27 連続する筋肉痛
僕がここビージアス王都に来てから、もう2か月が経つという頃。
「んくぁ······」
寝ぼけ眼を擦り、少し上を向いて小さく欠伸をする。
「んっ······」
もぞもぞしたかと思えば、枕に頭を乗せて小さな寝息を立て始めた。
「······いや、動けないんだけど」
その後、また眠り始めた少女が起きるまで、僕の伸ばした足は圧迫されたままだった。案の定痺れたよ、我ながら情けない······
ちなみにその間にシスターさんが見に来てはいたのだけど、何を思ったのか微笑んで離れていった。いや助けてよ!
「お兄ちゃんまたねー」
「また鬼ごっこしようぜ!」
時刻は夕方になり、子どもたちとまた遊ぶ約束をして手を振りながら家路につく。
子どもたちの視線が切れたのを確認した後、最近買ったローブを羽織る。
それだけで何かのつっかえ棒が無くなり、どっと疲れが体にも心にもきた。
今日は仕事は既に終わっていて、時間が余ってしまったので前にお守りのクエストを受けた教会付きの孤児院へと来ていたのだ。前にお守りをした時に『また来てください』って言われたのを思い出したしね。
何故か子どもやご老人相手なら不意打ちじゃなければフードを脱いでも話すことが出来る僕にとっては、フードが無い状態での会話練習が出来る。
それに、キャラの練習にもなる。優しく接するなんて、素の僕じゃ出来ないと思うからね。素の僕じゃだんまりだ。
今日は陽が赤くなる前に城門を通って宿へと向かう。
ここ1週間のうちに城門のチェックが緩くなった気がする。
まさか城門を行き来してるから顔パスで?······って、そんな訳ないよね。多分人が多くなったとかそういう理由でしょ。
チェックが緩くなるぶん色んな人が入ってこれるようになるから、王都の中であっても犯罪とか人の視線とか、油断出来なくなってしまう。
そんなに集中力もたないって······
ちらほら建物の土台が造られている道を横目に、城外に来た時からずっと泊まっている宿『安眠亭』へと歩を進める。
『安眠亭』と聞くと王都に来た時に泊まった城内にある宿も『安眠亭』だったので、名前被りで大丈夫かな?と聞くと宿を経営している主人が兄弟で、建っている場所が城内、場外と同じ名前でも区別がつけやすいから大丈夫なんだってさ。
ちなみに兄が城内のピンクエプロンダンディおじさんのタパンさんで、弟が城外の強面袖無し筋肉おっさんのサパンさん。
殆どの人は逆だと思うよ······?
「ただいま」
「おかえりなさーい」
カウンター扉を開けると、プレナーダが迎えてくれる。
「あら、今日は早かったのね」
「えぇ、早く終わったので。それにこれ以上受けると夜も更けそうでしたから」
ちょうどカウンターに出ていたサパンさんの妻、フェイルさんも声をかけてくれる。
いつもは奥で料理をしているので、お客側で見かけることが少ない。出てくるのは料理を運ぶ人が少なすぎる時か、お客がいない時。今は後者の方で、まだ食べるには早い。
サパンさんも同じく見かけることが少ないけど、あの人は解体屋と宿を行き来しているのを見かけるので、肉の解体とかを1人でおこなっているんだと思う。お客が多い時でも料理は欠けず出てくるので、すごい量を解体している筈だ。
「ヴォルさん、今日は少し手伝ってくれないかしら?」
「いいですよ、調理と配膳ですよね?」
「えぇ」
少し申し訳なさそうな顔のフェイルさんに、僕は努めて笑顔で頷く。
前にプレナーダが風邪で寝込んだ時に、何も食べてないと話を聞いてお粥(材料が少し違うのでもどきだけど)を作った時のこと、その料理の手際がフェイルさん曰く良かったみたいで、偶に僕の時間がある時に調理補佐?みたいな感じで手伝いを頼んでくる。
僕としてはそんなに面倒くさいことではないし、この世界の料理の知識を増やせるので良いと思っている。
やあぁっっとキッチンから解放され、精神的に疲れた僕はカウンター席に顔を突っ伏していた。肉体的には全然疲れていないんだけどね。
にしても配膳に回されない程料理を作らされるとは······
「ありがとうね、ヴォルさん」
「あ······いえ、大丈夫、です」
フェイルさんがそんな僕に労いの言葉をくれる。
その後のフェイルさんの話で分かったけど、この日は王都に来た商人とその護衛の冒険者で席が埋まっていたらしい。
だからあんなに料理の数が多かったんだ······いやそこまで凝った料理とか無かったから出来たけどさ。オーブンとかレンジがあればもう少し楽になるのになぁ······
「······ヴォルさんさえ良ければ」
「?」
フェイルさんが何か言い出したと思ったら、途中で言葉を切った。
なんとなくだけど、フェイルさんからは言いたそうな、それでも言い出せない様な、どことなく怒っているような雰囲気がする。
······まさか今日の料理は下手過ぎたとか口に合わなかったとか?
