6 僕が気絶している間に
や……やっと数字の跳ね上がり方に慣れてきました。
見る時はまだ動悸が収まらないですが。
この話からテロップ等は無いです。
○●○●
「クソッ、なんで俺がこんな事を……」
今、俺は床掃除をさせられている。
何故かといえば、罰だ。偶然とはいえ、人間を傷つけてしまったからな。サマンタがエナに事の顛末を詳しく話してくれなかったら、罰が増えて最悪村から追い出されるところだったぜ。後であいつに酒でも持っていくか。
とはいえ、俺の家は広く、1日で終わるもんじゃねぇ。家を建てる時に張り切って2階建てにしたせいで、他の家より倍床面積がある。全く……
「──────」
人の何倍も耳がいい俺は、その音が聞こえた。
それは人の声、聞いたことが無ぇ声と方向からして、あのガキが出してんだろ。
悪い夢でも見てるのか知らねぇが、さっきから「痛い」だの「ここはどこ?」だの聞こえてくる。
『良いかい?病人には一切手を出しちゃ駄目だ。いくらアンタが狼人族だからって、そこいらの子供よりも状態異常に耐性のある狼人族の子供が1晩で治るからって、この子が1日経って起きなくても、無理矢理起こしたら駄目だね。揺らした拍子に傷がまた開くかもしれないしさ』
エナはこう言ってたし、様子を見るのは後にすっか。
……どこからか視線を感じる。その前にドアノブを回すような音がしたから、多分あのガキが見ているはずなんだが……
たった2、3時間で起きれるはずが無ぇ。
あの麻酔はウルフだったら1日は余裕で寝る代物だ。作った本人が試した結果だから、嘘偽りなんて無ぇ。
つまりは───あの部屋に何かいるってことか?それもドアノブを開けるほど知能を持った奴が。
そう思って目線をそっちに向けると、扉が閉まった。
……閉まった?俺は閉めたはずだけどな……
まさか、何かが部屋の中にいるのか?それだったらガキが不味い事になる。最悪、俺が殺した事になってしまう。
なら、助けに行かねぇとな。
そう思って、俺は掃除を中断してそっちに向かった。
開ける前に、最低限の警戒をする、と言っても耳をすますだけだ。けど、上手くいけば中の奴の呼吸音まで聞こえる俺の耳を舐めちゃいけねぇ。
……おかしいな、さっきから何も聞こえねぇ。
扉の前で剣が動く音がするかと思ったが、本当に何も聞こえねぇ。
これ以上待っても埒があかねぇからそっと扉を開く。
中には誰もいねぇ。ついでに、ベッドはもぬけの殻だった。
ここで普通なら『逃げた!』とか思うんだろうが、俺はそうはいかねぇ。開けた時から音がしていた方向に目を向ける。
……ベッドの下にガキが転がってやがる。
どれだけ寝相が悪ぃんだよ。掛け布団をしてねぇから体が小刻みに震えてやがる。
……戻してやるか
少し体が擦れるだろうが、止むおえねぇな。
俺はガキの足を引っ張って引きずり出す。起きないだろうから、素早くやる。
すると
「うわあああぁぁぁ!助けて!誰か!誰か!」
せっかく俺がベッドに寝かせようとしたのに、このガキは大声で何か叫びやがった。起きてたのか?
まぁたまたま起きてたんだろうが、そんなに動いたら傷が開くぞ。
「誰か!」
それにしてもうるせぇな、黙らせるか。
「助け「うっせぇ!!」!」
ガキの叫ぶのに合わせて声を出す。この音量だったら聞こえるだろ。
「安静にしてろ!ガキ!」
せっかくエナが治してくれた傷が開くじゃねぇか。
さっさとベッドに寝かせて……
「早くベッドに「アンタ!何やってんだい!」」
あーあ、エナに見つかっちまったじゃねぇか。俺は何も悪くねぇぞ。
「そんなことして傷が開いたらどうすんだい!」
「い……いや……こ、これは……」
「無理矢理起こして、大声出して、アンタはこの子を殺す気かい!」
「そんなことしねぇよ、こいつが起きていやがったんだ」
これで信じてくれればいいが……
「嘘おっしゃい!アンタの麻酔矢は2時間で目が覚めるようなもんじゃないんだろ?」
「そうなんだけどな……」
やっぱり信じてくれなかった。
俺の麻酔の評価が高かったせいもあるし、今ガキの足をつかんでぶら下げているせいで説得力が無いしな。
……そういえばやけに静かになったな。
「で?」
「『で?』って?」
「気絶してるその子をぶら下げて何が楽しいんだい?」
「え゛っ」
さっきから静かだなと思ってたら気絶してたのかよ。クソッ、説得力がまた落ちるだろうが。
気絶したガキをベッドに寝かせると、すぐさまエナが近寄って、腹の辺りを見ている。あそこは確か傷があったところだ。
「あら?」
「どうした?」
「傷が無い……」
「矢でついた傷だし、エナが治癒魔法をかけてただろ」
「そうじゃないんだよ」
治癒魔法をかけてた何が違うんだ?
体を治す、癒す魔法だから治癒魔法だろ?
