30 雨の日の中で
ザアアァァァ──────
「今日も雨なのか」
ここ3日は梅雨にでも入ったかのようにずっと雨が降り続いている。ただ雨季乾季の雨季のように大量に降るわけでもなく、それなりの量がずっと降り続いている。
王都の人達はこれがいつも通りなのか、宿にいる人も全員雨に対して愚痴をこぼしたりしていない。
「······そろそろギルドに行きますか」
ランクアップのクエストでお金に余裕がもてた僕は、ランクアップ祝いと雨の日にかけて休みにしていた。でも、流石に3日連続で休むのはどうかと思うので今日は依頼を受けようと思う。
降る雨がいつやむのかを考えながら、傘をさせずにギルドへと足を運ぶ。
まだこの世界で傘を見たことがない。もしかしたら貴族の人は持っているのかもしれないけど、少なくとも傘をさしている人は見かけたことがない。
これは傘を売れば一財産を作れるんじゃないかとわくわくしたけど、傘の開く仕組みを知らないのでどうしようもない。もし道具の創作をする人と知り合いになったらアイデアだけでも教えてみようかな。濡れたローブをずっと着用するのはなんか嫌だしね。
ギルドの軒先で絞ってできるだけ水分を飛ばしてからギルドに入る。この世界の服は全体的に少し厚いので少々荒っぽくしてもすぐ破けるようなものじゃない。
「あ、ヴォル君おはよう。今日は誰もクエスト受けないと思ってたんだけどねー」
「おはようございます、クーラさん。流石に3日も休むと怠けてしまいそうですから」
「本当に真面目なんだからもう。でも冒険者は体が大事なんだから、風邪をひかないようにすること。いいわね?」
「はいっ」
とはいえ、雨に濡れない方法なんて無いんだけどね。
今日のクエストは近場、出来れば城内でできるものだけにしようかと選んだんだけど、荷物配達は雨で濡れたら中身がダメになってしまうし、建設関係のものも雨が降っているからと依頼板に貼られてはいなかった。
室内だけでできそうな鍛冶の手伝いとかも今日は貼られていなかった。なんて運が悪い。
仕方ない、じゃあ今日はラキラ草の採取にしよう。雨が降ってるし、根を詰めずにまったりやろう。
「······しまった」
魔法の袋の中に手を突っ込んで、脳裏に浮かぶのは『ラキラ草✕62』の文字。
うん、確実に採取し過ぎたよね。ここら辺のラキラ草が絶滅したりしないよ······ね?
前に採取した時とは違う方向だけど、ほぼ1方向にしか進んでいないから王都周辺のラキラ草が無くなったわけじゃないでしょ、うん。
「にしても······」
今日はモンスターに遭遇していない。いつもなら1体や2体はもう見えてはいるはずなんだけど······雨だからモンスターの活動が鈍くなってる?いや、前は雨が降っていようともゴブリンは襲ってきたからそんなことはない。
じゃあどうして······?
「おっと」
しまった、こんなところで深く考えてちゃ駄目だ。いつ攻撃されるかも分からないからね。今日はこれくらいで切り上げよう。
頭で考えている最中にも体は採取を続けていたのか67本に増えてたラキラ草を持って行ってクーラさんに「は?」と呆れられたけど、ほぼ前の倍稼ぐことが出来た。明日も雨ならまた休もうかな。
「ちょっとヴォル君」
帰り際にクーラさんに呼び止められる。
「はい」
「しばらくの間はラキラ草のクエストは受けないで欲しいの」
「······あー、はい」
なるほど、需要と供給?だっけ?
さすがに短期間に取りすぎたもんね。
「おーけー?」
「はい、わかりました」
「素直な返事でよろしい」
クエストを受けないことはわかったんだけど、そうなると何を受ければいいのやら······ほかの植物採取とかかな?そういえば掃除とか貼ってあった気がする。報酬は少なくなるけど0じゃないからね。考えると少し楽しくなってきた。
明日は雨、降らないよね?
