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第2話 「力の継承」


カケルは薄暗い階段を降りていた。

最上階にあった唯一の下り階段を進んでいるのだ。


塔の精霊によれば、

出口はこの先にしかない。


下り階段の先には僅かな明かりが見えた。

最上階のひとつ下の階層にたどり着いたようだ。


カケルが恐る恐る覗きこむと、

そこには塔の中とは思えないような広い空間が広がっていた。


「これは・・・すごいな・・・」


四方は壁に囲まれ、最上階と違い、塔外の景色は見えない。

最上階と同じ石造りの部屋と、等間隔に置かれた石柱。

部屋の反対端は遠くてよくわからなかった。



カケルはゆっくりとその部屋に進入する。

大広間にカケルの靴音だけが響き、

気が付けばカケルはじっとりと汗をかいていた。


先ほどの塔の精霊の説明によると、

最上階以外の各階には賢者の生み出した

魔物が配置されているらしい。


魔物生み出すって、賢者とはいえどうなんだ、

とカケルは思った。



最上階への階段から30メートル進んだところで、

カケルは部屋の中に蠢く一つの影を見つけた。

自分の背丈の何倍もある何かが、そこにいる。


ドクンと心臓が鼓動する。


カケルがその影をじっと見つめると、

その影もこちらに気が付いたようだ、

大きな頭をこちらに向ける。


カケルの頭部ほどもある、瞳と正面から目があった。


「グギャアァァァァァァァァァァァァ!!!!」



耳を切り裂くような雄叫びが部屋に響く。

腹にズシンと振動を感じ、カケルは自分の目を疑った。


ドラゴン。


巨大な灰色の竜がこちらに一歩を踏み出していた。

映画やゲームで何度も見た存在が目の前に立っていた。



「う、うそだろ...」



大きく目を見開いた竜が、

カケルに襲いかからんと牙を剥いている。


カケルは逃げようとしたが、足がすくんで動けない。

鋭い牙を備えた大きな口がそこまで迫っている。



カケルは自らの命の終わりを感じた。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

カケルの断末魔が大広間に響きわたった。







「う・・・」

目を覚ますとそこは最上階の石畳の上であった。


「生きてる・・・?」


記憶はないが、巨大な竜から命からがら逃げたしたのだ。


最後の記憶にある凶悪な竜の姿を思い出し、身震いする。


ファンタジーな存在との出会い。

異質な体験により自分が異世界に来たことを実感する。


「おかえり」

塔の精霊に再び声をかけられる。


「あれは賢者の塔の最後の番人、古代竜エンシェント・ドラゴン。竜種でありながら様々な魔法を操る、最強の生物だ。大賢者様との精霊契約によってこの塔を守っている。もっとも彼自身は長い年月の中で自我を失い、そんなことも忘れてしまっているだろうけどね」


カケルは先ほどの耳を切り裂くような雄叫びを思い出した。


「本来、最上階に到達するために、古代竜の討伐は避けては通れない道さ。」


カケルが階下に降りるためにはあの巨大なドラゴンを突破する必要がある。


それは到底不可能なことに思えた。


「絶望したかい?君がどうやってここまで来たのかは分からないが、やはりこの塔の踏破者としては相応しくないな。諦めてここで朽ちるといい、僕も300年も一人で寂しかったところだ。話し相手くらいにはなってあげるよ」


塔の精霊は言う。


「…さらっと怖いこと言いいやがって。こんなところに飛ばされて訳も分からないまま死んでたまるかよ」


「無駄だと思うけどね。まぁ気の済むようにすればいいよ。そもそも君のような矮小な存在にクリアできるような所じゃない。すべては大賢者様の叡知を守るためさ」



カケルは最上階の中央にある台座に目をやった。



「そういえば、この状況に頭が一杯でよく分かってなかったな。

おい精霊よ、あれがその大賢者様の叡知ってやつなのか?」



「そうさ。あれはこの塔を踏破したものだけがたどり着ける、この世界で最も偉大な力さ。大賢者様の知識と魔力を水晶に閉じ込めたものだ。おっと言っておくけど安易に触れない方が良い。

