第7話 「騎士の大剣」
大聖堂の中、二つの黒い影がぶつかり合う。
片方は巨大な剣を振り回す、黒い騎士。
もう片方は騎士の大剣を避け、魔法の光を放つ黒猫。
二つの影の戦いは激しさを増し、
辺りに魔法の余波が幾度も弾ける。
カケルはテトラの邪魔にならぬように、
かつ黒い騎士のヘイトを稼ぎすぎぬように
距離を取って魔法を放っていた。
だが、
魔法の威力不足からデュラハンにダメージを与える
ことは出来ずいつしかデュラハンもカケルの攻撃に
注意を向けることが少なくなっていた。
カケルは焦っていた。
戦闘から取り残されつつあることもそうだが、
もっとも気にしているのは
先程からカケルへの攻撃をすべて肩代わりし、
常に気を遣いながら戦っているテトラだ。
テトラは塔から魔力を吸収することが出来ると言ったが
それは戦闘中のわずかな隙にに出来るようなものではない。
彼は今、自分と同程度の実力を持った相手に対し
カケルを守ったまま戦うというハンデを負っているのであった。
加えて
「アイスバレット!!!」
「聞かぬ」
テトラの得意とする氷魔法は、
鋼鉄の鎧であるデュラハンに相性が悪いようで、
大剣の防御を貫くことができない。
「このままじゃ、まずい・・・・」
カケルはそう思った。
テトラは焦っていた。
自分が得意とする氷魔法はデュラハンと相性が悪い。
だが仮に他の属性の魔法を放ったとしても、
デュラハンには効かないことはわかっていた。
デュラハンの鎧は魔法耐性の高い素材で作られている。
デュラハンに対し有効打を与えられないこともそうだが、
もっとも気にしているのはカケルの存在だ。
カケルの攻撃はデュラハンにダメージを与えられないものの、
一瞬一瞬でデュラハンの気を引き、
テトラの戦闘を助けていた。
対したものだな、とテトラは思う。
戦闘面でのカケルの成長の早さに、
テトラは驚かされている。
その彼も攻撃が原因でデュラハンのヘイトを集め、
攻撃を受けつつある。
「このままじゃ、まずい・・・・」
テトラはそう思った。
「むっ」
テトラがデュラハンの足元を凍らせ、
足止めをはかる。
「カケル、頼みがある」
「どうした、なにか手があるのか?」
「うん。あいつの鎧を今の僕の魔法で破るのは不可能だ。倒すなら物理攻撃で破壊するしかない」
「物理攻撃で・・・そんなこと出来るのか?」
「あぁ、だけど発動に詠唱時間が必要だ。その時間を、稼いでくれるかい?」
これまでの戦闘で、テトラがカケルを頼ったことはなかった。
常にカケルを気にかけ守るように戦ってきたテトラ。
逼迫した状況を、再認識するカケルであった。
「どれくらいだ?」
「約一分」
「一分か・・・」
爆発とともに、デュラハンの束縛が解ける。
テトラの魔法ですら対した足止めにはならないようだ。
あの相手に対し、自分は一分も時間を稼げるのか。
カケルはそう思っていた。
しかし。
「どっちみち、それしか勝ち目はないんだろ?。さっさと始めてくれ」
「頼んだよ、カケル」
カケルの言葉ににゃーとテトラが鳴く。
テトラはそのまま魔法の詠唱を始めた。
「ハッ!」
魔弾を放つカケル。
手数を稼ぐべく、魔力の濃縮は抑え連射がするように
魔法を放つ。
「効かぬ」
デュラハンは魔弾爆発を身に受けながらも、
カケルに剣を振るう。
カケルはその剣を必死で避け、
わずかな隙を狙う。
カケルの戦闘スタイルはテトラ仕込みのヒット&アウェイだ。
カケルは攻撃予測と回避力に長けており、
攻撃力こそ未熟なものの、
デュラハンのような格上相手でも近接戦闘が
成立していた。
それは大賢者の叡知のスキル効果、
「戦闘中における予測力と判断力の向上」
によるものなのだが、そのことにカケルは気が付いていなかった。
「小癪な蝿め」
攻撃の当たらない相手にデュラハンが苛立ちを覚える。
それにより僅かに剣撃が大振りになる。
「ここだ!」
デュラハンの一撃を回避するカケル。
両手でデュラハンの兜をつかみ、溜めた魔力を放つ。
何度も使用してきた衝撃波。
その発生範囲を最小限にし、全魔力を威力にだけ傾ける。
濃縮されたその魔法は、強力な衝撃、そのものになる。
「衝撃<インパクト>」
ドゴンと鈍い音が響く。
「ぐっ!」
デュラハンが膝をつく。
派手さはないが、今のカケルにとっての最大の魔法攻撃だ。
これでダメなら、あとはない。
「どうだ!」
技への自信が、一瞬だけカケルの注意力と、思考力を奪う。
その瞬間をデュラハンは見逃さなかった。
「ぐっ!?」
デュラハンの腕がカケルの足首をつかむ。
「愚か者があァァァ!!!」
そのまま持ち上げられ逆さ吊りになるカケル。
デュラハンはカケルの身体をそのまま地面にたたきつけた。
「グハッ」
背中から叩きつけられ息が止まる。
同時にズシンと胸に激痛が走る。
デュラハンがカケルを踏みつけたのだ。
「小僧、今の一撃は良かったぞ。だがしかし、戦いの瞬間はたとえ相手が膝を突こうとも気を抜くな」
そう言って、デュラハンは大剣を握りそのまま振りかぶった。
呼吸困難になりなりながら、カケルはデュラハンのギラリと光る剣を見ていた。
「死ね」
「君がね」
その言葉と共に、
デュラハンの背中にに光り輝く剣が突き刺さる。
