第五場
「その友達とやらに、団体名を聞いてきなさい。」
と言う、文化団体連合会の会長さんの言葉で追い返されてしまった俺は、仕方なく腹をすかした学生でごった返す学食で、東南大学名物『超熟カレー』をのっけた御盆を両手に持ち、席が空かないかと周囲に気を配っていた。
「ツクモ~」
呼ばれた方向を見ると真琴が手をパタパタと振っていた。・・・それだけだったら良かったのだが、案の定隣には昨日最低の口論を繰り広げた野本達が横に座っている。
「いきなり講義抜け出して、何やってたんだよ?」
「そうだぞ。初回授業の大切さを知らないな。」
とても真面目に授業を受けそうに思えないコイツらに授業の大切さを語られるとは・・・。だが、今はその屈辱は心にしまっておき、
「悪い悪い。」
と、軽く受け流すがベターであろう。
「それで、どこ行ってたんだよ?」
ほら、俺の心の無い謝罪なんて興味もない。それにしてもコイツら、まだ会って二日だと言うのに馴れ馴れし過ぎないか?
「ちょっとな。」
こんな女日照りの状況で、正直に「彼女を探し」にとか「会いに行った」と言ったら、頭のおかしい奴とか思われたり、反感を買ったりするに違いない。
「わかった。また便所だろ?そうか。また便所か。そうか・・・。便器の様な顔してるもんな・・・。」
「なんだよ。便器の様な顔って!!」
「ほら、この曲線が和式のヘリ部分の曲線と似て・・・」
「似てねぇよ!!もし、似てるってなら、世界のデブとガリ以外のほとんどの奴が似てるだろ!!」
「まぁ、まぁ。」
ヒートアップさせられた俺を真琴が必死に止める。
俺は気を紛らわすように、目の前に置かれたカレーをスプーンですくい、一口。うん、辛い。
「・・・それより、お前らはサークルとか決めたのかよ?」
「いや。」
「まだ。」
「俺もノーだ。」
「僕も」
野郎共の全員がノーの答えなのはわかるが、真琴からもノーが返ってきたのは意外だった。
「ツクモは決めたのかよ?」
真琴だけでなく野本達もいつの間にか俺のことをツクモと呼び捨てる。こう言う事にいちいち反応してしまうのは俺だけだろうか?
「あぁ。演劇部に入ろうかと・・・」
「演劇部っ!?」
藤本は俺が発した単語の一つをおうむ返しすると、野本達を見渡した。そして・・・。
ギィャヤァハハッハッハッーー!!
騒がしい学食を上回る笑い声を発する野本達。
言いたいことはわかる。なんか演劇部って陰気なイメージだったり、オタクっぽいイメージを俺も持ってるもんな・・・。俺だって睦月先輩がいなかったら野本達と同じ反応だったかもしれない。ただ・・・
「・・・そんなに笑うこと無いだろ。」
「いや、だってな?」
「ああ。まさかお前の口からその単語を聞くとは思わなかったからな。」
「そうそう。俺はてっきり飲みサーにでも入るのかっと思ってたよ。」
「あっ、俺も。」
「俺もそう思った。」
「ごめんね。僕も・・・。」
あれ?俺が悪いのか?
