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28.星田くんに食べられるつもりだったんだよ

 それから結局、変哲ない全国チェーンのファミレスに入った僕らは、そこそこの空き具合の店内で、程よく他の客と仕切られた席へと案内されて、当たり障りないドリンクバーを二つ頼んだ。

 ……最初からここにしておけば良かったなんて先立たないものはさておき。

「珈琲でいい?」

「なら、私カフェラテ」

 場繋ぎがあからさまな申し出に、白地さんはカバーもストラップもない新品のスマホを取り出しつつ注文した。

 ……。

 自動で挽かれる豆の減量を傍目に、席に戻ってからどう切り出したものかと迷う。

 と、カップを二つ運ぶ道すがらに細かな矛盾を感じてしまったものだから、尋ねてみる。

「白地さんは今こうして学校の外にいるわけだけど、」確か。「君はあくまで学校の白地さんで、家の方にはもう一人、別の白地さんがいるんじゃなかったっけ」

「そうね」

 と、簡単に頷いてくれる白地さん。

「ドッペルゲンガーって元々そんなものでしょう」

「……」

 同じ顔の二人が出会った時、本物の側が時を置かずに死んでしまう。

 オリジナルは彼女の言う通り、そんな怪談だったはずだ。

「もっとも妹さんの能力の場合逆で、死ぬのは偽物の側だけみたい」偽物の側。つまりは今僕の目の前にいる白地さん。「だから死なないために、あっちの私の行動はちゃんと把握してるの」

 今日はずっと病院にいるつもりのはず、と。

「病院?」

「……」

 誰かのお見舞いか、と尋ねるつもりだったけれど、その表情を見て思い直す。

 とっさに別の話題を探して、ふと今更に気付く。

「もしかして、だから制服なの?」

 その服装しか見たことなかったから今まで違和感もなかったけれど、よく考えてみたら休日の外出に制服着用なんて今時優等生テンプレでもやらない。

 ましてや初デート(仮)。

「これもよく知らないけど、」と白地さんは断りつつ。「学校での私という一貫性を保つためなんだって。制服じゃないと学校の外にも出られないし、脱ぐとたぶん消えちゃうから」

 あくまで妹さんから聞いた話だけど、と。

 それから。ふと先の彼女のフレーズを思い出したので、続けて尋ねてみる。

「そういえばさっき、『星田くんのこと最近は結構わかってきたから』って」

「ん」言ったね。「そのままの意味だけど、」

 ということは。

「以前まではあまり僕のことを知らなかったんだ?」

 告白しようとした相手のことなのに。

「それは星田くんの方にも面識なかった時点で、わかってたことじゃない?」

「かもね」

「前にも言ったと思うけど……そっちが覚えてないなら、良いんだよ」

 そしてこれで終わらせようと言わんばかりに、白地さんは続けた。

「私、あの日ね」

 それはたぶん、彼女が空から落ちてきて僕が救えなかった夕焼けの話。

 語り始めると同時に、白地さんはテーブル越しに手を伸ばして僕の口元に触れた。為す術もなく。


 星田くんに食べられるつもりだったんだよ。


 細い指先を避けることさえ裏切りのような気がして、僕は動けない。

「……」

「告白もするつもりだったよ。それから食べてもらえるよう、お願いするつもりだったの」

 彼女の指が唇を潰し退けて、口内へと入ってくる。

 歯の形をなぞる爪の音が頭骨に響いて、白地さんの肉の味がした。官能の苦味。

「でも、もう」

 終わったことだし、と指を離す。

 せめてと口を開きかけた僕を黙らせる程度の表情で、以前と同じ言葉を繰り返す白地さんには、あえて繰り返さなければならない程度の未練ならあったのかもしれない。

 じゃあ果たしてそれは本当に終わったことなのかなと首を傾げかけるけど、当人がそう繰り返しているのだからやはりそれは終わったことなのだろう。

 これはたぶん、そういう話。

 『デート』なんて不穏当な単語にいくら惑わされようとも、結局は尻尾まで悪ふざけの範疇で、その言動に何も含むところはない。はずだ。

 だって、そもそも。

「早く本題に入ってよ」

 と、空気の色を塗り変えるように発された白地さんの言葉は、僕と同じことを考えていそうな刺々しさを含んでいた。

 今や僕らは敵同士だし、なんて。

 冗談のレイヤーを外して剥き出しの立場を振り返ってみれば、僕らはシリアスな損得関係の磁場に置かれている。

 そのことを特別に残念とも、都合が良いとも思わないけれど。

 今は少しほっとしてしまった自分がいる。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 そうして卑怯な僕は、本題へと逃げ込み。

 巳寅さんらが僕らに持ちかけた話をそのままに伝え始めた。

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