第21話 「暴風竜の襲来」
リリスはギルドの受付に座り事務作業を進めていた。
今日は賢者の塔の出張所ではなく、
ロリリアの街のギルドでの勤務である。
同僚のマリアに頼み、向こう5日間のシフトをすべて
ロリリア勤務となるよう交換してもらったのだ。
リリスはチラチラと入り口を気にする。
立て付けの悪い入り口の扉が音を立てて開く度に、
何度もそちらを見てしまう。
夕暮れ時も過ぎて、
冒険者たちが次々と今日分の稼ぎを換金しにやってくる。
だがリリスが待望するの冒険者は一向に姿を現さなかった。
「何してるのかしらまったく・・・冒険者なんだから毎日ちゃんと働きなさいよ・・・」
殺気を放ちながらぶつぶつ呟くリリスに、
冒険者達は気軽に話しかけることができなかった。
ニコニコと看板娘を演じているリリスの姿しか知らない新米冒険者たちは
その姿に戦慄していた。
「そんなにイライラしては可愛い顔が台無しだよ」
声を掛けられ驚いて顔をあげるリリス。
そこにはロロリアの街の騎士団長、ミリアルドがいた。
「おじさま!」
パッと表情を明るくする、リリス。
「久しぶりだね、リリー」
ミリアルドはにっこりと微笑む。
「お久しぶり。今日はどうされたのですか?」
「あぁ、少し気になる情報があってね。ギルドマスターは居るかい?」
「はい、マスターでしたら奥の部屋に。今ならお話も出来ると思います」
「ありがとう」
そう言ってミリアルドは奥の部屋へと入っていった。
リリスとミリアルドは幼い頃からの顔馴染みだ。
リリスがまだ小さかった頃、
ミリアルドは冒険者として活動しており、
ギルドをうろちょろする幼いリリスの面倒をよく看ていた。
今では騎士団長となり街の平和を守っているが、
かつては相方と共に多くの功績を残した凄腕の冒険者である。
そのミリアルドの表情がいつもと違った。
リリスに対する態度はいつも通りで柔和なものあったが、
その裏になにかを隠した笑顔であることにリリスは気が付いていた。
「ギルドマスターに情報・・・なにかしら」
リリスは胸騒ぎに勝てず、静かに奥の部屋へと向かう。
・・・
・・
・
初めての狩りを終えたカケル達3人は、
帰路の途中に急に変わった天候により雨宿りを余儀なくされていた。
たまたま見つけた洞窟の中から外を見ると、
暴風と大粒の雨が吹き荒れている。
「こんな天気は珍しいんだがなあ」
ボッシュが焚き火を起こしながら呟く。
「暴風雨ですね」
ルークが外套を絞ると水が滴り落ちた。
ビュウビュウと吹き荒れる風の音が洞窟内に響く。
雨はさらに激しさを増していった。
「これは、悪い予感がするな」
止まない雨にボッシュが呟く。
「どういう事ですか?」
カケルが尋ねる。
「ん?いや、ロリリアはもともと穏やかな気候の街だ。こんなに天気が荒れることはありえない。実際、雨季になってもここまで降ることは珍しい」
「と言うことは?」
「この大雨には何か原因があるってことだな」
ボッシュは洞窟から外を伺っている。
その顔からは先程よりも緊張感が伺える。
「ん?」
ボッシュが神妙な顔つきに変わる。
「どうしましたか?」
ルークが聞く。
「今、何か聴こえたか・・・?」
ボッシュの言葉に一同は息を潜め耳を澄ませる。
雨と風の音、それから焚き火の音しか聞こえない。
カケルが息を吐こうとした時、
今度は一同の耳に、確かに悲鳴が聞こえた。
「人だ!」
ボッシュは外套も羽織らずに、
暴風の中に飛び出していった。
カケルとルークもその後に続く。
とてつもないスピードで森を駆けるボッシュに付いていくために
カケルとルークは身体強化の魔法をかけるほどであった。
森を進んだ先には、馬車が一台横転していた。
荷台を引いていたと思われる馬は絶命しており、力なく地に伏していた。
「大丈夫か!」
