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キセキのステージ ~ Wildest Dream ~  作者: 一河ツクモ
旗揚げ公演:正しいヒーローの作り方
10/13

第十場

次の日の夕方。


俺は、5号館と管理棟の間にある大きな溜め池の畔の草っぱらに横たわっていた。


「・・・私が行おうとしていることは、かつてこの大学に存在していた『劇団栄華』の再興。劇団栄華終いの代の一人、私の姉、七瀬睦月の悲願を叶えることです。」


昨日のことりと堤の話が頭から離れず、今日は朝から何も手がつかない。



キーン・コーン・カーン・コーン

辺りに四時限目の終わりを告げる鐘が鳴り響く。


七瀬睦月・・・。


それってやっぱりあの睦月先輩・・・なのか?

でも、睦月先輩には確かに足が・・・。だって、もし足がなかったら睦月先輩と会ったあの夜、駅に向かって歩いたあの道のりで気づくはずだ。・・・ただ、暗かったからな・・・。いや、あった。あったんだ!あったに違いないんだ!!

でも、ことりが言ってた七瀬睦月も演劇部で、俺の知ってる睦月先輩も演劇部入っているって言ってたし。それにきっとことりがあれだけ可愛いんだから、姉の七瀬睦月もきっと綺麗な方に違いない・・・。あっ、でも睦月先輩も綺麗だし、そう考えると同一人物・・・。

いや、でもでも、俺、睦月先輩から鍵を貰ったし・・・。ほら、今もこの通り俺の左ポケットに。・・・うん。ある。

そうなると、ことりが言っていた七瀬睦月というのは一体誰なんだ・・・。

あああぁぁあーーー!!ダメだぁ!考えてもらちが明かない!!

どうすれば!!どうすれば!!どうすればいいんだ!!


・・・よし、聞くか。

いや、でもこんなこと聞きづらいし。


(あっ、睦月先輩!睦月先輩って死んでるんですかぁ?(テヘペロ))


失礼すぎるっ!!

いや、そもそも別人だった時点で、失礼か・・・。

もし、それがきっかけで・・・。

「(ひどい!ツクモは私に死んで欲しかったなんて。ツクモがそんな人だったなんて思わなかった。もう、絶好ね!!さようなら!!)」


・・・うん。これは関係の修復は望めないな。

でも、どうしたら・・・


『どうしたの?』

「いや、睦月先輩がですね・・・」


って、ウギャアアアぁぁぁ!!!

俺が振り向いた先にいたのは、話題の張本人の睦月先輩だった。


「睦月先輩ぃぃぃ!!」

『オスッ。・・・私がどうしたの?』

「えっ?・・・ああ、えっと・・・。」


 どうするか?聞くか?でも、聞いたら関係が崩れるって答えが出たばかりだし・・・。


『ん?』

「ああ・・・えっと、えっとですね。睦月先輩に聞きたいことが・・・。」

『ん?なに?』


「えっとですね・・・。」


 言え。


「・・・睦月先輩。」

『はい。』


いえぇ。


「・・・」

「・・・」


イエぇぇぇええええ。


「・・・一昨日の夕方、八号館五階の廊下にいましたよね?」

『うん。居たよ。』


 ダメだ。やっぱり、言えない・・・。って。


「えっ?じゃあ、あの時俺に『走れええええッ!!』って叫んだのって・・・。」

『そう、私でした。なんだ気付いてなかったのか。ツクモなら気付いてくれていると思ってたんだけどな・・・。』

「えっ、じゃあ、その後も見てた・・・」

『バッチリ!』


 睦月先輩は親指を出して、グッと俺に突き出す。

 

いぎゃぁぁぁああああ。人生初の彼女に、ヤンキーみたいな奴らにぼろ雑巾の様に殴り散らされる所を見られてしまった!!


