25 ビージアス王都の森
寝る直前にポチポチ描きたくなる······そして案の定寝不足になるという
「それなら泊まっていく?」
「······ん?」
泊まっていく······ってもしかして!?
「ここって宿もあるの?」
「そうだよ!」
値段を聞くと、安眠亭とほぼ同じ値段で泊まれるらしい。料理は自由に選べるわけじゃないみたいだけど、さっき食べた料理の味からしてハズレはないと思う。
「なら泊まっていこうかな」
「はい!お父さーん!1部屋泊まるって!」
······自分で作って言っておきながら誰だこれ、憑依する前でもオンラインゲームでキャラクリついでに性格とか作って色々遊んでたりはしていたんだけど、憑依したあとは何故か妙にしっくりくる。
それだけキャラを演じ慣れたということだろうか······それとも元から僕はこういう性格になっていたかもしれないっていうことなのか······いや、考えすぎかな。
「1部屋泊まるってのはお前か」
「······ふっ、あっはい、私です」
一瞬でさっきまで演じれていたキャラを崩されるほどの強面のおっさんが奥から出てきた。
えっと······安眠亭のピンクエプロンダンディーおじさんよりも破壊力あるぅ。
鍛え上げられた筋肉を見せつける為なのか袖のないシャツに、ピンクではなく黒に近い紺色のエプロンをしている。
どう見ても宿屋やレストランの店員ではなく、食材を狩る狩人や冒険者のような人です。はい。
「どれぐらい泊まるんだ」
「い、1週間でお願いします」
何故だろうか、目を逸らしてはいけないような気がしてならない。
「そうか」
おっさんはそれだけ言うと奥へと戻って行った。
······えっと?本当にお父さん?遺伝というかそういうの全然感じないんだけど。
お金はおっさんの娘のプレナーダに渡して1度整理するために部屋へと入った。ちなみに2階が宿泊客用の部屋だ。
部屋に入ったらやることは決まっている。
荷物の整理?
いや、そうじゃない。それに整理は王都に来るまで暇している間に大体終わっている。
なら部屋の調度品の確認?
いいや、ベッドさえ確認できたら十分だ。
その答えは──────
「─────ふぉああぁぁぁぁ!」
ベッドにうつ伏せに倒れ込み、小さな声をあげてしまう。
いや、だってあんな小っ恥ずかしいキャラ作った上でキャラ貫き通すならまだしも最後おっさんにキャラ崩されてうわあぁぁぁーーーー!
ひとしきり叫んだ後、1度気分をリセットするためにクエストを受けることにする。
今日は時間もあまり無いし、短時間で終われるようなクエストを受けようかなっと。宿が変わって移動も増えてしまったからね。
あれ、そういえば城門って閉まるんだったっけ?
門が倒れて道になるようなタイプの城門では無いので両開きかスライド式の扉だとは思うけど、どうだったかな?
