(四)
明けて天正十三年。信雄との単独講和によって兵力を集中できるようになった筑前守秀吉は、まず紀州に向けて動いた。三月下旬、根来衆の守る最前線の千石堀城を一日で落城させると、勢いのままに根来寺・粉河寺・雑賀荘を攻略。高野山を降伏させ、最大の拠点であった太田城も水攻めで落とした。そうしてかつて信長が多くの犠牲を出しながら攻略しきれなかった紀州の地を、わずかひと月で平定してしまった。
六月、続けて四国の長宗我部へと兵を向ける。毛利とともに総勢十万とも十二万ともいう大軍勢を擁し、伊予・讃岐・阿波の三方から同時に侵攻を開始した。それに対し長宗我部も四万の兵を集めて抵抗するも及ばず、次々に拠点を落とされていった。
四国が平定されれば、次は北陸であることは自明のことである。それでも成政は、いまだ抵抗を続けていた。蔦によれば成政は信雄と家康が秀吉と講和したことを知ると、小勢を連れて冬の立山越えを断行し、浜松まで継戦を訴えに向かったともいう。
しかし蔦が仕入れてきた話とはいえ、それはさすがに眉唾と言うしかなかった。善十郎はその道の険しさを、身をもって知っていたからだ。夏場であっても命がけであった行路を、雪に閉ざされた厳冬に踏破するなど、もはや自死にも等しい行為である。忍びであっても、中には行き方知れずになる者もいるほどだという。たださような風聞が立つほどに、成政が追い詰められているということは慥かなようであった。
それでも盟を結んでいる内ヶ島へ、兵を出せという求めはいまだ来ていなかった。帰雲では数日にわたる合議が開かれたが、依然として結論は出ていない。もちろん各々の意見は出尽くして、あとは当主の氏理の決断を待つのみである。成政との盟を守るのか、あるいは白紙に戻して羽柴に付くか。氏理もおそらく腹の中では決意を固めているのであろうと思われるが、それをいまだ口には出さぬままだった。
そんなある日、善十郎はひとり城下を歩いていた。冬が終わってこの地を閉ざしていた雪もすっかり解け、やがて短い夏がやって来てもなお、城下にかつての賑わいは戻ってきてはいなかった。物売りの数もずいぶんと少なく、道行く民たちの顔にもぴりぴりとした固さが見える。おそらくは誰もが、迫りくる戦の臭いを感じ取っているのであろうと思われた。
耳を澄ますと、風に乗って火縄銃の筒音が聞こえてくる。それも一丁や二丁ではなかった。善十郎はその音が聞こえる方角へと、川沿いにぶらぶらと足を進めてゆく。
そうして人家も途切れ、鬱蒼とした木々ばかりとなったあたり。川が大きくうねり、広くなった河原に、三十人ほどの一団が見えた。横一列に並び、膝をつき、手にした火縄銃を構えている。指揮を執っているのは、やけに頭ばかり大きな小男だった。僧籍から還俗して間もないというのが、まだ短い髪からもわかる。それを少し離れた場所から見守っている、もうひとりの男。善十郎はそちらに、ゆっくりと歩み寄って行った。
「試し撃ちでござるか、尾上どの」
そう声をかけると、備前守氏綱はようやくこちらに気付き、振り返った。
「何やら景気のいい音が聞こえましたのでな。ついつい、足を運んだ次第にございます」
そう言って、善十郎は隣に並んで立った。氏綱は満足げに頷き、目をまた鉄砲衆のほうへと向ける。
「種子島三十丁、昨日ようやく届いてな。これでようやく格好がついた。もっとも弾も玉薬も乏しいゆえ、あまり試し撃ちもできぬのだが……まあ、今日くらいはの」
鉄砲衆を率いる小男は、三島左門という元門徒衆であると聞いていた。照蓮寺の伝手で、氏綱がみずから口説いて雇い入れたのだという。これもまた、いつか言っていた『新しき風』のひとつなのであろう。他にも、庄川の水を引き入れて耕作地を増やすための用水路建設に、加賀の職人たちを連れてきていたりもしているらしい。少しずつではあるが、この家老が目指す改革も形を成しはじめていた。
ただ問題は、世の動きがそれ以上に目まぐるしいことであった。この内ヶ島家を巻き込もうとしている嵐は、氏綱の蒔いた種が実を結ぶのを待ってなどくれそうにない。
「殿は、どうしておられますか」と尋ねると、氏綱は困ったように笑って答えた。
「今日は朝から七郎どのが来られてな、ずっと盤を囲んでいらっしゃるよ」
それはそれは、と善十郎も苦笑する。この三年の間に氏理も少しは腕を上げたが、まだまだ常堯には敵うまい。あの出鱈目な打ち筋にいいように翻弄されて、泣きを見ているさまが目に浮かぶようだった。
「まあ、気晴らしくらいはさせて差し上げねばの。殿もこのところ気苦労ばかりじゃ。おかげで、鬢にもすっかり白いものが増えた」
「心中、お察しいたしまする。尾上どのも」
「わしは気楽なものよ。申し上げることは申し上げた。あとは、殿がお決めになるのを待つのみゆえ」
氏綱はそう答えて小さく首を振る。むろん苦悩はあろうが、面差しはどこ清々しげに見えた。おそらくは、おのれの進言が通らないこともとうにわかっているであろう。されどそのことに、むしろ満足しているかのようでもあった。
「佐々どのからは、まだ何も?」
「ない。もう一方からは、幾通も文が来ておるがな。金森法印、遠藤左馬助、前田又左衛門……我らも有名になったものよ」
金森法印とは、かつての金森五郎八長近のことである。柳ケ瀬の戦で柴田方に属し、剃髪して帰順することで秀吉から本領を安堵された。その際に出家し、以来法印素玄を名乗っている。
「三木はどうでしょうか。まだ動きはありませぬか?」
「ないのう……やつらも、まだ決めかねておるようじゃ」
三木中納言自綱は天正十年十月、宿敵であった江馬氏を八日町の戦で滅ぼし、名実ともに飛騨の盟主となっていた。されどその後は佐々との盟を守ったまま、目に付くような動きは見せていない。機を見るに敏な中納言のこと、かような状況になれば、真っ先に羽柴へ靡くものと思っていたが。
「動くに動けぬのよ。下手に動けば、内蔵助どのに攻められると恐れておる。ゆえ、櫛の歯が抜けはじめるのを待っておるのであろう」
戦が迫り、羽柴の大軍が越中に向かって来れば、佐々方の結束も崩れはじめると読んでいるのか。かつての武田のように、敵に寝返る者も続出する。そうなればおのれも憂いなく羽柴に寝返ることができると。されどそうして武田を見捨てた者どもの末路を知っている身としては、その判断が正しいかどうか疑問を抱かずにはいられなかったが。
鉄砲衆は再び列の形を変え、川に向けて火縄を構えた。そうして左門が「……ってぇっ!」と掛け声をかける。半拍遅れて、筒音が重なり合いながら響き渡った。隊の中にも数人、門徒上がりと見える風体の者がおり、銃の扱いも慣れたもののようだった。
「ともあれ、我らはただ備えるのみよ」
「……に、ございますな」
氏綱の言葉に、善十郎も直に頷いた。おそらくこれからがやって来る嵐は、いくら備えたところでどうにもならぬであろう。されど他に出来ることがないのであれば、やるのみである。




