第33話「暴風竜の執着」
暴風竜がいるとされる山間は、
ロリリアの街からわずか半日の距離にある。
討伐隊は日暮れ前には山間の目前に近づき、
夜営の準備を始めた。
この規模の夜営は、さながら難民キャンプか合戦の本陣の
様でありかなり大規模なものとなった。
夜営地にいる冒険者や騎士団員の表情は三者三様で、
緊張して顔面が強ばっている者も居れば、
呑気に談笑している者もいる。
前者は暴風竜の伝承を信じ想像の中の相手に恐怖するもの、
後者は伝承をよく知らないか、
もしくは挑む相手の強大さに滾るものである。
カケルはボッシュと別れ、
焚き火を前に腰掛けながら
配給された夕食を食べていた。
固いパンに干した肉。
決して美味しいとは言えず、
大賢者のコカトリス亭の豪華な夕食が恋しかった。
「カケルさん」
不意にカケルは声を掛けられる。
声の方を見ると、夜営地にはにつかわしくない
メイド服姿の女性がひとり立っていた。
「セブン、その格好かなり目立つな。」
「そうでしょうか、気に入っておりますので」
冷静に答えるセブン。
気のせいか城で話した時より固い雰囲気がある。
「リエル様がお呼びです」
そう言って歩きだすセブン。
その背中を追って、カケルは森の中へと入っていくのであった。
「遅いぞ、カケル」
リエルは森のなかにある小川の側に立っていた。
セブンとカケルが持つ松明の火に、
チラチラと黒いドレスが照らされ妖艶な雰囲気を醸し出している。
こうして見ると確かにこの幼女はただ者ではない。
魔王と呼ばれるのも納得がいく威厳と貫禄を持ち合わせていた。
「あん?なんじゃ、呆けて。いったいどうした」
「口を開くと残念幼女だがな」
「なっ!貴様、ケンカを売っておるのか?」
「リエル様・・・」
顔を紅潮させるリエルをセブンが宥める。
この二人は主従と言うよりも姉妹と言う方が似合っているな、
カケルはそう思った。
「なぜ、討伐隊と一緒に行動しないんだ?」
「人間どもは妾が側に居れば落ち着かん。魔王と知れれば切りかかってくる者もおるじゃろう」
「そういうものなのか」
「そういうものじゃ。カケルよ、貴様が特殊なのじゃ。この世界では魔族と人間は長年争ってきた。戦が終わっても遺恨は残っておる」
「だが、少なくともこの瞬間は仲間だ」
「そう思わぬ輩もおるということじゃ。妾達を気遣う必要はない。このような扱いは慣れておる。のう、セブン
」
そう言ってセブンの方を見るリエル。
セブンは口を閉じたまま頷いた。
カケルはデリケートな話に今は踏み込むまいと、頭をかいた。
「それで?俺を呼んだのは何か用があったんだろ?」
「そうじゃ、貴様に話があったのじゃ。カケル、お主暴風竜のことをどれくらい知っておる?」
リエルがカケルに尋ねる。
「暴風竜・・・イル=バル・・・なんちゃらって名前だったか。魔王ガルバディアが操った7頭の竜の一頭だって話は聞いた」
「そうか、他には?」
「7頭の中で一番狂暴だとも聞いたな」
「ふむ、間違ってはおらぬ」
「それがどうしたんだ?」
「いや、なに。肝心なことをお主が知らない様子じゃったからな。それを確認したかったのじゃ」
「肝心なこと?」
「イル=バルヴァロは貴様を狙ってこの地に来たのじゃ」
「なんだって・・・?」
「正確に言えば貴様の持っている大賢者の叡知じゃがな」
「それはどういう事だ?」
「大賢者の叡知は大賢者ロロそのものじゃ、手に入れたものはこの世を滅ぼすほどの力を手にする事が出来る。また力だけでなく、知識もじゃ。古今東西魔力に関わる知識で大賢者を凌ぐものはおらん。万人が喉から手が出るほど欲する宝じゃが、これまでは賢者の塔という言わば堅牢な盾に守られ一切手が出せんかった。」
「それを俺が手にいれたから・・・」
「そうじゃ、そんな宝がひとり、盾から離れよちよち歩いておるのじゃ。手に入れたいと思う存在は山ほど居るであろう。人間以外も同じことじゃ」
「だが、なぜ俺がここに居ると分かった?」
「それは分からん、じゃがやつは若き魔王に使役されていた時から大賢者に固執しておった。それこそ執念と呼べるほどにな」
「執念・・・」
「やつだけに分かる何かがあるのかも知れん。だからこそ注意するのじゃぞ」
それだけ言い残すと、リエルは森の中へと姿を消した。
カケルはセブンに夜営地まで送られると、明朝の出発に向け就寝することにした。
カケルは寝床で暴風竜のことを考える。
大賢者の叡知を狙う存在。
改めて認識した自分の状況に、カケルの心臓は鼓動を早めた。
結局カケルは明け方まで寝付くことが出来なかった。
・・・
・・
・
「それではこれから、暴風竜撃退の流れを確認したい」