その日の夜、小雨程度まで雨が弱くなっていたのでふと明日の朝には止んで欲しいと願いながらてるてる坊主を作った。ティッシュとかタコ糸とかは持ってないので大きめの布を大きめの布で包んだものを幅が小さい布で結んて作る。
蝶結びで結んだせいか、小さな子供のように見えてしまう、のっぺらぼうだけど。
布は大きく硬めだから吊り下げることは出来ない、でもその硬さを利用して壁にもたれかけるように自立させることは出来た。
······いや、何作ってんだ本当に。
せっかく作ったのに、すぐほどくのは勿体ない気がしてとりあえず窓に立てかけておく。
顔を書いていなくてよかった、書いてたらホラーで出るようなオブジェができてしまうところだったよ。
······おかしい。
「ギィッガッ」
「グケッケケ」
雨が止み、ぬかるんだ土の上でゴブリンが集まって······あれは泥遊びでもしているのかな?
村にいた時はゴブリンが3体集まって泥遊びをしていたのを見たことがある。だけど今視線の先にいるゴブリン達は順番に泥の中に身体を埋めてすぐに出ていっている。
その軍隊の訓練を行っているかのような動きもそうだけど、問題はその数──────26体。視界の中にいるのを数えただけなので、実際はこれ以上いるかもしれない。
僕の記憶上、こんなにゴブリン······いや、モンスター自体1度にこれ程の数を視界に捉えたことがない。
どうする?この森のことは詳しいわけじゃないから、もしかしたらこれは稀に起こる現象で別に緊急事態という訳ではないのかもしれない。
でもこれは、ギルドに報告しておいた方がいいよね。
でも大丈夫かな?僕のランクじゃギルドの上の人とすぐに取り次いで貰えなさそうだし、そもそも『お前そんな強くないだろ何言ってんだw』的なことを言われて話を信じてくれなさそうだ。
なら······置き手紙ならぬ置き木簡で注意喚起させようかな、今紙持ってないし。
となると今日は早めに切り上げてギルドのどこに木簡を置いたら目につきやすいか考えなきゃ······
パキッ
「ギィ!」
『ギーギーギー!』
「······あっ」
······倒しちゃったよ倒せましたよ。枝を踏み折った時はやっちゃったと思ったけど、襲いかかってきた1体目のゴブリンを斬った時に『あ、いける』って感じたんだよね。
店で買った鞘のない剣の切れ味が良くて殆ど抵抗なく斬り裂けた、それも骨まで一緒に。材料はどんな鉱石で出来ているのかな?
他のゴブリン達も最後の1体まで臆することなく向かってきたから、全て同じように半ば流れ作業のように斬り伏せた。統率はとれててもゴブリンはゴブリンだった。
「早く戻ろう」
おっと、その前に放っておくのは勿体無いから、ゴブリンの死体は回収しておこう。
「ん?」
遠くの方で音がしたような······まだ遠くの方だし、大きく迂回して戻る?
いや、さっきみたいにゴブリンが固まっているかもしれないし、一応見ておこうかな。こっちに来ているみたいだし、隠れるだけでよさそうだ。
「ここは、何だ?何があったんだ······」
茂みになりきって1分も経たずして、僕と同じく上半身をローブで隠した人がやってきた。声からして40歳くらいのおじさんみたいだ。
今僕が出ていって状況を説明しても良いんだろうけど、うーん、なんだか今出ていけば攻撃されそうな気がするんだよね。
「ゴブリン大量発生の次は新種でも出たのか?······まだ乾いても染み込んでもいない、ナニかが近くに居るってことかクソっ!報告が増えるじゃねぇか」
聞く限りゴブリンはここ以外でも沢山いるみたいだ。でもゴブリンだし、頭数を増やせば楽に倒せ─────
「まずいな、あちこちにいる奴らに押し切られたら被害が出ちまうな······とりあえずギルマスに言っとくか。何とかしてくれるだろ」
そう独りごちて、おじさんは走って行った。
そうだ、万が一にも押し切られてしまったら······冒険者でもない一般人にまで襲い掛かり、反撃することもできずに殺されてしまう。ましてや、城壁の外にいる皆は─────
「っ!」
真っ先に狙われてしまう!
