「赤い壺」<エンドリア物語外伝8>
エンドリア王国の王都ニダウ。王都というよりは町といったほうがいいような小さな都の一角にある小さな店。
魔法道具店、桃海亭。
危険、厄災、物騒と悪評連なる店だ。
客は掘り出し物を探しにくる魔術師達。
その店の店主オレ、ウィル・バーカーは、夕食に肉が乗ることを夢みて、今日も仕事を頑張っている。
「これを買って欲しい」
持ち込まれたのは赤い壺。
手に中に握り込めそうな小さな壺で、表面には草をデザインした細かい彫りが施されている。
蓋はついていない。
壺としては良いものだと思う。ただ、魔法道具として使い道がわからない。いままでに見たことのないマジックアイテムだ。
頼みのムーもシュデルも留守だ。
「詳しく調べたいので預かってもよろしいですか?」
いつもはこの手で切り抜けてきた。
だが、壺を持ち込んだ50歳ほどの男性は、いらいらとした態度でカウンターを指で叩いた。
「急いでいるんだ」
「魔法道具ですので、すぐには無理です」
指でコツコツと何度か繰り返し叩いた後、
「銀貨10枚でいい」と言った。
もう一度、手に取ってみた。
アンティークの壷としても、銀貨10枚ならば利益はでそうだ。
「それでは、こちらで」
銀貨10枚をカウンターに並べると、鷲づかみにして男はでていった。
男と入れ替えにシュデルが帰ってきた。
夕食のパンを右腕に抱えている。
「ただいま……うわっ!」
店を飛び出した。
すぐに外から、必死にオレを呼んだ。
「店長!店長!でてきてください!」
扉の隙間からシュデルの手先が、おいでおいでを繰り返す。
「早く、店長!」
店を飛び出した。
オレが扉を抜けると、シュデルは扉を閉めた。
「よかった」
シュデルは背で扉の押さえると、安堵の声をもらした。
「何がおこっているんだ?」
「わかりません」
困った顔のシュデル。
「ボクにわかったのは、店長の前に置いてあった壺についている記憶が、悪魔のような顔だったことだけです」
「悪魔に記憶なんてあるのか?」
シュデルは「わかりません」と首をふる。
「お家に入るのに邪魔しゅ」
ムーがいた。
いつの間にか帰ってきたらしい。
上着のポケットにぎっしりお菓子をつめこんでいる。
オレは目でシュデルを扉の前からどかせた。
ムーは「お菓子いっぱいでしゅ」と、ご機嫌で扉を開けた。
そして、閉めた。
ゆっくりと振り返ると、オレにビシッと指をつきつけた。
「ボクしゃんを殺す気でしゅか!!」
「殺せるのか?」
「無理しゅ!」
「なら、いいだろ」
ムーの怒声に人がワラワラと集まってきた。
裏通りにあるキケール商店街だが、最近流行の観光スポットらしい。
「それで、ムー。あの壺、なんだ?」
「壺でしゅか?」
「見なかったのか?」
「ヤバヤバな魔力を感じただけしゅ」
しかたなく、オレは地面に小枝で壺の絵を書いた。
「高さは2センチほどの小さな陶器。色は赤。表面には細かい草の模様が浮き彫りされている。こんなデザインだった」
オレの前衛的な絵に見物人から驚きの声がする。
「ウィルしゃん」
「なんだ」
「ミミズのお散歩にしか見えましぇん」
オレは描くことを放棄して、身振り手振りで伝えた。
「このくらいの小さな小さな壺だった。素焼きの陶器で釉薬はかかっていない」
「色は赤で間違いありましぇんね?」
「赤、紫が少し混じったような色だった」
ムーが腕組みをして考え込んだ。
「まさか、しゅ……」
「ムウンスの朱壺だ!」
オレたちを取り巻いていた見物人からの声がした。
集まっている人々をかき分けるようにして壮年の魔術師が現れた。
「ムウンスの朱壺に違いない!」
黒と紫のローブを着た研究タイプ魔術師。
「さすがに桃海亭だ」
興奮して手足をバタバタさせている。
「壺を売ってくれ!」
震える手で財布をだそうとした。
「待ってください」
「売らない気か!」
