第四章『入門試験(一)』
————翌日の昼ごろ、成虎は見覚えのない部屋で眼を覚ました。
「……んん…………?」
半身を起こしてボーッとしていると、徐々に昨夜の記憶が蘇ってきた。
昨夜、酒楼で白虎派の門人・羅将角と知り合い、呑みくらべをすることになったが、騒ぎを起こして途中で店を出る羽目になった。その後、二軒目で勝負を再開したのだが結局、朝方まで決着をつけることは出来ずお開きになったのだった。
「……腹ァ、減ったな…………」
口癖のような台詞を吐いてから成虎は部屋を後にした。
廊下に出ると、どうやらここは何処かの旅籠らしい。一階から饅頭の蒸された良い匂いが漂って来る。匂いを辿り階段を降りると、食堂の真ん中に熊のような大男が陣取っているのが見えた。
「よお、相席しても良いかい?」
返事を待たず向かいの席に座る成虎に将角は顔を向ける。
「ああ、俺もいま座ったところだ。お前の分も注文しておいたぞ」
「ありがてえ! だが、俺が二日酔いで水しか飲めねえとは思わなかったかい?」
「そんなヤワなタマではないだろう、お前は」
「ハハッ、さすが将角のアニキだぜ! 俺のことを良く分かってらあな!」
二日酔いの気配もなく爽やかに成虎が笑った時、大量の饅頭や麺、鶏肉が運ばれてきた。
「————ほう、月餅湖で赤い服の姑娘と手合わせをしたと…………」
「ああ、そいつがスゲー変わった女でよお。————いや、今は性格はどうでも良いんだ。その女、どういうカラクリか分かんねえけど、どれだけ氣を込めて殴っても紙みてえな手応えで全然効かねえんだよ!」
十個目の饅頭に手を付けた将角に対し、鶏の骨付き肉にかぶりつきながら成虎が答える。将角は一口で饅頭を片付けると、しっかり飲み込んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「……その姑娘は恐らく『朱雀派』の門人だろうな」
「————朱雀派ぁ? そういや、昨日の酒楼の奴も言ってたな。四大なんとか門派の一派だってよ」
「『四大皇下門派』だ」
「そう! それそれ! ————で、なんでその女が朱雀派って分かるんでえ?」
もっともらしい成虎の質問に将角はうなずいて答える。
「その姑娘だが、朱姓を名乗らなかったか?」
「おう、名乗ってた、名乗ってた!」
「やはりな。詳しくは知らんが、朱雀派は掌門から召使いに至るまで全員が朱姓を名乗り、独特な軽功を用いるらしい。お前の攻撃が効かなかったというのも恐らく、その軽功を防御に利用しているのだろう」
「ありゃあ軽功なのか。確か『軽氣功』とか言ってやがったけどよ」
「軽氣功…………」
興味深そうに繰り返す将角に成虎が再び尋ねる。
「将角、その朱雀派のヤサは知ってんのかい?」
「いや……、紅州の何処かにはあるはずだが、それ以上は分からん」
将角が首を横に振ると、成虎はガッカリしたものの、
(————待て待て、あの軽氣功ってのを破れねえ限り、凰珠の居場所が分かったって意味がねえ)
気を持ち直して、将角に向き直った。
「————将角、頼みがある」
いつになく真剣な面持ちの成虎の様子に、将角は箸を置いて続く言葉を待った。
「俺を白虎派に入れてくれねえかい?」
「何故だ?」
「俺はその朱雀派の女に勝たなきゃあいけねえ。そのためには朱雀派と並ぶ門派で自分を鍛え上げてえんだ」
「……しかし、それならば青龍派でも玄武派でも構わないだろう。何故、白虎派に入りたがる?」
髭をしごきながら将角が尋ねると、成虎は胸に手を置いた。
「俺ぁ元々、白州の出身だしな。後、なんと言っても『龍』や『亀』じゃなくて『虎』ってのが良い! 俺の名前にも『虎』の一字が入ってるし、ピッタリじゃあねえかよ!」
「————良く言った!」
将角は大きくうなずきバンッと卓を叩いた。氣は込めていなかったものの、分厚い檜の卓がミシリと音を立てて皿が宙を舞った。
「……だが、我が白虎派は『入門したい』と言われて『はい、どうぞ』とはいかんぞ」
「何をしたら良いんでえ?」
眼にも止まらぬ速さで宙に舞う皿を卓に置き直した成虎が訊くと、将角の眼光が鋭さを増した。