「駄目だ、」
ゴブリンを殲滅する力は、ある。
「そんなことは」
だれも襲われることなんて
「させない」
今からでは王都をぐるりと1周回って倒していくことは出来ないけど、城壁に近い部分なら今からでも回れる。
そちら側は門からは距離が離れているけど、前に回った時に馬車がギリギリ通れるような大きさの門らしきものがあるのが見えた。最初に走り回った時にあんなの見た記憶が無いけど、最近追加されたのかな?それよりも堀とか掘って防衛を強化した方が─────いや、今はそんなこと考えている場合じゃない。
あそこを突破されたらいとも容易く王都の中へ入ってしまう。衛兵や僕以外の冒険者はゴブリン相手に負けやしないだろうけど、そのゴブリンと一緒にいろんなモンスターが入ってきたらと思うと、あそこを守るのが第1優先だろう。
雨が止んでいるおかげで、地面はサイアクだけど視界は良くなっている。
そう考えながら踏み込んだ足は、力強く僕を前へと進ませる。
「なんでっ、こんなに多いんっ、だ」
その門に着くまでに既に7グループものゴブリン集団を殲滅している。いずれも20体以上いたはずだから、今日だけでも150体以上倒したことになる。明らかにおかしい。
それに、このゴブリンたちはどのグループも住処がとても小さいのだ。そんなに遠くない距離でいるはずなのに、どのグループも集まって集落を作ったりはせず、小さな穴や木の枝の屋根とかだったりと、そのグループすら入れそうにない大きさのものしかない。まるで知らないグループ同士で一斉にここへ来たような感じ······
「まさか」
その可能性はないと思うけどまさか─────
「モンスター達がこの王都を狙っている?」
そう考えると、上手く言えないけど『しっくり』くる。
だとすると誰が?なんのために?それになぜゴブリンだけしかいない?
「まぁいい、方針変更だ」
考えるのは後回し、それに夜明けに睡眠をとる予定で王都を1周しない予定だったけど、絶対にしてやる。
「全部、全部殲滅してやる!」
周囲の4分の1を過ぎた。夜明けまで時間はあるし、体もまだまだ動く。それに、何故かゴブリン相手にサーチ&デストロイを繰り返していると少し元気が出る、なんで?僕は戦闘狂じゃないのに。
まぁいいか、安全が確認できるのならなんだっていいや。
半分が過ぎた。まさか木の密度か低い林の中にもいるなんて思わなかった。
どうして昨日まで居なかったんだ?今日いきなり来たみたいな感じだ。それに今日昼にも見かけなかった。雨が降っていたのを考慮しても、これはあまりにもおかしすぎる。
ここから先は平原がある。見晴らしもいいから人さえ居なければスピードをあげられる。
「残り4分のいち······」
平原に人が見えなかったのでかなりの速度を出して確認できた。やっぱりというか、見晴らしがいいところにはゴブリンも何も居なかった。
残りはまた森だ、もう空は明るくなってきているが、夜明けまで1時間以内といったところか。体は疲れてきているけど、まだまだ走れる。
その森に入ってまたゴブリングループを殲滅していると、大きな動く影を見つけた。ゴブリンと比べると4倍ほどもあるその体躯に加えて、手には棍棒らしきものを持っている。オークか?後ろから近づいて首を落とそうと飛び上がると避けられた。すかさず木を蹴って反転すると今度は避けられずにその太い頭を切り落とす。
流れるように倒せたけど内心驚いている。咄嗟にとはいえ、木を蹴ってそのまま反転するなんて練習したこともないのに成功したからだ。木を乗り継ぐ動きをしていたから勘がついたのかな?
