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浮雲の賦  作者: 神尾 宥人
第四章 帰雲
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(十一)

 金森勢はその後小鷹利城・小島城・桜洞城を瞬く間に落とし、中納言自綱(よりつな)を広瀬城へと追い詰めた。そして八月十五日、その広瀬城を落として自綱を追放する。さらに返す刀で鍋山城・松倉城も落城せしめ、二十日には自綱の弟・秀綱(ひでつな)も自害させた。かくして飛州の覇者であった三木氏は、呆気なくも滅亡したのである。

 金森法印素玄、越前大野を出陣して十七日後、また向牧戸城を落としてからわずか十日後のことであった。そうしてかの者は鍋山城に入り、これを本拠と定める。氏理はその知らせを、上見城に留まったまま聞いた。

 積年の宿敵であり、また同盟相手でもあった三木氏のあえなき滅亡は、内ヶ島の者たちにも少なからぬ動揺を与えていた。このまま降ったところで、同じような扱いになるのではないか。かといって抵抗しようにも、羽柴の大軍相手ではとても敵いはしない。ではどうすれば良いのか。兵たちは口々に、そんな不安を交わし合っていた。

 それは氏理を中心として、連日結論の出ないまま続いている軍議においても同じであった。

「帰雲に戻りませぬか」

 と、意を決して口にしたのは大和守時慶である。この者は当初は成政から勧められた通り、羽柴に降るべしと主張していたのだが、中納言自綱の追放を知って態度を変えた。同じ轍は踏めぬと思ったのであろう。

「戻ってどうするというのだ?」

「もちろん、籠城にございます。幸いにして兵糧は十分。備前の兵と合わせて五百、半年は耐えられまする」

 氏理は是とも非とも言わず、目を閉じてじっと思案する。その代わりに、「無理じゃ」と首を振ったのは太左衛門だった。

「富山城が落ちれば、あの大軍はこちらに向かってくるであろう。兵糧が保つ保たぬ以前に、数で押し潰されてしまうわ」

 されど時慶は「とも限りませぬ」と首を振る。この者も決して自棄になって言っているのではない。

「関白もあのような大軍を、そっくり帰雲に差し向けることはできぬでありましょう。飛州は峻厳(しゅんげん)な山道の先。大量の荷駄の行き来は難しい上、陣を張るだけの平地もない。おそらくは此度の金森勢が三千、それで限度なのでござろう」

 ならば十分に戦える。そうして長期戦に持ち込み、敵も戦に飽いてきたところで和議に持ち込む。そうした算段を頭に描いているのだろう。されど、ことがそううまく運ぶともあまり思えなかった。何より我らは一度負けたのである。そうそう好い条件での和議など結べるであろうか。

「若殿はどうお考えか?」

 次いで、一同の視線は氏行へと向けられた。この若殿も出陣したばかりの頃はどこか浮き足立っていたが、ここ数日で急に落ち着きを取り戻していた。そうして気が付けば、一端の将としての風格さえ纏いはじめているかにも見える。

「いっそ、こちらから討って出てはどうでしょうか」

「討って出るとは、何処へ?」

「言うまでもなく、鍋山城にござる。夜陰に乗じて城を急襲し、金森法印の首を上げてしまえば良い」

 と、氏行は迷いなく言った。太左衛門も時慶も、驚いてまじまじとその顔を見つめる。されどじっと父親に向けた目には、揺るぎない覚悟のようなものさえたたえられていた。

「それは……いくら何でも」

「困難は承知の上。されど法印もまさかと思うておるでしょう。それに落とした各城に抑えの兵を置いておるなら、本拠とはいえ千おるかどうかのはず。不意を突きさえすれば、落とせぬ数でもありますまい」

 とはいえ、無謀であることに変わりはない。さらにもし城を落とすことが出来たとしても、そのあとはどうなる。そこまで抗えば、もはや和議はあり得ぬ。結局は羽柴の圧倒的な兵力の前に、滅びるしか道はないのはわかり切っていた。

 されど、一概に笑い飛ばすこともできなかった。おそらく兵たちの中には、氏行が示したその道に賛同する者も少なくないであろうからだ。行く先にもはや滅びしかないのであれば、最後に武士としての意地と誇りを見せつけてやるべし。敗れるにしても、一度も槍を振るわずして散るなど我慢ならぬ。そんな思いが、兵たちの間に漂っていることは氏理たちも感じ取っていた。

「……殿」

 時慶はそう決断を促す。されど氏理はまだ黙ったまま、じっと目を閉じていた。身じろぎすらせぬゆえ、まさか眠っているのではないかとさえ思えてくる。氏行も焦れたように、声を荒らげて詰め寄った。

「父上、もはや逡巡しておるときではございません。ご決断をお願いいたします!」

 急き立てられ、氏理はようやく目を開いた。そうしてぐるりと一同を見回し、小さく息をついて言った。

「善十郎を……これに呼んではくれぬか」

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