「って。見てたなら助けて下さいよッ!!」

『・・・ツクモはこんなか弱い女の子に、アンナオソロシイオトコタチに立ち向かえって言うのね。ヨヨヨ。』

「ヨヨヨって・・・。」


 睦月先輩は何故か突然泣き崩れた。


『そして!こんなにかわいくて、きれいなあなたの彼女なのに、性欲を持て余したあの狼の様な男達に襲われてしまえっと・・・。ヨヨヨ。』

「だから、ヨヨヨって。」


 睦月先輩の泣きがさらに加速する。


『そして、そして、貴方はそれを見て、自分の性欲を一緒に開放するのね・・・。ヨヨヨ。』

「わかりました。わかりましたから。俺が悪かったです。」


 なんか面倒なスイッチが入ったので、俺は頭を下げる事にした。


『分かればいいのよ。分かれば。っていうか、メッ!』


 俺が頭を上げると、睦月先輩は優しく俺のオデコを人差し指で押した。


「なんですか?」

『ツクモ!!女の子に危険な事させちゃダメでしょ!だから、メッ!』


 メッて・・・。・・・でも、そう言って叱る睦月先輩も可愛かった。


『・・・でも、女の子を守る為に不良たちに立ち向かったのは、褒めて遣わす。』


 褒めて遣わすって・・・。江戸時代じゃないんだから。


『カッコよかったよ。』


 そう言うと、睦月先輩は俺の頭を撫でてくれた。それがちょっぴり嬉しくて。そのことを悟られないように返事だけ。


「・・・はい。」


 と返した。


『それにしても、ツクモは喧嘩弱いね・・・。もう、ボロ雑巾の様だったもんね・・・。』


 アウッ!!


『今度また私が襲われた時もしっかり守ってくれるか、お姉さん不安になっちゃう・・・。』

「だっ、大丈夫ですよ!睦月先輩がまた襲われたら、今度こそ命に代えても守って見せますから!!」


 この気持ちに嘘偽りはない。・・・自信はないけど。


『本当に?』

「本当です。」

『本当の本当に?』

「本当の本当です!」

『本当の本当の本当に??』

「本当の本当の本当です!!」


 なかなか信じてもらえない。


『よしっ!!そこまで言うなら、特訓しましょう!!不良に負けない特訓!!』

「えっ?喧嘩するんですか?嫌ですよ。痛いのは・・・。」

『もう、だらしないな。』


 一言一言が胸に突き刺さる。


『でも、喧嘩の練習じゃないから、安心しなさい。』

「ボクシングの練習・・・」

『格闘技でもないから。』

「じゃあ、何の練習をするんですか?」


 睦月先輩はニンマリと笑い、その目の奥は輝いていた。

 人差し指を僕に刺す。


『演劇よッ!』

「演劇??」


 そう言うと、睦月先輩はどこかに向かって歩き出したので、俺も黙って付いて行く。

 貯水池の傍らに作られた階段を昇り、更に坂を上り、講義を終え部活やサークルのない学生達でごった返す学バス乗り場を横目に、校門を出て、睦月先輩は山を下り始めた。

 演劇の事が出来て楽しいのか、どこか睦月先輩の足は軽やかで、でもどこに行くのか聞いても答えてはくれない。

 それから十五分くらいかけて山を下り、周りは雑草生い茂る野原となった。

空を隠すように生え並ぶ木々のせいで気付かなかったが、いつの間にか空は暗くなっており、月も僕らの足元を照らしていた。

そして、歩くこと更に五分。


『着いたよ。』

「着いたよって。・・・ここ、この前俺とあった桜の木じゃないですか!」


 雑草以外何もない草原に一本だけ高く尊大に聳えるその桜は、三日前と変わらず枯れることなく夜空に彩を付けている。


「ここだったら、何も隠さなくても・・・。」

『まあまあ、良いじゃない。細かいことを気にする男の子は女の子にモテないぞ。』

「んぐ・・・。」


 俺はその言葉に弱いらしい。


『さて、強くなるための特訓を始めるわよ。』

「はあ。」

『やる気が感じられない。もう一度ぉ!』

「はい。」

『声が小さいィ!』

「ハイッ!」


 腹から声を出す。


『よろしい。』


 いつの間にか睦月先輩は上フレームの無い眼鏡をかけ、手には教師や塾講師が持っていそうな、先端が白く細い棒のようなものを持っていた。どうやら、睦月先輩なりの教えるというスタイルらしい・・・。とりあえず、睦月先輩が乗り気なので、どこから取り出したの?とか、いつの間に着替えたの?とかの質問はしないことにしようと思う。


「では最初に言っておきますけど・・・」


 あっ、敬語だ。


『今からやる事はツクモを強くすることではありません。』


 ・・・?


