第十二場
「明日は私、経済学の数学からだけど、ツクモ君は何の講義から?」
「俺は・・・」
きれいな青空を作り出していた太陽が、キャンパスを囲う山々に隠れ始めた頃、俺とことりと千弓はスクールバスのバス停に並んでいた。帰宅する為にバスを待つ生徒でごった返す中、俺はショルダーバッグから時間割を取り出し、明日の時間割を確認する。大学は自ら時間割を選んでいく為、いくら学科が一緒であろうと、いくら基礎クラスが一緒であろうと、授業が同じことはそうそうない。
「あっ、俺も数学だ。」
どうやら偶然が起きたらしい。
「じゃあ同じだ。水曜日の二時限目は楽しそうな講義少なかったもんね。」
「数学が楽しいかといえば、決して楽しくないけどな。」
「はっはっ。」
二人に自然と笑みがこぼれる。
「私も一緒だけどなね。」
突然、千弓が割って入ってくる。
「あっ、居たんだ。」
「ずっと居たでしょ。ずっと!!」
「悪い悪い。」
本当に忘れていたことは黙っておこう。
「まったく、あんたっていう人は・・・。いい?ことりの横に座るのは私。あんたはいつもの馬鹿共と一緒に座って、私達に話しかけないこと。わかった?」
「ちょっと千弓ちゃん・・・」
「あぁ~、わかった。わかりましたよ。」
「わかればいいのよ。」
「・・・ごめんね。ツクモ君」
千弓が俺に強く出ると、最近、決まってことりが謝る。この時の困った顔のことりはかわいくて俺は好きだ。
「別にいいよ。それに俺がもしことり達と一緒に座ったものなら、今度こそ野本達に殺されかねないからな。」
・・・ことり達とヤンキー達から逃げ遂せたあの日から、既に一週間以上が経過していた。
あれから千弓の俺に対する当たりも多少だが優しくなり、顔を合わせてすぐに殴られることはなくなっていった。まあ、最初の方が異常だっただけのような気もするが・・・。それにしても、この大学に入って、教室に一歩踏み入れた時は見渡す限り男しかいない光景に、俺のキャンパスライフの絶望を感じたが、今となっては性格も見た目も完璧なことりだけでなく、性格は残念だが見た目だけで言ったら言うことが千弓とも普通に話せる中になったのは、演劇、いや睦月先輩のおかげだ。
「・・・睦月先輩。」
「ん?何か言った?」
「えっ?いや、なんでもない。」
睦月先輩が姿を見せなくなって、もうすぐ三週間になる。睦月先輩はどうしてしまったんだろうか?
ヒュッーーッ!
俺の足元を優しく風が通り抜ける。
「睦月・・・先輩・・・?」
なんでそう思ったかは分からないけど、なんとなくそんな気がしたんだ。
ブッシュー
バス停にスクールバスが停車し、待っていた学生達を次々と飲み込んでいく。
「ツクモくん?」
いつの間にかバスに入り口の段差に足をかけていたことりが俺に乗らないのか聞いてきた。
「ごめん。やっぱり俺、歩いて行くわ。」
そうとだけ言うと、俺はバスに乗り込もうとする生徒の波を「すみません。すみません。」と謝りながらかき分け、校門に走る。
「ツクモくーん!」
背中にことりの声を受けるが、俺は振り返らなかった。
校門を出、駅に向かうように山を下る。
遠くに人影が見えた。
「・・・睦月先輩?」
俺の横を先程乗ろうとしたスクールバスが追い越していく。きっとあの中にことりも乗っていたことだろう。
はっー、はっー、はっー・・・。
息が切れはじめてきた。
まだ、東南大学に入学して1ヶ月も経っていないのに、この道を下るのも何度目だろうか。
また、遠くにうっすら人影が見えた。
「睦月先輩!!」
別にこの声が届くとは思っていない。でも、叫ばずにはいられなかったんだ。
だが、人影はその声に気付いたのか、脇道へと曲がり、俺の視界から消えた。
「あそこって・・・」
俺はさらに急いだ。見失わないように。
そして、さっき人影が消えた場所に着くや否や、俺は睦月先輩が曲がったと思われる方を見た。
━━そこには大きな桜の木が立っていた。そう・・・ここは俺が睦月先輩と初めて会った場所。そして、三週間前、睦月先輩が姿を見せなくなった時も、この場所だった。
ただ、この前見た時は満開に咲いていた桜が、もうほとんど散っていた。当然だろう。もう四月も終わり、五月になろうとしている。
俺は近づいてそっと幹に手を置いた。
「だーれだ?」
突然、暖かな温もりが俺の目を覆い隠し、視界が真っ暗になった。だが、この声は聞き覚えがある。
「・・・睦月先輩です。」
「あーたりー!」
拓ける視界に久しぶりの睦月先輩の姿が映った。整った顔立ち、すらっと長く綺麗な黒髪、モデルの様な人の目を惹くスタイル。
うん。変わらない睦月先輩だ。
そう思ったら、なんだかいっぱい、いっぱい、言いたいことや伝えたいことが溢れてくる。
どこに行ってたんですか?何してたんですか?彼氏なんですから連絡下さい。会いたかったです。・・・。