「まず、壺の力が何か、お客様に売って問題ないか、それらを調査してからになります」
「そうやって、壺の値をつり上げる気だな」
「売るときは適正価格、問題のあるものは売らない。それが古魔法道具店、桃海亭のモットーでございます」
深々と頭を下げると、周りから拍手がおこった。
観光客はのりがいい。
まだ、腕組みをしているムーに、
「本当にムウンスの朱壺なのか?」と、聞いてみた。
「大きさ、形、色、あってましゅ。あってましゅから、おかしいんでしゅ」
「偽物か?」
「ウィルしゃん、ムウンス人のこと覚えていましゅか?」
「古代魔法を作り、そのあと消えた人々だろ」
「彼らには絵を描きましぇん。装飾には字しか使わないのでしゅ」
卒業試験で行ったムウンス人が作ったラダミス島の遺跡でも絵を見ていない。
「ウィルしゃん、本当に葉っぱでしゅたか?」
「間違いない。誰がみても葉っぱだ」
「うーん、本物しゅ、か」
ムーは考え込むように、ぶつぶつ言って。
「やめろ!」
オレの制止は遅かった。
予想とは違った意味で。
「ひよぇーー!」
「うわあっぁあ!!」
吹き飛んだのはムーとシュデル。
店の扉がなくなっていた。
ぽっかり開いた四角い空間から、のっそりと現れたのは赤い悪魔。
絶叫が響きわたった。
逃げまどう人々で通りは混乱したが、すぐに商店街の人が動いた。
ドアを開き店に呼び込んだ。
商店街の店には超生命体モジャにより絶対防御の魔法が掛けられ、店内にいれば無事は約束される。
通りに溢れていた人々は、見る見るうちに近くの店に吸い込まれていく。
迅速かつ手慣れた行動だ。
そして通りには、オレと悪魔と道に転がっているムーとシュデルだけが残った。
「大丈夫か?」
「はい、しゅ」
「だいじょうぶです」
2人とも起きあがって服の泥を払う。
店内から見ている観光客や町の人々は、悪魔Vs桃海亭を期待しているのだろうが、そんな恐ろしいことオレはしたくない。
真っ赤な悪魔は身長2メートルほど。蝙蝠の羽をバタバタ動かし、尻尾で地面をビシビシと叩いている。
あきらかに人外のものだ。
試しに隣のパン屋の扉を叩いて「入れてくれ」と言ったが、扉越しに「がんばってね」と応援された。
戦う気がないオレたち。
それなのに、悪魔は無情にも飛びかかってきた。
ムーを蹴飛ばし、シュデルを脇に抱えて転がる。
「サンダー!!」
町を揺るがすムーの雷撃が悪魔に直撃した。
道は半径5メートルほどえぐれている。
が、悪魔にダメージはない。
「ダメしゅ」
「他に、わぁ!」
長い尻尾が伸びてきて、腹をかすめる。
このままでは確実に殺される。
「ムー、召喚しろ!」
異次元召喚獣ならば、なんとかしてくれるかもしれない。
オレは道に転がっていた魔術師の杖を拾った。
詠唱には時間がいる。
少しでも時間を稼ごうと、オレに向かって伸びてきた尻尾に杖を巻き付けた。
杖全体から炎が吹き出した。
「あちっ!」
慌てて杖を放り出した。
魔法の杖だったらしい。
悪魔は火でもダメージを受けないようだ。尻尾をピシリと地面にたたきつけると、悠然とオレに歩み寄ってきた。
覚悟を決めた。
防御の型をとる。
盛り上がった赤い筋肉。
オレは身体に緊張をみなぎらせた。
「セラの槍が来ました!」
シュデルの叫び声。
「なに!」
オレは飛びのいた。
地面に突き刺さったのは、白銀に輝く長槍。
オレがいた場所に刺さっている。
絶対零度の風を吹かせるこの槍は、先日ふざけてテーブルをひっくり返し、納戸の奥に縛り付けておいたはずだ。
キラキラと光を反射させる長槍。
オレを殺る気満々のようだ。
槍がフワリと宙に浮かび上がった。
「ま、待て!」
槍先をオレに向けたところで静止した。
オレの周囲の温度が一気に下がりはじめる。
「店長!」
「来るな!」
息が白くなって、肺が痛くなっていく。
身体が動かない。
目の前に白い光が散った。
「店長ぉー!!」
