第3話 「魔法の習得」
休息所には簡易なベッドと、わずかばかりの食料があった。
干し肉と固いパンであったが傷んではおらず、
なんとか食べることが可能であった。
この世界に転移して、丸一日以上が経過したが、
カケルにとっては初めて口にするこの世界の食事である。
「おいしいかい?」
テトラが顔を覗き込んでくる。
「うん、まずくはないな・・・」
どうやら食文化は元の世界と同じようだ。
「ふふ、君は変わってるな。こんな状況なのに食べられるなんた。図太いと言うかなんというか」
そう答えるとテトラはにゃーと鳴いた。
何が面白いのか笑っているように見える。
木造りのベッドに横になると、
途端に睡魔に襲われた。
久しぶりに落ち着ける場所にたどり着いた安心感からか、
あっという間に眠りへと落ちて行った。
室内にカケルの寝息が響くまで、
たいした時間はかからなかった。
「そろそろ起きて、カケル」
眠りから覚めたのは、テトラにそう声を掛けられてからであった。
塔の内部では太陽が見えないため正確な時間は不明だが、
カケルは寝起き特有の鈍い頭痛か自分が相当長い時間寝ていたのだと理解する。
そのお陰か、就寝前まで全身に満ちていた倦怠感が幾分か楽になっている。
「そこまで熟睡するなんて、カケルには緊張感と言うものが欠如しているみたいだね」
テトラはため息をついて部屋から出ていく。
だが実際には、
カケルを気遣い長い時間眠らせてくれたのだろう。
意外に優しいやつなんだな、とカケルは思った。
身支度を整えたあと休息所を出たカケルとテトラは、
階層の探索をスタートした。
エンシェントドラゴンの階層と異なり、
この層は細くて長い通路といくつかの小部屋で構成されている。
テトラによるとこれが賢者の塔の基本構造らしい。
途中階には魔法で溶岩が流れているエリアや
氷に閉ざされた部屋など、
魔法により環境が変化された層があるとのことだ。
さすがはダンジョンである。
どこまでも続く通路は、
途中でいくつもの分かれ道となり
全貌は把握できないが、
この階層が非常に広大であることがわかる。
広い階のどこかに階下に向かう階段があるらしい。
探索の途中、
テトラが安全を確かめた部屋で休息を取る。
「さて、カケルには本格的に魔法を覚えてもらうことにしよう」
カケルはテトラと向かい合い、
まず魔法の基本的な概念について学ぶことになった。
魔法には、火、水、風、土の系統があり、
それらに分類できないものを無属性魔法というらしい。
火系統であれば炎を出せるし、
水系統であれば水や氷を操ることが出来る。
無属性魔法についてはあまり体系化されたものがないらしく、
たとえば身体強化や、
転移魔法といったものがこの無属性に魔法にあたるそうだ。
「大賢者様が最も得意としていたのが無属性魔法だった。と言うより大賢者様はどの属性にも当てはまらないような独自の魔法をたくさん生み出したんだ。魔法開発の天才だったんだよ。…少しお手本を見せてあげよう」
テトラがその場で立ち上がり、
にゃーと一声鳴くとの身体が青い光で包まれた。
「いくよ」
そういってテトラが一歩を踏み出すと、目にもとまらぬ速さで部屋中を飛び回る。
目でも追い切れないそのスピードにカケルは驚いた。
「今のが、加速魔法。素早さを何倍にも高める魔法さ。その素早さは魔法の練度によるけどね。さらに…」
そういって再びテトラがにゃーと鳴くと、
今度は彼の周りに4色の光が浮かび始めた。
ネオンライトのようにチカチカと、
色が強くなったり弱くなったりして瞬いている。
4色の光はそのまま輝きを増し、
やがてそれぞれ様相を変えていく。
赤い光は熱を帯びて炎に、
青い光は冷気とともに氷に
緑の光はバチバチと小さな電気を、
茶色い光はそのまま小さな石つぶてに変化した。
「これが属性魔法さ」
初めて見る魔法にカケルは胸を躍らせるのであった。
