第8話 「貴族の三男」
「う・・・」
カケルは寝台の上で目を覚ました。
「大丈夫かい?」
傍らのテトラが心配そうに声をかける。
「ここは・・・?俺たちはデュラハンに負けて、それで・・・」
カケルは振り下ろされた大剣を思い出す。
「カケル・・・落ち着いて。僕たちはデュラハンの階を突破したんだ」
「どういうことだ・・・?」
カケルが尋ねる。
「分からない・・・僕も気を失っていたから」
テトラはそう言って、自らの見た光景をカケルに伝える。
「そんなことが・・・」
「カケル、僕が気を失った後君はどうしたんだい?」
「・・・覚えてない。デュラハンに剣を振り上げられて、その、死んだって思ったところまでしか」
「そうか・・・分かった。ごめんね、気を抜いてしまって。君を守りきることが出来なかった」
「テトラが謝ることじゃないだろ。あれは誰でも倒した、と思うよな。デュラハンの耐久性がバカみたいだったってことだろ」
「ありがとう、とにかく無事で良かった」
そのあと、テトラはカケルに再び回復魔法をあてると、
ちょっと考え事がてら偵察に言ってくるよ、と部屋を出ていった。
声を掛けようとしたが、掛ける言葉も見つからず。
カケルは黙ってその姿を見送ることにした。
デュラハンとの戦闘の疲れか、
カケルはすぐに深い眠りに落ちる。
テトラは一人考えていた、
状況から考えれば「誰か」がデュラハンを倒したことになる。
だが、カケルには覚えがなく、
自分自身も気を失っていた。
それに、あの聖堂に残っていた魔力。
とても懐かしい魔力だった。
自分にとってそう思えるのはただ一人大賢者様の
魔力だけだ。
たしかに大賢者様であれば、
デュラハンを倒すことも、
聖堂を破壊することも容易だろう。
だが、そんなことはあるわけがない。
考えても答えは出ず、テトラはひとり
迷宮内を歩き回った。
デュラハンという大敵を突破したものの、
テトラとカケルは言いようのない不安を胸に残すのであった。
・・・
・・
・
カケルの体力が回復したころ。
二人は再び探索を開始した。
はじめは考えごとして無口だったテトラも、
次第に調子を取り戻してきた。
190代の階層には、沼地や森林など、
自然を再現した階層が多かった。
ポイズントードや、沼ゴブリンなど
今までにない相手とも戦うことになる。
デュラハン戦を突破した経験から、
カケルの戦闘力はさらに安定し、
初見の敵と言えど苦戦することは
ほとんどなかった。
そんな中、ひとつの魔物パーティを倒したカケルは
その魔物の死骸を見て考えていた。
リザードナイトである。
二足歩行のトカゲで、生まれつき剣と鎧を装備している。
集団で行動することが多く、その剣技と集団戦闘術は騎士団にも
匹敵する。
200代の階層でも何度か出会い、
巧みな剣技に苦心しながらも倒してきた魔物だ。
戦闘が終わり、倒れるリザードナイトが魔力に還元され光になって消えていく。
そのあとにはリザードナイトの持っていた剣が一振り残されていた。
カケルは、ふとその剣を拾い上げる。
重く幅広の剣だ。
カケルはデュラハンとの戦いで、自らの力不足を痛感していた。
未だに使えない属性魔法も相まって、火力不足には何度も
危ない目にあわされている。
剣を取ったのは偶然であったが、なにか感じる物があった。
リザードナイトのベルトと鞘を装備すると、カケルは探索を続けるのであった。
それから幾つかの戦闘を経た後、
テトラが気が付く。
「剣?どうしたんだい?突然」
「ん?火力不足を補いたくてな、とりあえず振り回してみる」
「ふーん、まぁいいけど。」
少し拗ねたような態度のテトラ。
「おっ?スキル増えてるな」
カケルは自らに探索魔法を使い、ステータスを確認する。
LV27
HP 520
MP 1030
身体強化Lv12
加速LV11
衝撃波LV11
魔法刃Lv9
魔弾Lv10
探知Lv11
大賢者の叡知Lv1
剣技Lv1
「剣技か・・・」
いままで魔法と体術のみで戦ってきたカケルだが、
それに剣での攻撃を加えるようになった。
太刀筋は素人のため、魔物へのダメージは少ないが、
急所に当てればそれだけで魔物は絶命するため、
火力は向上できたといえる。
・・・
・・
・
そのままカケルとテトラはさらに探索を続け、
ついに170階層まで降りてきたのであった。
