第12話 「もう一人の管理者」
オーガの丸太のような太い腕が振るわれる。
カケルはそれを回避し、オーガのアキレス腱を斬りつけた。
「グォオオ!」
片ひざを付くオーガ、
怒りに任せ再びカケル目掛け腕を振るう。
だが、カケルは既にオーガの攻撃の範囲から
離脱していた。
カケルと入れ違うように、
オーガに飛びかかる影。
「てやあああぁぁぁ!」
ルークは気合いの入った掛け声と共に、
オーガの首を一刀の元に両断する。
ズズンと音を立て倒れるオーガの巨体。
やがてその身体は青白い光に包まれ消えていく。
ルークは、今やすっかり自信を付け
魔物と戦うことが出来るようになっていた。
戦闘に身を投じることで、身体が引き締まり、
以前よりもすっきりとした身体付きになっている。
一行は
100階層の重厚な扉の前に到達していた。
「ついにここまで来たか・・・。ここにも番人みたいな強力な魔物がいるんだろ?」
「・・・うん、だけどここは少し特別なんだ。その、おそらく戦闘にはならないと、思う。」
テトラが答える。
「どういうことだ?」
「入ればわかるよ」
テトラの表情が暗い。
一体どんな恐ろしい魔物がいるんだ、とカケルは息を飲んだ。
カケルが扉に手を掛ける。
するとその途端に、自然と扉が開いた。
そこはさっぱりとした部屋で、
これまで何度も通ってきた迷宮の一室に似ていた。
「ここは・・・」
カケルは部屋に入り辺りを見回す。
強力な魔物の気配はない。
「誰も居ないじゃないか」
後から入ってきたルークが言う。
その時、
「・・・いらっしゃ~い」
どこからともなく声が聴こえる。
「あら?そこにいるのはもしかしてテトラちゃんかしら?珍しいわね。あなたがこんな所まで降りてくるなんて・・・」
「僕も用がなきゃこんなところまで降りてきたりなんかしないよ、君の魔力の満ちた空間は臭くて堪らないんだ」
「あら、冷たいわね」
その時、部屋の中央に魔力が集中する。
魔力は次第に温度を上げ、炎となる。
とてつもない熱波がカケルたちを襲う。
「ぐっ」
「止めなよ」
テトラが魔力を解放する。
熱波を遮るように、冷気が発生する。
「ふふ、相変わらずね」
炎の中から声が聞こえた。
火柱が収まりそこから出てきたのは
一人の女性であった。
「初めまして、私の名前はワルツ。大賢者様の使い魔よ」
妖艶と言う言葉が似合う、
身体のラインが出る真っ赤なドレスを身に付けており、
スカート部分にはチャイナドレスのようにざっくりと
スリットが入っている。
色々と目のやり場に困る女性だ。
「あら?」
ワルツがカケルを見て何かに気が付く。
「ちょっとテトラちゃん?もしかして、、、この子」
「あまりカケルに近づくな、メス犬」
テトラがフーっと毛を逆立てる。
「あらあら、その様子だともしかしてその通りなのかしらね。この子があれを引き継いだのね、、、そう」
ワルツがカケルをじっと見つめる。
値踏みするかのような視線だ。
「いいわ、ゆっくり少し時間を貰えるかしら。テトラちゃんに会うのも久し振りだし、あなたの話もゆっくり聞きたいわ」
パッと表情の変わるワルツ。
「ワルツ、僕たちは先を急いでいるんだ」
テトラが苛立たしげに言う。
ワルツのことを大分毛嫌いしてる様子だ。
「ふふ、ダメよ。通さないわ。お話させてくれないなら、全力で邪魔しちゃう」
そう言うとワルツはまた熱を帯びた魔力を解き放とうとする。
「お、おいテトラ。いいじゃないか」
ルークが慌てて言う。
視線でカケルにも助けを求めてくる。
「テトラ、、」
カケルが声を掛けるとテトラははぁーとため息を吐いた。
「決まりね!じゃあ私の部屋に案内するわ!」
そう言ってワルツはポンと手を叩いた。
・・・
・・
・
ワルツの部屋は迷宮の一部を改築して作っていた。
部屋と言うよりももはや家だ。
椅子や机、家具などが並べられ、
内装はもはやただの民家であった。
「さ、たくさん食べて頂戴ね」
テーブルの上にはたくさんの料理が、
所狭しと並べられている。
この数ヶ月、固いパンや木の実、
魔物の肉しか食べてこなかったカケルにとっては
目も眩むような光景であった。
「いただきます!」
料理にかぶり付くルーク。
カケルもそれに続き料理に手を伸ばす。
「ふふ、たくさん食べてね~。ここには外からの食材や調味料も届くけど、誰も食べてくれる人が居なかったから作り甲斐がなかったのよ」
ワルツが嬉しそうに言う。
テトラは出されたミルクと、
何かの肉を静かに食べている。
「ここに、一人で住んでいるのか?」
カケルが尋ねる。
