第6話「森での狩りの日々」
クローディアは、何とか4級のクエストを1日に1つはクリアしていた。
それを続けていれば、10日もあれば四等級に昇格出来るであろう。
既に、その半分のクエストは消化済みである。
募集自体の少ない4級クエストを連日受けられるとは、これでも順調である。
元から目立つクローディア故に、寄合所に立ち寄る冒険者らから注目を浴びていた。
幾人かの冒険者からは、パーティーへの勧誘も受け始めていた。
「いえ、私なんかまだまだですから、皆さんの足手まといになっちゃいますよ」
そう言いながら、彼女は全ての誘いを断っていた。
だが、内心、足手まといに自分がなるとは思ってはいなかった。
(寧ろ、あなた達の方が邪魔なんだよね。しかも、人数が増えれば、報酬も分け合うようになる)
別に、性格が悪くて、傲慢になっているからではない。
彼女にとっては、この街は通過点でしかない。
この街で満足しているような相手は、例え数年のキャリアがあっても、仲間になるメリットが無い。
(その考え方が、傲慢なのかな?)
でも、仲間を探すならば、最低限、この街から出たいと思って行動している人物がいい。
残念ながら、そんな人材は、今はいないようだが。
今日もクエストを受注すると、街の近くの森へと向かう。
この街のクエストの大半が、この森か、その周辺にある原野である。
そこには、獣もモンスターも多く生息している。
今日、受けて来た4級のクエストは、グレイウルフ3匹の狩猟だ。
こいつは、小型の狼で人里近くにも出現する。
厄介なのは、獲物を解体している時に、それを横取りしようと近付いて来る事もあるのだ。
何度か、ワイドホーン鹿の解体中にクローディアも狙われた事があった。
その時は、難無く撃退したのだが。
今回は、その相手が狙いだ。
ただ、連中は何匹かの群れを作って行動を共にしている。
余りに数が多い場合には、手に負えないかもしれない。
今まで遭遇したのは、2,3匹の小さな群れで、その位ならば彼女でも充分に対処が出来る。
(今回は、その程度の群れに2つ位、遭遇できればいいな)
狼の肉は食べはしないが、その毛皮はなかなかに買い取り額も良い。
彼等を狩るのは、人や家畜が襲われないようにする為もあるが、その毛皮に需要もあるのである。
森に入ってから1時間弱。
周囲に何やら気配がある。
木々の間を伺うと、母子のワイドホーン鹿だ。
雌の鹿は、角も小さい。
こちらの気配を察してか、鹿の親子が遠ざかり始めた。
まだ、距離があるので、鹿も警戒がまだ薄いようだ。
と、そこへ何者かの影が襲い掛かった。
小鹿を狙ったようだが、それを母親が後ろ脚で蹴り飛ばした。
逃げる親子の鹿。
襲い掛かったのは、グレイウルフだ。
その狼が親子を追う。
その後をクローディアも追った。
人間の中でも、クローディアの足は遅い訳では無いが、獣達の速度には敵わない。
段々と距離を開けられていたが、逃げる鹿達を前方で何かが襲った。
捕まる小鹿。
最初のグレイウルフが、仲間が待ち伏せする場所に親子を追い込んだらしい。
獣らの足が止まった。
そこへ、クローディアが駆け付ける。
グレイウルフは、3匹。
丁度、クエストの達成条件だ。
小鹿を抑える2匹のグレイウルフと、急に現れたクローディアに対峙する1匹。
クローディアに飛び掛かる狼だが、彼女の短剣が空を切る。
「ぎゃんっ!」
悲鳴を上げて転がった狼。
そこへ容赦なく、クローディアが首に一撃した。
動きを止める狼。
仲間を倒された残りの狼らも、獲物に構っている場合ではない事を悟ったようだ。
2匹で、クローディアを囲もうとしたが、その1匹を彼女の呪文が襲う。
そして、もう1匹に切り掛かる。
2匹同時は難しいが、それでもダメージは与えている。
呪文と剣戟を交互に放ち、狼らを迎え撃つ。
それぞれへの止めは、短剣で刺した。
襲い来る狼らの攻撃を避けながら、確実に一撃を繰り出す。
やがて、狼達は動きを止めた。
戦いが終わり、周囲を見ると、親子の鹿の姿は消えていた。
あの小鹿も逃げ伸びたようだ。
クローディアは、狼の毛皮剥ぎの作業を始めた。
しばらく休憩をすると、再びクローディアは歩き始めた。
どうせならば、もう少し稼ぎが欲しい。
今日は、まだまだ時間も早い。
それに、まだクリアしていないクエストもあった。
狼の毛皮は、毎度の事ながらバックパックに収納した。
森の中は、静かである。
(んっ? あれは?)