本当に、本当に言いたいことはいっぱいあったんだ。でも、最初に出てきた言葉は━━。
「・・・ありがとうございました。」
「・・・何が?」
「この前、ここで睦月先輩が教えてくれた、姿勢とか、低い声の出し方とか・・・。」
「・・・」
「この前、演劇サークルの友達と遊びに出かけたとき、その子達、また変な男たちに絡まれちゃって・・・」
「・・・」
「だから、今度こそは助けなきゃって思ったんです。その時、睦月先輩から教えて貰ったこと思い出して・・・。でも、それだけじゃ不安だったから、咄嗟に近くにあったドラッグストアに入って、ジェル買って、オールバックにして・・・」
「ツクモがオールバック・・・(笑)」
「笑わないでくださいよ。」
睦月先輩は肩を震わせながら一生懸命堪えている。
「もう・・・。で、睦月先輩が教えてくれたように腹式呼吸で言ってやったんですよ『俺の女に手を出すな』って。」
「キャッーーーー」
先程の笑い耐えていたのとは一転、今度は顔を両手で隠しながら黄色い声をあげている。
「もう!ちゃんと聞いてくださいよ!!」
「ごめん。ごめん。」
俺からちょっと叱られて、シュンとする睦月先輩。
「・・・だから、お礼が言いたかったんです。ありがとうって・・・。」
「・・・どういたしまして。でも・・・そっか。ツクモに彼女か・・・。」
「いやいや。彼女じゃないですって。」
「でも、女の子と二人で遊びに行ったんでしょ?」
「二人じゃないですよ。もう一人彼女の友達が・・・」
「キャッーーーー。ツクモ、モテモテじゃない!?」
「だから、モテモテじゃないですって。きっと、友達の方は俺の事嫌ってますし・・・。それに、俺の彼女は・・・睦月先輩でしょ?・・・もう、何言わせるんですか!!」
俺は恥ずかしくなって、ついつい後ろを向く。・・・やがて心が落ち着いてきた俺は睦月先輩の様子が気になり、もう一度睦月先輩の方を見てみた。
「・・・睦月先輩?」
「・・・」
・・・睦月先輩は何も返事をしないまま、俺を見ている。
「━━お別れを言いに来ました。」
「えっ・・・?」
「ほら、私、ツクモに演劇の楽しさを知ってもらいたくって、仲良くなったわけだし、それにツクモだって彼女が欲しいから私と仲良くなったんでしょ?だから、二人の目的が叶ったわけだし・・・。」
「・・・」
「だから、・・・お別れを言いに来ました。」
俺の思考回路が、ストップする。だめだ、何を言っているのかわからない。
「・・・」
「ツクモ、・・・ごめ・・・」
「睦月先輩は!!」
俺は、俺の言葉でどうにか睦月先輩の言葉を止めたかった。
「睦月先輩は・・・俺とそんな気持ちで付き合ってたんですか・・・?」
「えっ?」
「俺は・・・。おっ、俺は、睦月先輩の事ムッチャ大好きですよ。」
「・・・」
「確かに・・・。確かに最初は、お互いそんな動機で始まった関係かもしれないけど・・・。でも、今は・・・。俺は睦月先輩の事、ものすごく大好きですよ!!睦月先輩と会えなかった時、メチャクチャ寂しかったですよ!!睦月先輩は・・・そうじゃないんですか?」
「私も!!・・・私だってツクモの事は大好きよ。でも・・・。」
睦月先輩はまた口を閉ざした。
「でも、なんですか?」
「・・・」
「言ってくれなきゃわからないですよ!」
俺は黙り込む睦月先輩の口を開かせるために、言葉を強くする。
「・・・」
こんなに言っても教えてくれないのか・・・。
「・・・実はね。」
突然、睦月先輩は口を開いた。
「はい。」
「私ね・・・」
・・・何を言うのだろうか?睦月先輩が発する言葉だったら何でも受け止めてやる。
「・・・死んでるの」
・・・。
「えっ?」
だめだ。予想だにしていなかった方向からの一撃に、俺はなんて返していいのかわからず、とりあえず冗談だと受け流すことにした。
「またまた、冗談言わないでくださいよ。」
「本当よ。私がこの世にいられるのは、この桜が咲いている時だけなの・・・。」
「だって、ほら、睦月先輩にはこんなに綺麗な足がありますし・・・。それにほらこうやって俺は睦月先輩に触れることだって出来ます。」
俺はそう言って、睦月先輩の手を取━━
「あれ?」
れなかった。睦月先輩の手がある場所を俺は空をかくように、
「なんで?だって、今まで!!ほらこの前、正しい姿勢に教えて貰った時だって、睦月先輩は俺の事触ってたし、俺だって睦月先輩の事触れたじゃないですか!?」
また言葉に力が入る。
「・・・あれは、私があなたを受け入れていたから。」
「受け入れていた?」
「・・・ツクモに渡した鍵って、持ってる?」
「もちろんです。いつも肌身離さず・・・」
あれ?ない・・・。いつもズボンの後ろポケットに入れて・・・。あれ?
