第1話 「最悪の始まり」
「・・・起きよ、少年」
「ん…?」
気が付くとカケルは真っ黒な部屋の中にいた。
床も、壁も黒で平衡感覚がおかしくなる。
カケルの目の前には白髭の老人が立っていた。
「あんたは誰だ?俺はなぜこんな所にいる?」
「ワシか・・・?まぁ名前は良いじゃろう。ただの老いぼれじゃ。ここは世界のはざまとでも言える場所じゃな」
「世界のはざま?」
「そう。数多の魂が迷う場所じゃ。」
「魂…」
「ふむ、君の世界の常識では魂の世界を理解するのは難しいかも知れんの。早い話、君はたった今死んだんじゃよ」
老人はさらりと言った。
御堂翔は高校生であった。
そこそこ成績もよく、友達も多い青年だった。
ある夜、カケルは前触れもなく心臓発作に見舞われた。
救急隊員の努力もむなしく蘇生はかなわず、カケルは若すぎる死を迎えたのだ。
「俺、死んだのか?」
「死んだ記憶はないじゃろうが、残念ながらその通りじゃ」
実感はないが、ショックを受けるカケル。
申し訳なさそうな表情をする老人。
「それでじゃ、若くして死んだ君に頼みがある」
「頼み?」
「うむ、君を転生させてやるから変わりにワシの世界に来てほしい」
そこからカケルがどのような返事をしたのかは分からない。
だがこうして突然にカケルの二度目の人生は始まることになった。
・・・
・・
・
次にカケルが目を覚ましたのは、
またしても見知らぬ部屋だった。
「ここは・・・」
今度は暗闇ではなく、
石造りの円形の部屋だった。
円形の部屋は周囲を石柱に囲まれており、
そこから外の景色が見える。
部屋の中央には台座のようなものがあり、その中心には
巨大な水晶が置かれていた。
「・・・驚いた。君は誰?」
カケルがキョロキョロと周囲を見渡してると、
突然誰かに話しかけられた。
「誰だ?」
カケルは声の主を探そうと周囲を警戒する。
だがその部屋にカケル以外の姿はない。
「先に質問をしたのは僕だよ?正直に質問に答えてよ」
「俺は・・・俺はカケル」
「そう、カケル。よく答えてくれた。」
「あんたは、誰だ?」
「僕はこの塔を守る精霊だよ」
「塔?」
「そう、ここは賢者の塔だ。部屋の外を見てみれば分かるだろ」
声の主にそう促され、カケルは部屋の端へと移動した。
そうして目を向けた部屋の外には、広大な大地が広がっていた
高層ビルはおろか建築物のひとつもない。
どこまでも続く深い森、そして青く染まった深い空。
見たこともない大きな鳥が飛んでいる。
カケルがいるのは、高い塔の上であった。
目がくらむほど高い。
東京タワーにも、スカイツリーにも上ったことはあるが、
ここまでの高さではなかったはずだ。
「ここは…」
「同じことを何度も聞かないで欲しいな。ここは賢者の塔。その最上階さ」
「賢者の塔…」
「君は・・・。うん、この塔を登ってきたわけじゃないようだね。それもそうか。塔に人が入ったなら、僕が気が付かない訳がない。つまり君はいつの間にかそこにいた訳だけど、それって一体どんな魔法を使ったんだ?」
「いつの間にかって言われてもな。俺は爺さんと話しててそのまま…あ」
そこでカケルは先ほどの老人の説明を思い出した。
自分は前世で死に、そして転生したのだ。
「俺は・・・一度死んで。ここに飛ばされた、のか」
「何を一人でブツブツ言ってるんだい?」
声が苛立たしそうに言う。
「あ、ああ。なんでもない、なぁここはどこなんだ?」
「だから同じことを何回も聞かないでくれ・・・ここは賢者の塔さ」
「賢者の塔?」
「大陸の中央に広がる黒の森にある、世界で最も高い塔さ。その最上階にはこの世のすべてを知る大賢者様の叡知がある。それを目指し多くの冒険者が踏破を目指している場所さ」
「賢者の塔、黒の森…全然知らない地名だ。」
「君はいったい何者なんだい?まったく魔力を感じないけど、ホントに人間かい?」
「魔力ってなんだ?」
「・・・魔力も知らないなんて。大地や木々から生まれる命のエネルギー、それが魔力」
ファンタジーな設定だな。
カケルはそう思った。
「この塔は大地から吸い上げた魔力により日々成長してるんだ。今では300階くらいあるかな?凶悪な魔物もいるから、人間が最上階に到達することはほぼ不可能だね。現に今までこの最上階に到達できた人間はいないんだよ」
「転生先にそんな危険なところ選ぶか、普通。・・・あの爺さんなに考えてるんだ」
「・・・よく分からないな。正直に言ってこんなことは前代未聞だよ。大賢者様もこんな未来は想定されていなかっただろう。君がどんな手を使ってここに来たのか僕にははわからない。だがそれでも君はこの塔の最上階へ初めての人間だ。」
声の主は言った。
今から300年前。
大賢者はこの塔を作り上げた。
そして自らが生涯を掛けて研鑽した魔法のすべてを
この塔の最上階に保管すると、強力な封印と、
生み出した魔物たちにこの塔を守らせたそうだ。
以来、300年。
勇者や英雄と呼ばれる傑物たちがこの塔に挑むが、
踏破されることもなく、いつしかこの塔は伝説級の
ダンジョンと化していた。
カケルが塔の精霊から聞いた塔の概要はそんな感じだ。
塔の精霊は意外にも話好きだった。
特に大賢者の話では、顔は見えないが恍惚とした声でそのお人柄を丁寧に教えてくれた。
姿は見えないが、鼻息が荒くなっている姿が目に浮かぶ。
あ、これヤバいタイプの人だ、とカケルは思った。
「その話も聞きたいんだが、俺はそろそろここから出ようと思うんだ。出口を教えてくれるか?」
転生した先の世界について少しでも情報を集めねばならない。
そしてハーレムを作り、魔法学校や、冒険者ギルドにも入らねば。
カケルはそう思った。
「出口?そんなものはここにはないよ?」
「え?」
「塔外に出る手段など、ここにはないと言ったんだ。ここは最上階だよ、冒険者は来た時と同じように地道に一階一階降りるしかない。聞いたことはないかい?冒険は家に帰るまでが冒険なのさ」
得意げにそう言う塔の精霊であった。
「だ、脱出用の魔法とかないのか。ダンジョンなんだろ?」
「そういう類いの物もあることはあるけど。それでもここにはないよ」
「そんな・・・」
「そもそも君のように、ショートカットしてくるほうがありえないんだ。ここは世界中の冒険者がその存在を崇めるダンジョンなんだぞ」
カケルは目の前が真っ暗になった。
世界最難関のダンジョン、賢者の塔。
転生の世界は最悪のロケーションでスタートした。