『もう一度言います。今からやる事はツクモを強くすることではありません。』


 ??


『大事なので、三回言っちゃいます。今からやる事はツクモを強くすることではありません。』


えっ!?えぇぇぇぇええええーーーーーー!!

 こことまで連れてきてそれって!!


「どういうことですか!?」

『単純な話です。ツクモがいくら少し強くなったって、あの不良達には勝てないからです。では、何でだと思いますか?』

「・・・弱いから。」

『ブッ、ブー――。』


 睦月先輩は両腕で大きくバッテンを作る。


『正解は、数で負けているからでした。』

「・・・まあ、そうでしょうね。」

『ツクモ、よく考えて。ボクシングや柔道なんかの格闘技がなんで一対一何だと思う?プロレスのタッグマッチが何で同数対同数の対決何だと思う?・・・それは争いの中で、数というのは絶対的な勝因の一つであるからなの。』

「はあ・・・。」

『じゃあ、そんな数で勝る相手に勝つにはどうすればいいと思う?』


 ダメだ。本当に分からない・・・。こうなったら、適当に。


「武器を使う。」

『そう!正解!!人は数で勝る相手に勝つために、銃や刀、核兵器など、武器を開発してきました。』

「じゃあ、今から教えてくれるのは、剣道とか・・・?」

『さっきも言ったけどツクモに教えるのは、強くなるための力じゃないの。そもそも竹刀や木刀なんていつも持ち歩いている訳にはいかなないし、持ち歩いていたとしても、戦う相手にまず警察を呼ばれて銃刀法違反で捕まって終りよ?』


 ダメもとだったのに、何倍もの応答が返ってきた。


「じゃあ、俺に何を教えてくれるんですか?」

『演技の基本、立ち方、姿勢よ。』

「しせい・・・ですか?」


 思っていた以上にショボくて聞き直してしまった。


『あっ、今、ショボいとか思ったでしょ?』

「いえ、思ってません。」

『嘘。分かるんだからね!!・・・まあ、いいわ。』


 睦月先輩はぷっくりと膨れたが、また話し始めた。


『ツクモ、立ち方や姿勢って大事なの。立ち方一つで、その人がどういう人か見た人にイメージを与えるの。例えば、ツクモは猫背でしょ?』

「はい。」

『猫背って、人にどういうイメージを与えるか分かる?』

「・・・インドアな人ですか?」

『うん~。当たらずも遠からず。もっと言うと、内気な人、虐められっ子、オタク・・・とかかかな?』

(※個人の感想です。)

「ひどいな!!」

『だから、あの不良達に立ち向かった時、貴方はいじめられっ子、内気な人というイメージを彼らに与えていたの。それだけだったらまだ良いけど、それを受け取った彼らは同時にコイツには勝てるという強気も受け取ってしまったと思うわ。』

「・・・」

『じゃあ、もし、あの時、プロレスラーや格闘家、暴力団とか怖い人や強い人ってイメージを与える事が出来たら。・・・もしツクモが不良達だったとして、突然プロレスラーが出てきたらどうする?』


