第1話「一歩目を踏み出す」
野原の中を真っすぐに街道が伸びており、幾人もの人が行き交い、また馬車なども通っている。
今は、昼をやや過ぎた頃であろうか?
天気も良く、雲も僅かしか空には無い。
そのまばらな人の波の中に、いつの間にか1人の人物が混ざったのだが、周囲の人は一切気付かないようだ。
(んっ? ここはどこだ、俺はどうしてここに? ああ、女神のヨシコが新しい世界に送り込んでくれたのか?)
そのマントを羽織った女性は、状況を理解したようだ。
その女性は、あのクローディア・フランツァだ。
今は、マントのフードを被り、周囲に顔が見えないようにしている。
(いつの間にか、歩いてたけど、この方向でいいのか? 周りの人の服装は、俺と同じような物だけど、まるでゲームの世界の物みたいだ)
疑問に思ったが、そのまま彼女は歩き続けた。
歩いていると、前方に町のような物が見えて来た。
(おっ、町だ。そうだな。まずは、あそこに行ってみるか)
人混みに紛れて、その女性は町へと近付いて行く。
町の周囲を観察してみると、水堀に囲まれ、高い城壁で守られている。
人々が向かっているのは、跳ね橋の向こう側にある、城門らしい。
(おお、町も典型的な、中世の町というか、ゲームに出て来そうな所だな)
今は、まだ昼間だからか、城門は開けられており、自由に出入りできるようだ。
だが、城門に近付くと、そこには、何人か、槍を構えた鎧姿の兵士らの姿がある。
(やべっ、あいつらに止められるか?)
少しでも人相を良く見せようと、彼女はフードを後ろにずらし、顔を表に出した。
彼女は、恐る恐る、城門に向かうと、兵士らに声を掛けられた。
兵士「! あっ、いや、何でも無いです。どうぞ、お通りください」
(ほっ、何だよ、心配させやがって、大丈夫だったじゃないか)
通り過ぎた彼女の後ろ姿を兵士らが見詰めているが、当の本人はその視線に気付かないようだ。
「初めて見る人だよな」
「ああ、あんな美人がいるなんてな」
「思わず敬語使っちゃったよ」
「ここに、滞在するのかな? 名前くらい、聞いておけば良かったな」
クローディアが城門に近付いた時に、入口に見慣れない文字が書かれていた。
だが、彼女には、その文字が読めたようだ。
(「シューレス市」か。それが、この町の名前らしいな)
町に入ると、そこは広場になっていた。
その奥に、幾つもの建物が並び、更にその奥に尖塔のある大きな建物が見えた。
(奥のデカイ建物は、ここの権力者の屋敷か何かだな。さて、どうするか?)
歩きながら、周囲の建物を眺めて行く。
建物の前には、看板が出ており、どんな場所なのか一目で解かるようになっている。
多くの人が歩いているので、それらにぶつからないように歩いて行く。
(ここは、宿屋か。それに、飯屋に道具屋に服屋か。いろいろあるな)
歩いていると、彼女は自分に視線が集まっている事に気付いた。
(何だ? 何か、おかしな所があるのか?)
視線を送って来るのは女性もいるが、その数は遥かに男性の方が多い。
(これは、もしや?)
彼女は思い付いた事があったので、次に自分に目線を送って来た若い男に微笑み返した。
すると、その男性は、顔を真っ赤にして、視線を慌てて反らした。
(やっぱりだ。俺って、凄い美人だろう)
その後も何度も男性と視線が合っては、満面の微笑みを送り返してやった。
(男にモテるのは、どうもむず痒いが、そんなに悪い気はしないな)
そうこうしている内に、他よりも大きな建物が目に入った。
(何だ、この建物は、看板には冒険者寄合所と書かれてるな。そうか、ここが冒険者の集まる所に違いない)
彼女は、その建物の扉を開けると、中に進んだ。
建物の中には、幾人もの人がいる。
その全てが、鎧のような物を来て、武器を携帯している。
(おお、いかにも冒険者って面構えだな)
更に観察すると、奥にカウンターがあり、女性がその後ろにいた。
(さしずめ、受付嬢ってところだな。まずは彼女に話を聞いてみるか)
その女性に向かい進んで行く。
ここでも、周囲からの視線を感じるが、それは無視している。
「ええと、その、冒険者になりたいんだが。どうすればいいんだ?」
「はい? ええっと、女性の方ですよね?」
(しまった。つい言葉使いが)
「ええ、そうですが、ちょっと初めてで、緊張してしまって。それで、どうでしょう?」
(うわっ、こんな話し方でいいのかな?)
「はい、こちらで冒険者の登録を行っていますが、お客様は、ダークエルフの方でしょうか?」
(ダークエルフ? いや、違うけど、もしかして、肌の色とかで、そう思われたか?)
「い、いえ。ほら、耳を見てくださいよ。普通の耳でしょ? 私、れっきとした人間ですから」
(天勇人ってのは、ややこしいから伏せておこう。でも、経歴詐称とかにならないかな?)
