第3話「等級上げの始まり」
翌朝、クローディアは宿の部屋で目覚めると、身支度をして1階に向かう。
宿では、朝食も付いているので、それを頂く。
そして、食べ終わると、今日も寄合所に向かった。
クエストを受ける為だが、クローディアの冒険者の等級は、現在は最低限の一等級である。
一等では、1つ上の2級までのクエストしか受ける事ができない。
クエストの等級が上がれば、それだけ難易度が高くなるのだが、その分、報酬も良くなる。
1級は薬草などの採取が多く、2級からは低レベルのモンスター討伐などがある。
昨日、2級のクエストを1つ受けて達成したので、等級を上げるには、あと9回2級のクエストをクリアする必要がある。
流石に、1日で9個のクエ達成は無理であろう。
クローディアは、それでも少々無理をして2級を3つと、1級を1つ受ける事にした。
「大丈夫ですか? そんなに沢山受けて頂いて。まだ2級のクエストですが、無理はしないでくださいね」
受付嬢のアンナに心配されてしまったが、ここは少々踏ん張らないと、生活が維持出来ない。
稼ぎを良くするには、少なくとも等級を三級位には上げないと。
「ああ、今日は朝から活動するし、ゆっくりとやるから大丈夫だと思うよ。それじゃあ、また後でね」
「ええ、解りました。頑張ってください」
クローディアは、城門に向かい街の外の出た。
城門を守る兵士らに見送られているのも知らずに。
「なあ、本当に美人だろ」
「ああ、本当だな。お前らが、また大袈裟な事言ってるかも思ったけどな」
「何だよ、たまには俺を信じろよ」
彼女が知らない所で、また兵士らが沸いていた。
クローディアが、今日、受注したのは、1級の薬草集めが1つに、2級のモンスター討伐が3つだ。
薬草集めは、昨日もやったので、クエストの合間に済ませるつもりだ。
そして、モンスター討伐は、3種類のモンスターを最低3匹づつは倒す必要がある。
1つは、昨日も倒したアッシドスラッグで、他は、ジャイアントラットとロッククラブだ。
ジャイアントラットは、50cm程の大型ネズミで、街の周囲の草原や森にいるはずだ。
ロッククラブは、これも50cm程の大きさのカニで、森の中の水辺に棲んでいるそうだ。街から森に向かえば、全てのクエストを達成出来るであろう。
森に到達すると、薬草を採取しながら獲物となるモンスターを探し求める。
薬草は、5本を1束にして1つと数える。
この単位で、回復薬の材料になるそうだ。
5束を納品すれば達成した事になるが、報酬を増やしたいので15束程採取した。
採り過ぎると、資源が枯渇してしまうので、見付けた物の1/3程だけ摘んで行く。
そうなると、1ヶ所での採取では終わらないが、方々に生えているので、そんなに探し回らなくても見付かる。
薬草を採取し終わる頃には、随分と森の奥に入り込んでいた。
木々の影も増え、土の湿った匂いが周囲からする。
ここらには、あいつがいるはずである。
クローディアは、大樹の幹などを観察し始めた。
(おっ、いたいた)
大きな木の幹に、べったりと張り付いたアッシドスラッグを数匹見付けた。
ショートソードを抜いて構えると、アッシドスラッグへ次々と切り付けて行くクローディア。
一撃で、まだ倒せはしないが、2,3回短剣で切り付けると、巨大なナメクジがころっと体を丸めるようにして、幹から落ちた。
周囲を伺うと、地面にも数匹這い回っている。
そいつらは、呪文で数を減らし、短剣で切り付け止めを刺す。
気付けば、8匹のアッシドスラッグを倒していた。
これで目標討伐数以上は、稼げた。
気は進まないが、そいつらの魔石をナイフで取り出す。
戦うよりも、この作業の方に抵抗がある。
50cm程の巨大なナメクジの体を切り裂いて、その中身を取り出すのに、慣れる事はあるのだろうか?
