8 父さん、母さん
「……眠れない」
いつから言っているのだろう。夕方ぐらいからかな?
スープを食べた後に眠れないから窓を全開にして外を見ていたら、キールさんが部屋に入って、後からエナさんも入ってきた。
僕が寝ているのか確認しに来たようで、寝ていなかった僕を見て少し驚いていた。
エナさんから「何か思い出したかい?」と言われたけど、言ってはいけないと思っているから言えない。
そうしたら、
「まぁ話していればなにか思い出すんじゃねぇか?」
とキールさんが言ってこの村のことを話し出した。
キールさんの話によると、この村はトッポグ村と言うらしく人口は50人も満たない村で、近くの領地の貴族様の統治が次代に変わって急変し、大量の課税から逃げ出した人たちが集まってできた村みたいだ。と言っても昔のことらしい。
村には僕と同じくらいの歳の子供が2人居るそうだ。ぜひとも友達になりたい。さすがにこの世界に来てもぼっちなんて嫌だ、子供からなんて尚更嫌だ。
あと、『キールさん』『エナさん』と僕が言っているのが何か堅苦しいらしく、自由に呼んでくれと言われた。
名前を愛称とかで呼ぶのはこっちが嫌なので、呼びやすい『父さん』『母さん』と呼ぶことにした。
本当の父親と母親は別に居るんだけどね。
僕のその呼び方に対して、父さんが
「『父さん』……だと……」
と言って目に涙を溜めていた。駄目だったのかな?
母さんも母さんで
「アタシらの子供が……出来ないと思っていたのに……」
服の袖で自分の涙を拭いていた。こっちは嬉しそうに見えるんだけど……
「……本当に眠れない」
さっきからこれしか口に出せない。というより、これしか口に出せないものがない。
時刻は分からないが、今は夜だ。周りは真っ暗……ではなく、窓から入る月明かりで見えないことはない。
『人は暗くなると眠くなる』のは何処かの本に書いてあったけど……眠れない。
これは何かのスキルの効果なのか?と思って調べようとしても、無理なようだ。
これは確かな事で、キー……父さんが話す途中に『スキル』って言葉が聞こえたから、知らないふりをして聞いてみたのだ。
「スキルっつーのはいわば能力だ。俺は弓と剣を扱うことができるな。だが、スキルを持ってねぇ奴が弓や剣を使おうとしてもほとんど使いこなせねぇな。
5歳になってからステータスプレートが貰えるからな、そん時に持ってるどうか確認できるな」
この世界にステータスがあってよかった。ただし、ディスプレイ表示のようにいつでも確認できるようなものじゃなかった。でも、無いよりかはましだ。
5歳まで待たなければならないのが辛い。
今父さん達は2階で寝ている。この部屋は元々2人の子供用に建てた部屋だけど、狼人族と人族とではなかなか子供ができないらしく、もうじき倉庫として使う予定だったらしい。
母さんと父さんがさっき横の部屋でそのことを話していた。
なんてことも時間つぶしで思っていたけれど、眠気も来ないし、夜はまだまだのようだ。
ピギャーと鳥?の鳴き声を聞きながら、ぼんやりと窓からの景色を見ている。さわさわと草の擦れる音も聞こえている。
ふと時計が欲しくなってしまう。今の時刻が分からない。
一応この世界には月らしきものがある。
元の世界と比べて大きさは2倍ほどあるけど、その割には明るさは元の世界より少し明るい程度だ。
その星は夜空で堂々と輝いていて、地面を照らしている。さすがに色までは分からないけど。
暗いところにずっと居たせいか、目が暗いところに慣れてさっきよりもよく見えるようになった。
あ、昼の時の椅子がそのままある。
外は今晴れていて、星が瞬いている。
「外に出てみるか……」
村、ということは少なからず強敵が来ないような場所になっているはずだから、村の外に出ない限り大丈夫だと思う。
2階で寝ている母さんと父さんを起こさないように、抜き足差し足で部屋を抜けて、外へと足を踏み入れた。
「明るい……?」
燭台のようなものに火が灯っていて、家を少しだけ照らすようにある。
外に出るのは狼に襲われた時以来だけど、あの時は川原だったし、狼に襲われたり、その後気絶したりで全然明るさとか覚えていない。
だけど、元の世界の夜より明るいことは確かだ。
「すぅ……はぁー」
外で思いっきり深呼吸をすると、山の中に居るみたいな土と葉の匂いがする。
実際、村は柵のように木の幹と板で囲まれており、柵の外は半分以上が森だ。この世界に来た時に見えたあの高い山もシルエットで分かる。
もう半分は推測になるけど多分草むらと道だろう。そっちの方には柵の上に木が見えなかった。
森とちょうど反対側の方に門みたいなものが遠くにあるけど、ほかの柵と似たような形をしていてよく分からないや。
ちょっと村を柵に沿って1周してみようか。
「思ったより大きいな……」
かなり時間がかかってやっと1周出来た。子供の体というだけあってか、いつもの歩くスピードよりかは遅かったし、それでこの時間だ。絶対僕の住んでいた町より大きい。田舎の村の面積が都会より大きいのはこの世界でも同じ事なのだろうか?
トッポグ村は人口50人ほど住んでいるとは起きている時に聞いたことで、村の数ヶ所に家を集めて、後は畑と道と木だ。
1周する時に門も見たけど、柵と同じような高さで、門を見慣れていなかったら一瞬で門とは分からないだろう。
ちなみに両開きの扉だった。
そういえば火が灯った燭台が村のあちこちにあって村中を照らしていたが、夜に灯りをつけていて他の生き物が集まってきたりしないのだろうか?
なんて事を考えていても時間は余りある。星はまだまだ僕の真上だ。
「よっ」
右上にフックを当て
「はっ」
左下に足払いをかけ
「せいっ」
敵がよろめいたところに、全身の力を込めた拳を叩き込む!……のをイメージして体を動かす。
「ふぅ」
今のは上手くいったかな?実物がいたら一目瞭然なんだけどね。
時間が余っていたから体を動かしてみたけど、これが結構気持ちいい。元の世界で体を動かさずに本を読んだりゲームしたりでフラストレーションでも溜まっていたのか、それともこの世界に来てからはほとんど体を動かしていなかったからか、自分でも分からない。
そういえば体を動かすで思い出したけど、僕って矢が刺さってたんだよね?これだけ動いても大丈夫ってことは、相当寝込んでいたのか……母さんたちには迷惑かけてるよな、絶対……よし、明日から積極的に家事とかを手伝うか。
まだ眠くならないし、日はまだ昇る気配がない。
今度は筋トレとかやってみよう!そうしよう!
「ん?」
自分で考えたサーキットトレーニングをして、火照った体を冷ましながら休憩していると、視界が明るくなってきた。
この現象は知っている、毎年近くの山に登って見ているからね。
「もうこんな時間なんだ」
そう、日の出だ。村の柵の隙間から差し込む柔らかな光が、村のあちこちを照らす。その光につい手をかざした。滴る汗が光に照らされて綺麗だ。
「今頃になって来るんだ……ねむ」
疲労感によるものか、今になって眠気が襲ってくる。もう朝なんだけどね……
「……寝るか」
子供の体だから、朝まで寝ていても問題ないだろう。
汗を服で拭きながら家に帰る。汗で濡れた服を着たまま寝る訳にもいかないので、少し乾かした後、ベッド横に広げて置いておく。
「おやすみなさい」
明日……いや、今日か。
今日から手伝い頑張ろう。