城門をくぐる時に門を見て確認すると、どうやら内向きに開く両開きの門みたいだ。
思えば、あの足元のコロコロ······なんて名前だっけ?えっと······旅行カバンにもついてる······なんだっけ?車輪でいいか。
使わない単語は忘れてしまうものと割り振り、記憶を掘り起こすのを止める。今はその情報はいらなくなったしね。
その時に兵士さんに恐る恐る聞いてみた情報によると、ここは時間で言うと20時~21時の間で閉まるらしい。どうやって時間を確認するか分からなかったけど、19時に門の鐘が鳴るらしい。鐘はあちこちにあるからそれで早く移動しろとのこと。
それに、門は閉まっていても横にある小さな扉は空いているらしい。夜に城外のモンスターを倒すクエストがあるだろう?と逆に聞かれた。そんなクエストは僕のランク帯では一切見ないので(というか城外に出るクエストがない)、自分のランクを正直に言ったら鼻で笑われた、ちくせう。
少し精神にクるものがあるけど、このランクには自分の意思で留まっているから、言い換えそうにも言い返せない。
大人しくクエストをすることにしよっと。
······キャラも使い続けて悶絶しないようにしようかな。こういうのは慣れだよ、慣れ。
「ふぅ······」
流石に同じところを何往復も荷運びをするとなると疲れてしまう。たとえ軽くてもね。
暗くなる前に終わらすことが出来て良かったよ。
クエスト達成報告ついでに、夜間に城外に出ないといけないようなクエストが無いか確認する。
ふむふむ······夜行性のモンスターの討伐だったり草花の採取のクエストと、夜間前提以外のクエストと比べるとその数は圧倒的に少ないけど、依頼板の中にちらほらと見える。
「あら?ヴォルくんでそのランクはまだまだよね?」
依頼板を見ていた僕に声がかけられる。振り返ると数回クエストの受付をしてくれた受付嬢の人、クーラさんが立っていた。
最近来た僕の名前まで覚えてくれているような親切な人、僕にとってギルドにいるお姉さんみたいな人だ。
「クーラさん、この先ランクが上がるととどんなクエストがあるか見ていただけですよ」
「また声震わせて、私怖くないわよー」
落ち着けー、自分の作ったキャラで精神が自壊するなんてシャレにならないぞー。
依頼板を見渡すためにおろしていたフードを被る。視界の3分の1が隠れ、自分より高いところが見えなくなってしまうけど、この状態でいることにすごく安心する自分がいる。
「顔隠しちゃって、かーわいー」
「······そんなことないですよ」
気軽にかけられた言葉に、さっきまで緊張していた心が一気に冷める。
だってそうだろう?話す時に顔を隠す子供なんて、可愛いとは思えない。
また依頼板に向き直って依頼を見ていく。フードの分見えにくくなっているが、その分顔をあげればいいだけだ。
夜行性のモンスターに草花······ふむ、危険な箇所も一緒に書いてくれているのはありがたい。是非参考にさせてもらおう。
モンスターの情報を中心に、書かれている危険な箇所を頭に叩き込んでいく。最近覚えたこの王都の地理を忘れてしまうかもしれない不安に駆られるが、そんなの気にするなと自分に言い聞かせんとばかりに覚えていく。
不思議と、モンスター関係の情報は確実に覚えれる自信が出てきた。
門に引っ掛かることは避けたいため、まだ鐘も鳴っていない間に城門を抜けていく。
さて、今夜はどんなことをしようか。
夕飯を食べ終わった僕は、濡れた布で体を拭いて少しだけストレッチをしてから寝ることにした。
いつもより早いんじゃないかって?王都の外は初めてだからね、少々、いやかなりワクワクしているんだ。
食べてすぐ寝ると牛になるって言うけど、この世界には······カロリー高そうなものが······少なすやぁ······
「くあぁ······」
まだ少し眠気が残る頭を、体が濡れた犬のように振って目を覚ます。
いつものように眠くなって寝るのではなく、少し早く寝ようとしたせいか眠たい。こころなしか体もあまり動かない気がする······いや、これは単に体も寝ぼけているせいか。
眠気を覚ます意味も込めてラジオ体操っぽい動きで体を起こす。周りの部屋に誰か居ると思うから、ジャンプとかは後でやっておこっと。
自分の装備品をチェックして、外に出る。外は月が輝くほど暗くなっている筈なのにまだ人が歩いており、光が漏れる建物の方向から酔った喋り声が聞こえる。城門の中と比べると、騒がしく?賑やかに?しているように感じる。こういう時どっちが適切な表現なんだろう······
それにしても、僕が夜に起きても人がこんなに歩いていることなんて殆ど無かったから驚いた。元から夜でもこんなに人がいるからなのか、僕が早く寝て早く起きたからなのか······それは分からないけどね。
人を避けるように城壁の周り······正確には城壁の周囲にある建物を含めて城壁とした周りを軽く走るようにしてみる。
