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あくる日の六月より  作者: 榎本知音
第一章 不良少女と通り雨
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以前投稿していたものの、改稿版になります。

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 しかし、もしかしたらスマホにはタイムスリップの影響が出ていないのかもしれない。一応、田嶋校長に今日の年月を聞いたところ、

「2017年の6月だけれど……」と、返答してきた。

 思った通り、タイムスリップは実際には起こっておらず、俺は元の世界でずっと思い込みだけが先行していたらしい。田嶋校長が言った、俺の無断欠席についてもそれで合点がいく。俺のスマホがこの学校にあったことも、校長が転勤などせずにここにいることも、公園や峰館林駅の変化が見られなかったことも全ては、思い過ごし。ならなぜ、俺はあの公園で目覚め、その公園で出会った『多下幸』と自分を偽る人物が現れたのか。しかもその人物はまぎれもなく幼い少女だ。今、俺の周りで何がどう動いているのか、全くつかめない。混乱した俺の頭は数分間、電源の切れてしまった機械のように止まってしまっていた。思考が戻るきっかけになったのは、田嶋校長の優しい声だった。

「大丈夫かい、澤村くん。なんだか深い事情がありそうだね。わたしでよければ話してくれませんか」

 田嶋校長の気遣いも、正直受け入れていいものか分からず話すことを躊躇った。この事をもし俺が聞いたたとしたら、たぶん精神病院とか心の病に精通した専門家のところに訪ねるよう説得すると思う。たとえ受け入れられたとしても少なからず、俺の異常さは田嶋校長には知られてしまうわけだし、危惧していた学校生活に何かしらの支障がでないとも限らない。ただ誰に打ち明けていいものかも分からない。

「絶対に他の人に話さないって、約束してくれますか?」

 俺は、自分が気が付かないうちにそう言っていた。

「他の人、というと?」

「校長先生以外全員ってことです。他の教師や生徒、あとは僕の親にも」

 俺がそう言うと、田嶋校長は唸りつつ少し考え込んだ。

「わたしの立場上、きみの約束を全て守ることはできません。きみがそれ相応の覚悟を持って、わたしに話そうとしてくれているのは嬉しいことですが、覚悟の理由が大きければ大きいほどに、きみとわたしだけの秘密にするのは難しい。教育者として親へ報告するのは義務付けられています。どんな問題でもね。わたしはこれ以上きみに、しつこく聞くことはしませんがもし、きみが、今わたしが言ったことを踏まえ、了承してくれるのであれば骨身を惜しまず、きみが抱えている問題の解消のために協力しますよ」

 田嶋校長はそこまで言い終えると最後に、「もちろん、このことで話しづらくしてしまったのであれば、わたしは聞いていなかった、で済ませることもできますが」と付け加えて、俺の返事を待った。

 田嶋校長の言い分は正しく思うが、同時に固すぎる考え方だとも思える。それだけ生徒のことに関して親身になってくれていることは分かるのだけど、最後の言葉を聞いて俺の決心は揺らいでしまっている。さすがに言い過ぎたと思ったのか、田嶋校長は、

「ちょっと強く言いすぎてしまったかもしれないね。申し訳ない……。そうだねえ。じゃあ、せっかくだからわたしの話を聞いてもらおうかな。話を変えてしまうことになるけど、それを聞いた上できみが、話そうと思えたのなら話をしてくれればいいし、だめならそのままでもいい。……まだ時間は大丈夫だよね?」、そう言うと屋上じゃなんだから校長室にでも行こうか、と俺に告げ、勝手に歩き始める。

「待ってください、校長先生」

「ん? やっぱり時間も遅いから帰るかい?」、田嶋校長は腕時計を一瞥した。

「ああ、もう8時近くになっていたんだね。これじゃあ親御さんも心配するし帰ったほうがよさそうだね。また明日にしようか」

「いえ、今からでお願いします。家に電話だけさせてください」と、俺は言い終えてスマホに母親の携帯の電話番号を表示した。

 田島校長は、きょとんとした顔で「そうかい?」と言うと、俺の電話が終わるのを待った。

 思えば俺の両親も無責任なのか興味がないのか、約一日姿を見せなかった俺に連絡の一つもしていなかった。基本的に高校生になってからは自由にさせてもらっていて、成績低下とか非行とかが無い限り、うちの両親はノータッチというふうになっている。共働きをしているのもあり、俺と顔を合わすのも少ない両親には、学校について話すこともないのでお互いに現状をよく知らない。あまり褒められた関係性ではないかもしれないが、特に不満もないので俺もそのままにしてしまっている。それでもやはり連絡が一つもないのは、少しだけ気分が滅入ってしまう。

 電話は5回の呼び出し音の後に繋がった。

「京谷だけど……」

 繋がった電話に恐る恐る話しかけると、いつも通りの穏やかな口調の母が電話に出る。すると電話に出た矢先に、俺には全くもって身に覚えのないことを間髪入れずに言ってきた。

『あら京谷、どうしたの? 今日もお泊り?』

「え? お泊り?」

『うん。じゃないの?』

 何のことを言っているのか分からなかった。詳しく聞いてみたところ、俺はクラスメイトの青木あおきの家に泊まりに行っていることになっていた。そんなことを母親に告げた記憶もないし、クラスメイトに青木という名の人物がいたのかも定かではなかった。しかしある意味好都合だと思った俺は、そのまま母親の話に乗っかることにした。もう一日、青木という人物の家で厄介になることを伝えると、あまり迷惑をかけないようにと母親の忠告をもらい電話を切った。

「なんだか色々と複雑な訳ありみたいだね」

「……みたいです」

 俺は、理解できない現状の上に立ち尽くした。

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