(この、ねちょねちょした感覚が、どうも好きになれん。女子じゃなくてもな)
気を取り直して、次の獲物を探す。
ジャイアントラットは、比較的に楽に見付けた。
奴らは、森やら草原やらあちこちで、数多く見るモンスターである。
モンスターと呼ぶには、少々物足りない相手で、他の彼等よりも体の大きなモンスターの餌にもなっている奴らだ。
それでも、繁殖力が強く、年に何十と子供を生む。
人家の近くなどは、適度に数を減らしておかないと、農作物や家畜に被害も出るそうだ。
故に、こんな奴らも討伐のクエストがある。
こいつらは、初心者冒険者にとって、丁度良い獲物でもある。
クローディアが、森の中を歩き回っていると、叢でがさがさと音がした。
音のする方角を見ると、丸々と太ったジャイアントラットが数匹見えた。
距離は、約20m。
ここからでは、気配を消して近付こうとしても、ネズミ共に気付かれてしまうだろう。
ここは、呪文を唱え、倒すのが良いだろう。
クローディアは、右の掌をラットに向ける。
ここで、火属性の呪文を使うと火事になるかもしれない。
ここは、風呪文で攻撃だ。
しかも、風呪文の利点は、大きな音を出さないという物もある。
上手く行けば、数匹は呪文で倒せるであろう。
「ウインドカッター」
呪文を放った後に、間髪を入れずに、
「ウインドカッター」
そして、
「ウインドカッター」
続けざまに、3回の呪文を唱えた。
3つの呪文は、別々の目標を引き裂いた。
呪文の威力も充分で、一撃を喰らっただけでジャイアントラットらは絶命した。
クローディアは、ラットからも魔石を抜き取った。
(うわ~っ、血が出るけど、まだナメクジよりはいいな)
続いて、次の獲物を探しに行こう。
その前に、森の中で開けた場所を見付けたので、少し休む。
この程度の労働なら、体力も魔力もまだまだ充分である。
こうして休んでいれば、消耗した分も少しばかり回復もできる。
クローディアは、水筒の水を飲み、軽食代わりの焼き菓子を口にした。
少しでも、腹に何かを入れた方が、回復も早いようだ。
15分程休むと、彼女は再び獲物を求めて彷徨い始めた。
(次は、ロッククラブだな。探すのは、水辺だよな)
耳を澄ましてみると、微かに水音が聞こえたような気がした。
勘を信じ、その方角へと向かう。
彼女の耳は確かだった。
(水の音が、大きくなってる)
森の中を100m強進んで行くと、そこに小川の流れを見付けた。
木々の間を川幅3m程の小川が流れていた。
水深は余り深く無いようで、底も見える。
水も澄んでおり、奇麗だ。
川の中には、小魚が泳いでいるのも見えたが、肝心のロッククラブはどこにいるのだろうか?
何度も水の中を覗き込んだが、それらしい姿は見えない。
見えるのは小魚と、流れにたなびく水草、それと、たまに水中や川辺に大きめの石が落ちているだけだ。
いや、少しばかり離れた場所のその石が動いた。
まるで、腕を伸ばして、泳ぐ魚を捕らえようとしたように見えた。
(あっ、そうか、こいつがロッククラブなんだな)
そう思うと、川の周囲に幾つもそれらしい石がある。
試しに、手前にある石を1つ短剣で突き刺してみた。
「かちんっ!」と音を立てて、石に剣が弾かれるかと思えば、「ばりっ」とその石に突き刺さった。
すると、その石がバタバタと隠していた脚を出して暴れる。
そのまま、剣ごと、川から引き出すと、地面に叩き付けた。
そいつは、石のような色と形の甲羅を持った、大きめのカニであった。
殻を割られ、動きの鈍ったカニに、更に剣を振り下ろす。
「ばきばっき」と音を立て、カニの甲羅を砕いた。
それで、奴の動きは止まった。
あとは、これから魔石を取り出すだけだ。
「ばきばき」と音を立てて殻を砕く。
(うん、この作業は悪くない。ところで、こいつは喰えるのだろうか?)
割れた殻から見える、中身はなかなかの肉厚だ。
(後で、何匹か、街へ持って帰ろう)
小川の周囲を見渡すと、擬態したカニが何匹もいる。
そいつらを次々に剣で突き刺して、始末する。
擬態の為か、じっと動かないので楽に狩れる。
計6匹のカニを倒し、その内の2匹を持ち帰る事とした。
これで、今日のクエストは達成である。
更に、街への帰りに、ジャイアントラットを見掛けたので、5匹程退治した。
これで、依頼の倍は討伐した事になる。
意気揚々と城門を潜り、会釈して来た兵士らにも挨拶をして返した。
「皆さん、ご苦労様です」
そして、真っすぐに寄合所に向かった。
「うおっ、笑顔がまたいいな。彼女は」
「違うだろ。オレに声を掛けてくれたんだよ」
「んな訳あるかよ。それは俺にだろ?」
兵士らが、またまた沸いていた。
その様子に気付かない彼女は、振り向きもしない。
「クローディアさん、お疲れ様です。では、今日の報酬は、採取で40シルバー、討伐がそれぞれ70シルバーなので、合計で250シルバーとなります」
受付嬢のアンナが明るく対応してくれた。
彼女も、無事にクローディアがクエストを終えられて、安心したようだ。
(まあまあ、これだけ大量に獲物を倒すと良い稼ぎになるな)
この位の稼ぎがあれば、宿と飯代程度なら充分に賄える。
だがだが、装備を買い直したり、修理するような事があれば、忽ちに赤字だ。
今日は、怪我などもしなかったから、回復薬なども使ってはいない。
怪我は、魔法で治せば、金も掛らないけど。
早く、上の等級になって、効率の良いクエストを受けられるようにならないと。
それには、2級のクエストを後6回は受けないと。
今日のペースで行けば、後2日で達成である。
(この調子で、数日、頑張るか?)
クローディアは、宿に向かって行く。
その足取りは、どこか楽しそうである。
思わず、すれ違う人達に、無意識に笑顔を向ける。
その表情に、老若男女問わず、惹かれてしまっている。
特に、若い男性には、少々、刺激的らしい。
その魅力に絡めとられた者は、しばし彼女の後ろ姿を追った。
中には、自分のパートナーから、肘打ちを喰らう者までいた。
「もぉう、あの人を見過ぎ。でも、奇麗な人だよねぇ。あんな人、ここにいたかな?」