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キセキのステージ ~ Wildest Dream ~  作者: 一河ツクモ
旗揚げ公演:正しいヒーローの作り方
13/13

最終場

数日後━━。


四月も残すところあと1日となり、世間ではゴールデンウィークの前半が始まっていた。

俺達大学生にしてみたら、何がゴールデンなのかよく分からない。だって、夏休みの方が何十倍も長いんだから。

だが、俺達大学生一年生にとっては、大学に入って初めての長期休暇。コミュ力が高い奴はこの機を逃さず、早速友人との仲を深めたり、彼女を作ったりしているに違いない。いや、絶対している!!


そんな大事なときに俺は大学の学食にいた・・・。


と言っても、そこまで悔やむほどの事でもない。何故かって・・・。


「ごめん!!待った!?」


白いスカート、紺色のシャツに薄い青色のカーディガン、茶色系のバックと春らしい装いのことりが、後ろから声をかけてくる。はぁはぁと肩で大きく何度も息をしており、ここまで走ってきたのだろう。


そう、今日はことりとデー・・・。


「断じて、デートなんかじゃない。私もいる。」

「僕もね。」


心の中を読み取られたのか、俺の背後から背後霊の様に千弓と如月直哉が姿を現した。


「でしたね・・・。」


「どうしたの?」


向かいの席に腰掛けたことりが聞いてくるが、わざわざ俺の心の内をさらす必要はない。


「なんでもない。」


とだけ返しておこう。


「それじゃあ第一回旗揚げミーティングを開催したいと思う。」


睦月先輩と話した次の日、俺は真っ先にことり達のもとに向かい、ことり達の演劇サークルへ入部した。これも睦月先輩との約束を果たすため・・・。

そして、ことりが「私は部長向きじゃない」とか紆余曲折あり、何故か俺が演劇サークルの部長に就任することで落ち着いた。だから、馴れないながらもこうやってミーティングの進行を行っている。


「さて、旗揚げ公演について話す訳だが・・・。」


劇団を立ち上げる事を旗揚げと言い、旗揚げ後初めての公演を旗揚げ公演と言うらしい。こう見えて、俺も短い期間ながら演劇について勉強したんだ。それで今日はその旗揚げ公演の詳細を決める会議。時期や場所、演目等色々決めないといけないことは山積みだ。


ことり達には秘密にしているが、俺は演劇を学んでいく上で、昔この大学に存在した演劇部、『劇団栄華』の公演のビデオを見る機会があった。なぜ見ることが出来たかって?それは・・・。