「・・・あの鍵は私と貴方の絆を具現化したもの。」
「・・・」
俺の目の後ろが無性に熱くなる。
「絆っていうのはね。一方通行ではダメなの。一本の糸をお互いが反対をしっかり持って、初めて生まれるものなの。」
「・・・」
「私達の願いはお互いに成就された。そして、桜がほとんど散ってしまった今、私に前程の強い想いはなくなってしまった。だから、私達に前程の絆は・・・ないの。」
「嫌だ。別れたくない!!俺、本当に睦月先輩の事好きなんです。確かに最初はお互い邪な付き合い始めだったかもしれない。でも、今では本当に睦月先輩の事が!!」
「私も、私もツクモの事大好きだよ。いつも何かに一生懸命で。女の子の為なら、危険を顧みず飛び出していくツクモが、私は大好き!!」
「じゃあ!!」
「でも、私は死んでるの!!死者はね・・・。好きって気持ちだけじゃ、この世に留まれないの!!・・・分かって?」
「分からないですよ!!そんなこと!!」
睦月先輩が何を言ってるのか、まったく頭に入ってこない・・・。どうにか睦月先輩と一緒にいる時間を作れないか・・・。そればかりが俺の頭の中を駆け巡る。
「それにしても楽しかったな・・・。ツクモと一緒にいられて。ツクモは私の話をちゃんと聞いてくれるから、楽しくなっちゃって、いっぱいいっぱい話しちゃった。実はね、ツクモは気付いてなかったかもしれないけど、私、ツクモが大学にいる間ずっと近くにいたんだよ。」
「・・・」
「だから、どんな友達といて、どんな講義を受けていたのかも知っているし。あっ、そうだ。講義はサボっちゃダメだぞ。御両親が一生懸命働いて通わせてくれてるんだから。わかった?」
「・・・はい。」
「あと、友達は選ばないとダメよ。今のお友達はツクモに悪影響を及ぼすから・・・。」
野本、お前ら罵られてるぞ・・・。
「あっ、でも真琴君。あの子は良い子ね。ずっと仲良くしなきゃだめだよ。」
「はい・・・」
「そして、七瀬ことりちゃん。」
「・・・」
「可愛いわよね、ことりちゃん。抱きしめたくなっちゃう。姉の私から見ても、本当に可愛く育ったと思うわ。本当、自慢の妹。」
「・・・」
・・・?
「えっ?今なんて・・・?」
「うん?可愛いわよね?」
「いや、もっと後ろ。」
「本当に可愛く育ったと思う・・・。」
「もっと後ろ。」
「自慢の・・・」
「そう、そのあと!!」
「いもうと。」
「えっ、えぇぇぇえええええええええーーーーーーーー」
俺は内から内臓を絞り出さんほどの声を上げる。
「あれ?気づいてなかったの?ことりちゃんは私の可愛い可愛い妹❤」
「まったく気づきませんでしたよ!!」
「だって、ほら、苗字一緒だし・・・。七瀬って。」
「確かに!!」
えっ、嘘マジ!!最後の最後でまたも爆弾を落とされ、もう何が何だか分からねえ!!
