(十三)
季節はまだ夏の盛りである。されどのそ強い日差しは、鬱蒼と繁った葉に遮られ、地にはあまり届きはしない。そんな山深い細道を、千五百の鎧武者たちが進んでいた。
すでに国境は越え、飛騨の国に入っているはずであった。されど行けども行けども敵兵はおろか、狩りや山菜採りに来た山人にすら行き合わない。おそらく近郷には里すらないのであろう。はたしてこの先に落とすべき城などあるのか。もしかしておのれはすでに冥府にでも迷い込み、このまま行倒れるまで彷徨い続けるのではあるまいか。虻や藪蚊に苛まれながら、先頭を行く兵たちはさようなことまで考えはじめていた。
そんなときである。ようやく前方に人影が見えた。どうやら修験者のようだ。質素な法衣を纏い、編笠を目深に被って、背丈よりもはるかに長い錫杖を手に、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
おそらくこちらに気付いているはずであった。何しろ鬱蒼とした木々の間に開かれた細道である。荷駄まで従えた武者の列とすれ違えるだけの道幅はない。にもかかわらず、修験者は足を止める様子もなかった。
「かような道行で、はじめて出会うのが坊主か。縁起でもないの」
先頭の兵のひとりが、誰に言うでもなくつぶやいた。その者、名を牛丸又右衛門親綱という。此度の飛州侵攻にあたって法印が案内役として抱えた、かつての国人であった。
性は粗暴にして血を好み、神仏への信心も薄い。江馬家との戦のかたわら一向宗門徒とも争い、いくつもの寺社を焼き滅ぼしてきた。三木との戦いに敗れ、居城の小鷹利城を追われたのちは野盗に堕ち、北国街道で商人を襲い荒稼ぎしていたところを、法印が手勢に取り押さえられた。そうして罪を赦免する代わりに、此度の案内役を任ぜられたのである。
さりとて新たな主を得たところで俄に性向が変わるはずもなく、その修験者に対してもにやにやと笑いながら槍を構えた。傍の男が「……おい」と咎めたが、知ったことではない。この険しい道行と鬱陶しい羽虫の群れに、ほとほとうんざりしていたのだ。なら坊主のひとりでも串刺しにしてやれば、少しは気も晴れるであろう。
修験者はいよいよ三間ほどにまで近付き、又右衛門は足を止めた。後続の兵たちもそれに合わせて進軍を止め、何事かと前を覗き込んでくる。
「そこな坊主、歩みを止めよ」
そう呼びかけて、修験者もようやく立ち止まった。そうしてわずかに編笠を持ち上げて尋ねてくる。
「儂のことかの?」
ひどく嗄れた、されど張りがありよく通る声だった。編笠の下から覗いた顔も皺だらけで、まるで枯れ枝のように痩せ細っている。おそらくはかなりの高齢であろう。法衣から覗いた腕はまさに骨と皮ばかりで、およそ生者とも思えないほどだった。
「他に誰がおるというのか」
「そう言えばそうじゃの、ほっほ」
老僧はそう、さも愉快そうに笑う。こちらが構えた槍など目にも入っていなようであった。又右衛門は侮蔑されたかのように思えて、かっと頭に血が上るのを感じた。
「やはり縁起でもないわ。戦の道行に、薄気味の悪い坊主など」
「……はて?」と、老僧はなおも笑いながら首を傾げる。「これは異なことを言うものよ。そなたらの大将もまた法体ではないか。そちらも縁起が悪いとでも言うのかの?」
その指摘に、又右衛門は思わず後方を振り返った。旗印はだいぶ離れたところに見え、まさか今のひと言が総大将の法印素玄に聞こえたとは思えない。そのことに、ひとまずほっと胸を撫で下ろす。何しろ罪人として首を刎ねられるところを辛うじて拾われた身、つまらぬ言葉尻で不興を買ってはたまらなかった。
されど傍らの兵たちのほうは、今の老修験者の言葉にいっそう不審を深めていた。おのれらの大将が法体であることを知っているということは、この軍勢を越前大野の金森勢であるとわかった上で足止めしたわけである。まさか間者ではあるまいが、ただの行きずりとも思えない。
「曲者よ、何奴!」
兵たちは一斉に槍を構えた。されどずらりと並んだ穂先にも、老僧は怯む様子もなかった。物珍しげに兵たちを見回し、「ほほう、ほう」となおも笑う。
「刀も持たぬ和上に槍を向けるか。武士の風上にも置けぬやつばらよ」
「やかましい、立ち去れいっ!」
得体の知れぬものを覚えながらも、兵のひとりが言った。傍らの又右衛門も、慌てて槍を構え直す。すると次の刹那、老僧がいきなり間合いに滑り込んできた。あたかもふっと姿がかき消えたかと思うと、まばたきののちに目の前に現れたかの如く。
又右衛門は慌てて槍を振り回したが、老僧の手にしていた錫杖がまるで蛇のように柔らかく絡み付き、気が付けば手を離れて宙を舞っていた。ややあって槍は数間離れた地面に突き刺さり、二、三度震えたのちにゆっくりと倒れる。
「こっ……この老いぼれがっ!」
槍を失った又右衛門は、まだこれがあるとばかりに腰の刀に手をやった。されどそれを抜く間もなく、今度は鉄のように硬くなった錫杖の尻で喉を突かれた。襟廻越しにもその一撃は強烈で、又右衛門は蛙が潰れたかのような声を漏らしたきり悶絶し、その場に頽れるように倒れ伏した。
その間にも、囲んだ兵たちの槍が同じように宙を舞っていた。そうして編笠の下の、そこだけ爛々と輝く両目でじろりと一同を睨め回す。兵たちはそのひと睨みで、あたかも魂を抜かれたように委縮し立ち尽くした。




