現実への帰還
目を開けると、病院の待合室だった。
「田中君、気がついた?」
萃香……ではなく、看護師さんが心配そうに覗き込んでいる。
「俺は……」
「君、学校で倒れてたのよ。過労とストレスによる失神だって」
時計を見ると、あれから三日が経っていた。
「桜井美月さんのお見舞いに来たの?」
「はい……」
「もう面会時間は終わりだけど、明日また来なさい。彼女、最近少しずつ反応が良くなってきてるの」
病院を出ると、空には普通の月が浮かんでいた。
翌日、僕は美月の病室を訪れた。
ベッドに横たわる美月は、仮想世界で見たのと同じ穏やかな表情をしていた。
「美月、俺だよ。田中だ」
手を握ると、かすかに温かい。
「俺、君が目覚めるまで待ってる。だから、頑張って」
その時、美月の指がわずかに動いた。
「先生!」
医師が駆けつけてくる。
「反応がありました!」
「本当ですね。これは良い兆候です」
僕は美月の手を握りしめた。
「おかえり、美月」
それから毎日、僕は美月の病室に通った。
二週間後、美月は目を覚ました。
「田中……君?」
「ああ、俺だよ」
「私……変な夢を見てた。君と一緒に、不思議な世界にいる夢」
「夢か……」
「でも、とてもリアルだった。まるで本当のことのように」
美月は微笑んだ。
「田中君、私に言いたいことがあるでしょう?」
「え?」
「私、覚えてるの。君の声が聞こえてた。『君が目覚めるまで待ってる』って」
僕は美月の手を握った。
「桜井美月、俺と付き合ってください」
「はい、喜んで」
病室の窓から差し込む夕日が、僕たちを優しく照らしていた。
現実世界は確かに厳しい。でも、そこにはかけがえのない人との本当の繋がりがある。
仮想世界で学んだのは、現実こそが最も大切だということだった。