「そうよ。ここでテトラちゃんと同じように、塔の管理をしながら冒険者ちゃん達を待っているの。テトラちゃんほどじゃないけど、100階まで到達する冒険者なんてほとんど居ないから、本当に退屈だったわ」
うふふ、と笑うワルツ。
「あの、あなたは塔の守護者様・・・なんですよね?僕たちと戦わなくていいんですか?」
ルークが恐る恐る尋ねる。
「守護者じゃなくて管理者よ、そこにいるテトラちゃんと同じ、ね。戦うなんてとんでもないわ。」
管理者、とルークが呟く。
ルークにとっては突然の情報が多く、混乱している様子だ。
「と言っても、テトラちゃんと顔を合わせるのももうどれくらい振りかも忘れちゃうほどだけど」
そう言ってワルツがチラとテトラの方を見る。
テトラはプイと明後日の方を向き、ワルツの言葉から逃げようとしていた。
・・・
・・
・
「ま、満腹だ、、、」
ワルツの手料理を、腹が裂けんばかりに食べたカケル。
ルークも同じようで、うんうんと唸っている。
「ふふ、ありがとう。こんなに食べてくれて嬉しいわ」
ワルツが食後のお茶を運んでくる。
至れり尽くせりだ。
「長旅、大変だったでしょう?今日はゆっくり休んで頂戴ね」
一行には部屋が用意され、
迷宮内の休息所とは違う、
フカフカのベッド準備されていた。
カケルとルークは満腹の眠気もあり、
すぐにベッドで寝息を立てるのであった。
・・・
・・
・
夜分、突然目を覚ましたカケルは
誘われるかのように部屋を出る。
そこは書斎のような部屋で、
ガウン姿のワルツが椅子に座っていた。
「いらっしゃ~い」
「変な魔力を感じた。あんたが呼んだのか?」
「そうよ、二人で話したいことがあったから」
「話ってのは?」
「あら、そんなに警戒しないで?もちろんあなたが継承した、大賢者の叡知のことよ」
やはりそうか、とカケルは思う。
「継承出来る人が現れたって言うのも驚きだけど、それがあなたみたいな可愛い子でもっと驚きだわ。だってあなた、失礼かも知れないけどあまり魔力も高くないじゃない?」
「分かってはいるが、そう正直に言われると凹むな。こっちも死に物狂いでここまできたんだぜ?」
「ふふ、でもそのわりにはテトラちゃんはあなたに随分とご執心のようね。」
「テトラが?あれで?」
「あの子はもうずっと一人でこの塔を守ってきたのよ。あなたが来るのをずっと、ずっと待ちながらね」
ワルツが椅子から立ち上がり、カケルに近寄ってくる。
思わず身構えるカケル。
「・・・フフ、でもダメね。あなたは大賢者様の力の1割も引き出せてないわ。」
「ぐ・・・この塔の中で結構強くなったと思ったんだけどまだダメなのか」
「舐めてもらっちゃ困るわ。あなたが引き継いだのは史上最強と呼ばれた魔導師の力なのよ?その気になれば山でも国でも滅ぼせるような魔力、簡単に引き継げると思わないで頂戴」
ワルツがぴしゃりと言う。
史上最強。
その言葉と、夢で出会う可憐な少女のイメージがカケルの中では一致しなかった。
「そんな力、俺に使えるようになるのか?」
「分からないわ。私だって経験が無いもの。でも貴方にはそうしなくちゃいけない理由があるわ」
「理由?」
「そう、そしてそのために貴方にはそれを使いこなさなくてはならない。前途多難ね。」
「その使命っていうのはなんなんだ?」
「あら?意外と鈍感ね。こういう時の使命っていうのはひとつしかパターンはないじゃない。世界を救うことよ」
「世界を、、救う?俺が?」
「ふふ、期待しているわよ。次代の賢者様。大賢者様と同じくらい、私を楽しませてね・・・」
そう言うとワルツはゆっくりと部屋から出ていった。
カケルは呆然として、いつまでも立ち尽くしていた。
・・・
・・
・
「塔の外への脱出だったら、80階にある転移魔方陣を使うと良いわ」
次の日、朝食を取りながらワルツが言う。
「大賢者様の設置した魔方陣で、唯一起動するの。私もそれを使って塔の外に買い出しに行ったりしてるのよ
」
ワルツの手料理の多彩さは、そこに秘密があったのか。
カケルはそう思う。
「そのつもりさ。君が管理を怠ってないかだけが心配だったんだ」
テトラが答える。
「あら。もちろんきちんと管理してるわ。それが大賢者様との契約だもの」
「どうだかね、買い出しなんて言って頻繁に街に遊びに行っていることに僕が気が付いてないと思ったかい?」
「それは息抜きよ。テトラちゃんみたいに塔に籠りっぱなしって訳にもいかないんだから」
4人は昨晩の料理と同じくらい豪勢な朝食を食べた。
少し休憩したら出発しよう、とテトラが言う。
「カケル、大丈夫か?」
身支度をしているとルークが話しかけてきた。
「あぁ、大丈夫だけど。どうした?」
