第5話 「黒猫の力」
カケルとテトラは大森林の探索を続けていた。
生い茂る木々草花の中、下層への階段を発見するのは
非常に困難であった。
「迷宮の中では、迷わないって言ってなかったか」
カケルがいう。
「迷宮と違って、この大森林のエリアは深い森だからね。各階は魔力により日々姿を変えているし、全てを把握することは不可能なんだよ。階段への方向は間違いないと思うんだけど」
テトラは尻尾をフリフリこたえる。
テトラは塔の外に出してやると言ってくれたが、
このままじゃ塔からいつ出られるかもわからん。
カケルはそう思った。
せっかく異世界に転生したが、最初のダンジョンから脱出も出来なければなんの意味もない。
冒険者ギルドも、ハーレムも、主人公無双もできないのだ。
それでは面白味がない。
階段を探し、草を強引に掻き分けたところで
びくんと身体が震える。
なんだ、と考える前にカケルはそこにいる獣と視線が合ってしまっていた。
真っ黒い巨体とすらりと伸びた手足。
わずかに開いた口からは鋭い犬歯が生えている。
一見して黒豹を思わせる獣だが、
違うのは3本生えた長い尻尾だ。
その尻尾は互いに刷りあいながら、
バチバチと電気のようなものを発生させている。
「グルルルルルルルゥ」
黒豹が唸る。明らかな戦闘体勢。
無理もない、カケルはすでに黒豹が少し手を伸ばせば触れられる
範囲に入ってしまっていた。
パーソナルスペースを犯されればどんな動物でも
怒りを見せるだろう。
「グルルルル」
黒豹が唸ると、3本の尻尾はさらに激しく雷を発生させる。
カケルは全身の毛が逆立つのを感じた。
まずいまずいまずい、
逃げるか?いや加速魔法も身体強化もかけていない状態で
こいつから逃げれるのか?
いちかばちか魔弾を放つか、いや怒らせるだけだ。
どうする逃げる?殺されるぞ、殺される
殺される
カケルは冷静な思考を失っていた。
次第に高まる黒豹の殺気がそうさせたのだろう。
その時、
「大丈夫、僕に任せて。とりあえず動かないでね」
後ろから声がした。テトラだ。
「まったく周囲には警戒しろってあれだけいったのに」
ためいきをつきながらゆっくりと歩いてくる、
おいなんでそんなに余裕なんだ、とカケルは思った。
目の前の黒豹は明らかにレベルが高い魔物だ。
カケルが今まで戦って倒してきた
ゴブリンやファングボアとは桁が違う。
探知魔法は使っていないが、カケルの全細胞が
戦うな逃げろと叫んでいた。
テトラはそんなカケルより前に出ると、
黒豹に向き合った。
黒豹はテトラに視線を移し、
さらにうなり声を響かせている。
いつ飛び掛かってきてもおかしくない。
「獣が‥‥‥。
大賢者様の使い魔である僕に挑む気なのかい」
そう言ってテトラが魔力を全身にみなぎらせた途端、
辺りの空気が変わる。
テトラの身体が白く輝く、
カケルの分からない言語でブツブツとテトラが魔法を唱えると、
ひとつ、またひとつとテトラの纏う輝きが増していく。
カケルに教えたのと同じ、自己を強化する無属性魔法だろう。
だがそれはカケルの魔法とは比べ物にならないほど、
濃密で洗練されていた。
またテトラが魔法を纏うと同時に、
辺りの気温が下がっていくような気がした。
いや、それは気のせいではない。
テトラの足元を中心に地面が凍り始めたのだ。
テトラの魔力があたりに広がっていく。
パキパキと大地は白く凍り、
大地に根付く木々が凍り。
ふと気が付くと、白く冷たいものが空気に舞っていた。
雪だ。
相対する黒豹も牙を向き、
全身に緑の光を帯びている。
3本の尻尾を中心にバチバチと、
さらに激しく電気が走っている。
テトラの生み出した冷気に、
黒豹の吐息が白くなる。
先に飛びかかったのは黒豹だった。
カケルの加速魔法などは比べ物にならないスピードでテトラに迫ると、その小さな体に向け、全力で爪を叩きつけた。
テトラはそれを軽々と避け、魔法を唱える。
「<アイスバレット>」
空気中にいくつもの氷のつぶてが発生し、
一瞬で鋭いナイフのように形成されていく、
そしてその固まりは一斉に黒豹に放たれる。
氷の散弾であった。
黒豹は氷弾の一斉射撃を身を捩って回避する。
猫のようなしなやかな動きで氷弾を避けるが、
何発かは身体に突き刺さる。
黒豹はグルゥと唸り声を上げ、
ボタボタと血を流しテトラから距離をとる。
だがテトラはその距離を一瞬で詰め、