オレの前に浮かんでいたのは、金色に輝く肉厚の刀身。雷撃能力を持つラッチの剣。
シュデルの悲鳴で駆けつけたのだろう。
セラの槍が数メートル先に転がっている。
「店長!!」
駆け寄ってくるシュデルの腕を引き、桃海亭に飛び込んだ。
雨のように細い雷撃が通り一面に降り注ぐ。
ラッチの剣が怒り狂っている。
セラの槍はただの暴れん坊だが、ラッチの剣は騎士道精神で動いている。そして、シュデルのことは身命をとして守るという誓いをたてている非常にやっかいな剣だ。
細い雷撃は金色の雨のようで、通り沿いの店からは歓声があがっている。
雷撃の雨をものともせず、セラの槍が浮かび上がった。槍先から冷気を吹き出し、ラッチの剣に突進していく。
金属の衝突音。
ラッチの剣とセラの槍のすざまじい応酬。
「戦いたいなら、そこの悪魔をやっつけろ」
オレの願いを2本はあっさり無視した。
赤い悪魔は、戦っている2本の横を通り、桃海亭の中に入ってきた。
オレとシュデルは店の奥へとじりじりと追いつめられていく。
陳列されている商品で動けるものは、自力で部屋の隅に避難をはじめた。
オレは何か武器になるものはないかと見回し、赤い壺がカウンターに乗っているのを見た。
「シュデル」
「はい?」
オレの視線で壺に気がついたシュデルは
「うわぁあー!」と、悲鳴を上げた。
「あの悪魔は、この壺の」
「そうですけど、そうですけど、違います」
混乱しているようで、説明を求めるのは無理そうだ。
オレはとりあえず赤い壺をつかみ、壁に投げつけた。
カンという軽い音がして、床に転がった。
割れなかった。
「ダメか」
割れれば悪魔がいなくなると思ったのが、甘かったようだ。
「店長!」
鋭い尻尾がオレにむかって飛んできた。
体をひねって避け、手元にあった石造りの獣神像を悪魔に投げつけた。
悪魔は右腕をふって、像をはねとばした。像はカウンター後ろの壁に突き刺さった。
「うわぁあーー!」
シュデルがカウンターに飛び乗り、像を壁から引き抜いた。
「店長!」
「どうした!」
「外で戦ってください!」
「へっ?」
「商品が傷みます」
シュデルの目が据わっている。
「いや、外は今…」
ラッチの剣の雷撃が降り注いでいる。
「大丈夫です」
断言するシュデル。
「大丈夫だったら、人間じゃないから…」
「店長なら大丈夫です」
隙ができていた。
悪魔の尻尾がシュデルを急襲した。
助けようとしたオレの手は届かなかった。
「ありがとう」
シュデルが礼を言ったのは、木彫りのトレイ。材質は木だが魔法によって鋼鉄より硬い。盾となりシュデルを守ったらしい。
盾がお礼を言われると、商品のいくつかが悪魔に襲いかかった。羽ペンが飛んでいき、革靴が跳ねて足を踏みつけ、クリスタルの首飾りが尻尾を巻きつく。
早く悪魔を外につれていかないと、売れる商品がなくなってしまう。
ちらりと外を見た。
雷撃は途切れることなく、降り注いでいる。その中で打ち合う2本の剣と槍。
間近でみているのは、半透明のチェリードームに守られたムー。
絶対防御の膜の中で、召喚もせず、楽しそうに観戦している。
真っ赤な悪魔が近づいてくる。
なんとかしなければと焦ったオレの足先に何かが触れた。
赤い壺だった。
迷った。
危険度は高い。
だが、この事態を回避できる可能性も高い。
オレは壺を手に取った。
そして、賭けにでた。
「ムー!」
オレの投げた壺をチェリーは器用に受け止め、ムーに渡した。
ムーは手に乗せ、顔を近づけて丹念にみている。
背中に悪魔が間近にいる気配を感じる。
今、振り向く勇気はない。
ムーがニマリとした。
「やめるんだ!」
扉から飛び出したのは、先ほどの壮年の魔術師。
慌てて店の人が中に引きずり込んだ。
それでもあきらめず、扉にしがみつき出てこようとする。
ムーは手の壺に向かって何かを言っている。
「ムー・ペトリが本当に天才なら」