「いや、なにか浮かない顔をしているように見えてな。それに昨晩、部屋を抜け出していただろう?」
気が付かれていたか、とカケルは思う。
「ワルツに呼び出されてな。その、色々話を聞いていたんだ」
「そうか・・・無理はするなよ」
ルークは気を遣っているのかそれ以上は話しかけてこなかった。
ワルツと出会ってから明らかに口数が少なくなっている。
ルークには大賢者の叡知を引き継いだことは話していない。
突然現れた100階層の部屋の主に歓待されて、
状況をよく理解出来ていないことだろう。
そんな中でもカケルを心配してくれるルークの存在が
ありがたかった。
・・・
・・
・
「なんで君もついてくるんだい?」
「あら、あなたたちが心配だからに決まっているじゃない」
「君に心配されるような筋合いはないはずだけどね」
「ふふ、魔方陣の起動。今のあなたに出来るのかしら?」
「くっ・・・メス犬め」
テトラとワルツがやりとりする。
この二人は本当に犬猿の中だ。
4人は下層への階段を目指す。
カケルとルークは唖然として目の前の戦闘を見ていた。
「<ファイアストーム>」
「<アイスストーム>」
炎と氷が目の前で暴れまわる。
魔物と出会う度に、
テトラかワルツが競い合うようにして魔法を放つ。
近づけば間違いなく巻き込まれるため、
二人は先程から一切戦いに参加できていない。
テトラの魔法はこれまで何度も見ていているが、
ワルツもそれに劣らず強力な魔法を放っていた。
「ふふ、カケル?ちゃんと見ていてくれたかしら?」
戦闘が終わる度にワルツがすり寄ってくる。
とにかく距離が近い。
「あ、あぁすごいな。ワルツの魔法は」
「でしょ!やっぱり魔法と言えば爆発と炎よね、氷なんて寒いだけで嫌になるわ」
そう言って面白そうにテトラの方を見るワルツ。
それを見てテトラが青筋を立てているのがわかる。
こいつ、完全にワザとやってるな、とカケルは思った。
あとでテトラに怒られるのが目に浮かんだ。
そんな強力な2人の助っ人を擁する一行は、
あっと言う間に90階まで到達する。
夜営の準備をしていると、テトラがカケルによってきた。
「随分、ワルツと仲が良いようだね」
「え、そうか?そんなことないと思うけどな?ワルツがすり寄ってくるだけだよ」
突然のことに慌てて取り繕うカケル。
「ふーん、本当かな?その割には嫌がってるように見えないけど」
ここまでムキになるテトラも珍しかった。
「ふぅ・・・」
テトラはカケルの隣に座る。
「・・・ワルツは昔から僕に意地悪をするんだ。それがその僕の心を的確に突くからついね。今だってカケルにあんなにベタベタしてさ」
「あれは面白がってるだけだと思うぞ。俺もテトラがそんな風に感情を出すなんて見たことなかったから、なんか新鮮だよ」
カケルが笑う。
「カケルもワルツも僕をバカにして!」
テトラがシャーと毛を逆立てる。
カケルはそんなテトラをなだめた。
「あと10階で脱出まで行けるね」
テトラが言う。
「そうだな。ここまで長かった。ようやく外に出られる」
「ふふ、そうだね。正直、君がここまでたどり着けるなんて想像してなかったよ。」
「おい!ひどいな。でもたしかにテトラに助けて貰わなければ確実に死んでたと思うぜ」
「君は本当に頑張ったよ。この塔のなかで初めての戦いにも心折れずに、僕の想像を越えて成長して見せた。今はまだかも知れないけど、必ず大賢者の叡知も使いこなせるようになる。僕が保障するよ」
なんだか、随分と今日は優しいな、とカケルは思った。
「ワルツに聞いたんだが、俺には世界を救う使命、、ってのがあるのか?」
その言葉を聞いたテトラがピクッと反応し、
苦虫を噛み潰したような表情になる。
「ワルツやつ・・・そんな話を君にするなんて」
「そうなのか・・・テトラも知ってるんだな。考えて見れば当たり前か。」
「ごめんカケル、確かにワルツの言うことは本当だ。だけどそれを君に伝えることはまだ出来ないんだ。しないじゃなくて、出来ない。僕らは大賢者様といくつもの契約で縛られているから・・・」
「分かった、俺はテトラを信じてるからな。これまで何度も俺の命を救ってくれたし、ここまで戦えるように鍛えてくれた、言わば命の恩人だ。そのお前がそう言うなら俺は信じるよ・・・」
カケルの言葉にテトラは面食らったようだった。
「ホントに?それでいいの?僕は君に一番大事かもしれないことを伝えていなかったんだよ?」
カケルが笑う。
「時が来たら教えてくれ、それでいいよ」
テトラはうつむき、一言だけ「ありがとう」と呟いた。
小さな声であったが、カケルには確かに届いていた。




