(十)
そうしていよいよ、出陣の朝がやって来た。城の曲輪に集まった二百五十の兵は、威勢よく鬨の声を上げたあとで、一列になって行軍を開始する。
先頭は、孫次郎氏行率いる五十の兵だ。露払いとして長瀬小太郎ら馬廻が先導し、氏理自慢の駿馬である「颯」に跨った氏行が続く。善十郎は徒士でそれに並び、馬上の若殿を脇でしっかりと守っていた。
実のところ氏理からは善十郎のために騎馬をもう一頭預けられているのだが、それに跨ることは固辞したのだった。もう一頭の騎馬はあくまでも「颯」の予備として、空馬のまま後続の者に引かせている。敗走したときに氏行を逃がすためには、いかな駿馬とはいえ一頭では心許ないゆえだ。
そのあとに、兵庫頭氏理がみずから率いる二百の勢が続く。とはいえ、いかにも急拵えの軍勢であることは隠せなかった。馬上の氏理自身は、初代為氏の代から受け継がれてきたという革威の古鎧に身を固めているが、武具一式を揃えられている者は百もいまい。雑兵たちの多くは腹巻に陣笠のみという軽装であった。
三年ぶりの外征とあって、城の外には民たちが大勢集まっていた。かの者らにとっても、この帰雲の全軍を挙げての出陣は、ちょっとした見物なのだ。その顔にはやはり不安も浮かんでいるが、めいめいに手を振ったり声をかけて来たりもする。
中でもやはりいちばん人気があるのは氏行だった。民たちの中には、わざわざ地味な小袖に着替えた阿通の方や女衆たちも紛れていて、若者たちに黄色い声を上げていたりもする。馬上の若殿は、その声に恥ずかしげに顔を俯けていた。
善十郎はさりげなく目を巡らせる。そして、女衆たちのうしろにいる蔦に気付いた。いつものようにせせらうような笑みを浮かべて、隊列の中の「旦那さま」を他人のように見ていた。されどあんな顔をして、頼んだことはみな期待した以上に果たしてきた女だ。心配は要らぬであろう。
「若殿は少々固くなっておられますかな。馬も落ち着かぬ様子にございます」
氏行がこの「颯」に乗るのは、決してはじめてではない。それどころかいつもは、もっと息を合わせて軽快に乗りこなしていたはずであった。されど今は馬も乗り手の緊張を感じ取っているのであろう、やや利かん気を起こしている。
「それは固くもなるわ」と、氏行が恨めしげに答えてくる。「今日まで散々、戦の恐ろしさを語って聞かせたのはおぬしであろう」
「そういえば、そうでしたな」
「それで当人は涼しい顔をしておる。何やら得心がゆかぬぞ」
「さような憎まれ口を叩けるようであれば、大丈夫でございますな」
小さく笑ってそう返すと、氏行は拗ねたようにそっぽを向いた。されど善十郎の言った大丈夫という言葉は本心からである。おのれの初陣のときと比べれば、はるかに堂々としていると感心さえしていた。
「善十郎、おぬしは戦が恐ろしくはないのか」
氏行はそう尋ねてから、勝手にひとりで得心したように頷いて続けた。
「まあおぬしはこれまでも、色々な戦に出ておるのであろうからな。恐ろしくなくとも不思議はない。さような者がいてくれるだけでも、頼り甲斐があるというものよ」
「さようなことはございませぬ」と、善十郎は首を振る。「某も、戦は恐ろしゅうございます。おそらく敵を前にすれば、足が竦むのかもしれませぬ」
「……偽りを申すな」
「まことにございます……いえ」善十郎は首を振った。そうしてしばし思案し、言い直した。「まことであればいい。そう、思っておりまする」
その言葉の意味がわからないようで、氏行は訝しげに首を傾げた。おそらくわからぬであろうと思ったし、善十郎としても説明できそうになかった。