「ついに170階か・・・・」
転移してから2ヶ月近く。この塔の攻略を進めているカケル。
それでも優秀なガイドのお陰で、本来はあり得ないペースで攻略を進めていることに、カケルは気が付いていなかった。
170階層は古代遺跡のような作りで、崩れた石壁などが転がっていた。
そんな中不意に、カケルとテトラは人影を見つける。
カケルにとっては、この世界に来て初めての人間との出会いだった。
「こんな階層に人間がいるなんて、珍しいね・・・」
その人間は、小綺麗な皮鎧を着た小太りの青年であった。
怪我をして気を失っているようで、全身傷だらけだ。
「おい、あんた。大丈夫か?」
ゆすっても反応はない。
「どいてごらん」
そう言ってテトラが回復魔法をあてる。
「ぐ・・・」
小太りの青年が目をさます。死んではいないようだ。
「大丈夫か?」
「う、うわぁぁぁぁあ!!!」
カケルの顔を見た瞬間、青年は飛び退く。
「き、貴様!誰だ!僕に触れるな!!」
偉そうな口調だ、カケルはそう思った。
「あー、えっと。俺はカケル。君が倒れているのを見つけたから介抱したんだ。落ち着いてくれ」
「倒れてだと?・・・そうか。ぼ、僕は魔物に襲われて・・・どうなったんだ・・・」
青年を落ち着かせて話を聞くカケルとテトラ。
青年はルークと名乗った。
ルークはとある貴族の三男で、武芸の修行の一貫でこの塔に来たらしい。
指南役の護衛数人とパーティを組んで下層を探検していたところ、運悪く塔の罠に引っ掛かってしまい、この150階層に転送されたようだ。
「転送罠か。たしか入り口近くの低階層に多く設置されていたはずだね。冒険者をはるか上層まで転移させる罠だ。たいがい転移した先は魔物の巣になっていて即補食されることが多いんだけど、彼は運が良かったようだね」
さらりと恐ろしいことをいうテトラ。
「転移した先には大型の蜘蛛がいた。夢中で逃げたのだが、いつの間にか倒れてしまっていたようだ・・・・」
その晩、野営の焚火の前でテトラが切り出す。
どうする気なんだい?カケル」
「どうするって言うのはルークのことか?」
「それしかないじゃないか。ちょうどいい、寝ているうちに出発してしまえば後は楽だよ?」
傍らでルークは眠っている。
まだ体力も精神も回復してないのだろう。
「待て待て、さすがにここで見捨てる訳にもいかないだろ」
「本気?彼の能力を探知で見たかい?とてもじゃないが、この階層を生きて探索することは出来ないよ。僕も二人の面倒を見られるほど余裕がある訳じゃないんだ」
確かに、テトラの言うとおりであった。
先程、カケルもルークの能力を探知魔法で調べていたのだ。
LV5
HP 20
MP 8
脚力強化Lv1
剣技Lv4
レベルも、スキルもカケルが塔の探索を始めたばかりの頃と同じくらいであった。
最近は探索のペースもよく、テトラとの共闘によりかなりの勢いで各階層を踏破しつつあった。
一刻も早くこの塔から脱出したいカケルとしては、テトラの言うことも理解できた。
「大丈夫さ、この世界じゃ冒険者が死ぬなんて珍しいことじゃない。ここで君が死んでしまう方が僕にとっては大問題だよ。」
出会った当初よりカケルに対する態度が軟化したテトラであったが、時折こういったドライな一面も残っていた。
デュラハンに敗北して以来、テトラは戦闘に関しては手を抜くことなく最新の注意を持ってカケルのケアをしていた。
そしてテトラの変化にカケルも気が付いていたのだった。
「うーん。さすがにここで置いていくことは出来ないな。とりあえず様子を見るってことで何階層か行ってみないか?それで判断しよう」
はぁ、とため息をつくテトラ。
ルークの処遇に関する判断を保留にし、
カケルとテトラは身体を休めるべく眠りにつくのであった。
「上の階層から降りてきただと?嘘を言うな」
迷宮を歩きながら、ルークが言う。
カケルはテトラと相談し、カケルが最上階の大賢者の叡知に触れ、その力を引き継いだことは黙っておくことにしていた。
差しあたって、自らの身分を冒険者と説明することにしたのだ。
「レベルも低そうだし、装備も貧相。何より一人じゃないか。たった一人で三大迷宮に立ち入る冒険者など居るわけがない」
大方、僕と同じように転送罠に掛かったのだろう。
無理をするな、とルークはカケルを笑った。