にしても、ゴブリン以外にオークまでいるのか、一層気をつけなくちゃいけないね。
もう既に明るくなっているけれど、何とか1周して門の前まで来ることが出来た。
空になるまで元気を出すつもりで動いていたので、もう体が疲れている。でもどうしてだろう。すごく喜んでいる自分がいる。
さぁ、遅くなったけど帰っ
「待ちなさい」
え?
急にかけられた声に顔を上げると、そこにはギルドに登録した時に受付をしてくれたエルフの人が立っていた。
一体なんのために?
「先程から見ていました」
「······」
いきなりの発言で、驚きすぎて声が出せなくなる。
見ていたとは何を?どこから?
「─────あなたは何がしたいのですか」
続けざまに質問が来る。何がしたいって王都の人に危害が及ばないようにってことだけど。『あなたは』って言う限り僕がヴォルってことはバレていない感じかな?バレてそうなんだけど······
念の為、ヴォルと勘づかれないように低い声を出す準備をしてひとつ息を吸う。
────イメージするのは、ぶっきらぼうな騎士。
「守るためだ」
あれ?答えたのに反応がない。
エルフの人を見ても殆ど動いていない。
「······そうですか」
十数秒考えた後に返ってきた。何が聞きたかったんだろう······
「日が昇ったらギルドへ来てください」
少し怒っているような声色で言われ、僕は頷くことしか出来なかった。
エルフの人はそれだけ言うと門の方へ大きく跳んで行く。
エルフの人が跳んで行った後に、さっきの会話の意味を考える。
まず既に見られていたこと。どうやって僕を見つけたのだろう?
空を見上げても、鳥は飛んでいない。じゃあ虫かと思ったけどそれだと候補が多すぎる。虫なんて森に入ったらそこら中にいるよ。
ならモンスターの類であの人はテイマーか何かと思ったけど、あの人に会う前に僕は平野を走っていた。畑周囲の柵とか多少背の高い草むらがあったとて、走りながらでもついてくる何かくらいは分かる。さすがにテイムした生き物から定点カメラみたいに見られてたら分からないけどね······
次に『何がしたい』と聞かれた。これについてはまだ質問の意味すら掴めていない感じがする。
うーーん、守るためとは答えたんだけど、その前に見ている訳だから何をしゅているかは分かるはずなんだよね。ゴブリンを倒しまくっている人が『守るため』なんて言ったら『あぁ、この人は守りたいんだなぁ』っていう感じになると思う。
おっと、その前に『あなたは』なんて言われたっけ。今日は雨が降っていたからあの人と会うまでずっとフードを被っていたのだけど、あの言い方からしてわかっていそうな感じだった。まぁ相手がわかっている前提で考えた方が良いか。
少し戻して、『守るためだ』って言った後に何故か黙ってしまったこと。あれは絶対考えている時間なんだろうけど、何をそんなに考える必要があったんだろう?
僕の答えが嘘だとして考えた?いや、それだとそもそもゴブリンを倒す必要なんてないでしょ。ゴブリンと一緒になって王都に攻め入るために残すでしょ。そんなこと絶対しないんだけどさ。
じゃあ僕の答えが本当のことだと考えると······何を考えてたのか······考えてもさっぱりだ。あーあ、いつもより起きてたせいで少し眠くなってきている。こんな頭で考えても何も出ないよね。
早く戻って日が昇ったらギルドに······いや、ちょっと待って。
あの時は流れで頷いてしまったけど、あの人と話をするわけだよね?
「名前······」
あの人の名前、一切聞いたことないや。エルフって珍しいから誰かが話しているのを耳にするはずなのに······なんで?
まぁいいか、ギルドの職員だろうし、クーラさんに聞けば分かるよね。
次回は別視点からはじまります