「それにしても、唯一の心残りはことりちゃんが創る劇団の行く末を見れないことね・・・。」
・・・。
「でも、ことりちゃんなら大丈夫。千弓ちゃんもいるし、それに仁の弟のツクモもいるんだから。」
「仁って、兄貴を知ってるの!?」
またも突然、新たな爆弾が投下される。
「あれ?これも言わなかったっけ?仁は、私が所属していた劇団栄華の七代目部長にして演出家。私の彼氏の様な人。」
「いやぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーー!!」
「ああ、でも気にしないで。別に付き合っていたわけじゃないから。アイツ、演劇部を引退したら付き合おうって言っておいて、最後の舞台の片づけの時に私たち死んじゃって・・・。だから、私たち付き合ってはなかったの。」
「そういうところ、サバサバしてますね。」
「そう?」
「でも、兄貴の事好きだったんでしょ?」
「うん。大好きだった。」
なんか、かなりショック・・・。
「でも、アイツと同じくらいツクモの事も大好きだよ。」
睦月先輩の唇が俺の頬にやさしく触れる。
「・・・あっ。・・・そろそろ時間みたい。」
「時間って・・・?」
「私、ほら、拠り所が無くなっちゃったから・・・。最初はこの桜の木。そして、次はツクモ・・・。」
「・・・」
・・・また、目の奥が熱くなる。
「そんな顔しないの。」
「・・・ふぁい。」
ダメだ。顔中から流れ出る汁が抑えられない。
「お別れは何かの始まり。その人にとっての門出なのよ。その人に感謝を込めて、最後は笑顔で見送るものよ。」
「・・・」
「わかった?」
「・・・ふぁい。」
俺は両腕で一生懸命流れ出る汁をぬぐった。
睦月先輩を見ると、睦月先輩も綺麗な顔を崩しながら、何とか涙を堪えているようだった。
「・・・それじゃあね。」
「・・・はい。」
「体調管理はしっかりね。」
「・・・はい。」
「女の子を守るための喧嘩だったら、仕方ないけど、喧嘩はダメよ。」
「・・・はい。」
「悪いお友達とは早く縁を切るのよ。」
「・・・」
「それから、それから・・・」
俺に伝えたいことがいっぱいあるのだろう。最後の最後まで睦月先輩らしい。
「睦月先輩!」
睦月先輩には何も心配しないで、旅立ってほしい・・・。そんな気持ちだったんだろう。
「ことりの事は、任せてください。」
睦月先輩は優しく微笑んだ。
「うん。まかせた。」
俺たちは、笑った。笑って、笑って、笑い続けた。いつまでもこの時間が続けばいいのに・・・。
「じゃあ、そろそろ逝くね。」
「・・・」
「ツクモ!」
「はい。」
「ことりちゃんと、私達の想いを継いだ劇団を創ってね!そして、いつか・・・、いつか、私達を、劇団栄華を超える劇団を創ってね。」
「・・・わかりました。絶対、絶対、天国の睦月先輩や兄貴たちの所まで響き渡るくらいの劇団を創って見せます!!そして、その時言ってやるんです。『俺たちは劇団栄華です』って。」
また、にこって睦月先輩が笑った。それと同時に、睦月先輩から眩いばかりの光が溢れ出し、睦月先輩は優しく包むように俺の手を握った。
「約束よ。」
そういうと睦月先輩は俺のファーストキスを奪った。
そして、光は更に強くなった。最後の命を燃やさんばかりに・・・。
俺はその強い光に思わず目を閉じた。
そして、もう一度目を開いたとき、睦月先輩の姿はなかった。
俺の唇と、手にあたたかい温もりを残して・・・。
☆☆☆☆☆☆☆
『正しいヒーローの作り方』:第十二場
職員室。睦月、野村が話している。
睦月「突然お呼び立てしてすみません。」
野村「お安い御用ですよ、綾瀬先生の為なら。(なぜか手を握ろうとする。)それで?」
睦月「実は熊谷さんいじめの相談を受けてまして、今回その熊谷さんからこんなメールが届きまして…。『裏切り者。屋上から飛び降りて、死んでやるって…』」
野村「アイツ。私の睦月先生を困らせて…。」
睦月「えっ?」
野村「かっ、構ってほしいだけですよ!!ほら綾瀬先生可愛いから…」
睦月「…」
野村「じゃなかった!綾瀬先生、優しいから!!」
睦月「そんな事…。でも、私、熊谷さんの力になってあげたいんです。」