「なぁ、ルーク。その三大迷宮ってなんだ?」
「ほら見ろ!三大迷宮も知らない冒険者なんて聞いたこともないぞ!」
そうなのか、とカケルはテトラの方をみるが、テトラは首を横に振る。
テトラも知らないようだ。
「いいか?三大迷宮と言うのはな・・・」
ルークの説明によると、
この世界に数多あるダンジョンのうち、最難関と言われる3つのダンジョンを三大迷宮と言うそうだ。
「賢者の塔」「剣神山」「旧魔王城」
それらのダンジョンは、歴史上もっとも偉大な3人が作ったとされ、現在にいたるまで踏破したものはいないとのことだ。
「ここと似たようなダンジョンが他にも2つあるってことか」
「あぁ、賢者の塔と違い剣神山と旧魔王城は普通の人間にはたどり着くことも出来ないがな」
「その、ダンジョンを作ったっていう3人は何者なんだ?」
「・・・君、本当に知らないのか?三英雄の話なんて子供だって知ってるぞ?」
はは、と頭をかいて誤魔化すカケル。
かつて世界が争いに支配されていたとき、
生けるものの憎しみの感情が
一匹の邪神を産み出した。
邪神はこの世のすべてを破壊することを行動原理とし、
昼も夜もなく、街も山も森もすべてを焼き尽くしていった。
人間も、エルフも魔族も。
圧倒的な破壊の前に、なすすべもなく数を減らしていく各種族。
長年争いを続けていた3種族はついに戦を止め、
邪神討伐の同盟を組むことになる。
そして、それぞれの種族で最も力ある3人の若者が邪神討伐に名乗りをあげる。
それが、大賢者ロロ、剣神アトラス、若き魔王ガルバディアであった。
世界の守護者精霊の力を借り、邪神に挑む3人。
多くの犠牲を払い、ついに邪神討伐に成功する。
平和を取り戻した世界。
邪神の恐怖から人々を救った3人は、
「三英雄」として今でも人々に愛されているのだ。
「邪神討伐後、大賢者ロロ様は最後にこの塔を立て、姿を消したとされる。以来ここは賢者の塔と呼ばれているのだ」
分かったか、と鼻を鳴らすルーク。
ルークの説明に声を失ったカケル。
カケルは大賢者ロロと聞いて夢の中で出会ったあの少女を思い出していた。
テトラから大賢者の話を聞いたことはあったが、
邪神の話というのは聞いたことがなかった。
カケルがちらとテトラの方をみるが、特に反応はなく、
その表情から何を考えているか察すことは出来なかった。
明くる日。
夜営地を出立した一行は、
古代遺跡の迷宮を探索していた。
目指すは階下への階段だが、
遺跡の岩影が邪魔をして、発見が難しかった。
ルークは昨日よりも体力を取り戻し、
カケルとテトラの行動ペースについてきている。
これなら、連れていっても足手まといになることは
ないかな。とカケルと思い始めていた。
だが、その希望はすぐに打ち破られることになる。
「カケル」
「ん」
テトラの言葉にカケルがすぐに魔力を纏う。
戦闘が発生する合図だ。
「前方に2体。魔力の感じからは強化ゴブリンだと思う」
「分かった」
カケルは魔力を練り、魔弾を放つ準備をする。
「グギヤッァ!」
岩影から青色のゴブリンが現れる。
魔力を纏うことにより変色した強化個体だ。
「グギャアア!」
うちの1体がカケルを目掛けて走ってくる。
カケルはそちらに狙いを合わせ、魔弾を放つ。
「グギャ!!!」
爆発とともに吹き飛ぶ
ゴブリン。
「グギャギャ!」
もう一体は魔法を詠唱し始めた。
「遅いよ」
目の前に現れたテトラが、
尻尾を振るうとその喉が切り裂かれる。
ゴブリンはそのまま、地面に倒れると
青い光に包まれた。
「ぐ、グギャギャ」
その時、カケルが魔弾をぶつけたゴブリンが
起き上がった。
絶命していなかったようだ。
ゴブリンはその時一番近くにいたルークに狙いを
定めると爪を振り上げ襲いかかった。
「ルーク!」
カケルが声をかける。
ゴブリンの動きは遅く、カケルの攻撃によるダメージが
大きい様子だった。
あれならば大丈夫か、カケルは助けに入る体制を解いた。
だが、
「うぁあああ、く、くるなあぁぁ!!」
錯乱し、尻餅をつくルーク。
恐怖に顔がひきつっている。
まずい、カケルはそう思って魔法を放とうとする。
「グギャァ!!」
その時、小さな氷柱がゴブリンの顔面を貫いた。
「・・・なにをしてるんだい」
テトラが呆れた、という表情でルークを見ていた。
ルークは恐怖からか、まだ立ち上がれていない。