「キャーー!!ことりちゃん、今日もかわぃぃいいーー!!」


ヒューー。


突然、何処からともなく睦月先輩が現れ、ことりに抱きつく。


「ぅん?」


ことりが身震いする。


「どうしたの?」


千弓がことりの異変に気付き、心配する。

どうやらことりと千弓、如月直哉には睦月先輩は見えていないらしい。


━━睦月先輩が桜の木の下で俺にキスをした時、夜空を埋め尽くさんとしていた桜の木が、まるで辺りを埋め尽くさんばかりに光輝いた。そして、枝の先から徐々に消えていく。

それを見た睦月先輩も死後の世界に旅立つ時が来たんだろうと悟り、繋いでいた俺の手をギュッと握った。

そして、桜の木が発する光が更に増し、俺は目を閉じた。


睦月先輩の消える姿を見なければ、これからもどこかに睦月先輩がいるんじゃないかと思ったから・・・。


光が更に強くなったのであろう。俺の手は更に温かくなった。





どれくらい目を閉じていたんだろう。

いつの間にか手の温もりは感じなくなっていた。


俺は睦月先輩がいなくなっていたらと言う怖さもあったので、ちょっとずつ目を開く。




だが、その期待はすぐに裏切られた。


目をギュッと閉じた睦月先輩がそこにいたんだ。


俺は思わず抱きついた。


「・・・なんで?」


睦月先輩も訳が分からないようで、目を丸くしている。


「僕にも分かりません。」

「なんで・・・。えっ、なんで触れるの?」

「あれ?そう言えば・・・。・・・うん?」


俺は先程まで繋がれていた手に何か有るような感じがした。


「これって・・・」


俺の手の中には見覚えのある鍵が握られていた。昨日まで肌身離さず持っていた睦月先輩との契約の鍵のようだ。


「・・・どうやらツクモとまた契約出来たのかもね。」

「どういうことですか・・・?」


あくまで睦月先輩の仮説だけど、睦月先輩は俺と出会う前はどうやら先程消えた桜の木と契約していて、この前貰った鍵はあくまで桜の木との契約の鍵。それを睦月先輩が一方的に俺に渡しただけで、俺とは契約していなかったのではないかとのこと。だから、願いが叶った桜の木との契約の証である鍵は消え、俺との新しい契約が結ばれたんじゃないかって。


「良かった・・・。良かった・・・。本当に、良かった・・・。」


俺達は泣いた。別に身体のどこかが痛かった訳じゃないし、ましてや、誰かに告ってフラれた様な心の痛さがあるわけでもない。なんでか分からないけど、身体の奥底から溢れてくるんだ。


「・・・でも、新しい契約の内容ってなんなんですかね?」


一頻り泣き疲れて、俺は切り出した。


「えっ?」

「いや、だから、契約の内容ですよ。内容。前回の契約が演劇の楽しさを知ってもらう事だと仮定すると、今回もあるはずでしょ?」

「あぁ・・・そうね・・・。」

「睦月先輩なら、知ってるでしょ?」

「えっ、・・・そうね・・・。」

「なんですか?教えて下さいよ?」


覗き込むような俺の目を見ようとせず、睦月先輩は目を外す。


「いいじゃないですか?教えて下さいよ!!」

「あっ!ツクモ!!もうこんな時間!?急ご!!」


時計をつけていないにも関わらず、時計を確認するフリをして、睦月先輩は突然走り出した。


「あっ、逃げた!!」


俺も追うように走った。


━━こうして、睦月先輩とのおかしな同棲生活が始まった。



・・・始まったのだが。

まさか、睦月先輩が重度のシスコンだったとは・・・。

睦月先輩は契約者のそばを離れることが出来ない。離れれば離れるほど睦月先輩の存在が薄く見えなくなる。

今までは契約者の桜の木は大学の外にあったわけで、その為、大学まで睦月先輩がやって来ると、睦月先輩が見えていた俺でさえ、睦月先輩をほとんど見ることが出来なかったし、当然、睦月先輩はことりに会うことすら叶わなかった。

だが、今の契約者この俺だ。俺は大学にも行くし、遊びにも行く。もちろん演劇部にも入ったわけだからこうやってことりや千弓にも会う・・・。

どうやらここ最近、今までことりに会えなかったフラストレーションが爆発しているらしい。ことり達に見えないことを良いことに、会うたびに、抱きつくだけでなく、顔を擦り合わせたりとやりたい放題。


「・・・ごめんな。」

「なにが?」

「いや、なんでもない。」


なんか無性に謝りたくなった。


『ツクモ、ツクモ、羨ましい?』

『うるさいです。』


ちゃんとした契約者となって、変わったことが三つある。

まず一つ目が、この睦月先輩との心の中での会話である。別に感情を共有しているわけではないし、思ったことが伝わるわけでもない。ただ、強く念じるとお互いにコミュニケーションがとれるようになった。