 俺は迷わなかった。


「ビビります。」

『そう。多分、他の人達でも少し慄くくらいはするはず。要はイメージが大事なの。そのイメージを作る一つの要素が、立ち方や姿勢なの。』


 なるほど。確かに、ことりを助けに教室に入った時も、俺じゃなく暴力団だったりしたら、奴らも逃げていた事だろう。


『ツクモ、こっちに来て。』

「・・・俺生まれてこの方十八年の、筋金入りの猫背ですよ。」

『大丈夫。正しい姿勢を取ってみるだけだから。さあ、目を閉じて。そして、リラックス。』


 そう言うと、睦月先輩は俺の背後に回り、俺の後頭部のつむじを触る。人にあまり触られることのないそれは、チョイチョイと押されると、背筋がモゾモゾ疼いた。


『イメージして。あなたはマリオネット。貴方の身体のある部分から一本、天に向かって糸が伸びています。さあ、どこでしょう?』

「チ⚫コ」

『・・・下ネタはいいから。』


目を閉じていて分からないが、睦月先輩から呆れた様な声がする。俺は先程睦月先輩が触ってくれた所をかきながら考える。


「・・・ツムジ」

『そう、ツムジ!じゃあ、ツクモのツムジはどこかな?』


そう言うと、睦月先輩は先程触れた頭の部分から髪の毛を一本、優しく引っ張る。普段人に髪を引かれる事ってあまり無いから、思わず引っ張られる方に身体が動く。


『そうそう。貴方はマリアネット。頭から伸びた糸が天へ向かってるイメージをもって。』


睦月先輩の声にあわせて、身体が伸び上がっていくのがわかる。


『最後に少しだけ顎をひいて・・・。』


俺はそっと顎を引いたつもりだがいきすぎたらしい。「引きすぎ」と言われながら、正しいポジションに直される。


『はい。目を開けて。その姿勢をキープ!』


いつの間にか睦月先輩の手は俺の髪を放していて、普段縮こまった俺の身体は今までにないほど大きく伸びており、今の姿勢を維持するのも一苦労だった。


『頑張って!あと、十秒キープ。十。九、八・・・』


ゆっくり数えられた十秒は、まだ数秒しか経っていないにも関わらず、俺の身体は限界に近い。


『頑張って!あと五秒。五。四』


今の頑張っての分は止まっていたのではないか?


『二。一。はい、お疲れー!!』


景気よく睦月先輩は手を叩いて、終わりを知らせる。


「はぁ、はぁ、はぁ。」


俺が地面に座り込み、肩で息をしていると、睦月先輩が声をかけてきた。


『どう?ツラかった?でも、今の立ち方がツクモにとっての正しい姿勢。辛いのは今までツクモの姿勢がいかに崩れていたかと言うことなの。』

「なるほど。でも、正しい姿勢と喧嘩にどういう関係が?」

『さっきも言ったでしょ?格闘技以外の戦いにおいて、人の強さは見た目に大きく左右されるの。そうだ、ちょっと見ててね。』


俺はまじまじと見つめる。


『どう?何か変わった?』


??


「いえ、特に・・・。」

『もう。もう一度やるからちゃんと見ててよ。』


そう言うと睦月先輩は少し膨れながら、大きく息を吸った。


『じゃあ、いくよ。』


・・・。ヤバい。何もわからん。強いていうなら、ちょっと背が縮んだような・・・。


『どう?何か変わった?』

「そうですね・・・。強いて言うなら、少し背が縮んだ様な・・・」

『それだけ?』

「う~ん・・・。」

『どう?これが前で。こっちが後。何か感じる?』


 えええい。こうなったら適当に・・・。


「・・・ちょっと老けーーいえ、大人びた様な・・・」

『そう。正解!!』

「えっ?」

『よく分かったわね。』


どうやら適当に答えた先程の答えが当たったらしい。


『いきなりじゃ難しいと思ってたけど、ツクモ、センスあるわね!!』

「・・・」


 ・・・まあ、なにわともあれどうにか乗り切ったらしい。


『見ててね。こうやって背を縮めるというか、重心を胸の辺りから腰の位置まで落とすと、ほら、どっしりとした感じというか、落ち着いた感じになるでしょう?人間ってね、小さい頃は重心が上の方にあるの。赤ちゃんを思い出してみて、まだ二本足で立ち始めたばかりの赤ちゃんって、歩くのに慣れていないのもあるけど、頭の重さを支えるのが難しくて、フラフラ歩くじゃない?』


 睦月先輩は指を立てて解説を始める。


『あれって、重心が頭近くにあるからなの、それから次第に成長するにつれて、体が頭を支えられるようになっていき、それと共に重心が頭から肩へ、胸へ、腰へ下がっていくのよ。腰が据わっているなんて言うでしょ?腰が据わるには、落ち着いて物事を行うっていう意味のほかに、腰の重心を低くするという意味もあるの。この言葉が表すように、重心を下げるという事は、人を落ち着いて見せたり、歳をとって見せたりすることが出来るの。』

「へぇー。」

『もう、反応が小さいな。もっと驚きなさい!』


 どうやら思っていた反応と違ったらしい。


『じゃあ、姿勢についてもう一つ。ツクモは極道やヤンキー映画とか見た事ある?』


 そう聞かれて真っ先に思い浮かぶのが、世界の北●監督の作品という所が視野の狭さを痛感させられる。


「ありますよ。」

『そういう映画に出てくる人物の中で、ボスと子分の違いって何だと思う?』

「そうですね・・・。」

『私は重心だと思うの。』

「重心ですか?」

 