どうしよう、量とかがかっちり決まったレシピとかをこの世界で見たことがないから味付けとかほんの少し違ってたりするかもだけど······まさか肉の種類間違えて料理してたり······
「ここでずっと働かない?」
「へ?」
予想していたのとは違い、なんでもないことを言われて素っ頓狂な声を······いやいやいやいやなんでもない事じゃないじゃん!ずっと働く?つまり定職に就く?僕まだ高校卒業もしてないから中卒で?我定職に着くでありますでござるぅ!?
「あの、聞こえてたかしら」
「え、えっとあ、そのー」
また声をかけられて、変な方向に走っていた意識を引っ張り戻す。
上気しすぎて燃え上がっていそうな意識を水をぶっかけて鎮火させ、冷めたところでまた考え直す。
確かに、定職は安定する。住む場所としてもこの王都はいい場所だと思う。ただ不満なのは和食とかのあっさりした料理が少なめな所かな。
ただ一方で、この世界のことを村とここの王都以外自分の目で見ることが出来なくなってしまう。
定職な訳だし、数日間かそれ以上も店を空けるなんて出来ない。それにゲームの様に冒険をすることができなくなってしまう。まぁ命の保証はないけどね。
「······ふぅ」
「別に今すぐ返事しなくてもい」
「フェイルさん」
「いはぁい」
なんで即答出来なかったのだろうか、答えを出した僕は、さっきまでしょうもないことを考えていた僕に呆れてしまう。
この感情は冷めなのか怒りなのか、ちょっとやそっとじゃ動かない感情のままに、フェイルさんに顔を向ける。
あれ?自然に目を合わせられているような······
「僕は─────」
「ふぅ······」
緊張と即座の言葉選びで疲弊した精神を休ませるように息を吐く。
フェイルさんに『ここでは働きません。今は』(さすがにここまで簡略して言ってないよ?)と返事をしてからもう1時間は経っていると思う。
代金を先払いして、残りもので少し多めに自分の晩御飯を作って食べ、自分の匂いがかすかにするベッドで長い息を吐く。
本当にあの返事で良かったかな······って考え直そうとしたりしない?もう手遅れなのはわかってるけどね。
イエスかノーかで聞かれたらもちろん同じ返答をしていたはずだ。
ただもう少し、いやもっと良い返答とか理由とかあったんだろうなって考えが頭から離れない。
······一旦寝てリセットしよう。
寝て起きて未だ夜、外はまだ灯りが灯っているところがある、ちょっと起きるのが早いかな?
まぁいいや、学園は行っていないわけだし、大事なのは規則正しい生活よりしっかり睡眠をとっていつでも最高のパフォーマンスができる体だよ。
「ふぁぁ······」
伸びをすると欠伸が出てしまった、寝足りなかったりするのかな?でも欠伸は酸素が足りないとかなんとかかんとかだけだったから睡眠不足と関係ないようななんとか······あんまり覚えてないけどね。
なんだか森探検の気分じゃないから、今日はトレーニングしよっと。
王都から離れていく道をひたすら走って走ってマラソンして、んでもって時間が大体半分くらいで折り返して、帰りは行きより早く走って自分を追い込んだ。
なんだかそうしないといけないような気がしたから。
気分屋だって?僕もそう思う。
頑張って走ったから陽が昇る前に帰って来れたから体を拭いてすぐ寝たんだけどね、その睡眠中のこと。
「───っ~~~~っ!」
足が攣って眠りから覚めたよ。
どれだけ走っていたんだよ本当······
頑張って攣った筋肉を無理やりにでも伸ばして落ち着かせてもう1度寝たら嘘のように足の攣りも筋肉痛も無くなっていた。筋肉痛まで無かったのは驚いたよ。
これなら力仕事でもなんでも受けれる。ということで報酬が良い外壁工事の手伝いを受けて門の外へ。
人が多くなったので今の城壁の外側に新たに壁を追加してそこに建物を建てるらしく、魔法と人力で壁を造っていく作業だ。
ただでさえ広い王都なのにその外側に壁を造るって······何年かかるんだろ。あれほどの高さまで積み上げるのに相当な時間がかかるのは目に見えているし、それこそチートな程の力を持った魔法使いの人を呼んでこき使わなきゃ早く完成しないでしょ。
まぁそこまでの力を持った魔法使いがいるなら魔物退治とかそっち方面に充てられると思うけどね。
それともあれかな?城からの景色がどうのこうのっていう理由で外側の壁は低めになるのかな?
「おぉヴォル、お前も来たか」
「えぇ、人手は多い方がいいですし、王都を守るためにも早く壁は建てたいですから」
「なんでぇ、わかってんじゃねぇか」
かけられた声に振り向くと、建物の解体の手伝いを受けた時に一緒に解体作業をした業者さんがいた。
前に僕が丸太を使った運び方を実践させてから距離を縮められた気がする、僕が話す時にキョドっていないのが証拠。
僕は魔法使いじゃ無いからこっちに集まって······さぁ始めよう!
さてここで問題です!
