(三)
敵が再び攻め寄せてきたのは、夜半を過ぎてからのことだった。されど、戦法は相変わらずの力攻めである。もう伏兵はいないと踏んだのか、あるいは多少の犠牲はやむ無しと割り切っているのか。
思惑はやはり外れたが、それならそれで正面から迎え撃つだけだった。先ほどまでと同じように、強引に川を越えて崖に取り付いてくる敵を、矢弾と投石で叩き落としてゆく。城には元からいた城兵の他、近郷の金堀衆たちも続々と加わってきていた。かの者らが山肌から大岩を掘り起こし、手頃な大きさに砕いては腰曲輪へと運び込んでくる。おかげで投石用の礫はいつまでも尽きることはなかった。
三島左門以下の鉄砲衆も、ここぞとばかりに斉射を続けている。玉薬が尽きれば、かの者らも投石隊へと合流することになっていた。されど今のところは、その心配もなさそうだ。
「将が倒れたぞ。やったか?」
鉄砲衆のひとりが、乗り出して下を見下ろしている。遠藤の家紋の入った陣羽織姿の武者が、雑兵ふたりに抱えられながら川から引き上げてゆく。もはやまったく動かないところをみると、すでに息絶えているのであろう。またひとり、将のひとりを討ち果たしたらしかった。それでも依然として、攻め手の勢いは衰える気配もなかった。
「気を緩めるな、撃ち続けよっ!」
左門が一喝し、その声を敵の筒音がかき消した。身を乗り出していた男の体が勢いよくのけ反り、鮮血を散らしながら倒れた。傍らの巳代吉がひっと声を漏らし、頭を抱えてしゃがみ込む。
「怯むな、巳代吉!」左門はなおも声を張り上げる。「火縄を拾え。弾を込めよ!」
巳代吉が弾かれたように顔を上げ、撃たれた男が取り落とした火縄銃を拾い上げる。それを見届けると、氏綱はこの場を左門に任せ、本丸へと上がって行った。
本丸では備中守氏信が突端から身を乗り出し、兵に下知を送っていた。氏綱はその背に駆け寄り、今にもずり落ちそうなその体を掴み戻す。
「あまり乗り出すでない。格好の的ぞ」
「はっ」と、氏信は振り返るなり笑った。「それだけの腕がある者がおるものか。当てられるものなら当ててみよ!」
「父上は戦がはじまってからというもの、ずっとこの通りでございます。備前さまからも言ってやってくだされ」
氏綱と共に父親の巨躯を支えていた右近が、困ったように首を振った。この若者は此度が初陣である。まだ顔には緊張の色があったが、それでも十分に落ち着いているように思えた。氏綱はおのれの初陣のときを思い出しながら、頼もしきことよと感心する。
「それよりも、だ……備前」氏信は真顔に戻って、じっと氏綱の顔を覗き込んだ。「いったいどういうことだ。敵は慎重になるどころか、ますます無理押しに来ておるぞ」
「わしにもそれが解せぬ……我らの思う以上に、敵方は兵糧が逼迫しておるのか」
あるいは陽動か。そう思いかけて、すぐに振り払った。かような小勢に陽動を仕掛けて、いったいどんな裏をかくというのか。馬鹿げている。
そのとき、また背後の闇が揺れた。蔦が音もなく現れ、「……尾上さま」と呼び掛けてくる。
「乱波か。城主の前ぞ、控えよ!」
そう追い返そうとした氏信を手で制し、氏綱は尋ねた。
「何があった?」
「金森勢、それも長屋の軍勢がおかしな動きをしております。鎮火したのちも屋敷に留まったまま、焼け跡を掘り返している様子」
「何だと……まさか」氏綱は城主の氏信に身を寄せて、低い声で言った。「坑道を見破られたのではあるまいな」
「それはあり得ぬ。一度であれば、最初から伏兵を忍ばせていたと思うはずよ」
「だがそれならば、長屋勢は如何して……」
そう言いかけたところへ、また突然現れた者がいた。やはり透破、それも女である。
「甚太郎さま……それに尾上さま」
「……房か。ここで何をしておる」
蔦が咎めるように言った。房というのは、遠藤勢に忍ばせていた蔦の手下だと聞いていた。されどその者が持ち場を離れてわざわざ戻ってきたとは、余程火急の件があったということだ。氏綱はまたその叱責を遮って「よい、申せ」と言った。
「長屋喜三、遠藤小八郎ら別働隊、先導役の素性がようやくわかりました」
「さようか。何者であった?」
すると房はすぐには答えず、ちらりと氏信を見やった。それから、意を決したように口を開く。
「……ご子息、川尻勘兵衛さまにございます」
氏綱が「……何と」と漏らしたきり絶句した。それ以上に動揺を見せたのは、やはり右近であった。先ほどまでの落ち着きぶりは何処へやら、瞬く間に顔を蒼白にし、脂汗を滴らせはじめる。
「兄上が敵方に……そんな」
房はそんな右近を労わるようにちらと見やると、顔を伏せて声を抑えながら続ける。
「なお勘兵衛さまは金森方に対して、備中守を名乗っておられます。それは、つまりは……」
「やつの中では、すでにわしは亡き者というわけだな」
氏信が淡々とした声でつぶやいた。表情に乱れはなく、なおも落ち着き払っているようにも見える。されど拳はきつく握りしめられ、手甲が割れんばかりにぎりぎりと鳴っていた。
「そこまでこの父が憎いか。内ヶ島が憎いか」
「……備中」と、すぐに我に返って氏綱は呼び掛けた。「まずいぞ。勘兵衛はあの坑道のことは知っておるのか」
「当然知っておる。やつ自身三木との戦で、実際に使いもしたからな」
つまり金森勢は、最初から坑道のことを知っていたというわけだ。奇襲が成功したのも、ただ最初にそれを使ってくるとは思わなかっただけのことであろう。ならば今、屋敷の焼け跡を掘り起こしている狙いも明らかだった。この芸のない無理押しは、やはり陽動であったのだ。
「急ぎ、郭に兵を集めよ。こちら側の坑道の入口も塞がねば……!」
そう叫んだ氏綱の声も、中途でかき消された。焙烙が炸裂し、主郭の一部が吹き飛んだのだ。夜闇に高く火柱が上がり、傷を負って退避していた城兵たちが燃えながら転がり出てくる。
「遅かったか……」
氏信が呻くように毒づき、みずから槍を手に駆け出していった。