さっきから解説してもらっている重心が、少しずつ繋がり始める。


『そう。ボスと呼ばれる人達って、落ち着いた演技が多い気がしない?』


 俺の中の北●が拳銃を一丁持ち、暴れまくる。敵の雑魚共に囲まれても、焦ることなく機敏に拳銃の引き金を引いていく。


「確かに・・・」

『また、子分と呼ばれる格下になればなるほど、チョロチョロした動きや演技が取り入れられる。』

「なるほど。」

『そして、それは動きだけでなく喋り方もそう。ボスと呼ばれる人達の喋り方は地の声に拘わらず、お腹の底から出された低い声で発せられ・・・。』


 俺の中の北●がその声だけで人を殺すかの如くドスの利いた声で俺に言う。「お前の人生、生まれた時から負けてんだよ」と。

そんなことない。そんな事あるはずがない。俺は二度と負けないために今こうしてやってんだ。


『子分になればなるほど、高い口から先で発した様な声で喋るのよ。』


 子分と呼ばれて俺が真っ先に思いつくのは、ドラ●もんのジャ●アンにいつも金魚のフンの如くくっ付いているスネ●だ。確かに、高く口から先で喋っているような、甲高い声をしている。


『じゃあ、思い出して。貴方をあの時の子達は、低い声をしていたかしら?』

「・・・」

『貴方を殴った子達は、ドスのきいた声をしていたかしら?』

「・・・」

『貴方を倒した子達は、貴方が今思い描いた様なドスのきいた人を殺す声をしていたかしら?』

「・・・してないです。」

『言葉は時として、人を色んな風に見せる。あの時あの子たちが発した言葉は、貴方にあの子たちを強く見せた。あの子たちと、貴方の強さは大して変わらない。貴方は人数が多いから、そして、乱暴そうな言葉を受けてしまったから、相手を勝手に強くしてしまったの。』


 そうかも知れない。あの時の俺は数的不利によって、敵を過大評価していたのかも。睦月先輩の言葉の一つ一つがあの時の俺に疑問を投げつけた。


『大丈夫。もし、また同じような状況になっても、その事だけ分かれば、決して相手を過大評価しない。そして、姿勢や重心の大切さを知った貴方なら、収得すれば声だけで相手を追い払うことだってできるわ。』


 急に睦月先輩に手を取られ、少しドキマギするのを隠すように、小さな声で話しはじめる。


「・・・わかりまし」

『声がちいさぁーーい!!もう一度!!』


 突然の大きな音が俺の左耳から右耳へ素通りする。


「わかりました!!」

『もう一度!!』

「わかりましたぁ!!」

『よろしい。』


 満足そうな笑みで睦月先輩は頷いている。


『それじゃあ、最後にツクモにもう一つの姿勢を伝授します。』

「?」

『ほら、やるわよ。』

「はい。」


 俺は先程教わった正しい姿勢をする。


『そう。何事もその姿勢が基本だからね。』

と、睦月先輩から褒められると、やっぱりうれしい。


『そして、そのまま右足を肩幅分後ろに下げて、少し腰を落とす。この形だけでも気持ちが前に向いてるはずだし、重心も下げているから低い声は出るんだけど、両の手がブラーンとして弱そうだよね?』


 確かに。足腰に比べれば脱力していてダラシがないように思える。


『だから、左腕は九十度に曲げ顎の正面に出し、右手は胸の正面に置くように構え、どちらも軽く握るようにして。』


 俺は言われるがままに、形をとる。


『そうそう、左手で顎を、右手で心臓を守るイメージ。』

「あの・・・これはいったい・・・。」

『これは空手の構えよ。』

「?」

『ほら、集中して!!腰が出てきてる。へっぴり腰みたいにならない様に!』

「はい。」


俺は応えると同時に腰を前に少し突き出す。


『そう。それじゃ、その状態をキープ。』

 そう言うと、睦月先輩はまたゆっくりと十秒を数え始める。


『十。九、八・・・』


先程正しい姿勢をとったせいもあり、早くも体が悲鳴をあげる。


『頑張って!あと七秒。六。五』


やっぱり止まってたよね?