資格も持たないものが触れれば、瞬く間に廃人だよ。」



「大賢者の力・・・」



それこそ今の自分にもっとも必要なものではないのか。

力があればここから脱出出来る。カケルはそう思った。


カケルはのそりと水晶に近づき、それを凝視する。

不思議なことに水晶は淡い光を自ら発しているようだ。

強くなったり、弱くなったり。


カケルにはまるでその瞬きが

自らに語りかけているかのように感じた。



「綺麗だなぁ...」

「お、おい!待って!それに触っちゃダメだ!」


塔の精霊がなにかを叫んだ気がしたが、遅かった。




カケルが手を伸ばして水晶に触れた途端、

カケルの頭の中にとてつもない轟音が響く。



あまりの音に視界がブラックアウトする。

耳元で響き続ける何かの音。


音は鳴りやむどころか、どんどん大きくなっていく。

両手で耳を塞いだが、無駄だ。

やがてカケルはそれが多くの人の話し声だと言うことに気がつく。

何人も何十、何百人もの人間が同時になにかを話している声だ。



目の奥にチカチカと七色の光を感じ、

手足の先が感覚がないほどしびれた。

目から耳から感触から、

すべての五感を通じ

自分の中に自分以外のものが大量に入ってくる。


「ぐっ・・・・」


次々と自分の知らない景色の映像が頭に浮かんでは消えていく。

美しい滝、険しい山、人々の笑い声や、荘厳な宮殿。。


同時に次々と自分の知らなかったことが

頭の中にインプットされていく。

星の名前、

薬草の材料となる草花の種類、

剣の硬度を更に高める鋳造方法....


その中で一人の美しい少女の姿が写る。

白いドレスを纏った、透き通るような肌をした少女。

彼女は誰だろう、そう思ったのを最後にカケルは意識を失う。



水晶の瞬きは更に強くなった。




・・・

・・






どれくらい時間が経ったのか。

ふと頬に当たる柔らかい感触で、

カケルは意識を取り戻した。


頭痛に耐えながら目を開けると、

そこにはネコが一匹おり、

カケルの顔を心配そうに眺めていた。



目を覚ましたのは変わらず固い石畳の上で、

夜なのだろうか辺りは薄暗かった。

松明の炎がチラチラと影を動かしている。



カケルが身体を起こすと、全身に激痛が走った。

筋肉痛を何倍にもしたような倦怠感。

唾を飲み込むも億劫になる。

猫はカケルの正面に座り、相変わらずこちらを見ている。



「猫...どこから...」



カケルがそう呟くと猫が答えた。


「まったく、君には驚かされてばかりだよ。たった一日で300年分の驚きを味わった気分だ」


聞き覚えのある物言いであった。



「その声...塔の精霊か?」



「そう、僕は塔の精霊。名はテトラという。この塔の管理者にして、偉大なる大賢者様の使い魔さ。肉体を失って300年経ったが、まさかこうして自分の身体を取り戻すことにいなるとは思わなかった」


そう言ってテトラと名乗る精霊はにゃーと鳴いて見せた。


「生き返ったってことか?」


「正確には死んだわけではない。この塔を作る時に大賢者様の魔法で精神だけの存在となり、塔の魔力と同化していただけさ。僕はこの塔を守る役割を永遠に担っていたのさ。君が来るまでは」



「俺が?どうしたってんだよ」



「認めたくはない。本来はこの塔を制覇するに足る偉大なる人間が現れるのを待つはずだった。人間が衰退しそんな事が出来る人間はもはや生まれないとも思っていた。 永遠の時が流れるのを、塔の管理をしながら過ごす覚悟だった。それが・・・」




「わかんねぇよ、、ちゃんと説明しろ、、」


「カケル。君は大賢者様の叡知に選ばれたんだ。その力の担い手、次代の賢者になるために」











しばらく時間がたつと、身体が動くようになりカケルは身を起こすことができた。



「整理するぞ・・・?」



カケルは傍らに座るテトラに切り出した。


「この塔が守っていた大賢者の叡知とやらは、さっきまでそこにあった水晶に封じられていた。資格を持ったものがそれに触れると、大賢者の知識とか魔法とかを得ることが出来る。そういうことだな?」