「あたしがかけてたのは麻酔毒に対してさ。ウルフをすぐ眠らせるぐらいの量でも、人間の、それも子供には死ぬほど害のあるかもしれないからね」
そうなのか。麻酔毒でも俺の特性となると死ぬ可能性があるのか。
「じゃあガキのステータスが高かったんだろ」
「そんなこと……分からないね」
ステータスは5~6歳で協会から受け取れる。幅を持たせてるのは学力の差がどうとかこうとかあるらしいが、王族や貴族は何言ってるか分かんねぇ。これを口に出したら処罰されるが。
このガキは村の2人の子供の身長からして3歳くらいだろうな。
だから、ステータスを確認することが出来ない。だけど、こんな短時間で傷が治ったんだ、元からステータスが高かったんだろ。
スキルやアイテムで麻酔毒が効かなかった可能性が無いわけじゃねぇが、前者はガキがもらえるもんじゃねぇし、後者ならまず麻酔毒が効かねぇ。
「まぁ、それはそれだね。アンタは早く掃除に戻りな」
「へいへい」
俺はガキに怖がられてたことだし、先に掃除を終わらせるか。
「何で素直になれないのかねぇ……」
エナの独り言を、人より何倍もいい耳で聞きながらな。
○●○●
一也がヴォルに憑依した数時間後、ある神殿の廊下を、1人の女性は爪を噛みながら歩いていた。
すれ違う者は、みんな彼女に道を譲っている。いや、彼女の気迫とその怒りに満ちた形相のせいで、進路上に出たくないだけだろう。
彼女は、廊下に無数にある扉のうちの1つを前にして、深呼吸を1つして────
「おらぁ!」
回し蹴りで扉をぶち抜いた。
「うわっ!なに!?なに!?」
中から聞こえてくる声を無視して、彼女は人影に近づいていく。
「エグザーム!あんたねぇ!」
「いひゃいいひゃい」
女性は男性───エグザームの頬を両手で引っ張る。エグザームからの抗議を聞き流してひとしきり伸ばした後、女性はため息をつきながら手を離した。
「痛たた……ミューグ、駄目じゃないか、いきなり人の頬を引っ張るなんて」
「あんたのせいでしょーっ!」
女性───ミューグは、話を何も分かっていないエグザームの鳩尾を的確に、人なら確実に死ぬであろう速度で殴った。
「……という訳、分かった?」
「ええと、つまりヴォルは生まれた時から持っていたスキルが協力すぎるせいで、邪神とかに渡っちゃいけないから、早死にしたヴォルのスキルを回収しようと色々準備している間に、僕がスキルテスターの憑依先にヴォルをたまたま選んだってこと?」
「そうよ!分かってるじゃない」
場所は変わらず、エグザームの部屋だの中だ。
ただし、新人でも神は神、エグザームはミューグから話を聞いている間に、扉やその他壊れたものを直して元通りにしていた。
今は完全に直った部屋で、2人ティータイムを過ごしていた。
「えっと……僕はどうすればいい?」
「決まってるじゃない!今すぐスキルを返しなさいよ!」
ティータイムとは到底思えない会話だが。
「それは無理なんだ」
「はぁ!?」
エグザームが間髪入れずに断る。あまりにも即答で断られたせいで、ミューグの口が変に開いたままで固まってしまっている。
「上司の命令なんだよ」
「……絶対ヴォルに憑依しなさいって言われて?」
「いや、誰でもいいから早くしてくれって言われたよ?」
その言葉をエグザームが発すると同時に、ミューグの固く握られた拳が光輝いた。
「やっぱりあんたのせいでしょうが!」
「ぐぺぅ!」
普通の生活では絶対に聞かないような声は、壁が崩れる音にかき消された。
そこから部屋が元通りになるのに10秒も必要無かった……あくまで部屋だけだが。
「ねぇエグザーム」
「ふぁひ?ひゅーふ?」
「もしかしてわざとだったりしないよね?」
ここまで一緒にこの世界を作ってきた新神2柱だが、一切こういう邪魔なことは起きなかったのである。
……エグザームがおっちょこちょいで、出来たばっかりの街を壊すようなスキルテスターを送るようなことは何度かあったのだが。それはたまたまスキルが良かっただけの話。
「わざとじゃないよ。見つけたのはたまたまだからね」
「そうね。はぁ……一旦自分の部屋に戻るわ。
あっ、最後にヴォルを見せて。テスターになってすぐ死ぬわけないでしょ?」
「いいよ。はい、これ」
エグザームが懐から水晶玉を取り出す。ヴォルを探したときにも使った玉だ。
「ねぇ……これ壊れてるんじゃない?」
「なんで?」
「真っ暗で何も映ってないのよ」
ミューグが水晶玉を光にかざしながら首をかしげる。
その水晶玉は向こう側が上下逆さまに映るような透明は無く、むしろ光を吸収するブラックホールのような色をしている。
「それは大丈夫だと思うよ」
「なんでよ」
「真っ暗なのは意識が無い状態の時になるんだよ。
ちなみに、テスターが死んでしまったら、水晶玉は反応しなくなるからね」
「ふぅーん、なるほどね。もういいわ」
たった1・2分見ただけで、ミューグは水晶玉をエグザームに返す。
「もういいのかい?」
「えぇ、これ以上見ていてもヴォルが早く起きる訳じゃないしね。
それに、私は私で世界を見守らないといけないんだから!」
ミューグはそう言うと部屋を小走りで出ていく。
「ミューグはすごいや……」
1人残されたエグザームは、神基準でほぼ同世代の神様に気圧されていた。
その時、まるで彼を慰めるように、水晶玉が輝きだした。
「おっ、起きたようだね。
見させてもらうよ、例外のヴォル君。君のテスターの成長を……神様は、楽しみにしているんだから」
その男は、ヴォルの成長に胸を膨らませていた。
今回は三人称視点に挑戦してみました。