第15話 「大賢者の叡智」
「飲みなさい、暖まるわよ」
ワルツがカケルの前に、カップを差し出す。
「ありがとう」
一行が転移したのは、
ワルツの部屋の近くの階層であった。
動かないカケルをルークが背負い、
この部屋まで戻ってきたのだった。
「それを飲んだら、少し眠りなさい。部屋は整えてあるから」
ワルツは優しく、カケルに声をかける。
「テトラは・・・最後に何を伝えようとしたんだ?知ってるんだろ?ワルツ」
「カケルちゃん・・・」
「頼む、教えてくれワルツ」
ワルツは考えるような表情をした。
「テトラは、あなたを待っていたの。大賢者の叡知を引き継ぐ人が現れるのを」
「・・・それは知ってる」
「私は大賢者様から塔の管理を任されたとき、一つの予言を託されたわ。たぶん、テトラも」
「予言?」
「そう。大賢者様の叡知を引き継ぐ者が現れたとき、それはこの世界が危機に教われる前兆だって。その危機は大賢者の叡知を引き継ぐものにしか救えない、だから・・・」
「だから、テトラは・・・」
「・・・もう休みましょう、あなた本当に酷い顔をしてるわ。それこそ死にそうなくらい」
ワルツに言われて、そうかなとカケルは自分の顔を触る。
そのままカケルはお茶を飲み干したあと、自室に戻り眠りについた。
・・・
・・
・
明くる朝、カケルはベッドから身を起こし
着替えを済ませると部屋を出た。
ワルツの居所からあまり遠くない場所で、
手頃な広場を探す。
周囲に魔物が居ないことを確認すると、
カケルはゆっくりと身体に魔力をまとわせる。
「・・・<身体強化>」
身体がフワリと軽くなるのを感じる。
「<加速>」
重ねてかけた魔法で、
さらに身体が軽くなる。
確認するように軽くステップを踏むと、
カケルは腰から剣を抜いた。
そのまま、剣を横に凪ぎ
剣を繋げていく。
「<魔弾>」
剣撃の合間にカケルは魔法を詠唱する。
中空に小さな魔力の塊がいくつも生まれる。
カケルはそれらを自らに向け放つ。
爆発を回避するように身を翻すと、
カケルは近くにある大きな瓦礫へと
剣を向ける。
「ハッ!」
ガキン、と音がして僅かに刃先が
瓦礫に切り込みをいれる。
「衝撃<インパクト>」
その剣閃に合わせ魔法を放つ。
剣を伝う衝撃に、瓦礫は粉々になる。
「ふぅ・・・」
カケルはそこで一息ついた。
カケルは剣を納めると、
続けて両手を前方にかざした。
邪神の眷族と戦った時の感覚をゆっくりと思い出す。
そしてカケルは目を閉じ、大賢者の叡知に自らの意識を「接続」する。
「・・・ぐっ」
途端に砂嵐のような轟音が耳元に響く。
同時にいくつもの自分の知らない景色が、
人々の顔が脳裏に浮かぶ。
カケルは意識を集中しようとするが、
情報の波に負け、「接続」を切ってしまう。
「・・・はぁ、はぁ」
肩で息をするカケル。
わずかな時間であったが、
かなりの魔力を消費していることに気が付く。
「・・・無理か」
カケルはそう呟くと、ゆっくりとその場に倒れこんだ。
・・・
・・
・
『・・・カケル』
呼ばれる声にハッと気が付くと、
そこは何度か訪れた書庫の中であった。
「ロロ・・・」
ロロは心配そうな目でカケルを伺っている。
「どうした?」
『ううん、ひどい顔をしているから。大丈夫?』
「そんなにひどいか?」
『うん、死人みたいだ』
そう言われて、
カケルは自分の頬を撫でた。
「そういえば、ありがとうな。助けてくれて」
『えっ?』
「俺がヤバイとき、声が聞こえたんだ・・・ロロの」
『僕の?』
ロロは不思議そうな顔でこちらを見ている。
何も知らないというような顔だ。
「テトラがやられて、邪心の眷族を憎む感情に取り込まれそうになったんだ・・・それで声が、、、」
『それは無理だよ、僕の魔法では君の意識と繋がることは出来ても、遥か時を越えて声を掛けるなんてことは出来ないんだ。それは、それはきっと・・・』
そこまで話して、カケルはロロの変化に気が付く。
今にも泣きそうな、少女の顔がそこにはあった。
カケルはそこで今まで感じていた違和感の正体にようやく気が付く。
分かってしまえばなぜ思い至らなかったのだろうと、
不思議に思うほど自然に納得が出来た。
「ロロ、、お前、もしかして・・・・」
ロロは黙ったまま首を振る。
「お前が、テトラなのか?」
・・・
・・
・
『僕は剣神と魔王と共に邪神と戦った。君のいるところでは数百年前のことだと思うけど、僕にとってはつい一年前のことなんだ。前にも言ったけど、今は大賢者の叡智をキーにして君に語りかけている。はるか未来に居る君に』
ロロはゆっくりと話し始めた。
『結論から言うと僕たちは邪神を倒すことは出来なかった。人間の負の感情から力を得るあいつは、無限の命とも言える力を持っていたからだ』
『そこで僕たちは邪神の隙を突き封印をする道を選んだ。もちろんそれも簡単なことじゃなかったよ。この大地に溢れるあらゆる生命の魔力を借りてようやくやつを封じ込めたんだ』