「お前のことは気に入ったが、腕のほどを見せてもらわなければな」
「そいつは同意見だな。そんじゃあ、今ここで始めっか?」
虎と熊が卓を挟んで睨み合うと、あまりの緊張感に周囲の人間がざわつき始める。今にも立ち上がりそうな成虎を、将角は団扇のような掌で牽制した。
「まあ、待て。お前と手を合わせるのはやぶさかではないが、ここで暴れるのはさすがにマズい。俺について来い」
成虎は若干、拍子抜けしたものの、残っていた饅頭を懐に押し込んで将角の後を追う。
旅籠を後にした二人は鎮を出て西南の方向へ足を向けていた。
「————するってえと何かい? その廃墟を根城にしてる妖怪を退治すんのが試験だってのかい?」
「そうだ」
爪楊枝を咥えた成虎が漫談のように言うと、横に並んで歩く将角が簡潔に答えた。
「そりゃあ別に構わねえけどよ、それっておめえの白虎派の任務じゃねえのかよ?」
「そうだ」
「そうだって、おめえ……、白虎派に入るための試験に白虎派の任務を当てるって何かおかしくねえかい?」
「……そんなことはない」
将角の一瞬の沈黙を感じ取った成虎は笑みを浮かべて肩を組んだ。
「将角のアニキよお、なーんか隠してやがるな? ホレ、この成虎さまに話してみな? 楽になるぜ?」
「…………」
「おめえさんに隠し事は向いてねえんだ。さあ、有り体に白状しねえ!」
「…………その妖怪というのが、女の姿をしているらしいのだ……」
ようやく口を開いた将角だったが、その声はいつもの一割程度のものだった。その様子に成虎はピンッと閃くものがあった。
「……ハハーン? そうか、おめえ相手が妖怪でも女は殴れねえとか、そういうことだろ?」
「…………」
再び黙り込んだ将角だったが、この沈黙は肯定を意味する。
「ほうほう……、つまり俺なら遠慮なくその女妖怪を殴れるだろうと……」
「そうだ」
「————待て、コラ! おめえ、まるで俺が女を殴り慣れてるみてえに言うじゃあねえか!」
「違うのか? 朱雀派の姑娘と手合わせをしたと言っていただろう」
「あ、ありゃあ相手を一流の武術家と認めたからだ! 言っとくが俺は素人女に手を付けたことはあっても、手を上げたことはねえからな!」
「……すまん、今日は禁を破ってくれ……!」
「カッコ良さげに言ってんじゃあねえよ! 要するにおめえのやりたくねえことを俺に投げてるだけじゃあねえか!」
歩きながら漫才のように掛け合いをしていた二人だったが、溜め息をついて成虎は腕を広げた。
「……ハア、もういいぜ。良く考えりゃあ、女のナリをしてようが妖怪は妖怪だ。これが試験だってんならやってやるよ」
「恩に着る……! この任務をやり遂げてくれたならば、必ずや掌門にお前の入門を推薦する」
「そりゃあありがてえが、そんなにやりたくねえなら他の仙士に代わってもらやあ良かったんじゃねえの?」
もっともらしい成虎の質問に将角の表情が沈む。
「……実はな、我が白虎派は人手が足りていないのだ。皆それぞれに課された任務で手一杯という有り様だ」
「何い? 天下の白虎派に人が足りねえとかあんのかい?」
「皇下門派は衣食住は保証されるが、給金などは出ないからな。仙士になりたい者は民間の門派に流れていっている」
この言葉に成虎は眼をひん剥いた。
「————はあ⁉︎ タダ働きさせられんのかよ⁉︎」
「多少の手当てが出るには出るが、それも経費といったところだ」
「なんだそりゃ⁉︎ それじゃあ、おめえらどっからやる気を出してんだよ⁉︎」
「知れたこと……。『名誉』だ……!」
「メ、メイヨ……⁉︎」
成虎は初めて耳にしたように、将角の言葉を繰り返した。
「そうだ。皇帝から任を請け、無辜の民を妖怪どもの魔の手から護る。これ以上の誉があろうか……‼︎」
「…………お、おう……」
高々に握り拳を掲げ感涙で頬を濡らす将角から、成虎は静かに距離を取った。
(……アレ? 結局タダ働きさせられんなら、実家に居た時と大して変わってなくねえか……?)
成虎が足を止めて首を捻っていると、前を行く将角が振り返った。
「見えてきたぞ、アレが妖怪の住処になっている廃墟だ」




