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「フグ」

作者: 長根兆半

「フグ」


ポンポコ・スッポン

ポンポコポン

ポコポン・ポコポン

スッポンポン


フグ食うと、フグ死ぬぞ・・・。なんていう駄洒落はお遊びとしましても、ま、御経験のある方は少ないと思いますが、フグ毒を少しだけ舐めてみますと、歯医者さんで麻酔をされた時の様になるんだそうです。

口の周りが、なんとなくだらしなくなってるような気がする、あれです。

ところがフグ毒は神経毒で、気の毒ですが、神経が利かなく知るのだそうです。

さらに、ノドへ行き、気管支へ、そして肺へいき、肺が利かなくなってしまうんだそうです。

フグの刺身を俗に鉄刺。ちり鍋を鉄ちり。なんて言いますが、これは鉄砲を、撃てば当たると言う事から、フグを食べますと毒に当たる、と言う事をかけているわけでして、それで、鉄砲の鉄を取って、こう言うのです。

ですから、役者さんなどは、役が当たるという縁起を担ぎまして、講演前に召し上がるのだそうです。

あの、有名な歌舞伎の板東三津五郎さんも、其れで召し上がったのでしたが、量が多かったようで、本人には気の毒とは思いますが、板前さんが可愛そうでした。

有名な俳諧の人は、フグを食わなきゃ一人前じゃないなんていっておいて

「俳諧の ために河豚くう 男かな」(虚子)なんて皮肉っています。

「フグは食いたし命は惜しい」なんて川柳が有りますが、正直でいいです。

知ったかぶりに、素人さんがやってはいけません。フグ毒の名前をテトロト・トキシンと言うのだそうですが、無色透明無臭と来ていますから、始末が悪い。

ですがぁ、真水では洗い流せますから、ああそうですかとなりますが、安心は出来ません。

毒の強度はマウス、あのネズミで測るんだそうです。一グラムの毒で、二十グラムのネズミが死ねば二十マウス、十万匹死ねば二十万マウスといって、毒を二十グラム食べると人間は死ぬのだそうです。鮪の刺身が一切れ約十グラム、二切れでハイ・サヨナラとなるんですから。いきがってフグの肝臓とか卵巣、目など、血の気のある内臓には絶対に手を出してはいけません。ですから、フグを調理するには国家試験があるわけです。

一匹のフグを二十分で、五臓六っ腑を切り分けるわけです。この二十分には色々わけがあって、お客様が待てる限度とも、フグ毒の見分けの速さを見るとも言われています。

さてグミ助、こうした事、ああしたことを勉強しまして、親方から頂いたフグ庖丁を携え、今日がその試験日。革ジャンのガム公が付き添ってきました。

「指切るな。試験はペケでも仕事は出来るが、指切った日にゃ、明日の仕事に障るからな」

「ん・・・」

「出刃ってなァな、出歯って言うくらいだ。噛み付かれたら傷は大きいぞ」なんてガム公が歯をむき出したりしながら、二人で試験所に来ました。

板前さんと言うのは、調理場にいますと、威勢が良いのですが、どうもこの、外に出ますってぇと、借りてきた猫のようになるようで。おとなしい。それでも、刃物所持公認なもんですから、いかにも人相が悪い。眉毛のない人。妙に青白い顔の人。半顔崩して鼻で笑う人。猫背で顎をしゃくる人。ポケットに手を突っ込んで肩をすぼめ、天を見上げている人。

「お兄さん、ちょっと失礼いたしやす」って言いたくなるような人ばかりが五、六十人。

この板前さんが調理場に入りますと、コアラかパンダにでもなったように愛想がいいのですから、憎めない。

まずは筆記試験。次が五種類のフグの鑑別。最後が除毒調理。

ガム公は、いても仕方ないので、近くでお茶でもと思って試験所の外に出ると、しっとりと着物を着こなしたチョコ坊が向こうからやって来ました。

「あれ、どうしたい」

「どうもしないけど、近くまで来たから、ついでよ」

「そうか、そのついでに丁度良い、お茶するか」

「あら、いいわね、たまには外でって言うのも・・・」

「いきなり若返るんだな」

「フフ、照れてんのね」

「・・・カラカイやがって、じゃ止めるか」

「意地悪、嫌い」

「はは、悪かった、謝る、謝るから、出して」

「なにそれ、ったく、分かってるわよ」と、いつものことながら戯れながら入った喫茶店。

なるほど、受験する板前さんと来た方々が一杯。難しい顔で、腕組みをしている人、先輩でしょう。

ガム公、昔を思い出し、親方もこうしていてくれたんだな。グミ助のために、俺は来てよかった。そう思いながら、腕を組んで目を閉じます。チョコ坊、気にもしないで

「ねね、何頼もうかしら、もうすぐ冬ね、寒いから、ココアにしようかしら・・・」言って、ヒョイと前に座っているガム公を見ますってぇと、眠っている。

まァ、寝つきのいい人っているもんです。座った途端にもう、寝ちゃうんですから。

そういえば、夕べ、居間でグミ助に受験の手解きを、遅くまでやっていた事を思い出し、ココア飲み終わるまで、なんて独りで決め、コートを脱いで、なんとなく周りを見渡します。

入り口あたりで、カヤカヤと華やいだ声がします。見ると、銀行マンと一緒になった友達が、さすが銀座育ち、カジュアルがよく似合って、三人連れでいます。チョコ坊すぐ立って行き

「おはよ」

「ああら、チョコ坊どうしたのこんな早く。珍しいこともあるわね」

「ん、ちょっと付き添い」と言って、寝ているガム公を振り向く。友達が、チョコ坊の視線を追ってガム公を見ますと

「あら、知ってるわよ、あの方。噂でだけど、板前さんでしょ」

チョコ坊、ちょっと嬉しい。すると別の友達が

「ねね、来月私の誕生日なんだけど、頼もうかしら」

「あら、ぱぁーっといくわけ?」

「三十路も半ば過ぎ、控えめよ。「自宅だと面倒でしょ、だから、どっか座敷のあるお店でと思ってるけど」するとチョコ坊

「あら、だったら活春がいんじゃない」

友達が、あすこ、美味いのよね、値段の割りに。ふぅんと頷いた本人。

さて、フグ試験が終わって、一月後に発表があり、見事グミ助は合格。

さっそくチョコ坊の家で、昼飯兼用のハンガリーワインで乾杯。

「よかったなぁ」

「ん、兄ィのおかげだよ」

「ねね、友達の誕生日に、腕振るってもらおうかしら、今日」

「今日?」

勝春に取って返したグミ助、合格を胸に抱き、お客の誕生会。

まず、ヒレ酒で乾杯、煮凍りの突き出し、白子焼き、鉄刺の鶴、ダイダイをベースにした柑橘類に、昆布や鰹のだしが利いてるポン酢で召し上がる。そして葛きり、切り餅も添えた鉄チリ。華やいだ誕生会、やはり女性、歳の話になる。

そこに、店の若い女性がお酒を運んで来た。

すると誕生会本人が、彼女を見て

「いいわね、若いって」と言うと若い女性、冗談のつもりか

「ああ、あ、私も明後日が誕生日、二十一、もうフグ、お婆になっちゃう」

やれやれ、そろそろ一服アラドッコイ。


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