「し、失礼しました。お客様が、余りにも美しい方だったので、てっきり」
(いやいや、悪い気はしないぞ。でも、この世界にエルフもダークエルフもいるようだな)
「私も、よく間違われるのですよ」
受付嬢の勘違いで始まったが、その後の手続きは、順調に進んだ。
冒険者の登録料に、1ゴールドを支払った。
そして、引き換えに、金属の小さな細長い札のような物を渡された。
「これは、冒険者タグになります。小さな金属ですが、今現在のあなたの個人情報が記録されています。記録自体は、魔法で常時上書きされて行きます。これを常に身に着けておいて欲しいのですが、首から下げるか、腕に着けてください」
よく見ると、タグの上下に小さな穴が開いていて、そこに鎖を通して身に着けるようだ。
「じゃあ、これ、首から下げます」と言うと、受付嬢は長めの鎖を取り出し、タグに通してくれた。
クローディアは、それを首からぶら下げた。
「タグは、身分証明書にもなります。それと、もしも、他の冒険者の遺体を見付けた時に、まだそのタグを身に着けていたら、回収して来ていただけますか?」
(そうか、証明書以外にも、ドッグタグの役目もあるのか。それも、いかにも冒険者に合った仕組みかもしれない)
その他に、受付嬢は、冒険者の心得やクエストの受注、報酬の受け取り方、失敗した時の罰則などを説明してくれた。
「無理なクエストを受けて、失敗すれば違約金も発生するので、注意してくださいね。その他に、何か質問はありますか?」
「いえ、今は特に。ところで、今日もクエストを受ける事はできますか?」
「はい、初心者向けのも幾つかありますが、何かご希望の物はございますか?」
クローディアは、モンスター討伐の依頼と、何か簡単な物は無いか聞いてみた。
「いきなりモンスター討伐ですか? そうですね、強い奴は避けた方がいいですが、こちらならば、何とかなるかと。念の為、資料室でモンスターの特性なども調べられますので、クエストの前に確認してください。あなたなら大丈夫だと思いますが、最初は用心深く行動していただきたいので」
受付嬢は、親切だな。
今日は、モンスター討伐のクエストを1つと、薬草採取のクエストも受注した。
出掛ける前に、資料室で調べさせて貰う。
「ありがとう、お嬢さん。ところでお名前は?」
「そんなお嬢さんなんて、私は、ここ冒険者ギルドの受付嬢のアンナと申します。今後とも、よろしくお願いします」
クローディアは、冒険者寄合所の2階に上がると、資料室と書かれた部屋に入った。
そこで、係の女性に出会った。
「今日は、どのような物をお調べに?」
「その、初級のモンスターと薬草についての資料が見たいのですが」
「お持ちしますので、そちらの席でお待ちください」
閲覧用の机の椅子に座ると、係の女性が2冊の本を持って来てくれた。
「ありがとう。助かります」
そして、その本に目を通し始める。
(なるほど、なるほど)
1冊目の本は、モンスターの説明が図入りで紹介されている。
今日のクエストの目的は、アッシドスラッグだ。
50cm程になる大型のナメクジで、強い酸を吹き掛けて来る。
その酸の攻撃さえ避けられれば、問題無い。
スラッグの仲間には、ポイズンスラッグや、シェルスラッグなどもいるが、今日は関係ない。
とは言え、パラパラと他のモンスターも見て行く。
ジャイアントラット、ジャイアントバット、ロッククラブ、この辺りが最初にお世話になりそうなモンスター達だ。
どれも、初心者でも倒せる相手だが、こいつらの相手から早く抜け出したい。
もう1冊は、薬草類がこれも図入りで書かれている。
今日は、薬草でも、傷薬に使う物である。
その他の物にも、一応、目を通しておいた。
これで、準備はできただろう。
クローディアは、再び城門の方に向かって行く。
先程、門を取り過ぎた時にいた兵士らが、どこか緊張しているようだが、その意味は解らない。
(あの兵士ら、どうしたんだ?)
「あれ、あの人、もう帰るのか?」
「まさか、これで、お別れとか無いよな?」
「ああ、また名前、聞き忘れたぞ」
兵士らの事情など知らず、彼女はクエストの達成の為に進んで行く。
町から出たクローディアは、しばらくは街道に沿って歩いて行く。
そして、森が見えた所で、進路を変えた。
この森に、目指す薬草もアッシドスラッグもいるはずである。
(さて、冒険者としての第一歩だな)
森の中に、踏み込んで行った。
いきなり、冒険者を始めた彼女だが、それには考えがあった。
女神ヨシコに習ったのは、武器や魔法である。
それは、この世界で必要な技能だからだろう。
彼女も地球での知識や経験が、今も残ってはいる。
けれど、それを活かす場があるとは思えない。
(だから、今はヨシコに習った事で生きていくしかない)
こちらの世界でも、生きる為には稼ぐしかない。
その為には、出来る事から始めるのがいいだろう。
今の技能を活かすならば、冒険者か傭兵であろうと思った。
傭兵には抵抗があったので、幸いに見付けられた冒険者寄合所に飛び込んだ訳だ。
(しかも、冒険者って仕事は、俺が思った通りのようだ)
この選択は、間違いないとクローディアは思った。
警戒しながら、既にショートソードは、抜いて右手で構えている。
歩いていると、木々の下に生える草が目に入った。
(これは、そうだ、寄合所の資料で見た薬草と同じ葉っぱだ)
目的の薬草を見付けたので、一度、剣は鞘に収めて採取だ。
5本程抜いたらそれをまとめ、周囲にある他の長い草で縛って束にする。
その束を5つ収めれば、薬草採取のクエストは終わりである。
だが、薬草が沢山生えているので、もう5束を採取して持ち帰る事とする。
(多めに持ち帰っても、追加で報酬が出るんだったよな)
採取を終えると、また歩き始めた。
(おや、この草は、確か別の種類の薬草だったな)
葉の形の違うまた別の薬草を見付けたので、それをまた10束集めた。
(この薬草のクエストは、まだ受けていなかったが、採取した後でも受注できるのかな? まあ、ダメなら、明日、受注してから納品すればいいか)
薬草集めは、このくらいで、次は、アッシドスラッグ探しである。
(さて、どこ、あいつらはいる?)