(六)
庵に戻ると、蔦は庭に出て茣蓙を敷き、黒っぽい紐のようなものを並べているところだった。何をしておるのかと尋ねると、振り返った女は笑いながら「蕨にございます」と答える。
「先日買い求めた干蕨を、旦那さまは大層気に入ったようでございましたので、おのれでも作ってみようかと思いました。あちらの山に入ったところ、もう食べ頃に育っているのを見つけましたゆえ」
慥かに数日前の夜に食したものは、意外に美味かった。もちろん伊那にいた頃も山菜はよく食していたのだが、一度乾物にして戻したものは滋味も増して、酒の肴にちょうど良い。村の者に聞くと、このあたりの干蕨は出来が良く、富山や北ノ庄の城下でも評判らしい。白川布と並び、商人たちがもっとも好んで買ってゆく品なのだという。
「ところで、そこの河原に巫女舞が来ていたぞ。おぬしも見物に行ってみてはどうだ」
「まあ、巫女舞でございますか。それは楽しそうでございますね」
白々しくそう言って、蔦はまた背を向けた。まあ良い。善十郎とて、別に問い詰めようという気もなかった。
それよりも今は、別に伝えておかねばならないことがあった。善十郎は庵に上がると、縁に腰を下ろす。そうして、今朝の騒動について話した。そして、氏理から先日聞かされた、勘兵衛についての話を。
蔦はそれを手を止めぬまま、何も口を挟まずに聞いていた。とはいえ、確りと聞いているのかと念押しする必要はない。この女はこうして興味なさげな振りをして、一言一句すべて聞いている。そして決して忘れない。
すべて話し終えると、女はようやく手を止めて、されど背を向けたまま尋ねてきた。
「ゆえにこちらへ、その川尻勘兵衛がなる者が夜襲をかけると仰せでございますか?」
「あくまで、そのようなことも考え得るというだけのことよ。そのときは手加減は無用じゃ。存分に料理せい」
「それは仰せの通りいたしますが……さて。旦那さまも、思慮深いように見えて抜けておられますから」
そう言って、蔦はまたいつものようにくすくすと笑った。揶揄うように。せせらうように。
「抜けておる、だと?」
善十郎はわずかに気色ばんで、上ずった声で問うた。他の者には多少揶揄されたところで聞き流せるのだが、どういうわけかこの女相手だと冷静になれない。
「それは聞き捨てならぬの。わしのどこが抜けておると言うのだ」
すると女はすっくと立ちあがり、草鞋を脱いで縁に上がってきた。そうして善十郎の前に座り、真っすぐに見つめてくる。その目には何の色も浮かんではおらず、相変わらず心根は見えない。
「抜けておられる、とは言い過ぎでしたか。では改めましょう。旦那さまはお強うございます。それゆえ、弱き者のことがわかっておられませぬ」
「弱き者、とな?」
蔦は笑みを消して、「……はい」とゆっくりと頷きかけてきた。まるで幼い童に言い聞かせる母親のように。
「お尋ねしますが……かつて牛首なる御仁は、その虚け者を打ち据えたのでしょうか。容赦なく槍で。あるいは、拳で」
「いや。あくまで言で厳しく叱責しただけだと、殿は申されていた」
「そうでございましょう。ですから、嬲り殺しにされたのでございます。されど旦那さまはその手で打ち据えてみせました。怖気を、かの身に叩き込んでやったのです。ならば勘兵衛なる弱き者は、もはや旦那さまに手出しは出来ますまい。たとえ衆を恃んだとしても」
「そうか?」善十郎は納得できず、首を傾げた。「わしには、そうとも思えぬが……」
「ですから、旦那さまはわかっておられないと申し上げておるのです。それができぬゆえ、弱き者なのでございますよ。さような者が次に牙を向けるのは……さらに弱き者でございましょう」
さらに弱き者。その言葉を、善十郎は声に出して繰り返す。
「幸いにしてそれで十分、旦那さまの顔を潰すことができますゆえ」
そう言って、蔦はまたうっすらと笑みを浮かべた。いかにも情の薄げな、せせらうような笑みを。