「なんというか······本当に溢れただけなんだ」
かなりゆっくりとしたペースで走り、1週してからそう独り言が出てしまうくらいに、この外周は変な形をしている。
まず王都の周囲の環境だけど、マス目で区切って見ると2辺が森、残り2辺が丘がある平原と林があり、『森の手前にある王都』って感じがする。森の1辺にはその奥に山のようなシルエットが見え、もう1辺と平原の間の方向から僕たちはやって来た。つまりあっちの方向にトッポグ村があるって事か。
平原2辺と林の方だけど、平野の方は畑とかが広がっており、少し遠くになだらかな丘とかがあるのを確認できる。林の方は開拓され続けているのか木の切り株と丸太があるのが確認できた。
王都自体のことも言わないと。
この王都······ビージアス王都(今日やっと覚えれた)は城壁が円状に建っており、城門はトッポグ村方面と平原と林2辺の間に1つの計2門(数え方が違う気がするけど他に出てこないや)がある、その城門から伸びる道に溢れた建物が集まっていて、三角形のような形になっている。道が無いところはもちろん人の往来が少ないわけで、建物は無い。
上から見るとどうだろ······外周の形が四角に半円をくっつけた形になるのかな?半円が山の方向ね。
······うん、纏めてみるとほんとによく分からない形だ。溢れた建物をどこに建てると言われると流通が良い道沿いになるからそうなるか。
山側に建物も無いし門も無いので咄嗟にそちら側に出て防衛が出来ないじゃん、と思ったけど高い城壁があるから籠城戦の様にして時間が稼げる訳だ。理には叶っている。
「さて、と」
時間は何となく夜起きる半分強残っている感じだ。城門の監視塔?のような部分から見られていると思うとそこまでペースを上げれる気がしなかったので、時間がかかってしまった。
まぁそれは情報収集できたと思えばいい訳だし。問題はここからどうするか、安全そうな平原に行って走り回って情報収集しながらのトレーニングか、安全かどうかも分からない森に入って、村周囲の森とどこが違うか見て回るか。
もうどうするかは決めてるんだけどね。
「視界にギリギリ映る程の遠さじゃないしね」
ギルドで見たことを忘れないうちに、森へ。
森に入る前にわかったことが1つ、建物の建材か何かにここの木を使用している事だ。ささくれがある乾いていない切り株とその周囲に散らばる小さな木片がその証拠。
ふむ······ということはこの辺りは木こりの人が来れるくらいの危険度の場所ってことか。うん、今日はここから入っていこう。
「中の······核っ!」
飛びかかってくるスライムの核を狙って木剣の先を突き入れる、石よりも柔らかいその感触を手に感じると共に、ゼリーの部分が消えていく。
何故木剣なのかと言うと、父さんから貰った鉄の剣を永く使いたいためだ。手に伝う感触的におそらくスライムの核は石よりも柔らかいようで、木剣で突くだけでぱっかりと割れ、後は放っておくだけでHPが0になる。
割れちゃったか、もう少し腕を伸ばさないようにしないと。
ただ何度も突いたり斬ったりして刃こぼれしたりしてしまうと、いざと言う時に使えなくなってしまう。だからといってそうならないように予備の剣を買ったりするなんてことをするのにはお金が足りない。
せめて魔法の袋の中身を売ることができたらお金の問題は無くなる······と思う。
そうしようにも問題があって、まずどこに売りに行けばいいのか分からない。冒険者ギルドで買取はしてくれるはずだ。だけど絶対『あなたのランクには合っていないですね、もしかして(以下略)』というお決まりのパターンになる。
城外に解体屋のようなとこがあったからそこで解体してもらって素材を売ればいい、っていう考えも出てきたけど、その素材を見たとてお決まりのパターンからは逃れられないのは目に見えている。
ランクに関係無くなんでも素材を売れる場所があったらなぁ······
悩んだままでは何も進まないので、このことは後回しにしてまた後で考えよう。それに今は森の中、ちょっとした事で命を落としてしまう。
······はずなんだけど、お金の心配が出来るほど敵が来ていないのだ。村の近くの森に入った時の方がモンスターがいたし強かった。
感じてはいけないとは思いつつ、敵の味気なさに1つため息を吐いてしまう。
「ギィッ、グゲッ」
ん、この声は······
声が聞こえた瞬間、体が音を立てないように歩く様になっていた。見つかったら面倒だからと常に警戒していたおかげだ。
間を開けて聞こえる声を頼りに、森を進む。ちらほら生えている茂みが音を消すのに邪魔になってしまうけど、身を隠せる壁と割り振って慎重に進む。
案の定そこに居たのはゴブリンで、槍のような長い棒を持ってスライムと対峙していた。
村の近くの森にいたゴブリンでも見なかった光景だ。村の森のゴブリンだと、必ず3匹以上で行動しているし、ましてやスライムと対峙していることも無かった。
王都と村で暮らし方が違うのかな?