野村「いいなぁ。アイツ…。生徒ってだけで、睦月先生にこんなにも気にかけてもらえて。」
睦月「えっ?」
野村「あっ、すみません。何でもないです。」
睦月「…そうですか。それよりも野村先生、私と一緒に屋上まで来てください。」
野村「睦月先生の頼みならどこまでも。」
睦月「…屋上だけで結構です。とにかく行きましょう。」
睦月、野村、去る。
信太朗、職員室に来る。
信太朗「失礼します!あれ?ここにもいない…。教室にもいなかったし…。もしかして、もう屋上に!」
信太朗、去る。
つかさ、弘志、熊谷が飛び降りる校舎下にいる。
つかさ「ここがその熊谷さんが飛び降りるっていう校舎?」
弘志「じゃあ、俺達はここであの空気式の救助用マットを展開させておけばいいんだな。」
つかさ「うん。そのはず。それにしてもよく消防署から借りられたよね?」
弘志「そりゃ、俺だからな。」
つかさ「アンタってなんなの?」
弘志「秘密。そう言えば、信太朗が言ってたもう一人の協力者って誰なんだろうな?」
つかさ「さあ…。」
結菜、現れる。
結菜「つかさちゃん、弘志君…。」
弘志「結菜ちゃん!」
つかさ「何でこんな時間に学校に…」
結菜「信太朗に呼ばれて…。力を貸して欲しいって…。」
弘志「まさか、もう一人の協力者って…。」
つかさ「…信太朗が選んだんだから文句はない。文句はないけど…」
結菜「分かってる…。私も私のヒーローを助けたいの。(結菜、屋上に向かおうとする。)」
つかさ「…結菜ちゃん。これ持って行って。きっと何かの役に立つと思うから。」
結菜「分かった。ありがとう。」
結菜、弘志、つかさ、別々の方に去る。
渚、歌いながら出てくる。
渚「♪迷子の、迷子の、渚ちゃん♪校舎の屋上、どこですか?♪…迷ったぁぁあああーー!!えっ、死神野郎はどこ!!どこに行けばいいの!?私はどうすればいいのーーー!!」
突然、睦月の叫び声が聞こえる。渚、去る。
校舎、屋上。熊谷(学生)が自分の喉にナイフをあてている。
睦月、野村、それを少し離れた所で熊谷に掛け合っている。
そこに信太郎、結菜がやってくる。
熊谷「来ないで!!それ以上近づいたら…うわわわああああああぁぁぁぁーーーーーーー!!」
睦月「分かったから!近づかないからやめて!!」
野村「そうです。近づかないから、やめましょう?」
信太郎「どうしたんだ?」
結奈「彼女が熊谷さん?」
睦月「ええ。私宛に自殺するってメールが来たから、野村先生と駆けつけたんだけど…。」
結奈「…わかったから、とりあえずそのカッターナイフ、下ろそう?危ないよ?」
熊谷「初めて会ったアンタ達にとやかく言われたくない!!」
信太郎「確かに初めて会ったかもしれない。でも、俺はいつだってお前の先生だぞ。」
熊谷「うるさい!!死ね!!」
結奈「怒らせないで。」
信太郎「はい。静かにしてます。」
渚、到着。
渚「ふぅ…なんとか間に合った。おっと、これは…」
睦月「何があったの?今朝は普通だったじゃない?」
野村「そうです。何かあったんですか?」
熊谷「…」
結奈「お願い。話して。ね、熊谷さん?」
熊谷「…裏切り者に話すことなんか何もない。私の事は放っておいて!!」
睦月「裏切り者?」
熊谷「裏切り者でしょ?睦月先生が先生でいるのは今日まで。明日からはまた一人で、私はいじめと戦っていかなきゃならない。アンタは私を見捨てて逃げるのよ。この偽善者!!」
睦月「…」
熊谷「…私は小さい時からいじめを受けてきた。だけど、私も抵抗しなかった訳じゃない。何度も言ったよ。止めてって。でも、いじめは無くならなかった。しかも、小学校から中学校、高校に上がるにあたって、いじめはより激しさを増した。それでも、あきらめずに言ったんだ。止めてって。何度も、何度も、何度も、何度も…。それで私、疲れちゃったんだ。疲れて、諦めて、もう全てを断とうと思った。それでも心のどこかでは誰かに引き留めて欲しくて、優しい言葉が欲しくて、私は当時の担任の先生に相談した。そしたら、面倒かけんなよって言われた…」
結菜「ひどい…」
信太朗「誰だ、その先生って言うのは?」
高橋声「私だよ」
高橋、入ってくる。