カケルはテトラに教わりながら、魔法の特訓を開始した。
・・・
・・
・
「はは、ここまで才能がないとは正直思わなかったよ」
テトラがにゃーと鳴く。
「ぐぬぬぬぬぬ・・・・」
カケルは目の前に浮かぶ赤い光に意識を集中させながら、
燃えろ、と強く念じる。
赤い光は少しだけ光を増したかと思うと、
そのまますっと空気中に消えていく。
わずかな熱すら感じることはない。
「ぐはぁ!できねぇ!なんでだよ。俺には大賢者の叡智が引き継がれたんじゃなかったのか!」
カケルはそう言ってその場に仰向けに倒れこむ。
もう何度この基礎中の基礎に失敗しただろうか。
テトラと魔法の訓練を始めてからすでに3日が経っていたが、
カケルは小さな種火すら出すことすらできていなかった。
もちろん炎だけではない、
水の一滴も、そよ風も、
一握りの砂すらも生み出していない。
属性魔法を生み出す感覚は、
どうやら前世で体験した土捻りに似ていた。
目には見えない粘りけのある空気のような魔力を、
発動させたい魔法に適した形に変化させながら、
発動後イメージと混ぜ合わせながら捏ねていく。
カケルはそう言った感覚的な作業がとても苦手だった。
「大賢者様も泣いているよ。せっかく現れた後継者がこんな・・・」
「言うな。第一、魔法なんて今まで一度も使ったことなかったんだから、当たり前だろ」
「この世界では10歳に満たない子供でも炎を出すぐらいはできるよ」
カケルはテトラに対し自分の出自を説明していた。
初めこそ「そんなことが…」と疑っていたテトラであったが、
カケルが塔に現れた状況と合わせて納得せざるを得ないようであった。
「こっちの方は使えるようになってきたんだけどな・・・」
そういってカケルが全身に意識を向けると、
身体が青く光始める。
<加速>
カケルの姿が一瞬消え、10メートルほど離れた場所に現れる。
「無属性魔法は及第点っていうところだね。」
この加速魔法の他に、
カケルは身体強化と近距離に衝撃波を発生させる魔法を使えるようになっていた。
上達の気配のない属性魔法に対し、こちらの方は順調に上達をしている。
イメージと感覚で操る属性魔法に対し、
無属性魔法はどこか機械的な操作を感じさせる。
身体の必要な箇所に必要な量の魔力を必要な強度で充たし、
正確な発動フローを踏襲することによって魔法が実行されていく。
その精度が高まるほどスムーズに、強い魔法が放てるようだ。
感覚とセンスで作る属性魔法と
精度と数値を調整する無属性魔法。
「そういえば、美術はいつも2だったんだよなぁ」
カケルが属性魔法を習得するまでの道のりは長い。
明くる日、カケルはテトラ先導のもと、
階層内の細くて長い通路を進んでいた。
魔法を試すべく、魔物と戦うことにしたのだ。
通路には灯りもないが、不思議と一定の光度が保たれており探索は順調に進んだ。
少し進んだ先に少し開けた空間がある。どうやら小さな部屋に出たようだ。
「カケル、いたよ...」
テトラがそういって静止を促した。
その視線の先には二足歩行の小さな影があった。
緑色の肌に尖った爪と、小さな角生えている。
「ゴブリンだ。このダンジョンの至るところに生息するモンスター。知能も戦闘力も低い。さぁ、まずはあいつを倒してみよう」
「お、おう」
テトラの指示に、カケルは息を飲む。この世界に来て初めての戦闘だ。
グロテスクな様相とはいえ、最初は人型以外のモンスターが良かったな、
カケルはそんなことを思う。
全身に神経を集中させて、魔力を行き渡らせる。
<身体強化>
全身に白い光をまとうと、身体に力が満ちる。
<加速>
続けて青い光がカケルを包む。
今度は身体が軽くなった。
「・・・いくぜ」
もう一度ゴブリンを確認し、カケルは一歩を踏み出した。
加速魔法により、二歩目からは大きな跳躍となり
ゴブリンとの間を一瞬で詰める。
右手に魔力を集中させ、未だこちらに気がつかない無防備なゴブリンの背中に