稲妻が降り注ぐ通りに、命の危険も省みずに出ようとする魔術師と出させまいと服や体をつかんでいる店の従業員達。
ムーに渡したのはまずかったかな、と思ったとき魔術師が絶叫した。
「地獄になるぞ!」
次の瞬間、キケール商店街は地獄となった。
------------------------------------------------------------
飾り窓から外を見た。
真っ赤な悪魔が歩いている。ここから見えるだけでも2、30人はいるだろう。
キケール商店街を悪魔だらけにした犯人は、モジャに説教されていた。
「こういうことはしてはいけないと教えたはずだぞ」
「ごめんしゅ」
その隣ではシュデルが赤い壺についた記憶と話している。
悪魔顔と話すのは、かなり怖いらしい。
強ばった青い顔、手も声も震えている。
オレは記憶との会話をシュデルに無理強いはしていない。
事件の後、シュデルはすぐオレに謝った。商品を守るためにオレに「外に出て戦え」と言ったことを後悔していた。
オレは笑顔で許した。
その時「壺の記憶が何か知っているかな」とつぶやいただけだ。そうしたら、シュデルが「記憶と話がしたい」と申し出てくれたのだ。
オレに見えないが、悪魔より怖い顔をした記憶は正真正銘の古代ムウンス人らしい。震える口で頑張って話を続けている。
「本物だ、本物だったのだ」
修復したばかりの扉のところで騒いでいるのは、壺を売ってくれと言った壮年の魔術師。
”ムウンスの朱壺”とは古代ムウンス人によって作られたゴーレム製造機。
壺については遺跡の壁面に詳細に書かれていたらしい。
遺跡からそれらしいものはいくつか発見されたが、本物と断定できなかったらしい。
どの壷もゴーレムを作り出すことできなかったそうだ。
「そうではなくて、知りたいのはどうやったらゴーレムに命令できるかなんです」
シュデルは必死だ。
ムーによると表面の文様が、ゴーレムの製造呪文にだったらしい。
オレが「葉っぱにしか見えない」文様だったが、
「眼のお医者さんに行くしゅ」とムー、
「どうやったら、葉っぱには見えるんですか」とシュデルに言われてしまった。
今回のことで、いままで見つかっていた壺は素焼きのために浮き彫りがもろく、一部が欠落しており、その為にゴーレムの製造ができなかったことがわかった。
桃海亭の壺は製造呪文がかなり短かったので、最初の1体はオレたちが外で騒いでいる時、偶然製造されてしまったらしい。
「ちびっと読み間違えたしゅ」
ムーが作った大量の悪魔型ゴーレムは、ムーの命令を聞かない。
魔法で製造したゴーレムは製造者の命令で動く。しかし、ムウンスの朱壺のゴーレムは、あらかじめ決められた何かでしか操れないのだ。
そこまではムーの知識とシュデルの協力ですぐにいきついた。
だが、肝心な”決められた何か”がわからない。
桃海亭専用の裏技モジャ様にも聞いてみたがわからなかった。
シュデルは記憶と会話を続けている。
「シュデル、悪魔を破壊する方法だけでもわからないか?」
魔法がほとんど効かない。
直接攻撃は多少きくが、バスターソード並の大剣で切りつけでも、かすり傷レベルだ。
記憶と数言かわしたシュデルは、首を横に振った。
「命令して自壊させるしかないみたいです」
モジャがふわりと寄ってきた。
「ウィル、シュデル。明日の朝食にはソーセージをつけるからな。楽しみにしておれ」
そういうと消えた。
モジャがこの世界に戻ってきたのは、ムーが悪魔型ゴーレムを大量製作した直後、オレが悪魔型ゴーレムに殺される直前だった。
モジャはすぐに悪魔型ゴーレムを結界で張って封じ込めてくれた。だから、悪魔型ゴーレムはキケール商店街の通りの真ん中あたりを行ったり来たりすることしかできない。
人に危害を及ぼさないからといって、100体をこえる悪魔型ゴーレムを、このまま放置できない。
「なんとかしないと、まずいよな」
最終手段が頭に浮かんだ。