「うん、間違いないよ」


「さっき俺が水晶に触れた時に感じたのは、大賢者の力が流れ込んできたってことか。そうすると俺はその資格って言うのを持ってたってことなのか?塔を上ってきた訳じゃないけど」




「僕も信じられないよ。そもそも人間がここに現れることが初めてのことなのさ。僕も君には資格なんてないと思ったから、水晶に触れるのを無理に止めることはしなかったんだ。それが...」



「そのあたりは、よく分からないってことか。ところで俺は大賢者の力を受け取ったんだろ?そしたらあの竜も簡単に倒せて、即脱出可能か?」



「そう簡単なことじゃない。知識とはただ知るだけでは意味はないんだ。魔法一つにしても、知っているのと使えるのでは大きく違う」


「そんなに簡単じゃないってことか。魔法。。。俺にもそのうち使えるようになるのか?」


「むしろ使えない訳がないじゃないか。君はこの世で最も偉大であった魔法使いの力を手に入れたんだよ?」


テトラはそう言うとまたにゃーと鳴いて見せた。











「とにかく、カケル。君はまずこの塔から脱出しなければならない」


「あぁ、それには俺も同意だな。とりあえず自分の置かれた状況を確認したいし、この塔を出て人がいるとこに出たいな」



「大賢者様であれば脱出用の転移魔法を使えたけど、君の魔力ではまだ難しいと思う。となると地道に階層を降りていくしかないわけだ。ただしここは世界でも最難関のダンジョンでもある。配置されている魔物も相当レベルが高い」


「あらためて状況は絶望的だな」


「そうでもないさ。塔の管理者である僕がついているからね。単純に脱出するだけであればそう時間もかからないと思うよ。僕に考えがある」



「付いてきてくれるのか?」


「うん、この塔の出口までは送るよ。大賢者様の使い魔として、大賢者様の力を引き継いだ君を守る義務があるからね」



一人と一匹は塔からの脱出に向け、再び階下に挑むのであった。







エンシェントドラゴン大広間は相変わらず静かであった。

とりあえず見渡す限りの範囲に竜の姿はない。

カケルは先ほどあっけなく見つかり追い返された時は異なり、

靴を脱いで素足で部屋を歩いていた。


「良いかい、カケル。エンシェントドラゴンは長年の塔暮らしで視力を失っている。部屋に入ったら何があろうと音をたててはいけない。彼はその鋭敏な聴覚で捉えた部屋に訪れるものを攻撃するようインプットされているんだ」



階下の部屋に入る直前にテトラはそう言った。



部屋の途中まで慎重に進むとカケルは少し先の石柱の後ろに大きな影を見つけた。

さきほどカケルを襲った巨大な竜の姿がそこにはあった。



カケルは自身の心臓の鼓動が大きくなるのを感じながら、

どうかこの心音が聞こえませんようにと願った。


エンシェントドラゴンは、吐息を吐きながら静かにそこに座していた。

テトラが言う視覚が失われていると言うのは本当なのだろうか。



エンシェントドラゴンが鎌首をもたげ、こちらをじろりと睨む。

またドクンと大きく心臓が鳴る。

歩みが止まりエンシェントドラゴンと正面から見つめ会う形になるが、今度は声が漏れないように息を飲む。




エンシェントドラゴンはカケルに気が付かない様子だ。




ゆっくりと首を戻すと目をつむり再び深い吐息を吐き始めた。

再び気が付かれる前に、物音に注意しながらカケルは部屋の脱出を急ぐのであった


エンシェントドラゴンの部屋を抜けるとどっと疲れが襲ってきた。

全身に汗をじっとりとかいている。



「よくやった、カケル。とりあえず最初の難関はクリアだね」

「死ぬかと思ったわ。あれは無理だ・・・」




エンシェントドラゴンの大広間の先には小さな部屋があり、

休息が出来るようなつくりになっていた。

部屋の隅にある水がめには水が蓄えられている。




「ここは塔の中にいくつか用意された休息所の一つさ。本来はエンシェントドラゴンの部屋の直前で最後の休息を許される場所なんだ。うん、今夜はここで眠ろうか」


そう言うとテトラはさっさと部屋に入っていった。





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