32 ビージアス王都戦線 1
「早いお目覚めのようですね」
窓を抜けるとそこは煌びやかな置物が所々にあるどこかの社長室のような部屋だった。
その中で1人でいる人もまた、光り物をいくつか身につけている。見た感じ寝る前に見た服装と同じっぽいけど、あの時はまだ暗かったからね。
おっと、そんなことより切り替えて、っと。
「ふむ、そういうそっちも寝ていないだろう」
堂々と言い放つとため息をつかれる。
「もう隠さなくていいですから······ヴォル」
······やっぱりバレてた?
「君を呼んだのは防衛のためです」
あの後名前を教えてくれたギルドマスターのルマンサさんが、大きな水晶みたいなものと地図をこちら向きで広げる。
「防衛?」
「えぇ、あなたが倒したモンスターの大量発生。今回はゴブリンでしたよね?」
「はい。いやえっと、1体だけ大きかったですが、それ以外は同じようなゴブリンでした」
「大きいというとゴブリンジェネラルでしょうが、それだと他が全て同じというのが······」
そう言うと顎に手を添えて黙ってしまった。
ジェネラルと聞くと強いイメージはあるけど、僕が倒したのはどうも強いとは思えないものだった。背を向けて逃げてたしね。
考えている間に、机の上に置いてある水晶がぼうっと光ったような気がした。
もう一度見たけど、やっぱり光っている。それに段々と光が強くなっているような気がするような?
それに気がついたのかルマンサさんが水晶に手をかざす。するとその水晶の中に青い点と赤い点が無数に現れた。
青い点が中心付近でぎゅっと固まっているのに対し、赤い点は左上の方へ8枚切りしたピザの1切れのような扇形の形をしていて、その先端はこっちへと向いている。青色と赤色、ゲームと違わなければこの場合は敵の大群が攻めてきている感じかな?
合っているかどうか確認しようと目線をルマンサさんに戻すと、何か考え中なのか無言でじっと水晶を見つめている。その目はさっきまでより少し見開いていて、見られている訳でもないのに怖くなってくる。
「したの───か、森─────中───」
ボソボソと何かを喋っているのはわかるけど、耳をすませても何を言っているかは聞き取れなかった。
いや、それよりもこの点の方が大事なはずだ。
「これは?」
「この魔具の中の青い点は味方を示しています。逆に赤い点は敵、この場合は······モンスターですね」
モンスター、としか分からないのか。もっと種類とか、せめて大きさでも分かれば対処も上手く出来ると思う。
「どんなモンスターかは分かりますか?」
「いや、そこまでは詳細に分かる物はここにはありません。敵味方の区別がつくまでしかないですね」
それだけでもかなり有用な物なんじゃない?誰目線なのか区別のラインがどこで引かれているかとか気になるけど、ゲーム内じゃ結構必須に近い性能をしている。
しかもリアルタイム機能がついているのか、先程よりも細く長く赤い点が伸びたように見える。放っておくと絶対に青い点、すなわちこの王都に突っ込んでくる。
ということはさっき言っていた防衛はこのモンスターのことだろう。
······でもなんで僕だけにこの話を?
「この多さですし、今すぐ冒険者全員集めないとまずいじゃないですか」
「今は······まだ遠くの位置なので緊急招集はまだ急がなくて大丈夫ですが、君だけに話しているのは他の冒険者とは違うところを任せたかったからです」
違うところ?冒険者と違うとなると裏方かな?物資の運搬を主にやっていく感じ······だとしても僕1人っていうのもおかしな話。
ルマンサさんが水晶を見ながら地図に指を這わせる。
その指はビージアス王都から少し離れた場所、色が塗られた広い範囲の一部を示す。ビージアス王都から伸びる道の位置からして、そこがよく行く森の中ということがわかる。縮尺は定かじゃないけど、王都の大きさを見るにある程度走らないといけなさそうだ。
「この位置でモンスターの数を減らしてください」
「えっ?」
想像できなかった内容に、自分の耳を疑う。だけど聞こえた内容はあっているようで、ルマンサさんはさっきの場所を今度は指でつつきながら口を開ける。
「これまでの日々でのモンスターの討伐数、それから昨晩のゴブリンの異常発生、現在こちらに向かってくる敵の大群からして、これが自然ではなく何者かの作為的なものであると判断しました」
異常発生と一直線にもちらに無数の敵が向かってくることを考えると、確かにそう思う。
しかし何が原因でこうなったんだろう?
「なので、現在王都内にいる冒険者も衛兵もその他に戦闘が可能な人達で頭数を増やし、大群に対処します」
人員を集めて数を合わせようって作戦かな?
