(五)
木々の隙間から遠くに見える炎は、ずいぶんと小さなものになっていた。もう城は落ちたのかもしれない。そうであったとしてもおかしくはなかった。
氏綱はしばし足を止め、沈痛な面持ちでその炎を見つめていた。付き従う者は、せいぜいが五十ほどになっている。それだけ城から逃がすのが精々だった。しかもその中には、兵ではない者も多く含まれている。
たとえば氏綱の傍に寄り添っている童もそうだ。慥か名を巳代吉といい、鉄砲頭である三島左門に付いて装填手をしていた。氏綱は「左門はどうした」と尋ねたが、童は黙って首を振っただけだった。おそらくはかの鉄砲頭も命を落としたのであろう。小さな腕でしっかりと抱きしめている火縄銃だけが、かの者の形見なのかもしれない。
蔦はぼんやりと、氏綱が連れてきたというその門徒衆の生き残りの顔を思い出す。かの者もまた、浮雲であった。常にすべてを諦めたかのごとく超然としてして、それでいて目は何かを期待するかの如く、遠くへと向けられていた。それは夜毎あの「旦那さま」が見せるものと、また水面に映るおのれのものともよく似ていた。今頃はきっとあの者も、望んだ死を得られて、満足げに微笑んでいるのか。そう思うと、また腹の底がじりじりと熱を持ちはじめる。
仕方ないものだ、とおのれに呆れ果てる。先ほどにしてもそうだ。この身の中にまだ生き続けている、もうひとりの備中守のことなど知る由もない氏綱たちは、突然の豹変にさぞ面食らったことであろう。蔦は夜気を大きく吸い込み、腹の熱を少しだけ冷ますと、背を丸めて放心したように足元を見下ろしている右近へと声を掛けた。
「傷は痛みますか、川尻さま?」
その声に、はっと我に返ったように若者は顔を上げた。そうしてきょろきょろとあたりを見回し、ようやく蔦の顔に目を止めた。それでも今おのれに呼び掛けたのが、この女であったことにはすぐには気付けないようだった。
「しっかりなさいませ。まだ戦は終わっておりませぬ」
「は……はい」右近はようやく小さく頷き、答えた。「傷は……どうということもありませぬ。このくらい……」
そうして城を抜け出す際に、流れ弾が当たった右肩へと手をやる。言うまで忘れていたということは、慥かにさしたる痛みもないのであろう。鎧の袖に当たって、弾道が逸れたのかもしれなかった。
それならば良し。蔦はひとつ頷いて背を向けた。されどその背に、右近がおずおず「……あの」と尋ねてくる。
「あなたは何ゆえ、父にあのようなことを言ったのでございますか」
「何ゆえも何も……」と、蔦は肩越しに振り返って答えた。「思ったことを口にしたまで。私は別に、あの者に仕えているわけでもございませぬゆえ」
若者はぼんやりと「……はあ」と頷いただけだった。おのれの父にあのような無礼な口を利いたというのに、別段怒っているわけでもないようだった。まるで感情が抜け落ちてしまったかのような虚ろな目を、また力なく足元へと落としただけだ。
「私をお斬りになりますか?」
それでもそう尋ねてみると、右近は「いえ」と小さく首を振る。「さようなことはいたしません。父に生きて欲しかったのは、我も同じですゆえ」
どうやらこの若者は、おのが父を思い止まらせようとしてああ言ったと勘違いしているらしかった。お目出度いことよ、と蔦は苦笑する。この地の者たちは、まったくどいつもこいつもお目出度い。




