(七)
日が暮れると、善十郎は庵を出て見回りに加わった。槍は持たず大小のみを差し、氏綱が遣わした四人の男たちと手分けをして、村の中を巡回する。夜ともなれば出歩いている者の姿はなかったが、家々から明かりが漏れ、宴のものらしい賑やかな声が聞こえてきていた。特に騒ぎは起きていないようで、至って平穏なものであった。
そうして昼間の蔦の話が気になって、足が自然と帰雲屋敷に向いた。善十郎が槍を指南している馬回りの若者たちは、生まれ育った村を離れて来た者も多いため、屋敷の離れに住まわされている。その様子も一応窺っておこうと思ってのことだった。
離れと言っても、何しろ三十人からが集って暮らす場所である。構えはそれこそ道場と呼んでいいほどの立派なものであった。若者たちはまだ床には就いてはいないようで、威勢よく論を戦わせる声が漏れ聞こえてくる。またぞろ渡りの商人たちから仕入れた話を種に、戦の談義に興じているのであろう。
大広間に入ると、善十郎に気付いた若者たちが、こぞって目を輝かせながら見上げてきた。どうやら先日の一件以来、この者らの目の色がまた変わってきている。かつての恐怖の象徴であった勘兵衛を眼前で叩き伏せたことがよほど効いたのか。されど居並ぶその目に、こちらを怖れる色は浮かんではいない。
「少しは声を潜めよ。あまりがなり立てておると、殿のお耳にも入ってしまうぞ」
慌てて立ち上がった若者のひとりが、「これは失礼いたしました、飯島さま」と頭を下げる。
「されど珍しいですね。飯島さまがこちらをお訪いになるのは」
「いや、見回りのついでにの。変わったことはなかったか?」
そう尋ねながら、善十郎は広間をぐるりと見回した。中に入ってみてもやはり道場と呼んだほうが似合いの造りをしていて、板張りの広間は全員が雑魚寝をしても十分なほどの広さがある。
この馬廻に選ばれた若者たちは、配下の将の子息であったり、また各村から体躯を買われ送られてきた者であったりと、出自は様々であった。その中では城主の子息である右近や刑部、また半三郎らは別格なのであるが、進んでここで他の者と共に暮らしている。ときには氏行も屋敷を抜け出して遊びにやってくるらしい。やはり、近しい齢の仲間たちと共に過ごすのが心地よいのであろう。
しかし今は、右近の姿だけが見当たらなかった。善十郎は刑部を呼び、兄はどうしたのかと訊く。
「兄上でございますか。はて、先ほどまではいたのでございますが……」
右近の弟の刑部は数えで十になったばかり、ここでももっとも年若い者のひとりである。やはり長兄に虐められて育ったためか、おどおどと人目を窺う性向があった。
「別に責めてはおらぬ。ゆえ、正確に話せ。先ほどとはどのくらい前じゃ」
「あ……その」
「ほんの半刻ほど前にございます」
刑部が言い淀んでいると、広間の隅から助け舟が出された。静かに皆の談義を聞いていたらしい半三郎だった。
「少し夜気に当たってくると申しておりました。されど戻りが遅いので、某も気になっておったところです。もうしばらく待って戻らなければ、探しに行こうかと思っておりました」
善十郎はちらと表のほうへと目をやった。庭のあたりをうろついているだけであれば、ここに来る途中で行き合ったはずである。
「右近は、村の見回りに加わりたいとも申しておりました。兄のことで皆に手をかけさせて申し訳が立たぬと」
「……なるほどの」と、善十郎は小さく頷いた。「わかった。見掛けたらここに戻るよう言っておこう。おぬしらは、そろそろ休むがよいぞ」
「某も同道仕ります」
そう言って、半三郎が立ち上がった。様子がおかしいと思いつつ、外へ行かせてしまった自分の責を感じているのであろうか。気に病むことなどない、と善十郎は目で言ってやる。
「無用じゃ。おぬしもここに残っておれ。皆を頼むぞ」
冷静な半三郎であれば、連れて行ったところで先走ることもないとわかってはいた。ただし見回りに加われず不満を抱いているのは、おそらく右近だけではないはずだ。ここに残った者たちが、何か無茶なことを企まないとも限らなかった。その場合、抑えを任せられるのはこの者しかいない。齢はまだ十四であるが、その若さに似合わぬ思慮深さと落ち着きぶりは、すでに皆からも一目置かれている。