ミリアルドが言う。
周囲には騎士団の部隊長と各冒険者パーティーのリーダーが集められている。
もちろんその中にはボッシュとカケル、ルークそれからリエルとセブンの姿もあった。
セブンはそわそわとして、何かを気にしているようであった。
「繰り返しになるが、今回は暴風竜の討伐が目的ではない。ロリリアの街に被害が出ぬようにこの地から去らせるのが目的だ。当然、戦い方も変わってくる」
そう言うとミリアルドは机の上に広げた地図を指差す。
近隣の地図だろうか。幾つかの箇所にはバツ印が記されている。
「斥候によると、暴風竜はこの山間に寝床を形成し生活しているようだ。ここは足場も悪く部隊を展開するのが難しいため、まずはここから暴風竜をおびき出すことが必要だ。」
ミリアルドは再び地図上のある一点を指差す。
「決戦の地はここ。山間に広がる岩場だが、点在する岩はうまく使えば暴風竜の攻撃を避ける障害物になってくれるだろう。ここに先行して部隊を展開しておく。部隊長は各隊を統率し陣を張っておいてくれ」
ミリアルドの指示に騎士団員がはっ、と短い返事をする。
「暴風竜が来たあとは、ボッシュと私を中心とした近接部隊で戦闘を行う。この時点で竜鱗を突ければ良いのだが、恐らく難しいだろう。そこで近接戦闘と同時に今回の作戦の目玉である、大規模魔法を展開したい」
「大規模魔法?」
思わず口を開いてしまったカケルに視線が集まる。
ミリアルドは一瞬だけカケルの方を見ると、再び全員に向け話し出した。
「ギルドマスターが方々に掛け合って、とある魔法具を通り寄せることが出来た。これを使用し、一時的に暴風竜を封じ込めその隙に竜麟を破壊したい。なにかここまでで質問はあるだろうか」
ざわざわとミリアルドを囲むメンバーが、それぞれに話し出す。
カケルがセブンの方を見ると、セブンだけはひとりテントの外を見ていた。
先程から何を気にしているのだろう。
そんな中、喧騒を沈めるようにひとりの声が響く。
「作戦として、破綻しておるのは気のせいか」
周囲の視線が一気に集中する。
視線の先にいる声の主は、リエルであった。
「と、言いますと?」
ミリアルドが質問する。
「ひとつ目はどうやって暴風竜を動かすのか、と言う話じゃ。竜族の眠りは深い、もしやつが寝床にいたとしても少しくらいの衝撃では目覚めんぞ。起きたとしても、うまく誘導など出来るかの」
「そちらにも考えがあります。こちらを」
ミリアルドが壁際の兵に視線を移すと兵は足元におかれた巨大な龜の蓋を開けて見せた。
「こちらは竜族が好んで食べると言う小型の魔物の血を濃縮したものです。こちらを使い暴風竜を誘引します」
「臭いな。ふむ、つまり餌で釣るというわけじゃな。くっくっく、結構。実に人間らしい作戦じゃ」
嫌みなのか本気なのか、リエルは声を出して笑った。
「次じゃ、大規模魔法とは具体的にはなんじゃ。半端な魔法では暴風竜には効かんぞ」
「はい、その点は承知しています。それゆえにギルドマスターは聖都より一時的に『聖者の右手』を借り受けたのです」
その言葉に再びざわつく一同。
事情を知らないカケルにはよく分からなかった。
「ほう、それはまた大それた物を借りてきたものじゃな。それならば妾の杞憂であった、許せ」
「・・・ありがとうございます、他には何かありますか」
「最後じゃ。この作戦、非常によく練られておる。準備も十分じゃ。」
リエルの言葉に周囲の顔に安堵が見える。
「しかしじゃ、貴様らは大事なことを忘れておるな。そしてそれは致命的なことじゃ」
リエルがピシャリと言う。
ミリアルドの表情が歪む。
「どういうことでしょうか、なにか失念していることがあると」
「・・・貴様らの退治する相手が暴風竜イル=バルヴァロと言うことをじゃ。やつは七竜の中も最も狂暴で好戦的で、そして用心深い。つまり当然、我々の接近にも気が付いておる」
「まさかそんな・・・まだ峠を2つは越えた先にやつは居るのですよ」
「ふふ、そう思うじゃろうな。だが七竜とはそう言うものじゃ。故にやつらは伝説となっておる。そんなやつが自らに敵意を向け近づいてくる相手を放っておくと思うか?」
リエルの言葉に場の雰囲気は冷たくなり、
一気に緊張が走った。
ゴクリと誰かが唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「リエル様」
そわそわし続けていたセブンが口を開く。
「ほれ、貴様らにもそろそろ感じるじゃろう。」
リエルがそう言った瞬間、カケルは恐ろしく濃厚な魔力が近くに存在していることを感じた。
「グギャァァァアァァ!!!!」
竜の咆哮が全員の耳に届いた。