住処が違えば強さも違う。王都周辺の敵の強さとか知りたいし、僕はここで静観しておこう。
ゴブリンが棒でスライムをつつく。つつく、つつく、つつく、つつく、つつく、つつく、つつく、つつく
いや回数多いな!
ゴブリンは核まで届かない攻撃をずーっと続けている。にしても棒がスライムの中の核まで届いていない、それだとスライムは倒せない。
スライムはつつかれないように動いている······動いてはいるのだけど、ゴブリンが少し左右に回り込むだけでスライムの進路上に立てるほど動きが遅い。そのせいで何度も何度もつつかれは少しずり動き、回り込まれてつつかれるループに入っているように見える。こんなの見せられたらスライムが可哀想に思える。いやどっちもモンスターだから倒すけどさ。
目も当てられない泥戦闘をずっと続けていたので、耐えきれず僕は茂みから飛び出した。
飛び出した音で振り返ると思ったけど、ゴブリンは「ギャッ」と音には反応していても、真後ろから近づかれているとは知らず左右に首を振っている。
がら空きの首に向かって持っていた軽い剣を振······あ、これ木剣じゃん。
「おぅぁ!」
咄嗟に出た謎の掛け声で軌道修正、初速が早すぎて変な方向へ向かっていた木剣を、止めるのではなく力ずくで振り抜いた。
「グッ」
ゴブリンを吹き飛ばす程の衝撃が腕に伝うが、この程度の衝撃は何度も味わったことがある。剣をしっかり握っていれば問題ない。それよりも木剣の耐久の方が心配になる。
振り抜きながらちらと見た限り、木剣が折れているようなことは無い。ならばと剣を引いて突きの姿勢へ、近づく時に把握していたスライムへと切っ先を向ける。
スライムの核は小さくは無い。最低でもソフトボールくらいの大きさはある。それを刺突で少し突くだけでいいんだ。ルイスの剣を捌く方が難しい。
ルイスのアレおかしいからね!?上段の構えが見えたから下に流そうと構えても、次の瞬間にはもう下から振り始めている剣が見えてたからね?
そんなもの幻影か、って──────今考えるようなことじゃない。戦闘中なのに何考えているんだか僕は。
いや一応戦闘は終わってはいるんだけどね?目の前にはスライムの核だけが落ちているし、ゴブリンは向こうで倒れたまま動かなくなっている。早くとどめをさしておこう。
剣を持ち替え、ゴブリンにとどめをさしてスライムの核を拾う。スライムの核は割れてしまうと砂山を崩した時のようにボロボロと崩れて粉のようになってしまうけど、ひび割れたり欠けたりするだけならその形を留めている。原理は知らない。
それにしても······
「弱いね······」
スライムもゴブリンも、村の森にいたモンスターよりも動きが遅い。どちらも子どもだったりするのかな。
ゴブリンは子ども大人の判別は出来そうだけど、スライムってそういう概念とかあるのか無いのか······
さっきの2匹は子どもと仮定して、僕は歩を進めた。
流石にあの2匹はだけでこの一帯には弱いモンスターしかいないと決めつけるのもいけないしね。
そして結果──────
あの2匹以外にどのモンスターにも遭遇することなく、朝を迎えるのであった。