先輩の、思い(1)
どれくらい時間が経ったのだろう。
秀介はイスに座ってから、ひたすら何かを考えていた。
脳裏にちらつくのは美紗緒先輩の顔。
それから琴乃や澄香、そして勢や義実の顔だ。
―――責任とってやめる……か?
元々、そんなことを考えていたが、こうなってしまった以上、それは逃げる事と同じだ。
「どうしよう……」
このまま帰るのか?
帰って明日学校に来れるか?
どっちつかずのまま、秀介は何もできずにいた。
「腹減ったよ…………」
時計の針は8時を回っていた。
「あれ、電話」
静まり返った生徒会室に、不意に電子音が響いた。
秀介のスマートフォンだ。
―――誰だよ……こんな時に……
秀介は重たい体を持ち上げるように動いて携帯を手に取った。
「はい、長戸です」
「秀介!!!!!!!」
言い終わらぬうちに、彼のスマートフォンから耳をつんざくような声が響いた。
鼓膜が千切れそうな大声の主は……。
「美紗緒先輩?」
「なによ、そのだらしない声は! 何時だと思ってるの! 今どこにいるのよ?」
「先輩、あの今生徒会室で……」
先輩が電話してきてしまった。もう逃げられない……。
「こんな時間まで何してるのよ! 掃除はもう終わってるんでしょ?!」
「はい、いや…………まぁ……」
「何だ、その返事は! 今から行くから、そこで待ってなさいよ!!」
どこか焦ったような美沙緒の声に、秀介も呆気にとられて目が点になる。
「え!? ちょっと、先輩! いいですって! 先ぱ……っっあれ……?」
言い終える前に電話が切れた。
なんで急に電話なんて……。
―――責任……か
「秀介!!」
十数分して美沙緒が怒鳴りながら生徒会室に入ってきた。
「何やって……って、何この部屋は?!掃除はどうしたのよ……」
掃除をする前の状態よりもひどくなった部屋を見回し、美紗緒は驚いたように尋ねてきた。
「掃除は……その……やったんですが……」
「どうしの、言ってみなさい」
秀介が深刻な表情をしていたせいだろうか、美紗緒の声のトーンはいつもと違った。
しかし、その穏やかな表情声は自分の話によって変わってしまうんだろう。秀介はそんなことを思った。
きっとかつて無い勢いで怒るのだろう。
秀介は疲れきっていたし、ずっと考えていたこともあって腹をくくっていた。
もう言うしかない。彼は思い切って口を開き滔々と語りだす。
掃除して窓を開けて、それから風が吹いて、冊子が一部無くなった。
「そう……。それでお前、探していてこんな遅くなってしまった、と」
美紗緒は静かにゆっくり言った。
「怒らないんですか……?」
秀介はおどおどしながら美紗緒に尋ねる。
そんな秀介に、美沙緒はいつもの口調で言った。
「この馬鹿! 何が『怒らないんですか』だ! とりあえず自分の母親に電話して謝んなさい。心配かけて! それから……!」
美紗緒は「それから……」ともう一度口に出す。しかし、その次の言葉が出ない。
彼女はうつむいて体の左右で垂らした両腕の先で、拳を作り震わせている。
「先輩? どどど……どうしました?」
「その無くなった一部ってのは……これのことだろうから」
「……!!」
美紗緒は自分のカバンの中から秀介が探していた「最後の一部」を取り出したのだ。
「どうしてそれを先輩が持ってるんですか!!!!」
秀介は尋ねた。焦りや混乱から声が若干裏返る。
「何度も見直したけど、ミスってないか心配で……家に持ち帰って最終確認してた」
それから美紗緒は申し訳なさそうに少しばかり肩をすくめて、そう言った。
「あたしのせいで、お前を困らせたみたいね。悪かった。勝手に持ち帰って……」
「いえ、なんていうか……窓開けたせいで冊子が散乱したのは僕がいけなかったわけで……あの~……まぁ、結果オーライってことで」
秀介は目の前の先輩に、怒る気力は無かった。
それに、あまりの結末に若干気が抜けていたのかもしれない。
「そう……ホント、悪かったわ。無駄な時間使わせて。あんたを追い詰めて」
美紗緒は小さな声でもう一度呟いた。そして、秀介の顔色を伺うようにこう言ったのだ。
「秀介、あんた生徒会やめたいって思ってるんでしょ?」
「え……」
美紗緒先輩はその大きな目で、どこか寂しげな目で、僕を見ていた。
「え……と…………」
「いいよ、別に。正直に言っていいから。琴乃からさ、さっきメール来てて。それで……」
美紗緒の言葉に、秀介は視線泳がせた。
琴乃から連絡が行ってしまったのなら決定的だ。もうはぐらかしようがない。
「はい……あの、正直言って、辞めたい……です。そう思ってます」
そう秀介が言うと、先輩は「ふっ」と息を吐いて言った。
「やっぱりそうだよな。あたしにあんだけ嫌がらせされちゃぁね」
――やっぱり嫌がらせ! わざとかい!!
「あんた見てるとさ、なんつーか……こう。いじめたくなっちゃうのよ」
秀介は自分がいじられキャラであることに、自覚があった。だが、はっきり言われると少しばかり苛立ちを覚える。
しかし、美紗緒の次の言葉に秀介はハッとした。
「昔のあたしみたいでさ」
「え?」
美紗緒は続けて、照れくさそうに笑って言った。
「あたしもさ、1年のとき……総務係やったんだよね」
「先輩も総務係を……?」
「うん……実はさ……」
「あたしが1年のとき」
美紗緒は懐かしそうに視線を遠くへ向けながら言った。