「いやいや。一生に一度しかない大学生活はたった四年間しかないんだ。何かに全力で取り込まないと後悔するだろ!」
よく思ってもないことをべらべら喋れるな、俺。
「でも、この大学に演劇部なんてあったっけ?」
「さあね。でも僕がもらったこのチラシの山のなかには最低限なかった気がする。」
唯一笑わずに聞いていた堤がショルダーバッグの中から、週間漫画雑誌や電話帳くらいの厚さはあるであろう紙束をとりだす。
「・・・シラバスか?」
「真面目な奴だ。」
「持ち歩いている奴の顔がみたい。」
「勧誘チラシって言ったろ!!」
堤が声をあらげる。
「バカな。別にマンモス校でもないうちの大学にこんなサークル数あるわけ無いだろう!!」
「そうだ。こんなどこぞの電話帳に匹敵する厚さになるはずがない。」
「そうだそうだ。あったとしてもコンビニで売ってるDVD付きのエロ本くらいの厚さに決まってる!!」
「確かにうちの大学は部活やサークル数はマンモス校には敵わないけど、ほら見て。」
怒涛の口撃に対し、堤はすっと何枚かのチラシを差し出す。
「これら全部同じサークルのチラシなんだ。」
カラー印刷だったり、A4サイズやB5サイズだったり、長方形や丸だったり、何故か赤かったりと、デザインや大きさ、形、奇抜さに違いはあれど、よく見ると団体名や団体代表者の連絡先は同じであった。
「なるほど。量だけではなく、種類が重要と考えたわけだ。」
「浅く広くと言うやつですな。」
確かに人それぞれ気になるデザインは違うからな。合理的と言えば合理的であろうが・・・。この赤をベースに黒文字で書かれたこのチラシ。これはもはや呪いの手紙としか思えん。
「それにしても、よくこんなに集めたな?」
俺は気になった疑問を口にする。
「趣味だから。」
どんな趣味だよ!!
「とにかく、このチラシの山を探してみようよ。僕が忘れているだけかもしれないからさ。」
「そうだな。」
俺達は1枚1枚確認していく。軽音サークル。ラクロス。フットサル。軽音サークル。バドミントン。社交ダンス。野球。放送部。軽音サークル。バドミントン。軽く見ただけでも、何個か同じようなサークルが見られる。
「・・・それにしても多いな。全部の団体が揃ってんじゃねぇの?」
「全部はないよ。まぁ、でも、全体の9割は集めたと思う。」
「9割!?」
「そう、9割。」
「よくもまぁ、そんな無駄な努力を・・・。」
「逆に集められなかった1割が気になるな。」
全くだ。
「なんでそこまで・・・。」
「だから、趣味だって。」
趣味って言葉ですべてを片付けるにはちょっと・・・。堤のコレクター魂恐るべし。
「あの・・・」
突然後ろからか細い声が聞こえる。
うるさくし過ぎたか?
そんな後ろめたさから俺は少し低姿勢を見せる。
「すみません。静かにします・・・」
立っていたのは、ちょっとダボッとした服にダメージジーンズといかにもファッションナブルなチャラ男の服装を見にまとった男だった。髪も少し眺めで、顔も・・・世間ではイケメンの部類に入るであろうが、大丈夫、負けてない、俺。・・・負けてないよね?
「これ落ちたよ。」
イケメンって言うのは何をするのも爽やかなのかと思ってしまうほどの笑顔で、ほんの少しだけよれた1枚の紙を差し出す。こいつも真琴狙いか?と疑いながら俺は、
「悪いな、ありがとう」
と受け取った。
「それじゃ、またね。」
そいつはそう言うと、何をするでもなく、何を言うでもなく去っていった。・・・真琴狙いじゃなかったのか?俺は疑ってしまった後ろめたさを隠すように、手渡された紙に目をやる。
「劇団栄華、新劇団員、大募集・・・」
どうやらテーブルの上に広げられた新入部員募集用のチラシが落ちてしまっていようだ。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・劇団??
劇団んんんんんんんんん!?
