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あくる日の六月より  作者: 榎本知音
第一章 不良少女と通り雨
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以前投稿していたものの、改稿版になります。

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 子供多下の食事が終わると、俺たちは一息ついた後にまた、あの公園へとやってきた。目的は俺のスマホを探し見つけることだったのだがーー。

「んー。ないみたい……」

 諦めの言葉を先に発したのは子供多下だった。しゃがみ込んだそのままの態勢で、俺のほうを見て訴えてくる。俺もそろそろ潮時だと思っていたところだった。

 とっくに午後6時を回っており、辺りは完全に暗がりに沈み、ベンチのすぐわきに備え付けられている電灯が、地面を淡く照らしている。夕方頃見かけた少年少女たちは、既に帰宅したらしく、異次元に包み込まれてしまったかのように静けさだけが漂っている。初夏にしては少々肌寒い。曇り空の影響だろうと思い、上を見上げると、よく見えないが今にも雨粒を落としそうな気配を感じさせる。ひんやりとした風が木々を揺らした。

 正直いうともう少し探そうとは思っていたが、小学校2年生の少女をこんな時間まで連れ歩いているのは大問題になり兼ねない。親御さんも心配しているだろうし、先に帰らせてから思い当たるところを再度探そう。


「そうだな。まあ、今日は諦めるよ。もう時間も遅いし、コウちゃんは帰ったほうがいいよ。送っていくから」、俺がそう言うと子供多下は、

「お家近いから大丈夫。ご飯食べさせてもらったのに大切なもの、見つけられなくてごめんね」

 と、謝って公園を後にした。

 子供多下を見送ってから、俺はベンチに腰掛けた。自分が思っている以上に疲れが溜まっているらしく、座り込んだ身体が急に重くなるのを感じた。ふう、と1つ溜息を吐く。

 あの後、ファミレスで子供多下に色々と質問したり、し返されたり、誘拐してほしいとか話し合ったのだが、これといって有力な情報は得られなかった。タイムスリップについて、当事者の俺すら何も分からないのだから、子供多下が何かを知っているはずもない。誘拐の件についても、子供多下のほうから他人を身内の問題に引きずり込むのはおかしいということになって、俺的には他人という言葉に釈然としなかったのだが、少女の言うことは否定できないことだったため、俺もそこで引くことにした。

 今ある情報を思い出すと、有力なのは俺が元いた時間から8年も前の時間の中に俺がいるということだけになる。つまり現状、俺には帰る当ても行く当てもないということだ。そういえば、この時間の俺は今どうしているのだろう。映画とか漫画とかでは、同じ時間軸に同じ人間が2人居ることはできない、なんて設定とかがあるけれど、この場合はそれが適用されているのだろうか。そんな疑問を覚え、一度自分の家を見に行ってみようかと思ったがやめた。もし、出会うことのない人物同士が出会ってしまったら、最悪の場合は次元がゆがみ、なんてことも無きにしも非ずだ。

 大人多下の行方も分からずじまいで、彼女の捜索も優先される。というか、大人多下はこの時間にタイムスリップしているのだろうか。本当に成功したのなら何故、同じ場所に倒れていなかったのだろうか。あの時、階段から大人多下がダイブした時、確かに俺は彼女の身体を支え、守る態勢に入っていた。わざわざ引き離されて、違う場所に移されるなんて、あんまり現実味がない。もともとタイムスリップなんて、非現実のことなのだけれど。

 ひとまずはスマホの捜索が優先事項だ。スマホさえ見つければ、住人に時間を尋ねて変な人だと思われずに、時間が確かめられる。次にスマホを落としそうな所を思い浮かべると、俺が通っている(今いる時間にならって言うのであれば、通うことになる)峰館林高校が真っ先に頭に浮かんだ。もしかしたら大人多下もそこにいるかもしれない。

 俺はぐったりとした身体を叩き起こし立ち上がり、暗く静かな公園を後にした。


 なんだかデジャヴだ。

 そう思ったのは、夜の峰館林高校に侵入したからだろう。前と同じく、学校の裏手に回り込み、案の定、有刺鉄線が直されていなかった侵入防止柵を乗り越えて、今は屋上に繋がる扉の前にいる。午後7時を回っているとはいえ、残業で残っている教師や、運動部がまだ部活を行っており(たぶん自主練習だと思うが)、容易には侵入できなかった。柵越しにある中木樹の下に身をかがめて隠れ、人数がだいぶ減ったの見定め、素早く昇降口から侵入して今に至る。なんともうちの学校の防犯意識というのは薄いようで、昇降口は出窓のようにガラス張りの扉で囲んだ形状になっているのだが、一番端の扉だけは不用心にも鍵が内側からかけられていなかった。その不用心さが今はありがたく思えるのだが、今後一切こういうことが無いように祈るばかりだ。

 そして今俺は、扉の前にいるというのが現状なのだが、少し様子がおかしい。さすがに屋上から人が侵入することなんて考えられないので、戸締り確認を徹底、なんて注意する気も起きないのだけれど、驚くことに見落としがもうひとつ。屋上の扉が数センチ開いているのだ。スマホを探しに来ただけなので、屋上にわざわざ入ることもないのだが、少しだけ気になる。見回りの教師がいたら、俺の侵入劇はおじゃんになるのだが、なんとなく確認しない気にはならなかった。重い扉をぐっと押して、屋上に出る。周囲を注意深く見回す。屋上の周りを取り囲むように、飛び降り防止のフェンスが設けられており、重々しい雰囲気を作り上げている。人はいないみたいだ。一安心し、緊張感を高めていた身体を緩めると、不意に強烈な風に視界を奪われた。台風並みのその風に煽られ、顔に当たる風の勢いを緩めようと、額辺りに腕を持ってきて薄目を開ける。ぶれる視界の中に、さっきはいなかった人影を確認した。

 髪色は黒。軽めのショートカットで遠くからでも分かる、小柄な体格。峰館林高校の指定の制服に身を包んだ女子生徒。俺の脳はひとつも疑うことなく、その人影が誰なのか確信していた。


「多下!?」


 俺がその人物の名前を呼ぶと同時に、また強い風が俺の身体を押しつぶすように吹き荒れた。次第に風が弱まり、視界が戻る。多下幸と思われる人物が立っていたその場所には、人の影も形もなくなってしまっていた。

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