ボッシュが倒れる馬車の扉を強引に開けようと力を込める。
よく見ると馬車の側面には破壊されたような跡があり、
扉がひしゃげてしまっている。
「ぐぬおおおぉ!!」
ボッシュが力任せに扉を開けると、
中に手を伸ばし、乗客を引っ張り出した。
ぐったりとして反応は無い。
カケルは馬車の近くの地面に倒れている行者に駆け寄り抱き起こす。
「大丈夫か?」
「あ、あ・・・」
こちらは幸いにも、大きな外傷は無い様子だ。
だが行者はガタガタと震えており、何かに怯えているように見えた。
「いったい何が・・・」
ボッシュが乗客を助けだし、辺りを見回す。
その時、一同の耳に恐ろしい叫び声が聞こえてきた。
「グギャアアアアアアアアアア!!!!!」
「うわっ!」
あまりの音量に耳を塞ぎ伏せるカケル。
雨風の音を吹き飛ばすほどの咆哮だ。
その時、上空を横切る巨大な黒い影が目にはいる。
「あ、あれは・・・」
影を目で追いながら、立ちすくむボッシュ。
黒い影はそのまま森の奥へと飛び去っていった。
咆哮が止み、ようやく身体を起こすカケル。
今度は別の方から声が聞こえた。
「おーい、大丈夫かーーー!?」
声がする方向に目をやると、
兵士と冒険者と思われる者達がこちらに向かってくる姿が見えた。
その先頭に居て、いち早くこちらに気がついたのは騎士団長のミリアルドであった。
「・・・ボッシュ。お前たちこんな所でなにをしてるんだ!」
・・・
・・
・
カケルとルーク、ボッシュはギルドの一室に案内されていた。
正面にはミリアルド、それからその隣に女性が座っている。
年配の女性であったが、その姿は毅然としていた。
年老いて尚、彫りが深く美しい顔立ちをしている。
「すまなかった、ボッシュ。礼を言うよ、あんたが駆け付けてくれなくては、何人かは命を落としていた」
「いえ、俺は・・・」
恐縮するボッシュ。
「ミリー、あんたも。情報をくれて助かった」
「はい、当然です」
「さて、どこから話そうか。」
女性はチラリとカケルを見る。
「申し遅れたね、あたしはカレン。ここのギルドマスターだ、あんたは・・・」
「カケルです」
「そうか、あんたが・・・」
カレンは優しい目でこちらを見ると、再び前を向いた。
カレンも「賢者の弟子」の一員なのだろうか、カケルはそう思った。
「ボッシュ、ミリー。あんたらが同時にここに居てくれて話が早い。率直に言うと緊急事態だ。」
「巨大な黒い影を見ました。あれが原因ですかね」
ボッシュが言う。
「・・・暴風竜だ」
カレンが呟くように言った、
その言葉にボッシュがガタンと立ち上がる。
「そんなバカな!」
「落ち着け、ボッシュ。カレンさんの話の途中だ」
「・・・わかった」
「ありがとう、ミリー。ボッシュももう一度座ってくれるか?」
そう言われてボッシュが再び席に付く。
「暴風竜イル=バルヴァロ、その目撃情報が入ったよ」
カレンはそう言ってミリアルドの方を見る。
「情報源は王都の観測部隊だ。ロロリアへの他件での遠征中に偶然姿を見つけたらしい」
「バカな、暴風竜など・・・天災に近い存在だぞ・・・10年以上目撃情報なんてなかったハズだ」
「その天災が、このロロリアの街の目と鼻の先に降り立ったそうだ。襲われた馬車の行者に話を聞いたが、その容姿は文献の姿と一致する。十中八九間違いないね」
「そ、そんな・・・」
肩を震わせるボッシュ。ミリアルドはグッと歯を噛み締めている様子だった。
それからカレンとミリアルドはいくつかの警備体制に関する確認を。
ボッシュとは近隣の街にいる冒険者の名前と、その連絡方法を話し合っていた。
カケルとルークはその話題には一切入れず、
ただ3人が余裕なく話し合う姿を見ているだけであった。
恐らく実力者であろう3人が狼狽する姿に、事の重要性を予感するカケルであった。