チラシに書かれている文字を再確認するよりも先に俺は堤の両肩を掴んだ。
「おい。このチラシ、どこで貰ったんだ!!」
きっと、物凄い形相だったのだろう。
「・・・どっ、どうしたんだよ、いきなり。」
「あれ?お前が持ってるそれ・・・」
「そうだよ!!やっぱりあったんだ演劇部!!」
「うぉーーー、良かったな!!」
自分には関係ないながらも俺の喜びを自分の喜びの様に喜んでくれる。なんだ、こいつ等やっぱり良いやつなんだな。
「それじゃあ、合コンセッティングよろしく!!」
宮本が初めて口を開いた最初の言葉だった。
「えっ!?」
「当然だろう?手伝ってやったんだから・・・」
「いやいや、友達だから手伝ってくれたんだろ?」
「お前、友達舐めてんの?」
野本や藤本たちも入ってくる。
「友達の喜びは俺達の喜び。友達の幸せは俺達の喜びだろ?」
「だから、お前が女の子達と仲良くなったら俺達に紹介するのは当たり前だろ?」
前言撤回。やっぱりこいつ等は人間の屑だ。
「それよりツクモ、これ配った人探さなくていいの!?」
真琴の言葉で屑共に向けられた殺意でいっぱいになっていた俺を現実に引き戻す。
「そうだった。堤、これどこで配ってたんだ?」
「どこだったかな・・・。」
「頼む。思い出してくれ。」
「う~ん・・・」
頭を抱え込む堤。俺はそれを祈って見守るほかなかった。
「それなら、図書館と記念講堂の間の広場で配ってたよ。」
「うわっ!!」
思わず声を上げ、振り向くと先程チラシを拾ってくれたイケメン野郎がひょっこり顔を出していた。
「いきなりびっくりするだろ!!」
「ごめんごめん。それより早く行った方がいいよ。もうすぐ休み時間終わっちゃう。」
「そうだった。」
俺は勢いよく立ち上がりバッグをつかんだ。
「あんがとな。えっと・・・」
「直哉。如月直哉。よろしく。」
「ああ。俺は一河九十郎。よろしくな。」
「ツクモ急いで!!」
真琴の声とほぼ同時に、俺は一目散に走り出した。
☆☆☆☆☆☆☆
【『正しいヒーローの作り方』】第五場
高校。チャイムの音が鳴っている。
教室にいるのは、生徒1、生徒2、熊谷。
野村、睦月、教室にやってくる。
野村「何か綾瀬先生に質問ありますか?」
生徒1「先生、彼氏とかいるんですか?」
睦月「・・・いないかな。」
生徒2「えー。嘘だー!」
睦月「本当です。」
生徒1「じゃあ、俺、先生の彼氏に立候補しまーす!」
睦月「えっ?」
生徒2「私も!」
睦月「えっ?」
野村「私も!」
睦月「えっ…と(ちょっと引く」)」
野村「ゴホン、…熊谷さん。綾瀬先生を困らせないの。」
熊谷「私は何も…」
野村「他に質問ありますか?」
生徒1「じゃあ、好みのタイプは?」
睦月「秘密です。」
生・野「えぇー!!」
生徒2「じゃあ、女の子は好きですか?」
野村「よく聞いた!」
睦月「(ドン引き)」
野村「だから、綾瀬先生を困らせないの。」
生徒1「困らせてるのは先生でーす。」
野村「ちょっと何を言ってるか分かりませんが、質問はもうありませんね。綾瀬先生、ありがとうございました。(何故か握手を求める)」
睦月「…いえ。気軽に何でも相談してくださいね。三週間、お世話になります。」
野村「じゃあ、授業始めますよ。」
高橋、信太朗、教室にやってくる。
教室にいるのは、生徒3、生徒4.
信太郎「本日より3週間、皆と一緒に勉強させて頂く望月信太郎です。よろしくお願いします。」
高橋「望月センセイ(笑)に何か聞きたいことはあるか?」
生徒達「…」
高橋「はい。終了。」
信太郎「ちょっと待ったぁぁあああ!えっ、何かしらあるでしょ?」
生徒3「じゃあ…。元気ですか?」
信太郎「はい。元気です。」
高橋「はい。終了。」
信太郎「だからぁぁあああ!元気ですか?って英語の授業じゃないんだから。ほら、もっとこうあるでしょ?彼女いるんですか?とか。」
生徒4「じゃ、それで。」
信太郎「それって言っちゃった。ちゃんと聞いてほしいな…。」
高橋「めんどくせー奴だな。」
生徒3「先生は彼女とかいるんですか?」
信太郎「出たな、古典的な質問。いません。」
生徒4「やっぱり。」
