退屈な居残り
「じゃぁ、今日の生徒会はこれで終わり! 解散。私は帰るわ」
厳しい命令を言い切った後、美紗緒は何事も無かったように手荷物をまとめ始めた。
「会長、私も帰ります」
「澄香、ボクも行くわ☆」
「美紗緒がゆくならぼくもゆく……」
美紗緒に釣られて、役員たちがバタバタと動き出す。
まだ倒れていたらしい勢は、最後の力を振り絞って床を這いながら皆の後についていった。
鼻から口元まで続く血の跡が生々しい。
そんな慌しい空気の中、秀介は立ち尽くしていた。
「じゃぁ秀介!掃除頼んだわよ!!」
「は、い……」
当たり前のように頼まれる生徒会会議後の掃除。
それは毎回のことで、最後に秀介一人残され生徒会室任されるのだ。
「一人で掃除をするには少し大きいよな……」
誰もいない。
静かな生徒会室を見回してみるとよく分かる。
あきらかに一般の部活動が使用する部室とは広さが違うということに。
いくら、過去の資料が壁一面の書棚に収まって使用スペースが一回り小さくなっているとはいえ、広いモノは広いのだ。
秀介は柄の長い箒を床に垂直に立て、そこに顎を乗せて部屋を見回した。
並べられた2つの長机に役員メンバー分のパイプイス。
そして棚に入っているのは過去十数年分の年会報と将棋板に、HD音楽デッキに温冷蔵庫、電気ポットまである。
それから単行本が色々。ほとんどが役員の私物……か。
―――掃除もやる気でないし、何か面白いものがないかちょっとあさってみるか
秀介は、そう思ったところで箒を長机に立てかけ、一番興味をそそられた棚の前に立った。
「昔の漫画や小説が多いな」
棚の一番上の段はほとんどが漫画や小説の単行本で埋め尽くされている。
古めかしいそれらは、歴代の生徒会役員が置いていったものだとすぐに分かる。
「あれ、『竜●がいく』と『●えよ剣』……『●盗り物語』もある。気づかなかった……今度借りよう!」
歴史小説が多く目立つのは、過去の先輩に好きな人がいたからなのだろう。それだけではなく、推理小説や愛蔵版の単行本サイズの漫画もあった。
が、不意に棚の一番端にひっそりと置いてあった小説に目が行った。
「え……? なんだこれ。『愛憎の日々』……って! 誰が持ってきたんだよ、この小説!!」
手に取ってみれば、表紙は裸でイヤラシイ顔をした女性のイラストだった。いかにも「オトナ向け」といったオーラがにじみ出ている。
おまけにシリーズ物らしく、その本に並んで『情念の日々』『微熱の日々』『渇望の日々』と続いている。
「日々……シリーズ、か」
湧き上がる好奇心を抑えつつ秀介は静かにその本を棚に戻した。
「あぁ……掃除を再開しないと。美紗緒先輩にシメられちゃうよなぁ」
一通り棚漁りを終え、秀介は横に置いていた箒を再び手にした。
――なんで、僕はこんなところでこんなことをしてるんだろう。本当に……。
秀介は箒を持っても、やる気が全く起こらないことなんて分かっていた。
なんとはなしに箒を持つ手を離す。
箒は、カランッと渇いた音を立てながら、床に落ちた。
床に落ちたそれを暫く見下ろすと、溜息を吐きながら机に並べられた一つのパイプ椅子に腰を下ろした。
そのイスは部屋の中で最もドアに近い、一番端のイス。秀介の低位置にあるものだった。
「疲れた」
そう言いながら、秀介は机に上半身を預けた。