総務係と生徒会長(2)
この状況に、愛のある者であれば誰も秀介を責めないだろう。
何故なら、何も持たず身軽な美紗緒に対して、秀介は視界が遮られるほどに大量の書類を両手の積み上げていたのだから。
「前が見えなくて、歩きにくいんですよ。というか、こんな量の書類どっから……」
殴られた痛みがジワジワ残り、それに涙しながら秀介は呟くように言った。
「会長、なにもそこまで言わなくても……。長戸は一生懸命やっていますよ」
彼の弱音が耳に届いたのか、秀介にの肩を持つような発言をした生徒は彼の隣を歩いていた2年生で副会長の沢澄香。
澄香は自分より10センチほど上にある美紗緒の目を恐る恐る見つめながらそう言った。
彼女はショートカットの黒髪に赤いフレームのメガネを掛けた生徒だ。目は細く切れ長で、聡明な印象を与える。実際、2年生でも成績はトップクラスで秀介と同じく特進のSクラスに所属しているのだ。
彼女は生徒会メンバーの中でも常識人でバランス感覚に優れており、美紗緒から理不尽にいじめられる事の多い秀介には同情していた。
「澄香ぁ? 私に口答えするなんて良い度胸ね」
「ひぃぃぃいい……すみませんっっ」
美紗緒が物凄い形相で澄香の胸ぐらをつかむ。
その瞬間に、澄香は秀介に同情した事を一瞬にして後悔した。澄香も秀介ほどではない量だが書類の束を抱えていたのだ。
澄香は胸ぐらを掴まれながらも、それらを落とさないように必死に持っていた。
恐怖から澄香の身体は小刻みに揺れ、目も泳いでいる。
澄香が恐怖に震えるのは当然だ。美紗緒の眼飛ばしは、そこらへんの不良どもと比べ物にならない。睨まれると一瞬体が動かなくなるのだ。要は蛇に睨まれたカエル状態というわけだ。
しかし、こういう迫力(一般の生徒には知られてない)と美貌(そこらへんのタレントなんかよりずっと美人)と知性(先生も一目置く存在)を持ち合わせているからこそ生徒会長になれたのであろう。
それ以前に、なぜ一年の秀介がそんなオソロシイ生徒会長と親しく(?)しているかと誰しも疑問に思うであろうが、それは彼が生徒会役員であるからだ。
役職は、総務係。
既に述べたとおり、次期生徒会長とも言われる由緒正しい役職。
そして、生徒会長の雑用であり、パシリであり、下僕なのである。
秀介、美紗緒、澄香がぞろぞろやってきたのは教員室。
もちろん目的の先生は生徒会顧問の、だ。美紗緒は生徒会顧問である柴沼の前にやってくるなり、100万ボルトの輝きを浮かべた営業スマイルで話しはじめていた。
「先生、先日仰せつかっておりました生徒会の今年度の予算案を作成いたしました。こちら、今度の生徒総会用のプリントです。一応クラスごとに40部ずつ刷っておきましたので」
そういい終えると、秀介が持っていた山のような紙の束を柴沼の机の上に置いた。
――やっと、やっと軽くなったぁ……。
手の上の重みが消え、秀介は肩をぶんぶんと回す。
「滝元、仕事が速いのは良いが……、ちょっとこうやって持ってこられるとなぁ」
机の上が紙の山でふさがれ、苦笑いを浮かべながら柴沼はそう言った。確かに、その通りである。
「まずはデータで持ってきてくれるとうれしいんだが。メモリスティックとか、フロッピーディスクとか……今はもう色々あるじゃないか」
こうさ、小さいほうが……と柴沼は手でジェスチャーしながら言う。
「今日び、化石みたいなフロッピーなんて知ってる高校生はいないのでは……ていうか、スロット付いてないのにどうやって見るおつもりでしょうか」
ポツリと小さなツッコミを入れたのは澄香だ。澄香は、情報学部に通う大学生の兄に影響され、コンピュータに少しばかり詳しいのだ。
美紗緒に対する言葉と違い、自信ありげに眼鏡をキラリと光らせる。
澄香のツッコミは無視し、美紗緒は柴田の要求にニコリと笑って答えた。
「そうですか、では一応こちらに生徒会保存用に作成したUSBメモリがありますので取り合えず今日はこちらを渡しておきますね」
美紗緒は初めから予想していたかのように、澄香の持つ束の上に乗っていたメモリスティックを取り上げて柴沼に渡す。
「あぁ、なんだ気が利くじゃないか」
柴沼はメモリスティックを受け取ると「じゃぁ、この紙の山は……生徒会室で総会まで保管しておいてくれるか? ここじゃどうにも。私の仕事にならないし」と、手で頬を掻きながら言った。
「分かりました。それでは、生徒会で責任持って預からせていただきます」
「おう、頼んだよ。先生方は皆、君に期待しているんだからね」
「はい。おまかせください」
そして、その後にはもちろん……
「秀介、持ちな」
と、柴沼に聞こえない不思議な周波数で低くドスの効いた声で秀介に命令するのである。
そんな、いきなりの命令に「え?? ま……また持つんですか!?」と、秀介は驚きの声を隠せない。
「ん? どうしたね、長戸くん」
秀介の突然の驚きの声に、柴沼も気づくが……
『てめぇ、しっかりやんねーとどうなるか分かってんだろうな?』
という視線を美紗緒から送られている秀介は何も答えることができなかった。
「すみません、先生。なんでも……なんでも、ないですから」
「それじゃ、生徒会業務に戻ります。失礼しました」
美紗緒はそう言って教員室を出た。部屋を出る瞬間、彼女の表情はしてやったり、といったどこか黒い表情であった。
―――絶対嫌がらせだよ、これーーー!!
その黒い表情が、あからさまに秀介に向けられた瞬間、彼はそう思ったのだ。