信太郎「やっぱりってなんだ!」
高橋「はい。本当の本当に終了。」
信太郎「えっ、もう!?」
チャイムがなる。
高橋「はい。朝会も終了。おい、日直、号令。」
生1・3「きりーつ、れい、かいさん」
先生と生徒達、去る。
休み時間。結菜がやってくる。
結菜「朝会どうだった?」
睦月「私はまあまあだったよ。…ちょっと気持ち悪かったけど。」
信太郎「なんだよ。気持ち悪かったって。俺はもう最悪。初日から容赦なし。」
結菜「それはあんたが悪いんでしょ?」
チャイムがなる。
先生、生徒達、帰ってくる。
睦月「とにかく次の授業も頑張ろう!」
結菜、去る。
信太郎と睦月の授業。
睦月「それでは戦争に負けた日本はどのように変わっていったのでしょうか?ここで押さえるべきポイントは三つです。一つ目は占領統治下の諸改革、二つ目が日本国憲法、最後が占領政策の転換です。」
生徒1「おぉー、野村の授業より分かりやすい。」
睦月「ふふ、ありがとう。」
野村「全くですね。今度個人的に教えてくれませんか。」
睦月「(ドン引き)。…熊谷さん、顔色悪いけど大丈夫?」
熊谷「えっ、はい。」
睦月「そう。辛かったら言ってね。では、一つ目から見ていきましょう。戦争に負けた日本初の内閣、それが東久邇宮稔彦内閣です。その内閣の基…」
高橋、信太郎に向かって紙屑を投げている。
信太郎「国体護持…と。戦争終結前最後の内閣では国体護持、天皇を中心とした政体を重視し、戦後最初の内閣、東久邇宮稔彦内閣…(黒板に書く)。あれ?」
高橋「(紙屑を信太郎に向けて投げる)」
信太郎「(投げつけられた紙屑を一つ拾って)…これを投げたのは誰ですか?」
生徒達「…」
信太郎「怒りませんから。正直に名乗り出てください。」
生徒3「先生。私たちじゃないよ。」
信太郎「じゃあ、誰?」
高橋「私だよ。」
生徒・信「…」
高橋「なに?何か言いたいことがあるのか?」
信太郎「…こういうのは良くないと思います。」
高橋「開けてみな。」
信太郎「え?」
高橋「その紙を開けてみな。あんたが板書で間違えた漢字や、ひらがなで書いた漢字。」
信太郎「…」
高橋「せっかく助けてやろうと思ったのに。ちょっと職員室に来い…。」
信太郎「…はい。」
信太郎、高橋、生徒達、去る
信太郎、高橋の説教から解放され現れる。
待っていたかの様に結菜現れる。
結菜「やっと出てきた。大変だったね…」
信太郎「ん?仕方ないよ。俺が八割位悪いんだから」
結菜「残りの二割は?」
信太郎「高橋のいびり。」
結菜「(笑い)。…変わらないね、あんたは。」
信太郎「そうか?」
結菜「うん。変わらない。良いところも悪いところも。」
信太郎「悪かったな。治ってなくって。…はぁ。それにしても、やっと1週間が終わったー!」
結菜「そうだ。明日気晴らしに遊びに行かない?」
信太郎「おっ、いいね!睦月とかも誘うか!!」
結菜「…二人がいいな」
信太郎「あっと…わかった。」
結菜「…じゃあ、明日10時に駅前集合ね。」
信太郎「…おう。」
結菜、去る。
ゲーム機の電源が入り、渚が現れる。どこともいえぬ場所。
渚「あなたの人生を変えるゲーム、これまでの人生をセーブしますか?しませんか?」
信太郎「久しぶりに現れたな。」
渚「…順調そうで良かったですね。」
信太郎「順調なもんかよ。毎日、怒られてばかりだよ。」
渚「でも、これからデートですよね?」
信太郎「んぐっ!!」
渚「良いですね。羨ましいですね。私が現世に干渉できたら、即恋人にチクってやるんですが。あっ、そう言えば、今まで貯めた徳を使えば現世に干渉したり出来るん…」
信太郎「望月信太郎、これまでの人生をセーブします!!」
渚「あっ、忘れてました。それでは、望月信太郎に神の御加護があ。」
信太朗「略した!!」
渚、去る。どことも言えぬ場所から、繁華街に変わる。
信太郎「はあ…。どっと疲れが…。」
結菜「お待たせーー!…どうかしたの?」
信太郎「いや。で、今日どこ行く?」
結菜「ネコカフェに行きたい。」
信太朗「おっ、イイネ。俺、ネコ初めてなんだよな。」
信太郎、結菜、去る。
☆☆☆☆☆☆☆