「さて、旗揚げ公演の詳細を決める前に、ちょっと話したいことがある。」

「なに?」


ことりが相槌をうつ。


「・・・劇団名を変えないか?」

『えっ?なんで?なんで??劇団栄華がいいよー!!』

「・・・」

「・・・」


ことりと千弓、如月直哉は何も言わない。代わりに睦月先輩が反応する。



「後で皆で見ようと思ってたんだけど、これ・・・」


俺はビデオカメラ撮影様のビデオカセットをテーブルに置いた。それには劇団栄華学外公演『正しいヒーローの作り方』とだけ書かれていた。千弓が俺に聞く。


「なによ。これ?」

「前にこの大学にあった本当の劇団栄華の舞台のビデオ・・・。」

「・・・どうしたの、それ?」


ことりが久しぶりに口を開いた。


「ちょっとな・・・。」


これが正式な契約者になって変わった二つ目。


━━東南大学の部室棟の二階には開かずの部屋が二つある。劇団栄華の部室だった部屋だ。大手チェーン店の鍵屋に頼んで合鍵を作っても開けることが出来なかったらしいその扉を、俺と睦月先輩の契約によって出来た鍵は開けることが出来た。別に中は特別変わってはいない。壁を埋め尽くす様に棚が配置され、部員が座るためのベンチや、時間を潰す為に持ち込まれたと見られる旧式のテレビやゲームがあり、唯一変わったものと言うと演劇に必要な道具があるくらいだ。

・・・その部室の中にこのビデオは置かれていた。


「このビデオを見て思ったんだ。ここに写っている先輩方は本当に演劇が上手くて、演劇が大好きで、それこそ学生時代の全てを演劇につぎ込んで来たんじゃないかって・・・。そして、その演劇って言うのは、もっと前の先輩達から受け継がれてきたもので。俺たちは劇団栄華って同じ名前を名乗ってはいるけど、そこに引き継がれた伝統はなくて・・・。だから、思ったんだ。先輩達の伝統を受け継いで、劇団栄華の名に恥じない劇団になった時はじめて劇団栄華の名前を掲げようって。・・・どうだろう?」


『ツクモ・・・。』


「・・・」


皆、何かを考えるように俯いている。当然だろう。学校側にも『劇団栄華』で登録しているわけだし、新メンバー募集の広告にもそう書いてしまっているのだから。だから、誰からも賛成なんて━━。


「いいんじゃないかな?」


ことりが口にする。


「・・・私もお姉ちゃんが創ってきた劇団栄華を知らないし、お姉ちゃんの舞台を観たのだってもう何年も前・・・。だから、私達で大丈夫かな?私達だけでお姉ちゃんが大切にしてきたものを傷つけないかな?って、ずっと思ってたの。」

「ことり・・・。」

「・・・ことりが賛成なら私に反対する気はない。私も賛成だ。」

「ぼくも。」


千弓だって、如月だって意見がない訳じゃないだろうに・・・。


「・・・ありかとう。」


「でも、そうなると、名前から考えないとね?」


千弓が沈んだ空気を変えるように提案する。


「そうだね。」


如月も俺を気遣ったのか。


「あぁ、それなら俺が考えて来たんだ。」

「あんたはまた勝手に・・・」

「まぁ、まぁ。」

「それでツクモ君、どんな名前?」


なんか、皆が俺に集中すると緊張するな。


「俺達がこれから名乗る名前は・・・」


ちょっと溜めてみたり。


「いいから、さっさと言いなさい。」


「『劇団現身』」

「・・・現身?」


「この世に生きている身体。つまり化身・・・。どこまで出来るか分からないけど、俺達は先輩達の劇団栄華を現在に蘇らせる化身の劇団だ。だから、劇団栄華の現身って言うことで、『劇団現身』。」


「いいんじゃないかな?」

「あんたにしてはちゃんと考えてるんじゃない。ね、ことり?」


如月直哉に賛同し、ことりに意見を求める千弓。口を開かないことりに俺はドギマギしていたから、千弓が意見を聞いてくれたのはナイスだ。


・・・。


「・・・うん、私もすごく良いと思う。」


ふぅ・・・。

一気に肩の荷が下りるようだった。


「そうか。それは良かった。」


俺はにんまり笑って、平静を装う。


「じゃあ、本題。旗揚げ公演の内容を決めるわよ。」


千弓が仕切り始める。・・・やっぱりコイツが部長をやった方がいいんじゃないか?