『二。一。はい、お疲れー!!』


また、景気よく睦月先輩は手を叩いて、終わりを知らせる。


『分かってもらえたかな?人は姿勢を変えるだけで、相手に与える印象を変える事が出来るのよ。これから毎日、ちゃんと鍛えておくように。わかった?そして、最後の空手の構えを含め、正しい姿勢や構えを身に着けることが出来れば、貴方を見た目で弱い者と決めつける奴なんていなくなる。だから、頑張って稽古なさい。』

「はい。」


 先生の様にうんうんと頷いてから、睦月先輩はお決まりの

『よろしい。」

 と一言を言う。


「・・・やっぱり睦月先輩が亡くなってるなんて嘘だよ。」

『え?なんか言った。』


 俺が安堵からか咄嗟に漏れた言葉に睦月先輩が食いついてきた。でも、俺もこんなこと言うつもりが全くなかったので、ちょっと言い訳みたいなことを言う。


「いや、俺の友達が変な事言うんですよ。この大学に昔あった演劇部に七瀬睦月っていう女性がいて、その女優の七瀬睦月は在学中事故で死んでるって。」


 俺はなんか、こんなこと言うのも申し訳なくって、だから、ちょっと冗談ぽく笑って言って見せた。


「そんな事あるはずないですよね?現に睦月先輩はこうして俺に演技の事教えてくれてるし・・・」


 俺は同意が欲しくて、俺の心を温めてくれるあの笑顔が見たくて睦月先輩を見た。


「・・・睦月先輩?あれ・・・?」






 だが、そこに睦月先輩は・・・・・・いなかった。


☆☆☆☆☆☆☆

『正しいヒーローの作り方』:第十場


夜の公園。


信太朗「…今は、6月13日17時。睦月が結菜と待ち合わせたのは19時。ギリギリか…。」


信太朗、メールをする。

ネコ、信太朗に寄って来る。ネコ1とネコ4に鉛の矢が刺さっている。

ネコ4にあげた餌をネコ1が、ねこ1が奪った餌をネコ2・3が奪う。


信太朗「やっぱり、このネコ達ネコカフェにいたネコだよな…?あれ、お前、いつものいじめっ子猫だよな?なんでいじめられてるんだ?」


弘志、つかさ、来る。


弘志「おーい、信太朗!!」

信太朗「おう。」

弘志「おうじゃねえよ。なんだよ、この睦月が殺される。助けてくれって!!」

つかさ「そうだよ。」

信太郎「ごめんごめん。ちゃんと説明するから落ち着けって。」

弘志「…で、睦月ちゃんは無事なんだろうな?」

信太郎「今の所な。」

つかさ「どういうこと?」

信太郎「…お前等、俺がタイムリープ出来る様になったって言ったら信じるか?」

弘つ「全然信じない」

信太郎「だよな…。弘志、お前学生時代、睦月のリコーダー盗んでたんだって?」

弘志「ぎゃぁぁぁーーーーあああ!!何で知ってんの??」

信太郎「未来の弘志から聞いたんだ。つかさは…」

つかさ「ちょっと待って。ちょっと…(信太郎を手招きする)」

信太郎「(耳打ち)」

つかさ「あっ…てる…」

弘志「ずるくね!!俺だけ言いふらされるって!!」

信太郎「二人共これで俺がタイムリープ出来るって信じてくれたか?」

つかさ「信じるしかないわね。」

弘志「聞けよ!!」

信太郎「うるせえな。睦月に秘密ばらすぞ。」

弘志「脅しじゃん!!」

信太郎「とにかく時間が無いんだ。二人共、神崎結菜を覚えているか?」

つかさ「神崎って…高校まで一緒だった結菜ちゃん?」

信太郎「そう。その結菜がこの後ここで、睦月を殺すんだ。」

つ弘「えっ!?」

信太郎「信じられないのも無理はないが、事実だ。」

つかさ「…信じるよ。でも、なんで?」

信太郎「…それが分からないんだ。」

弘志「わからないのに、何で殺す事は分かるんだよ。」

信太郎「…見て来たから。俺が見てきた未来では、俺が睦月に呼ばれてここに来た時にはもう、倒れている睦月と、血まみれの結菜がそこに居たんだ。」

つかさ「…」

弘志「とにかく!!ムッチャンが危なくなったら飛び出して、二人を止めればいいんだな?」

信太郎「ああ。」