魔力を解き放つ。凝縮した魔力をそのまま放出し、衝撃に変える無属性魔法だ。
「くらえ!」
背中に魔法を受けたゴブリンは轟音と共に吹き飛び、
そのまま壁へと叩きつけられた。
ぐしゃりと鈍い音がしてそのままゴブリンは立ち上がることはなかった。
「うん、いいね。見事な不意打ちだった」
テトラが皮肉を言う。ほっとけ、とカケルが切り替えそうとすると
倒れたゴブリンの身体が光に包まれる。
「ああして、倒された魔物は塔の魔力に還元される。またゴブリンとして生まれ変わるかも
知れないし、もしくは次はもっと強力な魔物かも知れない」
ゴブリンの身体が光になると、カケルの体にその光の一部が引き寄せられた。
「これは...」
「経験値を手に入れたようだね。ゴブリンを構成していた魔力の一部が君のものになったんだ。
そうして経験値を貯めていけばレベルが上がるのさ」
この世界では魔法体系に加え、レベルと言う概念がある。
テトラの説明によると、魔物を倒しその魔力を得ることで肉体や魔力が強化されていくことになる。
ゲームの世界みたいだな、とカケルは思った。
「なぁテトラ、今の俺のレベルって言うのはどれくらいなんだ?」
「気になるかい?ちょうどいい、僕の魔法で君の力を測ってあげよう」
そう言うとテトラはにゃーと鳴き、カケルに魔力の光を向けた。
カケル
LV1
HP 10
MP 15
身体強化Lv1
加速LV1
衝撃波LV1
自分のステータスが文字列として頭に浮かぶ。
「これは測定魔法、その名の通り対象の能力を測ることが出来るんだ。この世界ではわりとメジャーな魔法さ」
「レベル1か、道のりは厳しそうだな」
「確かにね。強力な魔物に出会ってしまえば一発でアウトだよ。だから最初はゴブリンを見つけて 慎重に倒していこう。さぁ今日はあと5、6匹は倒してから休息所に戻るよ」
そこから、休息所を中心にゴブリン狩りを行った。
ゴブリンは徒党を組んで行動することが多いらしく、
多いときは5~6匹の集団にも出会った。
そういった集団とは無理に戦うことをせずに隠れてやりすごすことにした。
階層のなかを歩き周り、
単独で行動しているゴブリンを見つけては背後から魔法を放ち倒す。
塔の最上階に近いだけあって、ときおり強力な魔物と遭遇することもあった。
だが、そういった時はテトラが事前に察知しカケルに注意を促すため、身の危険を感じるシーンは少なかった。
カケルはレベリングのため、同じ行動を何度も繰り返す。
作業ゲーは前世の時から苦手ではなかった。
・・・
・・
・
それからさらに一週間、カケルとテトラは魔法の練習をしながらゴブリンを倒し、レベル上げを行った。
地道なレベリングの成果か、カケルはこの階層でLVをいくつかあげることが出来ていた。
魔法については新たにいくつかの無属性魔法を使えるようになったが、属性魔法については
上達が見られなかった。これにはテトラも苦笑いである。
大賢者の叡知に触れたときに生まれた全身の倦怠感については、
今ではすっかり消え去っていてほぼ万全な体調となっている。
カケル
LV3
HP 25
MP 50
身体強化Lv1
加速LV2
衝撃波LV2
魔法刃Lv1
テトラに探知魔法を掛けてもらい、自分のステータスを確認する。
HPとMPのほか、レベリングに多用した加速と衝撃波のスキルレベルがあがっている。
魔法刃はテトラに教えてもらった無属性魔法だ。
魔力に刃のような性質を付与し、剣のように振るったり、飛ばしたり出来る。
「うん、レベリングは十分とは言えないが、これで基本的な動きかたは理解できたはずだよ。そろそろ次の階層を目指そう」
「そうだな、どっちみちゴブリンはどこにでもいるんだろ?それならここを離れても良いかもな」
テトラの提案にカケルも同意する。
二人は拠点にしていた休息所を後にすると、下層への階段を探すのであった。