Q,人は3時間ぶっ通しで力仕事をするとどうなるでしょうか?
答えはCMの後で!
沢山ならア ロットだって?高校入りたての人の英語の忘れっぽさを舐めるな!
して正解は······
A,もちろんくたくたに疲れる
でした!
「いやいや······何考えてるんだ」
体の火照りと未だに腕や足に襲いかかる疲労感で生まれたおかしなテンションによる妄想を頭を振って吹き飛ばす。
ふぅ、ちょっとクラクラするけど少し頭が冷めた。
昼食を出してくれるし報酬も出るしで受けたんだけどこれ駄目なやつじゃん······まだ午後あるんでしょ?いやもう、駄目なやつじゃなくて無理なやつじゃん。
え?昼食ですか?食べます食べます!
味が濃い豚汁みたいな味だった!疲れた体に効く気がする!美味しい!
「1時間後にまた始めるからな。それまで体休めとけ」
集まった魔法使いじゃない人達のリーダーがそう言うと、一部の人たちから「もう動けねぇぞ!」といった抗議の声が大きくあがる。なんだ、大声出せる元気あるじゃん。
僕なんか声をあげる元気すら午前で使い切った気がするよ。
あーもう疲れた、ちょっと外向いて座っとこ。
「おい、そこのお前」
僕のすぐ後ろから聞こえた声に、何かあったのかと首だけ振り返ろうとする。流石に首だけで180度は回せないので軽く後ろに倒れ込むようにはなったけどね。
振り返って声の主と思える人と目線が合う。
一瞬僕の先にいる人に言ってるのかと思ったけど、僕は人が居ない方に向かって座っていたし、相手さんが立っている高低差で僕以外目線が合うような人が居ないのは少し考えなくともわかることだ。
えっと······あなたは確か運搬する石をより分けてた人だっけ、今日が初対面だから名前は知らない人。
でもなんでそんな人が僕のところに?
「えっと······わたk、私に何か、御用でしょうか」
言いながら思ったよ、やっちゃったって。上の人に対して座りながら言う台詞じゃないでしょ。
「お前はあっちで寝てろ。時間になったら起こしてやる」
良かった、無礼は許されたみたいだ。
さす指の先は少し向こうに生えた木の下辺り、木陰が涼しそうなところ。
あれ?でもあそこって······
「あそこって倒れた人用じゃ······」
「午後も午前と同じように動くと倒れるぞ?」
僕の言葉に被せるように言われる。
確かに、午前で飛ばしすぎたのは否定は出来ない。
超長時間の筋トレ(激しめ)と割り振って気持ちを切り替えたらいけそうな気がしなくもないんだけど······僕はMじゃないのでそんな事しない。
お言葉に甘えます。
木の下で寝転がるとさすが木陰、柔らかな光と心地よい風、あと肉体的に疲れた体のおかげですぐに眠りについた。
「─────ぬっ!」
変な声が出たけどそれは仕方がないことなんだ。起こされるだろうけどそんな手間をかけさせないために、少しでも早く起きようと頭の片隅で思考をリピートさせながら寝たから、頭は動いていないけど体が勝手に起きる感じ。
眠気が残る頭を叩いて無理やり起こす。
さっきまで体が疲れていたというのに動かないのが頭とはこれいかに。
周囲を見渡してもまだ休憩中のような感じだ。まさかもう既に昼食後の休憩は終わっていて午後になって設けた休憩とかになっていたりしない?起こしてくれなかったとか?
─────そうじゃないみたい。寝る時と起きた時の太陽の位置からして、時間はそんな3時間も4時間も経っているわけじゃなさそう。
体を起こして軽くストレッチをする。うん、筋肉痛になるような感覚はない。少しでも寝ると筋肉痛にはならないのか、覚えとこ。
僕に「寝ろ」と言ってきたあの人は見当たらない。ということはまだ休憩中ってことか。もう少しストレッチしておこう。
確かほぐしておくと筋肉痛になりにくいんだっけ。腕と太腿あたりを念入りにっと。
少時間でも寝たおかげで、午後も午前の様に······とはいかないけどそれに近いペースで動けた。あの人にめちゃくちゃ心配されたけどね。帰る前にあの人に感謝しないと。
帰りに頭を下げに行くと「お前みたいな朝からトばしてぶっ倒れる奴は何人も見た」と言われた、ごもっともで。それと同時に「また来いよ、お前のおかげで皆が頑張れた(要約)」とも言われた。
僕のおかげ?なんでだろ?
今日を振り返ってもリーダーシップを発揮して皆を引っ張っていった記憶なんてのはもちろんないし、誰かに差し入れをした記憶なんてもっと無く、なおさら首を捻るだけになった。
そこからは特に何か起こった訳でもなく、汗にまみれた服を洗ってから寝た。もちろん服は何着か持っているから裸なんてことは無い。
服のセンスは無いけどね。
別にオシャレに気を使っている訳でもないし、無難な服でいいんだよ、無難で。
······また足が攣って起きてしまった。今度は腕も追加で。
体、鍛えないとね······