経済論
経済とは神の見えざる手によって安定する アダム・スミスの有名な言葉だ。
従来の封建制度が崩壊したということは自由経済が発展していくことを意味した。そして、自由経済が発展するということは富めるものとそうでない者が生まれることになる。
アダム・スミスが唱えたようなどこまでも自由な資本主義社会には限界があり、いつか、労働者がクーデターを起こし、雇い主である資本家は崩壊する。
かと言って政府にどこまでも管理された社会では競争がなくなり、いつしか生産物のクオリティは下がり、国家がいつか崩壊する。
その間をとっているのがまさに現在の日本の社会といえよう。
だが、僕はそれにすら限界があると考える。
それは、今現在問題になっているように、社会保障システムを支える担い手である若者の減少。
すなわち、少子高齢化こそが日本社会を崩壊させているのは自明である。
だが、少子高齢化を防ぐとういことは人権が保証された現代社会では極めて困難なことと言える。
では、何故、少子高齢化は進んでいくのか。
これもまた、経済が関係してくる。
現在の社会、労働環境は徐々に自動化が進み、二千四十年問題などと言われるように、多くの職業はAIや機会に奪われることがいわれている。
従来の手動から自動絵の切り替えの境目が丁度今の世代である。
先を見通した時、自分は子供を養っていけるのか、と考えるとやはり子を育てることを躊躇ってしまうだろう。
つまり、これからの世代では資本主義では適さないのかもしれない。
生憎だが、僕にはどうすれば良いかわからない。
だが、この社会のまま行けば間違いなく富めるものとそう出ない者の差は中世ヨーロッパの貴族と農奴の様に埋まらないものが出来てしまうだろう。
市場経済は必ず安定するだろう。
だが、市場経済が安定するということはイノベーションが生み出されないということと同意である。
この様に機械化の影響は経済を現在の一般論から見て究極へ導くとともに、富、権力の集中も生み出してしまう。
これからの貴方の主義主張は従来の考えの傀儡になってはいないだろうか?
是非、自分の意見を持ってもらいたい。
が、今の僕は少なからずこの社会の仕組みには賛成の立場をとっている。この文章はあくまでものの考え方の一つと受け取っていただきたい。