきはよく俺の考えが分かったモンだな?」
「ああ、お前の表情を見ていたら何となく分かった」
「さっすが、将角のアニキだぜ!」
成虎は嬉しそうに将角と肩を組んだ。
「————で、どうよ? 入門試験は合格かい?」
「ああ、合格だ。だが————」
「『だが』?」
眉根を寄せて辺りを見回す将角の視線を追うと、屋敷の壁や塀、庭木などが先程までの激闘の影響でボロボロになっていた。元通りに修繕しようとすると莫大な費用が掛かるだろう。
「なーに、気にすんねい! 俺らが到着した時にゃあもうこんな有り様だったって、しれっと報告しときゃあ良いんだよ!」
豪快に笑い飛ばす成虎に釣られて、寡黙な将角も思わず笑みを漏らす。
「……全くお前という奴は、とんだ暴れ虎だな…………」
———— 第五章に続く ————




