先輩の、思い(2)
「実は、あたしはほかの子とつるんだりするのが苦手だったんだ。クラスになじめなくて。一人でいること多くて。気づいたら、いじめられてたんだよね」
美沙緒は静かに窓辺に向かって歩きながら続ける。
「半年くらいずっと、他の奴らにシカトされててさ。影で殴られたこともあった」
その美沙緒の語りに、秀介は表情を歪ませながら静かに思う。
―――先輩をイジメるなんて、そんな恐ろしい真似を誰が!?
驚愕する秀介をよそに、美沙緒は続けた。
「ずっと我慢してて……。で、そんな時だった。今はもう卒業しちゃったんだけど、その時の会長の更科悠乃先輩に会ってさ……」
その“サラシナ”という響きに、秀介は思わず口を開く。
「更科って……もしかして」
「琴乃の姉さん、なんだ」
―――だから琴乃先輩には何となく優しいのか……
「その悠乃先輩に会って、言われたんだよね。『負けてばっかでいいのか? お前はお前なりの戦い方あるはずだから、それで戦え』ってさ」
―――いじめられてる子に、そんな励まし方をする人って何だよ
秀介はそう思いながら、脳内にて更科姉妹を『接するときは気をつけねばならない人物』の区分けに入れた。
「まぁ、私にできることっていったら勉強くらいだったし。先輩もそれを見込んで私に声かけたみたいだったから、そのまま自由推薦枠で総務係になったの」
「で、そのいじめてる奴らを、勉強とか、生徒会活動などで……」
「そう、なんとかしたよ……」
美紗緒は口元を動かして不敵な笑みを浮かべた。
再びいつものように美紗緒の背後に黒いオーラが発生するのを、秀介は見逃さなかった。
―――どう、なんとかしたんだ!!?
秀介は先輩の意味深な笑顔が妙に気になったが怖いので、いじめグループをどうなんとかしたのか聞かなかった。
美紗緒は、その『悠乃先輩』に相当しごかれたらしい。彼女は、そのあと悠乃先輩との思い出を懐かしそうに語った。
「私も辞めたいと思ったこと何度も思った。でも、先輩のおかげでここまで強くなれたし校内での不動の権力も握ることができるようになったし……。何したって先生方が握りつぶしてくれるのよね」
「え? ……美紗緒先輩、後半なんて言いました?」
秀介は美沙緒と教員たちの黒いつながりを垣間見た気がした。
「凄い大変だったけど、辞めずにここまで頑張ってきて良かったと思ってるの」
「あの…………先輩?」
黒い発言が妙に耳に残り、美紗緒に尋ねるも軽やかにスルーされる。
さらに美紗緒は、秀介の質問を無視して続けて言った。
「だからぁ、秀介くぅん?」
「どわぁっっ!!」
美紗緒は突然、秀介との距離を詰めると彼の胸ぐらをつかみ、顔を近づけて表情を歪めた恐ろしい笑顔で言った。
「このあたしが。この、有能な会長様が。お前みたいなショボ顔野朗をこうやって、優しく……優しぃぃぃく、時期生徒会長としてのノウハウを教えつつ、その腐った根性まで鍛えてやってんだぞ?」
傲慢な本性丸出しで表情を厳しく歪める美沙緒だが、その美しさは恐ろしいほどに変わらない。
矢を射るような鋭い視線を浴びながらも、秀介はその美しさに見惚れてしまうほどだ。
彼女は、艶のある形の良い唇で続けて言う。
「今度辞めたいなんて口に出したら、生徒会長の力を使ってお前を二目と見られない姿にして やるから覚悟しとけよ?」
「………………」
どんな反論も認めない強い言葉に、秀介はもう言葉など出なかった。
生徒会長の力を使えば犯罪まがいのリンチまで許されるなんてそんなことがあっていいのだろうか……と、彼には考える余裕もなかったのだ。
美沙緒は「分かったわね?」と、強い言葉で念を押す。
秀介は今にも泣きそうな、くしゃくしゃの顔になりながら、今出せる精一杯の声で言った。
「ヴぁかりましたぁぅ……」
「ふふん」
美紗緒は秀介の回答を耳に、満足気に鼻で笑った。そして、その胸ぐらにあった手を、もう用はないとばかりにパッ離す。
「ぐはぁ……ぁぅ」
秀介はそのまま床に、ぐしゃりと崩れ落ちた。床に情けなく顔を埋める彼は、痛みを感じていた。体ではなく、心の……。
―――流れ的に、美紗緒先輩の過去のいじめられてた話ってなんだったんだぁ……
秀介は思った。
そんなことに疑問を持つ暇があったら、生徒会をやめる方法を考えた方が良いと。