『そして封印には大規模な魔力設備が必要だった。大地の力を循環させ、邪神の魔力を封じ込めるための機構をもったものが』
『・・・それが大結界魔法<賢者の塔>さ』
「・・・じゃあ、もしかして俺たちが転移させられて邪神の眷属と戦ったのは・・・」
カケルは邪神の眷属と戦った空間を思い出す。
ロロは頷く。
『おそらく塔の遥か地下、邪神が封じられる地殻だと思う』
『賢者の塔には欠陥があった。半永久的に命を繋ぐ邪神を封じ込めるためには、こちらも半永久的に塔を維持するためのコアが必要だったんだ』
「コア・・・それって・・・」
『そう、僕は一年かけて、自分自身を魔力に変換し塔と同化するための魔法を編み出した。コアは僕自身ってわけさ。それこそが・・・』
「大賢者の叡智・・・か?」
『ここまで話せば察しもつくよね。それこそが転生魔法<大賢者の叡智>の正体さ』
『僕は自分の記憶とすべての魔力を大賢者の叡智に封じ、何もかもを忘れた塔の管理者として存在するつもりさ。僕の使い魔であるテトラの身体を借りて、ね』
「テトラ・・・あいつは・・・?」
『彼は、不思議な存在だ。僕が小さなころからいつも側にいてくれた。あの最後の戦いでも、僕の身代わりになって・・・』
ロロはそう言って唇を噛む。
「・・・じゃあ、俺は記憶を失ったお前とずっと一緒にいたんだな」
『はは、そうみたいだね。たぶんその僕は自分のことをテトラだと思い込んでると思うけど。そこまで精緻に記憶を作れるわけじゃないから所々ボロが出てそうだけどね。話を聞くとちゃんと未来まで仕事をしていたみたいで安心したよ。結構適当な性格だから途中で投げ出すんじゃないかと心配してたんだ』
「バカ、心配するな。300年しっかり働いてたぞ」
記憶を失い、自分が自分であることを思い出せない時間。
ただ使命を果たすために過ごす時間。
それが一体どれほどのものカケルには想像も出来なかった。
「なんでそこまで・・・」
『ハハ、そうだよね。自分でもバカだなって思う。邪神を生み出してしまうほどお互いに争って、憎んで。僕も小さいころから強力な魔法が使えたからかなりひどい目にあったよ』
「それならなんでこんな、自分自身を犠牲にするようなことを・・・」
カケルは目の前の少女のことを想うと目頭が熱くなった。
『理由は二つ、かな。まず僕には世界を使う力があった。力っていうのはその人が為すべきことをなすために与えられるものだと思うんだ。これが僕の生まれてきた理由なんだ、って本当に思うんだよ。それから・・・』
「それから?」
『僕は本当にこの世界が好きだ。美しい街も、山も、海も。存在する人もその全てが素晴らしいよ。』
「世界が・・・」
『カケル、塔から出たらこの世界を見てみて欲しい。君の世界と比べてどうかは分からないけど、本当に美しいんだ。僕の大好きな世界を、君にも好きになって欲しい』
そう言ってロロはニッコリと笑う。
美しくて悲しい笑顔だ、とカケルは思った。
そこまで話して、二人の間には沈黙が流れた。
『明日、僕は大賢者の叡智を発動させる。』
「明日・・・」
『そう、だからこうして大賢者の叡智を繋いで話すのも最後になると思うんだ。この魔法もかなり高度な魔法だから・・・』
「そうか」
カケルは短く答えた。
『次は300年後だね。ハハ、僕は君の事忘れてしまってるみたいだけど・・・』
ロロは目を伏せる。
「ロロ・・・」
『カケル・・・一度だけ、一度だけ弱音を吐いてもいいかな?』
「・・・当たり前だ」
『・・・ホントは忘れたくないんだ。この世界の事も、君のことも』
「ロロ・・・」
『・・・この世界のこと、君の事・・・大好きなんだ。だから僕は、もっと生きていたい・・・ホントはこ、怖いんだ。忘れるのが・・』
大粒の涙がロロの目からこぼれる。
カケルはそっとロロを抱きしめた。
「カケ・・・カケル・・・やだよ・・僕怖いよ・・うっ、うっ・・・・」
いつまでも泣き止まないロロ。
そこに最強と言われた魔導師の面影はすでになく、
ただ一人のか弱い少女がいるだけであった。
カケルはいつまでもロロの背中を撫でていた。
この小さな背中に、彼女は世界の平和を背負っているのだ。
・・・
・・
・
やがて書架に光が差してくる。
それはいつもの通り、別れを意味する朝日だった。
「ロロ・・・」
『・・・ん』
カケルは泣き疲れて眠ってしまった少女を起こす。
「俺、約束するよ」
『カケル?』
「俺がお前を助ける、大賢者の叡智から解放してやる」
『解放・・・』
「だから、心配するな。必ずまた会える」
『・・・カケル』
ふわりと、身体に浮遊感を感じる。
『うん、私待ってる。カケルが助けてくれるのを』
「あぁ」
『カケルが強くなるのを』
「ああ!」
浮遊感が限界に達し、意識が遠のいていく。
『カケル!!』
「ロロ!」
「********!!!!」
最後の言葉は聞こえなかったが、
それがなんだったのかはまた今度会えた時聞けばいいと思った。
カケルはそっと意識を手放した。