森の下生えのある辺りで蹲る獣達。
2匹のグレイウルフが、獲物を漁っている。
(これは、いただきだな)
こちらの気配には、まだ気付いていない。
まずは、弓で先制だ。
1匹でも倒せると良いのだが。
矢を1匹に集中し連射すると、そいつは、ばたっと倒れた。
もう1匹が慌てて逃げ出そうとしたが、そいつにも連射だ。
2匹目も地面に倒れたが、まだ息があったので短剣で止めを刺した。
こいつらの食べていた物を見ると、ワイルドボアの子供のようだ。
狼の毛皮剥ぎを始めた。
作業が終わり掛けた頃であった。
(また、何か気配がするな)
もしかして、狼やワイルドボアの匂いを嗅ぎ付けて来た別の獣であろうか?
(これは、作業する場所も考えないとな)
解体した獲物の血の匂いなどが、他の物を引き寄せてしまうかもしれない。
誰かを警戒に立てられないソロの悲しみでもある。
だが、作業をしながらも、クローディアが周囲へ意識を配る事は忘れない。
作業を中止すると、武器を構えた。
何かが、木々の間を縫って来る。
何だか、獣ではないようだ。
寧ろ、人間に近い。
(もしかして、街の人か他の冒険者かな?)
がさがさと枝を掻き分け、こちらの方に近付いて来る。
それも、複数いるようだ。
(まさか、こっちの獲物を横取りするつもりじゃないよな?)
冒険者同士が争うとは、聞いた事は無いのだが。
こちらから声を掛けようかと思ったが、もう少し様子を見よう。
太めの木の裏側に身を隠し、向かって来る相手を観察するクローディア。
枝の間から、そいつの顔が見えた。
(えっ? 緑色?)
そいつの顔が見えたのだが、濃い緑色の肌をしている。
何かを被るとか、塗っているのではなさそうだ。
顔は、猿か大昔の原人か何かに見えた。
身長は、150cmも無い程に低い。
子供の何かなのだろうか?
体には、何かの毛皮を部分的に巻き付けただけである。
そして、その手に木の棍棒が握られていた。
(何だ? あいつは?)
見た事の無い生き物である。
でも、何となく、その姿を見ていると、ある名前が頭に浮かんだ。
(まさか、あいつらは、ゴブリンなのか?)
クローディアに、確証は無い。
だが、あいつらの姿を見た時に、思い付いたのは、その名前だ。
(どうする?)
確か、寄合所のクエストに、ゴブリン討伐もあった。
だが、それは5級からのクエストであるので、まだ彼女は受注した事が無い。
今の彼女では、受ける事のできない上のランクだからである。
でも、ランクが高いという事は、それだけ難易度の高い相手のはずである。
しかも、見た目は大分違うが、初めて見た人型のモンスターである。
今までに倒した奴は、獣やその他の生物を大きくしたような物ばかりである。
それに比べれば、ゴブリンの方が人に近い。
(そんなのと、戦えるのだろうか?)
いろいろと、不安はある。
このまま去れば、逃げ切れるかもしれない。
だが、折角仕留めた、まだ処理をしていない獲物を諦めなければならないのだ。
それに、こいつらと戦うのも、遠い日の事ではない。
(どうする?)
いきなり、奇襲するのが最も良いかもしれない。
こいつらの実力も解らないし、数は向こうの方が多い。
今、目の前にいるのは、2匹だ。
だが、もしも違う物であったのならば、どうなのだ?
相手の反応を見てから、対処するのが正しいのでは?
こいつらが、友好的な種族である可能性も0ではないのだ。
もし、そんな相手を攻撃してしまったら。
ああ、まだゴブリンと出会うとは思ってもみなかった。
ゴブリンだと、決め付けてもいけないかもしれない。
もっと、いろいろと聞いておくんだったな。
悩んだ結果、上策とは思わないが、まずは自分の姿を晒してみる事にした。
そして、こいつらの反応を見る。
こいつらが、逃げるか、友好的な態度を取るならば、こちらも攻撃を控える。
だが、攻撃して来るならば、その時は全力で戦う。
短剣は抜き身で持たないが、その柄には手を置いておこう。
クローディアは、隠れている木の影から、そいつらの前に出た。
「やあ、こんにちは」
一瞬、その緑色の生き物は、驚いたようだ。
互いに顔を合わせた。
小声で、短く何かを言い合っている。
その意味は解らないが、それなりの知性もあるようである。
だが、しばらく話し合っていた奴等の態度が変わった。
そいつらは、クローディアの事を見ている。
顔から段々と下に目線が下がって行き、胸や腰の辺りを特にじっくりと見ているようだ。
奴等の顔が歪んだ。
ある種の笑い顔のようでもあるが、微笑んでいる訳ではない。
卑しい笑い方だ、それはクローディアの事を獲物だと考えているような顔なのだ。
その顔を見た瞬間、クローディアは今までに感じた事の無いような悪寒を覚えた。
(こいつら、俺を獲物として、いや女として見ていやがる)