黒豹の顔面を蹴り、さらにダメージを与える。
顔面を蹴られた黒豹は爪を振るが、そこにすでに
テトラの姿はなく、黒豹の間合いを出た位置に飛び退いていた。
カケルはそんな二匹の戦いを一歩も動けずにみていた。
「グルルルルゥゥゥゥ」
その時、黒豹がうなり声をあげた。
3本の尻尾がそれぞれ動いたかと思うと、
轟音と共に稲妻が放射線状に放たれた。
激しい光が辺りを照らす。
テトラが回避するが、
雷が着弾した地面は激しく破壊され、
焼け焦げていた。
「グアアァ!!!!」
黒豹がさらに雷を放つ。
緑の光と轟音が辺りに満ちる。
カケルは2匹から距離を取り、岩の後ろに身を隠した。
テトラの氷弾と黒豹の稲妻が何度も交錯する。
黒豹の牙と爪が何度もテトラを襲う。
だが、それでもテトラの動きには余裕があった。
死に物狂いで氷弾を避ける黒豹だが、
雷はテトラにまったく当たらない。
徐々に均衡は破れ、黒豹が弱っていく。
そして
テトラが一際大きな氷弾を黒豹に当てた。
黒豹はその巨体を吹き飛ばさると動かなくなった。
黒豹はそのまま白い光に包まれ
辺りには二頭の獣の激しい戦闘の後だけが残った。
黒豹を倒した後、森のなかで魔物と遭遇することがなくなった。
気配はあるのだが、すぐにこちらから離れていく。
どうやらあの黒豹はこの階層の主だったようだ。
そんな相手に完封してしまったテトラを、階層の魔物たちは恐れていた。
本人はボアファングが出てこないと肉が食べられないなどと文句を言っていたが、カケルはテトラを怒らせるのは止めようと心に決めるのだった。
下層への階段は大木の根本に隠されていた。
通りで見つかりにくかったはずである。
こうしてカケルとテトラは最上階からの2層目、大森林の階層を突破したのだった。
大森林の次の階層は、2層上の階とほぼ同じ迷宮仕様の階層であった。
休息所のようなものは発見できなかったため、
拠点なしに迷宮内部を探索することになる。
歩きながらや休憩の合間にもテトラから魔法の使い方などを
話してもらうが、カケルはそれらを素直に聞くようになっていた。
カケルは黒豹との一戦で、自らの無力さを再認識した。
魔法を操り、ゴブリンや猪を倒せるようになったからと言っても
この迷宮に跋扈する強力な魔物に対してはまるで及ばない。
カケルの命はこの瞬間も風前の灯火なのだ。
ここを出るまではテトラの言うことを素直に聞こうと思うのであった。
そんなカケルに対し、テトラはひとつの特訓を課した。
それは迷宮内を探索しながら、常に魔法を使い続けると言うことであった
「大賢者様の叡知を使いこなすにはとにかく莫大な魔力が必要なんだ。カケル、君はまだ魔法を使い始めたばかりでその魔力が圧倒的に足りない。まずは魔力の総量を増やすところから始めよう。」
そういってテトラが教えてくれたのは、
身体強化の魔法を常にかけ続けるというものだ。
今のカケルの魔力では身体強化は最大でも3分。
それを切れ間なく継続させる。
魔力は枯渇すると、途端に心身に影響を及ぼす。
具体的に言えば貧血のような症状が現れ、気分が悪くなるのだ。
カケルははじめてこの特訓に挑戦したときに、
魔力切れの症状を体験した。
手が痺れ、目がチカチカする。到底探索を続けられるような
状態ではなくなるのだ。
しかしテトラはこの問題を力業で解決した。
「魔力切れを起こしたら、僕の魔力を分けてあげよう。
僕はこの塔の内部にいるうちは塔から魔力を吸収できるため、
ほぼ無尽蔵に魔力を供給することができるんだ」
安心してくれ、と爽やかに笑う猫にカケルは逆らうことが
出来なかった。
大賢者の使い魔は体育会系の指導スタイルだった。
そこから常に身体強化をかけ続けながら、
探索を続け魔物が現れたら魔物と戦い、
また探索を続けるという数日が続いた。
身体強化以外にも、魔弾や、衝撃波、必要のない
タイミングでも魔法を使うようにテトラは指示を出した。
1日に何度も何度も魔力が枯渇し、
その度にテトラの注ぎ込む魔力により回復するということを繰り返した。
290代の残りの階層はすべて迷宮階層であったため、
それらの階層は同じように過ごすことになった。
5階層の突破には2週間以上もかかったが、
その間にカケルの能力は大きく向上することになる。
LV12
HP 98
MP 230
身体強化Lv5
加速LV4
衝撃波LV4
魔法刃Lv4
魔弾Lv3
探知Lv3