高橋「悲鳴が聞こえたんで駆けつけてみれば、お前か、熊谷。」
信太朗「高橋…」
高橋「ああん?」
信太朗「先生…」
高橋「お前が高校2年の時、私にいじめの相談をしに来た挙句、自殺の相談。全くアンタは私に何回迷惑をかければ気が済むの…?」
睦月「…そんな言い方ないと思います。」
高橋「ああん?」
結奈「私もそんな言い方良くないと思います。」
高橋「…綾瀬先生、神崎先生、私に楯突こうって言うの?」
睦・結「はい。」
信太郎「ちょっと待った!!…二人とも落ち着こう。な?」
結奈「信太郎は良くないと思わないの?」
信太郎「(高橋をチラッと)そりゃ、良くないと思うけど。でも、今日で教育実習は終了。今日耐えれば良いだけなんだぜ?でも、ここで反抗なんかしたら、単位貰えなくなっちゃうかも…」
結奈「…信太郎、変わったよね?弱くなった。昔、私が転校させられそうになった時は、足ブルブル震わせながらも、一緒に抗議してくれた。でも、今の信太郎は違う。目先の単位のために、間違ったことに屈しようとしてる。」
信太郎「そりゃ、あの時と状況が違うだろう?あの時の俺達には失うものが何もなかった。ただ、怒られれば終わりだった。でも、今は違う。会社を辞めて、俺達は教師になる以外もう後が無いんだ。」
睦月「それでも!あの時の信太郎なら、抵抗したと思う!」
信太郎「睦月まで…」
睦月「ヒーローは先のことなんか考えずに、誰かの為に立ち向かうんでしょ?いつも言ってたじゃない!!」
信太郎「…」
結奈「もういい。信太郎が抗議しないなら、私達だけでやる。行こう、睦月ちゃん。」
睦月「…うん。」
信太郎「…待てよ。わかった。わかったよ。…高橋先生、俺もそんな言い方よくないと思います。」
睦・結「信太朗!」
高橋「…あんたの担当は私。その私に盾突こうっていうの?」
信太朗「はい。」
高橋「それがどういう事か分かってるんだよな?教育実習の評価、下げられる覚悟があるんだな。」
信太朗「はい。」
高橋「…野村先生、貴方も熊谷の肩をもつんですか?」
野村「…はい。」
高橋「そうですか。そうですか。どいつもこいつも熊谷の片持ちやがって…。野村先生、貴方なんて私と一緒に熊谷虐めてたじゃないですか?それが何ですか…。綾瀬や神崎や望月みたいにちょっと正義感が強い奴が入ってきたらすぐこれだ…。全部、お前が悪いんだよ。熊谷ぃぃいいい!!!死ぬ勇気がねぇなら、私がぁぁあああーーーー!!」
睦・結「きゃぁぁあああーーーー!」
信太朗「やめろぉぉおおおーーー!」
熊谷にナイフで襲い掛かった高橋に対して、信太朗、タックル。
高橋「何すんだ、てめぇーー!てめぇ、絶対教育実習の評価『不可』にしてやる。絶対アンタを教師にさせないからな。」
信太朗「それがどうした!!熊谷はなぁ、これからなんだよ!これから自分のヒーローを見つけるんだよ!これから誰かのヒーローになっていくんだよ!!そんな奴の人生を、未来を、奪わせるかよ!!」
熊谷「先生…」
高橋「…」
結菜「…高橋先生、今までのやり取り記録させてもらいました。」
結菜、つかさから受け取ったボイスレコーダーを再生する。
結菜「これを出すところに出せば、高橋先生、どうなるかお分かりですよね?」
高橋「…」
結菜「何か言うことがあるんじゃないですか?」
高橋「…今まで熊谷さんを虐めて…、申しわけありませんでした…。もう二度と熊谷さんを虐めるような事は…致しません。…あぁぁああっ、もう!!覚えてなさいよ。」
高橋、去る。
結菜「あっ、ちょっと…」
信太朗「いいよ、結菜。証拠は押さえてんだし、もう二度としないって言わせただろう。高橋もこれからは今までの様にはしてこないよ。(信太朗、崩れる落ちる。)」
睦・結「信太朗!!」
信太朗「大丈夫。…熊谷さん、怪我はない?」
熊谷「はい。ありがとうございました。」
信太朗「そっか、それは良かった。…自殺する気は無くなった?」
熊谷「はい。さっきの先生たちの言葉に勇気を貰いました。これからは一人でも頑張っていきたいと思います。」
信太朗「そっか。それはよかった。」
熊谷「…あの、さっき先生が言ってたヒーローなんですけど。私もなれますか、誰かのヒーローに?」
