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浮雲の賦  作者: 神尾 宥人
第三章 風雲
33/59

(十五)

 普請されたばかりの赤谷城の腰曲輪にて、篠野の報告を聞き終えると、備前守氏綱は低い声で「……さようか」とつぶやき、小さく頷いた。

「照蓮寺は中立か。まあ、予想できたことよの」

「よろしいのですか?」

「敵に回らぬだけ良しとするしかないわ。それにしても明心どの、ご存命であったか。風聞は耳にしておったが、さすがに信じてはおらなんだ」

 篠野はあの老僧に呼び掛けられた際、背筋に走った悪寒を思い出し、ひそかにぶるりと身を震わせた。長いこと影働きに身を染めてきたが、ああもあっさり見破られたのははじめてのことだ。

「厄介なお方なのでしょうね」

「ああ、厄介だ。どこまでも腹が読めぬ。あの老師がいる限り、照蓮寺は敵であり続けよう」

 苦々しく言いながら、氏綱は再び目を上げる。夜はすっかり更け、眼下に流れる庄川もその向こうの森も、墨を流したような闇に沈んでいる。空は重い雲が垂れ込めているのか、星はおろか月さえも見えない。

「まあ良い。今はそれよりも金森勢じゃ。おぬしの話であれば、そろそろ篝火が見えてもよさそうなものであるが……」

「さすがにあの軍勢で尾根を下るには骨が折れましょう。まだ今しばらくは掛かるかと」

「案内役のもうひとり、とうとうわからずじまいなのであったの?」

 その言葉に、篠野はばつ悪そうに俯いた。されど氏綱は表情を和らげ、「責めておるのではない」と首を振る。

「ただしあのような、修験者ぐらいしか知らぬ道を往こうというのだ。このあたりの地勢によほど通じた者がいるに違いない」

 そうしてまた闇の中に目を凝らしたとき、背後にもうひとつ、気配を感じた。わかっていても、ぞくりと肌が粟立つのを感じる。傍らに控えていた篠野も、思わず身を堅くするのがわかった。誰が現れたのかを慥かめるため、振り返るまでもなかった。

「……何用じゃ?」

「金森勢が参りました」と、蔦が答えた。「尾上川沿いを下り、近付いてきます。おそらくは夜明けを待って川を渡る腹積もりかと」

「うむ……今、こちらからも見えたところじゃ」

 闇の向こう、木々の合間にちらちらと、松明らしい小さな光が覗くのが見えた。まだ数は少ないが、いったん川向うに集結したのち、再び動き出すのであろう。

 渡河地点はおそらく岩瀬橋あたりか。橋そのものは幅七尺ほどの小さな引渡橋だが、周辺は川底も浅く、泳がずとも渡河が可能だ。このあたりの地勢を知り尽くした案内役がいるならば、必ずかの地を選ぶ。

「岩瀬橋にて迎え撃つ。おぬしは砺波へ走り、殿にお知らせせよ」

 篠野は「はい」と答え、闇の中に姿を消した。氏綱はそれを見届けることもなく、主郭へと上がってゆく。

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