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あくる日の六月より  作者: 榎本知音
第一章 不良少女と通り雨
8/31

以前投稿していたものの、改稿版になります。

プロローグURLはこちら⇒https://ncode.syosetu.com/n3065ej/1/

「……ところでお兄さんは、何をやっていたの?」

 俺が完全に思考を停止していると、現実世界に引き戻そうとするかのように、少女もとい子供多下の声が聞こえてくる。はっとして我に返ると、ついさっきまで見知った公園だと思っていた空間が、自分の知らない空間へと変化してしまったかのように、俺の目には初めてのもののように映って見えた。

 タイムスリップなどしていない。そう思うために、辺りを忙しなく見回してみても、俺が中学生になってからはめっきり来なくなってしまったこの公園に、それらしいものは1つも見つけることができない。

 どうやら本当に、本当に過去に来てしまったのかもしれない。正直、実感なんてものは湧くはずもない。


「もしかして、お家がない人なの?」

 子供多下は、俺の思考など無いかのように話を広げている。どこまでも純真無垢そうな顔が、最もたる証拠なのではないかと、自分を疑ってしまう。

 少しでも落ち着くために、俺は小学生でも分かるくらいに簡潔にまとめた質問を、子供多下に問いかける。できるだけ優しそうにを忘れずに、「……きみはいつから俺のこと、気が付いてたの?」と訊いてみると、子供多下は何故だか不満気に答えてくる。

「公園に来てからだよ。コウいつも、今お兄さんが座ってるとこで本を読んでるの」

 そう言って、右肩から斜めに掛けられた真っ白なポシェットから、図鑑のようなものを取り出した。

「お星さまのハヤミヒョウ、だよ。お母さんに買ってもらった大事な本なの」

 さっきまでの不満顔は消え、自分の持っている本の話に夢中になっている。


 子供多下の証言からすると、俺は少なくとも子供多下が来る前から、このベンチに寝ていたことになる。世間体を気にすると、ちょっとだけ違和感のある質問になりそうだけれど、俺は続いて子供多下に訊いてみた。

「じゃあ、あの子たちはきみが来る前から居たかは分かるかな?」

「……お兄さんは、どりこんなの?」

 持っていた本を閉じて、またも純真無垢な表情が、俺に精神的ダメージを負わせる。たぶん言いたいことは分かる。その曖昧な間違えは、どっかのアニメで聞き覚えがある。

 俺はできるだけ、落ち着いた紳士のようにそれを否定する言葉を並べていく。

「よく見てみて」

 俺はそう言うと、目線の先の小学生の集団を指差しながら続ける。

「あの子どもたちの中には、男の子も一緒に居るでしょ? その場合はショタコンになるから、お兄さんはきみの言うそれでも、ショタコンでもないんだよ」

 我ながら大した返しができた。ショタコンの部分もあえて、イントネーションを変えて言った。これで将来、子供多下が変な大人になることはないだろう。


「……わかんないけど。あの子たちはコウより後に来たよ」

 ということは、子供多下が俺の第一目撃者ということになる。

「その前に怪しい……、じゃなくて、女の人は見なかったかな? 高校生くらいなんだけど」

「……その前にコウの質問にも答えてよ!」

 子供多下は、俺の連続の質問に早くも痺れを切らしてしまったようだ。さっきまでの表情が一変する。子どもというものは、ここまで表情豊かに変わるものなのだろうか。

 俺は謝りながら、大丈夫だよと意思表示をすると、子供多下の表情はまた、ころっと音が聞こえそうなくらいに切り替わった。

「そうなんだ、よかった。なんだか背中が痛いって言ってたから心配しちゃって。お兄さん元気なんだよね?」

「うん、元気元気!」

 正直、忘れていた背中の痛みを思い出してしまったが、なるべく元気にそう答えると、子供多下は手で俺を払うように移動を促した。

 俺はその手の動きと連動して、ベンチの左半分に身を寄せる。

「立ってるの疲れちゃった」

 律儀にも、俺の身体を労ってくれていたみたいだ。女子高生になった多下幸と同じ人間だとは、全くもって思えない。何が彼女をあそこまで変貌させたのだろうか。もしかしたら、ここで俺と出会ったことが要因だったりするのだろうか。

 ありきたりすぎる事を考えがら視線を横へと動かし、そこにいる子供多下を見やると、またお気に入りの本をぱらぱらとめくり始めていた。


「それで、俺の質問はどうだったか覚えてる?」

 子供多下はめくったページで手を止めて、目をぱちくりさせながらこちらを不思議そうに見てくる。少女の中では、俺との会話は終わっていたことになっているらしかった。

「なんだっけ?」

 大ボケをかまされたような気持ちになった。

「えっと、きみが来る前に公園にだれか人は居なかったかな?」

「ん~、居なかったと思うけど。コウもお兄さんが気になってて、周り見てなかったから」

 そう言い終えると、手元に開かれた本をまた見始めた。と、思ったら何かを思い出したかのように、こちらに視線をよこした。

「あと、コウの名前はコウだから、これからはきみじゃなくてコウって呼んでね」

 するとまた、視線を自分の手元に戻してしまった。

 近頃の子はみんなそうなのか、対人関係に関して、しかも見ず知らずの男にここまで分け隔てなく話し込んでくれるものなのだろうか。

 俺は一抹の不安と疑問を覚えながら、俺の隣で我が精神の中に沈んでいる子供多下に、俺が今いる時代についての探りを入れながらコミュニケーションを図ることにした。こんな言い方をすると、なんだが、地球人が宇宙人を見つけた時のワンシーンに思えてしまう。それだけ、俺にとって子供の姿の多下幸は、未確定要素が多過ぎるということなのだろう。

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