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43.戦闘、開始。

「俺は不愉快だ」、と。

 巳寅さんは二人きりになった途端、僕に向かってそう言い放った。

「はぁ」

 深夜。僕や白地さんが再び校庭へと集ったのがつい先ほどのこと。それから彼女らの側が先に校舎へと入り、僕と巳寅さんだけは零時ちょうどを待って校庭に留まっていた。

 その背後からの言葉だった。

「君らに良いように使われた。おかげで俺は今日一日ここに釘付けだ」

「……」

 別にゲームの時間外まで校舎に居座る必要もなかったのではないかとは思ったけれど、藪蛇になりそうだからと聞かなかったことにして話を逸らす。

「巳寅さんがこちらの意図を汲み取ってくれて、助かりました」

 それはつまり、浮月さんがわざわざ彼の腕を切り落とすふりをしてまで不干渉の言質を欲した意味。もし巳寅さんがその意図に気付かず砂音らへとゲームが続いていることを告げていれば、僕は最悪この瞬間を迎える前にゲームの外で殺されていた。

 苛立たしげなため息。

「細々と場外設定を決めていた時点でおかしいと気付くべきだった」

 今振り返ってみれば浮月さんは自身が殺されるという最悪の想定下でも、敵側がゲーム終了と勘違いして校舎外へと足を踏み出し、僕以外の全員が失格となるのを狙っていたらしい。もっともその思惑は、ちょうど夜明けと重なってしまったせいで外れてしまったのだけど。

 ……。今更ながら、そこまで勝利に固執していた浮月さんがあっけなく殺された結果として僕の生存があることになおさら責任を感じないこともなくて、薄っすらと鳥肌が立つ。

 意識を切り替えるつもりで、ちなみにとわかりきっていたことを尋ねる。

「もし今夜、僕だけがこの場所に来ていたらどうしました?」

 ルール上の道理で言えば、学校へと現れなかった砂音らの側はゲーム継続を放棄したという解釈がなりたって不戦敗かとも思ったのだけど。

 むろんそんな都合のいい抜け道が用意されているはずもない。

 男はこの上なくつまらなさそうに喉元のピアスを触りながら。

「俺が君を殺していただろう」

「……ですよね」

 実際の戦力差がどの程度かはわからないけれど、不意打ちでなら巳寅さんが僕を殺せる可能性も決して低くはないはず。

「我々の目的は」と、そう出来ないことが悔やまれるような声音で。「あくまで君ら『異常』の『抑止力』であることだ。もし君のグレーな違反行為で、『影血鬼』の更なる感染を契約で縛ることが出来たならその暁には、向こうへと裏切りを働いた君の存在はむしろ邪魔の一言に過ぎる。考え得る使い道としても、その首を影血鬼らとの新たな契約における手土産とするくらいが関の山だ」

「……」

 流石にそこまでえげつないことをされるとは予想していなかったけれど、何となくな感覚で見逃されるだろうと楽観視できるほどの甘さは持ち合わせていない。

 しかしむろん、現状はあくまでテーブルの対面にたどり着くことが出来たというだけの話であって。

「それでも未だなお、君にとって不利な状況は変わっていない」

 そう指摘した彼の言葉はあくまでも正しくて、恐らくここから先は、謀略も裏交渉も通じない純然たる僕だけの戦いだった。

 浮月さんを失ったこちらは一人。ゲームに参加する向こうの人数に関しては、まだ夜明け前ゆえ、今日のところは前回と同じ八十人。されど万一このゲームが明日にも持ち越されれば、向こうの戦力は六百人前後まで増える予定。その一方でルールは一切変わらず、こちらが勾玉の在り処を知られてしまっているのに対して、向こうは誰が持っているのかさえ未だ不明。

 戦況は考え得る限りの最悪で、驚くほど勝てる要素が見当たらない。

 されど、むろん僕はこの勝負を降りるわけにはいかなかった。

「……わかっていますよ」

 受け取ってしまったものがあるから。譲れないものがあるから。

 そんなくだらない理由でも人は簡単に死地へと赴くことができるのだと実感する。

 責任を誰かに押しやってしまえるから。自身の愚かさに目を瞑ることが許されるから。

 見た目には格好良くても、一枚皮の下。本音の理由ではそんなところだろう。

 震えていた僕の声を、疑わしいものだとでも言いたげに巳寅さんは黙殺した後。

「お前たちを観ていると」唐突に。「俺は腹立たしい気分になる」

「……はぁ」

 彼の言葉はあんまりにも脈絡を失いすぎていて、思わず曖昧な返事をしてしまったけれど。しかし声音から察するに、それはたぶん彼の本心からの言葉だった。

「お前たちが愚かしい程度の覚悟で為そうとしていることは、あの星田勝彦でさえ成し遂げられなかったことだ」、と。

 そう続けたのだから。

「……」

 恐らくお前たちというくくりには僕だけでなく砂音や白地さんも含まれているのだろう。

 そういえばこの男はデインズさんの昔の仲間だと聞いていた。つまりは僕の父とも面識くらいあったのかもしれないなんてことに、今更思い至る。もちろん僕は父がかつてどのような活動に関わっていたのか知らないし、ましてや巳寅さんや父の間にどのような因縁があったのかもさっぱり。でもだからと言って、僕らの覚悟を愚かしいと断じられて思うところがないわけでもなかった。

 しかしこちらが何かしらの文句を言い返すべきかと思案しているうちに、時間だ、と。彼は振り向かないままに校舎へと足を向ける。

 ……。

 捨て置かれたような気分のまま、されどいつまでも呆けているわけにはいかず、二度ばかり自身の頬を叩いて気合を入れ直した。

 戦闘、開始。かな。

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