「の前に、皆でビデオ見ようぜ?」

「でも、ビデオデッキなんてどこにも・・・」

「大丈夫。ビデオカメラ持ってきたから。」


俺は再度鞄の中をガサゴソ探し回り、ビデオカメラを取り出す。取り出すとすぐに千弓に奪われ、勝手にビデオがセットされた。


『睦月先輩はどうですか?劇団現身?』

『・・・』

『先輩?』

『劇団栄華を蘇らせる化身・・・か。ありがとうね。』

『どういたしまして。』

『でも、ツクモがそんな嬉しいこと考えてるなんて思いもしなかったよ。』

『へへ。』

『じゃあ、正当後継者である劇団現身に私も全面的に協力しないとね。ビシビシいくから覚悟しなさい。』

『はっはっはっ、・・・ほどほどにお願いします。』


先程まで誰もいない舞台上を映していた劇団栄華のビデオは、次第に光が消えていき、真っ暗となった。

そして、暗がりの中声が聞こえてくる。


【渚 「世界には数多くの法則が存在しま━━」】






<旗揚げ公演:『正しいヒーローの作り方』完>


☆☆☆☆☆☆☆

『正しいヒーローの作り方』:第十三場


最初の公園。信太郎と睦月が立っている。

信太朗の背中には金の矢が刺さっている。


睦月「…なんか大変な教育実習だったね。」

信太郎「そうだな。」

睦月「と言っても時間戻っちゃったんだから、また明日から教育実習だけどね。」

信太郎「そうだった!!明日からまた高橋のいびりを耐えなきゃいけないのか…」

睦月「…ありがとう。私を救おうと頑張ってくれて。」

信太郎「何言ってんだよ。当たり前だろ。」

睦月「…うん。ありがとう。」


ネコ達、現れる。全部のネコに金の矢が刺さっている。信太朗にぶつかる。

ネコ達、ぶつかり際に信太朗と睦月に金の矢を刺す。


信太朗「痛ッ…。」

睦月「大丈夫?」

信太朗「ああ。…あのさ、一番最初に言ったこと覚えてるか?」

睦月「…うん。教育実習が終わったら、答えを聞かせて欲しいってやつでしょ?」

信太郎「ああ。あれは結菜の事があったから保留にしたんだろ?結果が出たんだし、もう一度俺から告白するから、睦月の答えを聞かせて欲しい。」

睦月「うん。」

信太郎「睦月が俺のヒーローであるように…」

睦月「?」

信太郎「俺に睦月の未来を守らせてください。」

睦月「…。」


暗転。《終?》


睦月「ごめんなさい。」

全員「ぇぇぇええええーーーー!」


明転。結菜、弘志、つかさ、渚が現れる。

現れる全員に金の矢が刺さっている。


弘志「いやいや、普通、あのまま。『はい』とか『嬉しい』って言うところでしょ?」

睦月「だって、あんな告白嫌でしょ!」

結菜「まぁ、確かに中二病っぽくって、かなり気持ち悪かったけど。」

睦月「でしょ!」

つかさ「普通に言えばよかったのに…」

信太郎「チェンジ・マイ・ライフ!」

渚「どこに戻る気ですか?」

弘志「ダメだな、信太朗は。俺が実演してやるから、どれくらい気持ち悪いか一回見てろよ。つかさ、ちょっといいか?」

つかさ「えっ、私?」

弘志「つかさ、俺にお前の未来を守らせてくれ。」

つかさ「はい。」

弘志「ほら、気持ち悪かっただろ?…はい?はい!?はいぃぃいいい!!」

睦月「つかさちゃん、おめでとう!!」

一同「おめでとう。」

弘志「えっ、うそ?何で!!」

信太朗「気付いてなかったのかよ。鈍感だな…。」

弘志「いやいやいや、ちょっと待って…。えっ!!」

結菜「はい。弘志君たち、静かに。信太朗、ほら。」

信太郎「ああ。…ごめん!もう一度やり直していい?」

睦月「普通、やり直しとかないんだよ。」

信太郎「そこをなんとか。」

睦月「じゃあ、本当に『やり直し』はこれで最後だよ!」

信太郎「おう!…綾瀬睦月さん。一生幸せにします。結婚してください。」


暗転。


渚の声「あなたの運命を変えるゲーム。はじめますか?それともやめますか…?」


≪終≫

☆☆☆☆☆☆☆

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