でも、最終手段を使ったせいでこの事態を招いたことも思い出した。
「店長!」
シュデルに嬉しそうに言った。
「わかりました」
「わかったのか!」
「はい、古代魔法の”眠れる刻に捧げる呪歌”を白の魔力にのせて歌えばいいそうです」
「白の魔力」
いま桃海亭にいるのは、魔力なしのオレと、ネクロマンサーのシュデルと、黒と紫の魔術師と。
「ボクしゃんの出番でしゅね」
ムーが胸を張った。
不安だ。
不安だが、他に方法がない。
「”眠れる刻に捧げる呪歌”は知っているのか」
「ばっちりしゅ」
悠然とした足取りで通りにでると、大声で歌いだした。
道行く人が足を驚いた顔でムーを見る。
呪歌を聞くのは初めてだ。
ムーのことだから、これで正しいのだろうが。
歌い終えたムー。
「どうしゅ?」
「微妙だな」
悪魔は反応していた。
足を止めてムーを見ていた。だが、歌が終わったら普通に歩きだした。
命令をきくような感じではない。
「おかしいしゅ」
首をひねっているムー。
原因はわかっている。
それを口にしたのはシュデルだ。
「音痴だったんですね」
指摘されたムーは怒った顔で「違うしゅ」と言うと再び歌いだした。
悪魔たちの反応はやはり微妙だ。
ムーが歌い終わったところで、別の歌い声がした。
美しい旋律で、かろやかに歌いあげていく。
歌が終わると、悪魔型ゴーレム達は粉となって散っていった。
白魔術師。
古代魔法の呪歌が歌える。
たぶん、女性。
振り向くのが怖かったが、現状を把握しないと、もっと怖い事態になるので振り向いた。
「よう」
「お久しぶりです」
極悪賢者ハーン砦のダップ。
純白のローブ。肩には金色のメイス。
「報酬に壷をもらっていくぜ」
「あれはルブスク魔法協会様が金貨1000枚にて購入されることが決まっております。欲しければ、どうぞルブスク魔法協会と直接交渉してください」
久しぶりの金儲け。
ダップでも邪魔はさせない。
「がたがた言うなよ」
そういうと、いきなりメイスを投げつけてきた。体をかがめて避け、ダップに足払いをかけた。
ふわりと浮かび上がったダップ。
「マジでやる気か」
空中からオレを見下ろす。
怖い。
だが、金貨1000枚の壷を渡すわけには行かない。
「ムーもシュデルもいますよ」
店内を指した。
ムーは苦手で、シュデルはお気に入りだ。
どちらとも戦いたくはないだろう。
「そんなことであきらめると思ったのかよ。笑えるぜ」
言葉と一緒に金のメイスが投げられた。
木の砕ける音。
粉砕された扉。
「直したばかりだったんだぞ!」
オレの怒りを鼻で笑い、ダップは店に入ろうとした。
そこに男が飛び出してきた。
店内にいた壮年の魔術師だ。
魔術師は商店街の出口を目指して一目散に掛けていく。
手には赤い壷。
「これは貰っていくぞ!」
義理堅くオレに声をかけたのが悪かった。
次の瞬間、ダップのメイスにぶっ飛ばされていた。
「持ち出してくれて、ありがとよ」
ダップが握っている壷をとろうとした。
魔術師が両手で抱え込んだ。
「貴様になど渡せるか」
「よこしやがれ」
「ふざけるな」
「てめえ、死にたいか」
取り合った壷は、パリンと音を立てて割れた。
「金貨1000枚がぁ!」
オレの絶望の叫びは、商店街の端にある八百屋のデグさんにも聞こえたらしい。
オレが壁に叩きつけても壊れなかった壷が、取り合いで簡単に壊れた理由は、シュデルが壊れた壷の記憶から聞くことができた。
生成されたゴーレムが存在するとき、壷は壊れないシステムになっているらしい。壷が壊れると、その壷から生成されたゴーレムが不安定になる。それを防ぐために外部からの衝撃には耐えられるよう強化されるらしい。
壊れた壷は壮年の魔術師が金貨20枚で買い取ってくれたので、損はしなかった。
「はぁ」
それでも、手にできたかもしれない金貨1000枚を思い出して、ため息をついてしまうオレだった。