いや、だとしたら僕だけに今説明を?それに少し前に『他の冒険者とは違うところを』って言っていたはず。もしかしてだけど······
「さっき示した場所で相手を迎え撃つってことですか?」
「そこまでは求めていません。可能であれば討伐も考えてはいましたが、モンスターが進行しにくいように攻撃を加えるだけで大丈夫です」
それは妨害に特化して大群にちょっかいを出すってことか。んーと
「そんなことをすればこちらに注意が向いてしまいます。そんな危険なことは出来ません」
「それは大丈夫かと」
頭の中にハテナが沢山生まれてしまう。
そんなことをすれば怒った相手がこちらを襲うのは分かりきったこと。この赤い点全てとは考えていないけど、例えば夜に倒したようなゴブリン全員が怪我しているとはいえ襲ってくるようなシチュエーションになる。
そんな中無事で済むなんて考えられないし、今度はモンスターの種類すらも分からないんだ、そんなのやれるはずがない。
そう意思を込めて断ったけど、『大丈夫』『脅威は少ないから』とルマンサさんは言う。
ルマンサさんが言うには、統率されていない場合はそう考えていいが、統率されたモンスターの知能が低い場合は、王都に向かって真っ直ぐ突き進むのを優先するらしく、多少の怪我なら推し通るとの事。その後自身の経験した実際にあったことを話してくれた。
ちなみに、このビージアス王都の近くに生息しているモンスターは殆どの知性が低いようで、今回は実際にあった時に近いみたいだ。
何故だろうか、凄く説得力を感じる。
ただ、やってみないと分からないな。本当に知性が低いかどうかは確定じゃないから、そこは見て判断するしかない。
僕がそう考えている間にも話は進み、ベテランの斥候を1人付けてくれるみたいだ。僕と一緒にその位置まで行き、危険と判断した場合は撤退の指示を出してくれるとの事、殆どサポーター的な感じかな?ありがたい。
実際に顔を合わせるとあの森で隠れた時に来たおじさんで、フードを下ろして握手してきた。
思ったよりも優しい顔で驚いたし、握手の時に感じた手のごつさで2重に驚いた。まだ僕はマメもタコも特に見当たらないからね······毎日握っているはずなんだけどな。
「ルマンサさんは来ないのですか?」
「これを使えるのが私くらいしか居ないので、あまり動くことが出来ませんね」
ルマンサさんはそう言いながら水晶を軽くつつく。
つつかれた水晶はそれでスイッチが押されたのか、また光って光点が表示される。
そこには先程よりも近くなった赤い点が表示された。
移動時間を含めると時間はほとんどないってことか······
「ポーションなど必要なものがあれば渡します」
ポーションって確か効果が少ないものでも銀貨を使うような高級品のはずなんだけど。
「それだけ危ない箇所をお任せしているのです、万が一があってはいけませんからね」
ポーションか······いや、出来るなら他のも貸してくれたりするのかな?
「それなら─────」
「こっちだ」
「はい」
王都を出てから自己紹介をしてくれたチェイザルさんと、木々の間を小走りで走っていく。
いきなり奇襲突撃のように敵に突っ込むこともないように、周囲の索敵もしながらなのでこの速度みたいだ。
僕だと索敵しようと思うと頭を動かしまくるからもっと遅くなりそうだ。
チェイザルさんはというとずっと行く先の方しか見ていない、横も見ずに進めるのは何かのスキルの効果とかかな?
ついて行くこと30分ほど、チェイザルさんが横に腕を広げる。あれは『止まれ、前に出るな』のジェスチャーなので大人しく止まる。
「500メートル位先に反応があった。おそらく足の速いやつが前にいるみたいだが、他に合わせてるのか動きは遅せぇ、この辺りで迎え撃つぞ」
「わかりました」
そう言うとチェイザルさんは木の上に跳んで遠くを見る。
そこから移動しない所を見るに、ここにドンピシャで来るのかな?だとしたらすごい索敵能力だ。
僕も負けてられないな。
気合いを入れて腰にある剣を抜く。鞘に入った物から引き抜くのも久しぶりに感じる。
ポーションを貰う際に貸して貰えないか聞いたところ、倉庫にあった長剣を貸してくれた。元は誰かのもので今は持ち主がいなくなったとか······
頭を振ってふと出た考えを霧散させる。これからモンスターと戦うっていうのに何を考えてるんだ。
「ウルフ4、後ろゴブリンが10以上」
チェイザルさんが数を教えてくれる。確かそいつらが先導係的な立ち位置で、その後に沢山続いているんだっけ。
「よっと、これ以上は見えねぇ」
チェイザルさんはすぐ前に短剣を逆手に構えて降りてくる。
たった2人でこれから来る大群を妨害しなくちゃならない、なんとも無茶な指示だ。
だけどルマンサさんは出来ると言っていた。その時に目が合ったけど、自信?確信?がある目をしていた気がする。
その思いに応えたい。どこまで行けるか分からないけど、いのちだいじにのスタンスでやっていこう。
離れた薄暗い場所から、さわさわと植物をかき分ける音、パキリと枝を踏む音、複数の足音が聞こえてくる。
やがてその輪郭が、灰や深緑の色が、手や口に備わる凶器が目に入る。
「ギッ、ググギッ」
「ウゥゥウウ」
その姿は、その目は、これまで夜に遭ったものとはどれも一致しない、まるで何も考えていない、何も見ていないような印象を受ける。
「俺は右から」
「僕は左から」
低く飛び出した体を見ながら、僕も足に力を込め─────駆け出した