つかさ「…ねえ、誰か来たよ。」


信太郎、つかさ、弘志、咄嗟に隠れる。

結菜が現れる。


信太郎「結菜だ。」

弘志「えっ、あれが結菜ちゃん?」

信太郎「そうか。この世界では猫カフェに行ってないから、二人は結菜に会ってないのか。」


睦月が遅れてやってくる。


結菜「夜遅くにごめんね。」

睦月「ううん。話って何?結菜ちゃん。」

結菜「…ん?うん…。…実はさ、私、学生の時から信太郎の事好きだったんだ。」

睦月「…」

結菜「…でも、この前フラれちゃった。まだ始まってもいなかったんだけどな…。」

睦月「…知ってた、結菜ちゃんが信太郎の事が好きなの…。あの頃の信太郎はいつも私達といて、正直、結菜ちゃんの事が好きなのか、私の事が好きなのか、それとも他の誰かかが好きなのか分からなかった。でも結菜ちゃんは大学進学を機に、私達から離れていった。あれって…」

結菜「そう。あえて別にしたの。別の大学に行って、自分を磨いて、もう一度信太郎に会った時、絶対私に振り向かせるんだって。そう思って別の大学を選んだ。でも、失敗だったかな…。余計に信太郎と睦月ちゃんの絆が深まってた。」

睦月「…実はね、大学に進学してからすぐ私と信太朗、付き合い始めたんだ。そして先日、信太朗からプロポーズされたの。報告しなくてごめんなさい。でも、保留にしたんだ。結菜ちゃんがメールで同じ学校で教育実習やるって言ってたから。もう一度信太郎が結菜ちゃんと会って、結菜ちゃんに頑張って欲しかったから。それで結菜ちゃんに振り向くんだったら仕方ないって…。」

結菜「優しいんだね。睦月ちゃんは何も変わらない。ヒーローの睦月ちゃんのまま。」

睦月「ヒーロー?」

結菜「そう。…ヒーローは自分の為じゃなく誰かの為に行動できる人。ねえ、睦月ちゃん。」

睦月「なに?」

結菜「…私の為に死んで。」

信太郎「やめろぉぉおおおーーーー!!」


信太郎、飛び出す。それに続いてつかさ、弘志飛び出し、結菜を押さえつける。


結菜「…信太郎、なんでここに…?」

睦月「…私がメールしたの。結菜ちゃんからのメール、なんか思い詰めていたようだったから。信太郎にも力になって貰おうと思って…。」

結菜「…。」

信太郎「…結菜。どうしてこんな真似。」

つかさ「そうだよ。私達五人いつも一緒にいたじゃない。」

結菜「いつも一緒にいた?笑わせないで。別に一緒に居たくていたんじゃない。信太郎がいたから…。だから、あなた達と一緒にいたの…。」

弘志「結菜ちゃん…。」

結菜「私、本気で信太郎の事好きだったんだよ…。でも、信太郎が見ていたのはいつも睦月ちゃんだった。一旦距離を取ろうと思って離れたけど、こんな事だったら同じ大学に行っておくんだった。」

睦月「それは違うよ。さっきは信太郎は誰が好きか分からないって言ったけど、あの頃信太郎が好きだったのは、結菜ちゃんだよ。」

結菜「えっ!?」

睦月「そうでしょ、信太郎?」

信太郎「…ああ。」

結菜「嘘よ。うそよ。ウソよ!!」

信太郎「だから、先週結菜と遊びに行ってみようと思ったんだ。高校の時好きだったから…。」

結菜「あっ…あっ…わあああぁぁぁぁあああああーーーーーー」

睦月「…つかさちゃん、弘志君。ごめん。信太郎と結菜ちゃんと三人にしてもらってもいい?」

つかさ「えっ、…うん。」


つかさ、弘志、去る。


睦月「…結菜ちゃん。私達が出会った頃、小学3年生の頃の事覚えてる?」

信太郎「…やべぇ、全然おぼえてねぇ。」

睦月「信太郎は黙ってて。」

結菜「…忘れられるわけない。あの頃の私は恥ずかしがり屋で、クラスメイトと話も出来なくて。しかも、両親の仕事の都合で転校ばっかり。そんなだったから、どこの学校に行っても、いつもクラスの男子から苛められてた。何回目の転校だったかなぁ。私は校庭の隅っこで1人、皆が遊んでいるのを見てたんだ。そしたらまた、いつものように男子たちが私の事をからかってきて…。」