「グッ!!」
剣の威力に吹き飛ばされるデュラハン。
あたり一帯の空中には
無数の光り輝く剣が浮かんでいる。
それはよく見れば氷で作られた魔力の剣だ。
「よくもカケルをやってくれたね」
その中心に、すさまじい魔力をまといながら歩くテトラの姿があった。
「貴様、その魔法は大賢者様の…」
「怖いのかい?大丈夫、僕がすぐに壊してあげるよ」
テトラがそう言ってニャーと鳴くと、
氷の剣は輝きを増し、デュラハンに狙いを定めた。
「<アイスブレードストーム>」
氷の剣が一斉にデュラハンを襲う。
デュラハンも大剣を振り、数本は撃墜したものの
次から次へと隙間なく降り注ぐ氷剣になすすべもなく
削られていく。
「グオォォォォォッ!!!!!!」
・・・
・・
・
轟音が止み、あたりに静けさが戻ってくる。
テトラは纏った魔力を徐々に落ち着かせると、
倒れているカケルのもとへ駆け寄った。
「大丈夫かい?カケル」
「あ、あぁ・・・なんとかな。いてて。でも骨は折れてるみたいだ。」
すぐに回復魔法を唱えるテトラ。
「あの技、すごいな...氷の剣があんなに...」
「ふふ、大賢者様のオリジナルスペルなんだ。今の僕じゃあれくらいが限界だけど、本物はもっとすごいよ」
「もっとすごいって・・・それはやばいな」
自分もいつかそんな魔法を使えるようになるのかな、
徐々に引く痛みの中カケルはそんなことを考えていた。
「さて、これくらいでいいかな?」
回復魔法を止めるテトラ。
「あぁ、ありがとう。なんとか身体も動きそうだ」
立ち上がり腕を回すカケル。
そんな姿をテトラは見ていた。
先程のデュラハンとの戦い。
テトラはカケルに詠唱時間を稼いでほしいと頼んだが、
実は1分も持つとは思っていなかった。
30秒でも儲けもので、
ピンチになれば不十分な状態でもアイスブレードストームを
放つつもりでいた。
だがカケルはその1分を見事に稼いで見せたのだ。
これには素直にテトラも驚いていた。
特筆すべきはその戦闘センス。
魔力不足により高火力の魔法はまだ展開できないが、
デュラハンの重圧にも負けず、紙一重のところで攻撃を
見切っていた。
そして、最後に見せたあのオリジナルスペル。
魔力の圧縮と、効果範囲の限定を突き詰めて、
あそこまでの威力を引き出すとは。
大賢者の叡知の後継者として、相応の才能は持っている
ということだろうか。
テトラはそんなことを考えていた。
「さて、そろそろ先に進むか。テトラの魔法の影響でここは寒いしな」
地面にはまだいくつもの氷の剣が突き刺さっている。
「そうだね」
そうして、二人が歩を進め、
階下への階段へ進もうとした時であった。
「!」
テトラ、そしてカケルがほぼ同時に魔力を関知する。
「オォォッォォ!!!!!!」
氷剣の塊を吹き飛ばし、中からデュラハンが出てきた。
黒い鎧はところどころ破壊されている。
「グゥオォォッォォ!!!!!」
すでに理性は失っているようだ。
大剣を掲げ魔力を込めている。
「まずい!」
テトラが前にでる。
「ゾードインパクドオ!!!!」
再びデュラハンの範囲攻撃がテトラを襲う。
先程の一撃よりも威力は低いが、その分魔法の
発動が早かった。
「くっ!」
咄嗟に魔法を展開しようとするテトラであったが、
魔力の発動よりも先に、地面が爆発を起こす。
テトラに初めて直撃する、デュラハンの攻撃。
その一撃は致命傷にも近い攻撃であった。
「テトラ!!」
吹き飛ばされるテトラ。
氷の塊に小さな身体が激突し、
身に纏っていた魔力が消える。
「・・・な、なんてやつだ、あの魔法を耐えたって言うのかよ」
デュラハンがゆっくりと近づいてくる。
「グゥオォォッォォ!!!!!」
デュラハンの視点は残ったカケルだけを捉えている。
デュラハンの振り下ろした大剣がカケルの肩口を切り裂く。
カケルは目の前が真っ暗になった。
・・・
・・
・
テトラは風を頬に感じ、目を醒ました。
全身に走る激痛により、
デュラハンとの戦いに敗北したことを思い出す。
さすがにこの小さな身体では勝てないか、とテトラは思う。
切り札に出したアイスブレードダンスも、
デュラハンを倒すには威力不足であったということだ。
「カケル、そうだ・・・カケルは」
痛む身体に回復魔法をかける。
魔力不足からか回復が遅い。
動かせない身体に気ばかりが焦る。
カケルは殺されてしまっただろうか、
そんな事が頭をめぐる。
なんとか身体を起こし、辺りを見ると
その光景にテトラは声を失う。
目に入ったのは、半壊した大聖堂であった。
地面に空いたいくつもの穴、壁の大半は吹き飛び
塔の外が見えてしまっている。
テトラの生み出した氷もすべて吹き飛んでいる。
「これは・・・」
塔は充満する魔力により幾重にも防御魔法が作動しており、
通常は破壊することなどできないほど強固に作られている。
竜のブレスであっても、ここまでの破壊は出来ないだろう。
テトラは部屋の真ん中に人影を見つける。
どうやら倒れているようだ。
身体を引きずりながら、そこまで近づいていく。
そこでテトラが見つけたのは、
「引きちぎられ」バラバラになったデュラハンの鎧。
騎士の大剣。
そしてその傍らに倒れるカケルの姿であった。