信太朗「あぁ、きっとなれるよ誰かのヒーローに。そして、きっと見つかるよ、自分だけのヒーローが」
熊谷「自分だけのヒーローはもう見つかりました…。」
結菜「誰?」
熊谷「(三人を見渡して)…秘密です。先生方本当にお世話になりました。(去ろうとする。)」
信太朗「熊谷っ!高橋が居なくなっても、多分いじめは無くならない。でも腐んなよ!!」
熊谷「はい。ありがとうございました。」
熊谷、去る。
結菜「…終わったね。」
信太朗「ああ、終わったな…。」
結菜「あっ、そうだ。つかさちゃん達呼んでくるね。」
結菜、去る。
睦月「信太朗」
信太朗「おう、大丈夫だったか?」
睦月「私は平気。信太朗の方こそ大丈夫?」
信太朗「もうダメ。今になって、ほら、足がガクガク言ってる。」
睦月「信太朗らしい(笑い)。…ありがとう。」
信太朗「ん?」
睦月「熊谷さんを守ってくれて。」
信太朗「べっ、」
信・睦「別に大したことねえよ。」
信太朗「えっ?」
睦月「…信太朗がそう思っていても、大したことあるんだよ。子供の頃からそう。信太朗が何気なくやることは、私にとって全部大したことだった。小さい頃、結菜ちゃんにちょっかい出すのだって、結菜ちゃんの両親に立ち向かうのだって、全部そう。…やっぱり信太朗は私にとってのヒーローです。」
野村「…」
信太朗「…面と向かって言われると、なんか照れるな。よし、俺たちも下りようぜ。」
信太朗、去ろうとする。
野村「…いいですね。綾瀬先生にヒーローって言ってもらって…」
渚「信太朗さん、危ない!!」
信太朗「えっ?」
野村、信太朗を落ちていたカッターナイフで刺す。
信太朗「ぐはっ…」
野村「…」
睦月「…信太朗?信太朗…信太朗…信太朗…いやぁぁぁああああーーーーー!!!!!(信太朗…信太朗…信太朗…と続ける)」
野村「睦月先生は私を頼ってくれていた。私に力の力を貸して欲しいと言ってくれた。私を必要としてくれていた。でも、私の事をヒーローって言ってはくれなかった。なんで?なんで?なんで!?…貴方が悪いんですよ。私の睦月先生をたぶらかすから。貴方さえいなければ、貴方さえ死ねば、睦月先生はきっと私の元に来るはず。だから、ずっと邪魔だった。ずっと消えて欲しかった。ずっと殺したかった。そして、それが今叶った。さあ、睦月先生、私の元に…」
睦月、野村をビンタする。
睦月「ふざけないで。誰が貴方の元になんか。私、貴方を絶対許しません。」
野村「嘘。嘘よ。うそよ。ウソヨ。うソYO―――――!!!」
野村、去る。
つかさ、弘志、結菜、駆けつける。
弘志「どうした!!」
つ弘結「えっ!!信太朗っ!!」
睦月「どうしよう皆。信太郎が、野村先生に…」
つかさ「わかったから、落ち着いて。とにかく止血を。」
信太郎「はは。ヘマしちまったな…。睦月を助けるために頑張ってきたのに、最後はこれか…。」
結菜「しっかりしなさい!!このまま死んだら許さないわよ!!」
渚「…仕方ありません。『アリストォォォテレェェェェェス!!!!』」
どことも分からない場所。
渚「あなたの運命を決めるゲーム。人生をやり直しますか?」
結つ弘「ぎゃぁぁあああーーーー!!」
睦月「…えっ!?」
渚「はじめまして。私は渚、天使です。」
弘志「あっ、噂の死神!」
渚「はい。地獄行き決定…と。」
弘志「ごめんなさーい!」
渚「ひっつかないでください。次はありませんからね。早速ですが、本題に入ります。何故、タイムリープしても睦月さんを生かす事が出来ないのか、独自のルートで調べてみました。そして、ついに私はその答えを見つけました。」
つかさ「もったいぶらずに!」
渚「…信太郎さん。質量保存の法則の話を覚えていますか?…この世のどこかで質量が増えれば、どこかで質量が減るプロセスがスタートする。その逆も然り。それが質量保存の法則でした。今回の事で言えば、貴方は私が渡したゲーム機を使って、現世に戻ることを選んだ。つまり質量が増えた。この法則にのっとると、この世界のどこかで誰かの命が消えるプロセスがスタートしたことになります。」
つかさ「まさか…」