信太郎「分かった。そこに俺が颯爽と駆けつけて、そのいじめっ子を追っ払ったんだ。」

結菜「苛めっ子を追っ払ってくれたのは睦月ちゃん。信太郎はその苛めっ子のリーダー。」

信太郎「俺、最悪じゃん!」

結菜「本当に最悪だったんだから。…それにしても、あの頃の睦月ちゃんかっこよかったな。」

睦月 「…」

結菜「どこからともなく現れて、いつも私の事を守ってくれた。それに一番お喋りしたのも多分睦月ちゃんだし、いつも一緒に帰ったのも睦月ちゃんだった。それにそれに、放課後一番遊んだのだって睦月ちゃんが一番多かった。睦月ちゃんは私のヒーローだったんだ。ちなみに大体の2番手に甘んじてるのが信太郎ね。」

信太郎「…」

結菜「一年くらい経つと私達はとても仲良しで、どこに行くのも一緒だった。だから、両親からまた引っ越しの話を聞いた時、すごく辛かった。お父さんもお母さんも大嫌いって言って、家飛び出して、睦月ちゃん家に駆け込んだのを今でも覚えてる。その後朝まで大泣きして、でも、その間ずっと隣で睦月ちゃんが肩を抱いてくれてた。」

信太郎「思い出した。次の日二人して学校休んだもんだから、心配になって俺は睦月家にお見舞いに行ったんだ。そしたら俺も巻き込まれて。夜、結菜の両親が来たんだ。二人ともめっちゃ怒っててさ、小学生だった俺はめっちゃビビった。」

結菜「でも、信太郎と睦月ちゃんは最後まで諦めずに私の転校に反対してくれた。それがきっかけで私、転校しなくて良くなったんだよ。あの時からね、信太郎も睦月ちゃんと同じ私のヒーローになったんだ。」

信太郎 「別に大したことしたわけじゃねぇよ。」

結菜「ううん。私にとっては大したことだったんだよ。」

睦月「…私、結菜ちゃんに謝らないといけないことがあるの。…あの頃、何で結菜ちゃんの事を助けてあげられたかわかる?」

結菜「…」

睦月「どうして結菜ちゃんと一緒にいたかわかる?」

結菜「なんの話?」

睦月「わからないよね。実は、信太郎がいつも結菜ちゃんを見ていたからなの。…信太郎の近くに居たかったから、結菜ちゃんと一緒にいたの。…だから、ごめんなさい。」

結菜「…睦月ちゃん。」

睦月「もし、こんな私でも許してくれるなら、これからも友達でいてください。」

結菜「…睦月ちゃん。私の方こそこれからも私のヒーローでいてください。」

睦月「…結菜ちゃん」

結菜「…睦月ちゃん。むつきちゃぁぁあああーーーーん」


二人、抱き合う。

渚、天使見習い、現れる


渚「あなたの人生を変えるゲーム、これまでの人生をセーブしますか?しませんか?」

信太郎「ふう…。」

渚「良かったですね。丸く収まって…。」

信太郎「ああ。なんとかな。」

渚「では、信太郎さん。これまでの人生をセーブしますか?」

信太郎「ああ。」

渚「それでは望月信太朗」

信太朗「はい。」

渚「以上。」

信太朗「終わり??えっ、ないの?神の御加護とか!?」

渚「…(にやっと笑う。)」


渚、天使見習い、去る。

暗転。


救急車の音。

周りからガヤ。口々に「おい。人が校舎の屋上から落ちたぞ。」などと言っている。

ニュースが次第に大きく流れ始める。


信太郎「ぁぁぁぁあああああーーーーーーー!!!」


信太郎狂った様な大声を上げる。


☆☆☆☆☆☆☆

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