Y 部署異動
そろそろ終わるかな。
時計を見ると、二本の針は5時半を指していた。おれは軽く肩を回すと内容を保存してパソコンを落とす。
「お、片山、終わりか?」
ちょうど回ってきていた課長が目敏く気づいて声をかけてきた。課長はまだ若い40代前半の男から見てもイケメンな人だ。
「あ、はい」
といっても気まずくはない。この会社は結構ホワイト…というかかなり緩くて、新人のおれは定時であがることが多い。最初の方など、気張って残業しようとするおれに
「新人が残ってたらあたしたち帰れないでしょうが! 早く帰りな!」
と先輩方が言ってきたぐらいだ。
「ちょうど良かった! ちょっと話があるんだけどいいか?」
「え、おれにですか?」
ちょっと驚きだ。おれの勤務態度は可もなく不可もなくのはず。そんな課長と差し向かいで話すようなことあるかな…。
とはいえ、おれに拒否権があるわけがない。
「だめか?」
「いや全然いけますけど…」
じゃあせっかくだから、とオフィスの外に出る課長に慌ててついて行った。
近くにあるコ○ダ珈琲でおれと課長は向かい合わせに座った。
お互いコーヒーにアイスがのった…なんていうか豪華なやつを注文する。
おれが少々緊張していることに気づいたのだろう、課長がははっ、と笑った。
「別に怒るとかそういうやつじゃないんだ。緊張するな」
「あ、そうですか…」
ちょっと安心したが、それにしてもじゃあなんだっていうんだろう。
「でも、尚更わからないんですけど」
正直に尋ねると課長はちょっと真面目な顔になっていった。
「おれが言いたいのはな、部署異動の話だ」
「部署…?」
まあ大きなことだというのはわかるが、おれになんの関係が…。
「うちがおまえを取った時から思ってたんだが、おまえ、営業に行かないか?」
「営業…すか?」
思いがけない話に戸惑う。営業はとても忙しいと聞くが、その分やりがいもあるらしい。会社の花形だというイメージがある。…正直、おれ向けではないと思う。
戸惑ったままのおれを課長はひたっと見つめた。
「意外そうな顔をしてるがな、おれはおまえが営業に向いてると思ってる。まだ一年も経ってないが、それでも毎日おまえを見てきて、間違ってないと思ってるよ」
「はぁ…」
正直そんなに言われても実感はわかない。おれの中で営業は仕事がしっかり出来てトーク術も高くて賢い人がやる仕事だ。自分がそんな人たちに混ざって出来るとは思えなかった。
…いや、出来なくはないだろうが、こんなに押されるほど向いてはいないはず…。
「まあまだ時間はあるからここで決めなくてもいい。それでも、4月に異動するなら12月には決めといて欲しいんだ」
「わかりました。…でも、おれは…」
行けと言われないのに自分から行くことはしないだろう。そう言おうとしたが、課長に遮られた。
「積極的じゃなくてもいい。嫌じゃないなら一度やってみてほしいんだ。しんどかったら戻ってきていいから」
そこまで言われたらおれもうなずくしかない。
「…わかりました。自分では向いてると思えないですけど、そこまで課長が仰るなら…」
自分でもちょっとずるかったかな、と思う言い方で、おれは営業部行きを承諾したのだった。