渚「そのまさかです。睦月さん。あなたの命が消えるプロセスがスタートしたんです…。」
全員「えっ!?」
結菜「そんな…」
弘志「何か、何か助かる方法はないのかよ!!」
渚「残念ながら…。法則は絶対なのです。ですが、これまでのタイムリープが全て無駄だったという訳ではありません。タイムリープを繰り返し、その過程で出会った全ての人達との縁が一つの選択肢を貴方に与えました。」
渚、『ゲームをやめる』の選択肢を持ってくる。
渚「『ゲームをやめる』です。よく考えてみてください。貴方が蘇った時点で、睦月さんの死は確定していたんです。その上でゲームを辞めたり、タイムリープの回数をオーバーしたら信太郎さんと睦月さんの二人が死んでいた。ですが、タイムリープを繰り返すことで、貴方達は睦月さんが死なない選択肢を見つけた。本来知ることが無かった少し先の未来を体感することが出来たんです。ゲームを辞めても本望ではありませんか?」
信太郎「…」
弘志「てめー、ふざけた事抜かしてんじゃねえぞ!!」
つかさ「そうだよ!だいたいあんた達が鉛の矢を刺さなければ!!」
渚「だから、私だって努力したじゃないですか?でも、私の力なんてたかが知れてるんです!!どうしようもないんですよ!!私だって、私だって…」
結菜「そんな…」
睦月「もうタイムリープは出来ないの?もしかしたら二人で助かる未来があるかも。」
渚「睦月さん、落ち着いてください。この世には因果律っていう法則もあるんです。最大1週間戻ったとしても、未来を大きく変えることは不可能なんです。」
信太郎「…分かった。…いいか、よーく聞いてくれ、皆。もし、やり直した未来でまた睦月が死んじまったら、その未来の方が俺は死ぬほど後悔する。だから、この未来で良いんだ。長いようで短い人生だったな…。つかさ、今まで本当にありがとうな。弘志、睦月にリコーダー、返せよ。」
弘志「それ言っちゃうんだ!!」
睦月「大丈夫、知ってたから。」
弘志「えっ!」
結菜「黙って。」
信太朗「結菜、ごめんな。でも見違えたよ。そして、睦月。もし、俺達が転生して、またこの世で出会えたら、その時返事を聞かせてくれよな?」
睦月「信太郎…。」
渚「信太朗さん、『ゲームをやめる』の掛け声は『ウィンドブレイカー』です…。」
信太郎「…皆、最後は笑顔で送り出してくれよ、な?」
一同「(うなずく)」
信太郎「あっ、そうだ。渚さん。短い間だったが世話になったな。ありがとう。それじゃあ、皆、今まで本当にありがとうな。『ウィンド・・・』」
渚「ちょっと待ってください!ああ…もう、わかりました。わかりましたよ。信太朗さん、私が何故この仕事をしているか、覚えていますか?」
信太朗「…徳を貯めて、人間に生まれ変わるため。」
渚「そうです。ですが、前にも言いましたが徳の使い方はそれだけではありません。…今から私が貯めたその徳を使って、貴方にゲーム機を渡す前、鉛の矢が貴方に刺さる前に時を戻します。」
一同「えっ!!」
つかさ「そんなことが可能なの?」
渚「はい。」
弘志「だったら、最初からそうしろよ!!」
渚「時間やこの世への干渉は、死後の世界の掟で固く禁じられています。多分、私、物凄く怒られます。それに今まで貯めた徳が全て無くなってしまうんですよ!!私が一生懸命貯めた徳をこんな死神野郎の為に…。」
結菜「でも、そしたら何で?」
渚「死神野郎が、いえ、信太朗さんが睦月さんの為に必死になる姿、先程の生徒の為に必死になる姿、そして、貴方達の今までの姿を見て思ったんです。やっぱり人間はいいなぁ…って。そして、気が付いたらちょっと待ってくださいって言ってました。」
睦月「渚さん。…ありがとうございます。」
渚「お礼なんていいですよ。ほら、早く、私の気が変わらないうちに。…幸せになってくださいね」
睦月「はい。」
渚「それでは皆さん。『あなたの運命を決めるゲーム。人生をやり直しますか?それともやめますか?』
一同「やりなおします。」
渚・天使「承知致しました。それでは、皆さんに神の御加護があらんことを。」
時が巻き戻る。
暗転。
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